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第二話  黒頭の怪鳥

 


 総勢二十人ほどの大パーティが、薄暗い迷宮の洞窟を進んでいた。

 エリア主のいる三十層を目前にした、二十九層である。

 この階層は、迷路のように入り組んだ洞窟が延々と続く。この街の冒険者にとって、ここは迷宮攻略最前線だった。


 斥候が伝えるハンドサインに反応して、集団の足が止まる。

 パーティの最前列にいた重装の前衛が盾を横にして足を止め、振り返り声を潜めて報告した。


「魔物は植物型、マンイーターが二体と思われます」

「よし、まだ距離があるな。あと十メートル前進して様子を見よう。目を離すな!」

 後方にいるリーダーと思しき男が、指示を送る。


 パーティは統制の取れた足取りで、音もなくするすると進む。

 その時、注意が逸れていた左の岩陰から何かが勢いよく飛び出して、パーティの中ごろにいた剣士に体当たりした。派手に弾き飛んだ男はそのまま岩壁に激突し、気を失って動かない。


「なっ、なんだこれは!」

 岩に隠れた横穴から飛び出したのは、顔の高さが二メートル以上もある、鳥型の魔物だった。

「襲撃だ!」

 パニックに襲われた冒険者が叫ぶ。


「こ、これは、ビークだ。頭の黒い怪鳥、ア、アイアンビークだ!」

 叫んだ男も怪鳥の巨大な黒い嘴に弾き飛ばされて、動かなくなる。


「この野郎っ」

 隣の男が咄嗟に振るった剣は、鋼鉄の強度を持つと言われる黒い嘴に弾かれて火花を散らした。


 一瞬のうちに隊列は乱れ、乱戦模様となる。


 攻略中の冒険者たちはまだ知らぬが、九十三層からなるこの大迷宮を大きく上中下に分けると、上から三十層までが上層に当たる。アルの村があった三十二層は、中層の入口付近となる。ただ、あの階層は湖の聖なる水により魔物が近寄らないために、フロア全体がほぼ安全地帯となっていた。


 対して二十九層は低層最後のボスが待つ三十層を控え、中層に迫る強力な魔物が多数出現する。


 アルは、その光景を天井近くの岩陰に潜み、興味深く観察していた。


 街の冒険者たちが、未だに中層へ到達できない理由がよくわかった。

「弱い。この程度のレベルで、本当に三十層に挑むのか……?」

 身を潜めている筈のアルだが、つい口に出して呟いてしまう。長い孤独な暮らしの悪い癖だった。


「ああ、やっぱり無理だ。こりゃ、やられたな……」


 前線にいた重装の騎士が振り返ると軽装の剣士たちが二分され、後方の魔法使いと非戦闘員らしきサポート隊が孤立している。


 単に分断されただけなら冷静に対応すれば立て直せるのだが、遊撃の剣士たちが一瞬にして何人か無力化されてパーティは激しく動揺していた。


 アイアンビーク一頭だけでも絶望的な状況の中、五頭の侵入を許してしまった。あっという間に数人の剣士たちが弾き飛ばされ気を失い、残った者は鋭い足の爪に引き裂かれて悲鳴を上げる。


 近接戦闘の専門部隊が直接攻撃で崩壊すれば、立て直せる目はない。

 パーティを絶望が襲った。


 近くで見ていたアルは、目を疑う。

「何故だ。魔法使いはすぐに魔法攻撃を仕掛けないし、剣士は魔力を身に纏って防御することもしない。騎士は動きが遅いし、後方のサポート部隊は回復薬で見方を助けることもしない。ただみんなで暴れ回る怪鳥の様子を、口を開いて見ているだけだ……」


 アルから見れば、迷宮の奥へ侵攻するにはあり得ないような、愚鈍な集団だった。

「この程度の実力で中層の攻略を目指すとは、信じがたい。だが……」


 やむを得ずアルは迷宮の王として、その戦いに介入する。

「くそっ、仕方がない。ビークたち、よくやった。でも今日はこの辺にして、一度撤収してくれ……」


 迷宮はそれ全体が一つの生き物のようなものだ。魔物は死んでもいずれ復活し、その記憶は迷宮で共有される。少々のことであれば、髪や爪の先を切り揃えるようなものだ。しかし、残念なことに人の命はそうはいかない。


 迷宮王の指示に従い、魔物は突然不可解な撤退を始める。


 踵を返して引き上げていく魔物の背を見ながら、冒険者たちは安堵の声を上げた。


「た、助かったのか……」

「どうやら、そのようだな」

「早く怪我人の手当てを!」

「こっちだ、来てくれ!」


「意識のない者は無理に動かすな、気付け薬を用意しろ!」

 男たちは気を取り直し、ざわめきが薄暗い洞窟に広がる。


 辛うじて死者はなく、残されたパーティは傷薬と回復魔法で何とか踏みとどまった。

 全滅の危機を目の前にして、パーティの面々は迷宮の恐ろしさに肝を冷やした筈だ。


「よぉし、この幸運は我らを三十層へ導いてくれると信じる。この勢いで、下層へ向かうぞ!」

「ひゃっほう」

「行くぜっ!」

 通路に明るい歓声が響く。


「おいおい、そんな吞気な事を言っている場合じゃないだろ?」

 アルは驚き呆れ力が抜けて、危うく岩から落ちそうになる。


「こんな弱小集団がこの先で勝てるわけない。下手に階層を降りれば、三十層を守る魔物の群れに囲まれて全滅だ!」

 しかし、彼らは本気で進むつもりのようだ。


「よし、怪我人の回復が終わったら、各自装備を点検。携行食を摂り休憩しておくように。サポート隊が態勢を整え次第、出発する!」


 首を捻り、アルは考える。

「不自然な魔物の撤退は罠と気付いて、ここは即座に引くところだ。一度拾った命をわざわざ捨てに行くだと? 外の人間は、そんなに頭がおかしいのか?」


 それとも、何か引くに引けない特殊な理由があるのだろうか。アルには理解できない。

「まあ、不屈の精神だけは評価しよう。だがそれでは、迷宮ここで生き延びるのは難しい。仕方がない、ビークたち。もう一仕事頼まれてくれるか?」


 アルはアイアンビークの力を借りて、彼らを上層へ追い返すことにした。


「連中の後方に普段は使われていない、湿った暗い横道がある。わかるな? そこへ奴らを追い込む。あそこは魔物も少ないから、そのまま上層へ戻れるだろう。面倒だけど、頼んだぞ、ビークたち」


 そして……再び現れた魔物の群れに追い散らされ、パーティは横道に逸れて何とか逃げ帰ってくれた。これで当分やって来なければ良いのだが。アルは深く息を吐く。


 統制の取れた真面目なパーティだけに、その弱さが残念だった。

 いくら何でも、こんなことを何度もしていられない。


「特別サービスは、一度きりだぜ」

 好きだった物語の主人公を真似して、指を一本前に出してアルは呟く。しかしそれは百年も前に流行した話なので、今は誰一人知る者はいない。

 他人に見られなかったことを幸運に思うしかないのだが、本人は気付いてもいない。


 その後、アルは魔物に追われてやっと逃げ帰ったパーティの後を追い、迷宮村の近くまで来ていた。



 迷宮村は、昼夜のある十五層の安全地帯に作られた、冒険者たちの前線基地である。

 その粗末な村を、遠くから観察する。


 アルにとってはこの辺りにいる上層の魔物は可愛い虫や鳥みたいなもので、脅威でも何でもない。

 しかし街の人間には、ここまで降りて来るだけで一流の冒険者と胸を張れるレベルの、歴戦の猛者でないと難しいようだ。


 それは、この村の雰囲気を見ればわかる。

 強者を気取った野性的な男女が小さな集落を出入りして、同じように人相の良くない宿屋や道具屋の店主と話している。


「おう、親父、久しぶりだな」

 黒革と鉄の防具を身に着け大剣を背中に吊った髭面の男が大股で歩いて村へ入って来た。


「なんだ、クロウじゃないか。今日は一人か?」

 そう答えたのは巨大な包丁を片手に握った食堂の店主だった。その筋骨たくましい姿は、その辺の冒険者にも引けを取らない。もちろんこの村で商売をする者は、皆それなりのランクを誇る冒険者なのだが。


「ああ、トーレスの奴と二十五層へ行く予定だったんだが、途中で奴が怒って帰っちまったのよ」

「なんだ、また奴の女にちょっかい出したのがバレたか?」


「はは、まぁそんなところだ」

「お前は、いつも懲りねぇなぁ……」


「しかしオヤジ、こんな往来の前で物騒な刃物を振り回しやがって、辻斬りにしか見えねえぞ」

 髭面の男が言いながら笑う。

「おお、そこの川でバカでかい魚が釣れたもんで、大汗かいて今捌いてたんだよ」


「それなら、もっと小さな刃物を使え。危ねぇだろ!」

 店主は気にせず重い包丁を苦も無く振り回し、手早く魚を切り身にしていく。


「ところでお前さん、どうせ暇なんだろ?」

「ああ、仕方なく十八層で狩りをしてたんだが、飽きたんでちょっと村に寄ってみたとこだ」


「そうか、じゃ一杯やっていけや。ちょうど迷宮白ブドウの上物ワインが入荷したところだ」

「そりゃいい」


「つまみは魚料理でいいだろ?」

「ああ、頼むぜ!」


 綺麗な切り身が並んだ皿を抱えて主人が店の奥へ引っ込むのと入れ替えに、長い黒髪を頭の後ろで無造作に結った女性が店からふらふらと出て来る。


「あら、久しぶりじゃないの」

 女はクロウと呼ばれた髭面の男を見るなり後ろから近寄り、肩に手を置いた。


「なんだ、キャスか。今日はオヤジさんの手伝いか?」

「いや、ごらんの通り暇を持て余してるだけさ」


 男は、彼女の薄い服の上から体を眺めまわして、笑顔を作る。

「なら一緒に一杯やるか?」

「タダ酒なら、幾らでもご馳走になるよ」


 妖艶な笑顔で男の隣に座る女も瞳の奥には鋭い光を隠していて、恐らくそれなりの腕を持つ冒険者なのだろう。

 そうして男は食堂の前に広げられたテーブル席に陣取り、明るいうちから豪快な魚料理を食べ、酒盛りを始めた。


 通りかかった男がそれに声をかけ、一人二人と酒盛りの人数が増えて、むさくるしい男と派手な服装の女たちの酒宴が、まだ明るいうちに始まる。

 これが迷宮村の日常だった。


「な、なんだか村というより山賊の根城みたいな場所だな……」

 なかなか、そこにアルの入れそうな隙間はない。


 アルは一人、頭を抱える。魔物より恐ろしいのは、人間であった。


 この階層は、中央に小さな泉と巨木が立つ。

 巨木は冒険者たちによって世界樹などと呼ばれているが、そこまでの大きさはない。しかし見晴らしの良い平原の中央にあるので、目立つことは確かだ。


 世界樹の足元にある泉から湧く水は小川となり草原を横切って流れ、その清らかな流れは三十二層の湖水と同じく、魔物を寄せ付けない聖なる力を持つようだ。


 見晴らしの良い草原のおかげで比較的安全に歩けるこの泉を中心に集落ができたのも、自然なことだ。泉から流れ出る小川沿いに、村は広がった。


 村は冒険者ギルドが管理し、ある程度のランクを持つ冒険者たちへ実際の運営が委託されていた。

 今ではここが、中層攻略の拠点となっている。


 泉や小川では魚が捕れて、村の周囲には畑も開墾されている。上層なので瘴気も薄く、地上の作物も無理なく育つ。人が暮らすにはなかなか良い環境だった。


 しかし、ここに出入りするのはいかにも、といった雰囲気を持つ大人たちで、アルのような年齢の若者は見かけない。


 人類に発見されて六年しか経たないこの迷宮は、まだまだ未知の危険な空間なのであろう。

 それが、まさかこんな少年により既に攻略済みであるとは、誰も信じようとはしないだろうけど。



 


第二話をお読みいただき、ありがとうございます!


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