第十九話 ファロストの誓い
いよいよ学園は後期の授業に入り、厳しさを増す。
教わるばかりではなく、それぞれが必死で考え、自分の個性を磨き、長所を伸ばして弱点を克服する手段を探す。
それは迷宮という死地に赴き戦いに明け暮れる人生を選択した人間にとって、今後の生死を分ける重要な判断だと誰もが理解しているからだ。
あと半年過ぎれば学園を卒業し、一人前の冒険者として住む場所も食事代も全て自分の力で稼がねばならない。半年しかない猶予期間に、何ができるか。それがこの先の運命を左右する。
ただ一人だけ、その救いのない死地で生まれ育ち、そこから自力で脱出した存在がある。彼だけは何も考えずに、ただアントンの屋敷という別の死地から解放されたことに安堵して、今はのんびりとくつろいでいる。
気付いてみれば、アルにとってこの学園生活こそが、気楽な街暮らしそのものであった。
しかし一般の生徒達には、そんな余裕はない。
例えば前衛職であれば、重い盾を掲げながら鎧を着て動く体力と、何よりも防御力が重要とされる。
ただし、パーティの最前面で敵に対するだけに、先攻としての攻撃力も必要だ。
基本的に体力自慢の者が多いので、人によって弱点は魔法防御力だったり、攻撃力だったりする。
中衛は素早さと攻撃力と防御力との、バランスの取れた強さを求められる。後衛の強烈な魔法攻撃のための時間を稼ぎ、素早い敵相手には直接先頭に出て戦うこともある。
遊撃とも呼ばれ、近接戦闘と素早い行動が可能なナイフ使いや、剣士・魔法剣士がこれに当たる。
後衛は長距離攻撃と、回復魔法や支援魔法などの補助魔法が重要とされる。
長距離攻撃の代表格は魔法だが、弓矢や投擲など魔法以外の射程の長い武器での攻撃も含んでいる。
一般的には後衛に司令官たるリーダーがいてパーティに指示を出すが、アルのように万能型の中衛が指揮を執る場合もある。
大規模パーティになると、これに荷運びや魔物のコアを回収する専門のサポーターが付く。
人数の少ないパーティでは、実力の低いサポーターを守る余裕がない。サポーターを置けば全体のレベルを下げる結果になるので、後衛に体力のある戦士を置いてサポーター役とする場合もある。
実戦では個々の能力の低い者がパーティの足を引っ張る場合が多く、とにかく学園では指揮能力やチームワークよりも、個人の能力を上げることを最優先課題としている。即戦力として既存のパーティへ加わることのできる、専門職の育成であった。
そういう意味では、前期の結果は良かったが、アル自身の能力に対する評価はそれほど高くない。
それはアルの望んだ通りの結果で、本人は満足だった。
本来の能力を隠した個人戦闘よりも、全体の指揮や支援魔法、それに魔法薬・魔道具の作成に非凡な才能を発揮したアルは、直接戦闘からはますます遠ざかっている。
個人で戦っていた頃と違い、学園で覚えた支援魔法や状態回復魔法のバリエーションが増えて、次第に後衛に下がるようになった。
これは、アルの思惑通りである。
一番後ろから、それ行け、やれ行けー、と無責任に声をかけているだけで戦闘が終わるのなら、それに越したことはない。暇つぶしに作っている魔道具の実験を兼ねて、時折ドカンと強烈な一撃を放ったり、試作品の怪しげな回復薬を仲間に配ったりしてやれば、前線は何となく落ち着いて実力以上の力を発揮したりする。
当然、もっと真面目にやれと教官からは叱られている。
「後方支援の手は堅実に施しているので、それが何かいけないことでも?」
と、しらばっくれて言えば大抵の教官は黙る。この辺りのいい加減さや不敵さはアル本来のものではなく、偽の祖父アントンのやり口を見習った、悪い学習効果である。
それでも今年の学園生は非常に優秀で、卒業までにCランクへ上がる者も多いのではないかと言われるほどになっていた。
ランダムな六人パーティを組んで、一日おきに迷宮と学園とで訓練をする日々が続く。学園で新しい技を覚えてすぐ実戦、失敗すればまた翌日学園で鍛え直してまた実戦。心も体もタフになる。
実戦の場は、主に十一から十四階層の間だった。
迷宮から戻れば疲れ切った体を休めつつ頭はフル回転して、自分の足りないものを必死で探す。
ただ、アルだけは学園に戻ると工房へ入ったまま、出てこない。迷宮で手に入れた素材を元に、新しい魔法薬や魔道具の開発に没頭している。
教師は、もはや呆れて見て見ぬふりである。
しかし、アルの作った魔道具類は、学生には好評だった。
ギルドや街の道具屋で販売している魔法薬や魔道具は、効果の割に値段が高く、学生が気楽に使えるものではない。最低限必要な回復薬や傷薬は学園から支給されるが、それ以外の道具を買う余裕は少ない。
しかし指定された素材をアルに渡せば、格安でそれを作ってもらえる。
パーティで倒した魔物は換金して貴重な収入として学生で分けるが、魔物のコアや珍しい素材を換金せずにアルへ届けて、道具に取り換える者も多くなった。
ギルドを通さない取引は本来違法行為であるが、実は、密かにアルの道具を買いに来る教員までいるのだった。
「アル、ちょっとこのダガーの刃こぼれを何とかしてくれないか?」
今日も、アルの常連となっている一人の教員がアルの元を訪ねる。
「フランクリン先生、これくらいならスペードのところへ持って行った方が早いですよ。あいつの腕は俺が保証しますから」
もちろん、武器の手入れを請け負うのは違法行為などではない。
アルのように、自分で武器の手入れや道具を作る学園の仲間が何人かいる。互いに得意な分野や技術が違い、限られた時間の中で効率よく行うために協定を結んでいた。
学園生も、連日の激しい戦闘と訓練で自分の武器の手入れには神経を使う。迷宮での戦闘訓練で倒した魔物のコアから得られる収入だけでは、新しい武器や防具を入手することはなかなか難しいのだ。
だから、手持ちの武器や防具を大切に使うしかない。
将来的なことを考えれば、道具を手入れし修理する技術も、長い迷宮への遠征では重要となるのだ。
アルのように、自分で武器の保守ができる者は少ない。しかも町の武器屋へ預ければ高い金を取られる。
だからアルのような、学園内での商売は好意的に受け止められていた。
「アル、この間頼んでおいた魔力回復薬はできた?」
今夜も、魔法使いのニコルがやって来た。
「ああ、二本でいいか?」
「うん。アルの薬はよく効くから、一本で二本分だと思えばそれで充分よ」
「ニコルは最近、一段と凄い魔法を使うらしいな」
「へへ、アルのおかげよ。十層クエストの時に攻撃魔法を使いまくったのがいい自信になったわ。あれからモンスターを怖がらずに落ち着いて魔法を使えるようになったんだから、アルは恩人よ。そもそも、私が学園へ入れたのだって、アルのおかげだし……」
最近まで二人とも気付かなかったのだが、あの入学試験の長距離走の時にアルが助けた赤髪の少女が、ニコルだった。
「ニコルには最初から力があったのさ。でも、薬に頼って無理はするなよ」
「うん。でも学園生活もあと三か月だもの、私も頑張らないと……」
激闘の連続で消耗する中、いよいよ卒業まで残り三か月となっている。卒業へ向けての、厳しい追い込みが始まっていた。
ちょうどその頃、しばらく前線から離れていた二人のAランク冒険者が最前線に復帰し、見る間に戦功を挙げてSランクへと昇格した。
三十層へ向けた大パーティが遠征するためのネックとなっていた二十五層のモンスター密集地帯をこじ開け、より安全に通過できる新たなルートを開拓したのだった。
Sランクになると、数多くのAランク冒険者を差し置いて、優先的に学園講師の座を得られることになる。
Sランクといえども、常に迷宮の最前線に張り付いてもいられない。休養や訓練、武器や防具の保守など、街にいる時間も必要だ。貴重なSランク冒険者を遊ばせておくのは勿体ないので、その間も何とか仕事をさせようというギルドの思惑が、ここに透けて見える。
そしてその二人は率先して、今年の優秀な学園の生徒の未来のために、残る三か月の学園生活を教員として共に過ごすことを強く希望した。
「ということで、有名な【ファロストの誓い】の二人が、本学園の教員になっていただけることになりました」
学園長が全体集会でそう言うと、三十名の学生たちはざわめき、大騒ぎとなる。それが静まるのを待ち、次の言葉を口にする。
「Sランク冒険者であるお二人の直接指導を受けることができるのは、生徒諸君にとって大いなる刺激と貴重な経験となるでしょう。なんといっても、Sランクの冒険者が二人も教員に名を連ねるのは、本校始まって以来の栄誉でもあります」
更に、ざわめきが大きくなる。
「ちなみに、彼女たち二人はこの学園の第一期生でもあります。では皆さん拍手でお迎えを」
アルは嫌な予感がしていたのだが、万雷の拍手で迎えられて壇上に現れたのは、やはりナタリアとケイティの二人だった。
アルに向かって笑顔で手を振る二人から目を背けて、アルは隣にいるルームメイトのレイへ尋ねる。
「なあ、ファロストの誓いって聞こえたような気がするんだが、なんだそれ?」
「こっちに向かって手を振ってるよ!」と興奮している隣の筋肉ダルマが、アルの方を見ずに答えた。
「馬鹿、お前知らないのか、あの有名な二人組を。奇跡の冒険者だぞ」
「知らないねえ、あんな頭の悪そうな姉ちゃんたちが奇跡の冒険者なの?」
「ふざけるな、彼女たちはここの一期生で、卒業から僅か四年でAランクまで駆け上がった、レコードホルダーだぞ」
レイが二人に注ぐ視線は、有名劇団のトップスターを見るような興奮に輝いている。
「今回Sランクに上がったってのも、たぶん最年少だろう。天才という名前は彼女たちのためにある!」
「ほう……」
あの自由奔放でお気楽な姉ちゃんたちが、そんなに凄い人だったとは。アルも別の意味で驚かされている。
「だからその、なんとかの誓いってのはどういう意味だ?」
「さあ、そりゃ俺も知らねえなぁ。お前が聞いてみればいいさ、直接話をさせていただく機会に恵まれればな」
壇上で手を振る二人の横で、学園長がもう一度声を張り上げる。
「というわけで、来月の初めから一週間、我々はこのお二人と共に、迷宮へ挑みます」
「おおーっ!」
学園の士気は、これまでにないほど盛り上がる。
「それまでの間、お二人に厳しく稽古をつけてもらいますので、期待に応えるようしっかり準備してください」
学園が、再び大歓声に包まれる。
「なんてことだ」
一人で頭を抱えるアルであった。




