第十七話 魔窟
その夜はメリッサが来る順番で、さすがに三周目ともなるとアルも慣れて、今日はどんなことを話そうかと考える余裕もできていた。
ただ、アル自身が自分について聞かれても本当のことを話せない以上、逆に三人の事情をあれこれ尋ねるのも失礼なような気がしている。
そうやって自分で作る壁が高過ぎるので三人はアルとの会話に不満を覚え、必要以上に肉体的な接触を迫られているのだが、アルはそれに全く気付いてはいない。
初めは感情の高ぶりの中で泣いていたメリッサも今は落ち着いて、大人の色香を自然に振りまいて吸い込まれそうになる。
そこでアルは少し考えて、他の二人についてメリッサに色々聞いてみる作戦に出た。人付き合いの苦手なアルにしては、中々の良いアイデアだと自画自賛して臨んだのだが、その前にとんでもない事実を聞く羽目になった。
「メリッサはまだテネレへ来て一年くらいだって聞いたけど、ずっとここに住んでいるんですよね?」
「ええ、十八でアムンゼウスの士官学校を卒業して入隊し、一年後にあの事件があってすぐに家出をして、ここでアントンに拾ってもらったの。それからもう一年か。早いものね」
メリッサの言うあの事件とは、軍に入隊後の彼女が巻き込まれた暴動のことだ。
アムンゼウスの下町にある商店街で、地元の有力者と住民が些細な事で衝突したのが発端で、騒動が大きくなった。ついに警察が扱いきれず、軍に鎮圧を要請する事態に発展する。
その鎮圧部隊に、新米のメリッサもいた。軍の部隊は予期せぬ激しい乱闘に巻き込まれ、小競り合いがついには武器を持った戦闘へと広がった。メリッサは仲間や自分の身を守るためとはいえ、その諍いの中で二人の人間を斬った。そのうちの一人が、不運にも亡くなっている。
メリッサが気に病んで、一人でテネレへやって来るきっかけとなった事件だ。
だが、アルが突っ込みたいのはそこではない。指を折って、数を数える。
「ということは、メリッサはまだニ十歳なの? それじゃぁナタリアやケイティと同じ年齢じゃないですか!」
メリッサは、それを笑い飛ばす。
「違うわよ。あの子たちはもっと若いもの」
「え、だって学園の一期生って言ったでしょ。五年前に最低でも俺と同じ年だったのだから、今は絶対二十歳を超えてると……」
「あの子たちは天才だって言ったでしょ。どこかの田舎から出てきた二人を拾い上げたのも、アントンなの。それですぐにこの屋敷へ住まわせて、遠い親戚の子供だと偽って無理やり当時準備していた冒険者養成学園に入れてしまったのよ。その時あの子たちはまだたったの十二歳だったのよ!」
「ということは、今は十七歳? 俺と二つしか離れてない。学園の友達と同じようなもんじゃないか!」
アルは愕然とする。実際、学園で仲の良い魔法使いのニコルは今十八歳で、二人より年上になる。
「さすがに、彼女たちの表向きのプロフィールは二十歳ってことになってるから、間違わないようにね」
アルは、アントンとの出会いを思い出す。だからあの時アントンは、本当に十五歳なのか、とアルに念を押していたのだ。
「アントンの奴、ここに若い美女を集めて、何をしたいんだ?」
「アントンは、何もしないわよ。だから、アル君が、代わりに、ね」
「こら、接近しすぎ!」
部屋の中で、ナタリアの警告が響く。
え、部屋の中? いつの間に……
アルの背中に、冷たい汗が走る。
結局、いつもと同じパターンである。
ここは、迷宮より酷い魔窟だった。
翌日は朝からリサと迷宮へ入って、魔物狩りとなる。
アルは朝食後すぐに着替えて、待ち合わせの迷宮入口へ向かう。
「さあ、今日はお祭りで遊ぶ分くらいは稼ぐぞ~」
リサは、朝からハイテンションだ。
「今日は何層へ行く?」
「うーん、なんかいつもより人が少ないからさ、十一層まで行っちゃおうか?」
一応学園側からは、休みの間に迷宮に入るならばエリア主のギガンティックラットが倒され消えている十層まで、と言われている。
しかし今の二人には、ちょっと物足りない。
「たぶんお祭りだから、冒険者も少ないんだろう」
「ね、十一層の山の中に入っちゃえば目立たないし、モンスター狩り放題だよ、きっと」
「いいな。よし、行こう!」
十層に集合した金儲けクエスト時点で中衛五位だったリサの順位は、僅かな間に二位まで上がっている。アルとの特訓の成果により、苦手の魔法を克服して急速に力を上げていた。今ならこのまま二十層までも行けそうな実力を、密かに身に着けている。
起伏のある森が広がる十一層なら、他の冒険者の目を気にすることなく存分に暴れることができそうだった。
そうと決まれば、二人は無駄な戦闘を避けて一気に迷宮を駆け下る。
十一層は、複雑な地形の深い森に埋もれている。地下迷宮とはとても思えない、広大な山塊だった。それだけに、ここで行方不明になる冒険者は多い。
下層へ続く尾根道が一本あるが、あとは密集する樹木の中に獣道が続くばかりだ。
その獣道へ踏み込んでしまえば、まず人と出会うことはない。
出没するのは主に動物型の魔物で、モンスター感は少ない。しかし下界の動物と違い積極的に人を襲いに来るので、獲物を探して歩き回る必要もない。
もちろん、それにはある程度以上の腕があることが条件だが。
リサの片手剣は、深い森の中で振り回すのには向いていない。ある程度の広い場所に移動して、そこを中心に魔物をおびき寄せる計画だった。
細い獣道を、アルが先頭で行く。
途中で出現する魔物は、アルのナイフで簡単に排除される。
リサも短刀を抜いて構えているが、出番はない。ただアルが倒した獲物のコアだけを回収する。
やがて小山を幾つか超えた小高い丘の上に、明るい広場を見つけた。
その中心に二人は荷を下ろして陣を構え、ギルドに併設の道具屋で買ってきたアイテムを取り出す。
瓶を開けると幽かに熟れた果実のような芳香を放つその液体は、魔物を呼び寄せる効果のある香水である。
離れた枯草の上にそれを撒いて、二人はじっと待つ。
リサはいつもの細剣を抜いて、待ち構えている。
最初に現れたのは、額に一本の太い角を生やした巨大なクマだった。
「アル、こいつは一人でやらせて!」
有無を言わさずにリサが切り込む。立ち上がったクマの背は三メートルを超える巨体だが、リサの剣は振り回す両手の爪を易々と切り裂いて、腹から胸に達する。
次の連撃で右足の腱を斬って前足を着地させると、クマの左へ回り込んでその太い首を切り落とした。
「おお、さすがに切り裂き姫、見事な切り口だ」
「その呼び方はヤメテ~」
リサが口を尖らせているうちに、もう次の獣がやって来ている。
今度も長い角を額から生やしているが、四本足の軽快な動きで跳びかかる。
曲がった角の先から空気を引き裂く真空の刃を飛ばす、スマートなカモシカ型のモンスターである。
それが二頭、連続してリサとアルに向けて攻撃をする。
リサは真空の刃を剣で弾き飛ばして、相手の首筋を狙う。アルは軽く体を捻り、最低限の動きで簡単に躱した。
リサの剣を素早い動きで避けたカモシカは後ろ足で蹴りつけて、追撃を許さない。
跳ね回って動きながら、剣の間合いの外から真空の刃を次々と飛ばす二頭の攻撃が、リサに集中した。
「ええい、面倒だ」
リサは相手の動きを読んでジャンプした着地点に先回りして、鋭く剣を振る。先ずはそれで一頭の胴を薙ぎ払った。
返す刀で二頭目の首を狙うがこれは躱されて、しかし更に返した三撃目で厄介な角を切り落とすことに成功した。
攻め手を失ったカモシカは離脱しようとするが、素早くリサに追い詰められてあっけなく首を落とされる。
そうして一時間も戦い続けると、狭い広場は魔物の屍の山となる。
地上と違って、死臭に虫が集まるようなことはない。死んだ魔物は時と共に迷宮自体に呑み込まれ、吸収されて再びコアを与えられて蘇るのだ。
「そろそろ別の場所へ行こうか」
アルの言葉に周囲を見て、リサは青ざめた。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな?」
「うん。切り裂き姫と呼ばれるのも、これでは仕方がないよな……」
リサは顔を赤くして、横を向く。
「それは言わないでよ、もう」
「ごめん。さあ、移動しよう」
アルがリサの荷物を拾い上げて、先に歩き出す。
「ちょっと待ってよ、アル。こんな酷いところに一人で置いて行かないで!」
慌てて、アルの後を追う。
「こんな酷いところにした張本人が、それを言うかなぁ~」
リサには聞こえないように、アルが呟いた。
学園に入学した時点で既に剣の腕は飛び抜けていたリサは、初めて入った迷宮で魔物に囲まれた時にも、迷いはなかった。
他の生徒が可愛い見た目のウサギやリスや小鳥など小動物型の魔物を初めて見て、その無邪気な可愛さに心を動かされている時に、リサは躊躇なくその群れに踏み込み、切り捨てた。
いくらでも湧いてくる上層の弱い魔物を十匹もニ十匹もまとめて切り裂いて、切り裂き魔の異名を轟かせたのだった。
今では多少の親愛を込めて「切り裂き姫」などと呼ばれるが、悪名には違いない。
地上の動物と違い魔物を切っても、派手な血しぶきが上がるわけではない。ただきれいに二つにされた魔物からは多少の赤い血が飛び散り、刀身を染める。切断された魔物の群れが足元に次々と転がる光景に、多くの生徒たちは戦慄し、悲鳴を上げた。
しかしそれを見ていた教師は、リサを手放しで褒めた。迷宮ではその一瞬の甘さが命取りになる。コンマ何秒かでも早く、先に動いた者が生き残る権利を得るのだ。
逃げ隠れるか、攻めるのか。一瞬の判断が、生死を別つ。以来、リサはそれを実践し続ける。
まあそれにしても。せっかく誰もいないところでアルと二人きりになれたのに、これでは台無しだと、リサもいささか反省する。この殺伐とした空気を何とかせねば、と。
そこから移動して、今度は谷間に開けた明るい場所を見つけて、同じように魔物をおびき寄せた。
今度は水辺が近いせいか、爬虫類系の小型の魔物が多く集まる。
中には火を吐く小型のサラマンダーや空から真空の刃を飛ばすスラッシュバットのような厄介な魔物もいて、パワーよりも敏捷性に優れるモンスターが多く、いい訓練になった。
小型の魔物が多かったおかげで先ほどよりはいくらかましだが、足元には切り裂かれた死骸が散らばり見るに堪えない惨状であることには違いない。ひとたび戦闘が始まれば、集中して他のことは忘れてしまう。
「よし、ずいぶん稼いだから、今日はこれで終わりにしようか」
リサの倒した魔物のコアをひたすら集めていたアルが、声をかけた。リサは我に返って、再び唖然とする。
「うっ、またやっちゃったか……」
「集中するのはいいけど、リサはもう少し周囲の状況を考えながら剣を振るようにしないと、いつか痛い目に会うぞ」
アルの言う通り、ちょうど今、本日二度目の痛い目に会っている最中なのだとリサは反省する。それでも、ここまで徹底的にやれば逆に爽快で、達成感もあった。




