第十三話 最下層
十五層への遠征から帰ると、学園は二週間の秋休みになる。
春に入学して、半年が過ぎていた。
周辺を広大な農地に囲まれているテネレは、この時期には収穫祭が盛大に行われる。
いつもより多くの人で賑わい、大きな市が立って、普段は見られないような珍しい食べ物や商品が並ぶ。
家が近い者は実家へ帰るし、そのまま寮に残る者もいる。
休みの間は寮の食事も出ないので、残った者で自炊をするか、街へ出て各自で食事をすることになる。
「アルは結局どうするの?」
最後の授業の後、最近暇さえあればアルを誘って魔法を使った戦い方を教わっているリサが、期待にワクワクしながらやって来た。
十層の遠征で共に泥まみれになったパーティはその後も仲が良く、何かと連れ立っている時間が多い。
「ああ、すまん。アントンの家に行くことになってしまった」
アルは寮に残るつもりだったので、それならリサも残って一緒に特訓をしようなどと話していたのだった。
「えー、つまんない。ニコルもおばあちゃんのとこへ帰るっていうし……」
凶悪な剣を振るうリサも、アルの前ではすっかり普通の女の子のようだ。
「何せギルド長の呼び出しなものでな」
「そうかぁ、残念……」
昨夜、ギルド長のアントンから、自分の家に部屋を用意しているので休暇の間はここへ来るように、と連絡があったのだ。
表向き、アルはアントンの孫という扱いである。これは従うしかないと諦めたアルは、気が進まないまま身の回りの品を持って、迷宮の入口からほど近いギルド長の屋敷へ行った。
テネレ内壁の南門は冒険者の多く住む新市街に面し、元の外壁南門を流用しているのでひと際立派な構えを見せている。その南門と広場の中心に建つギルドとの中間辺りに、アントンの屋敷はあった。ギルドまで僅か数百メートルの距離だ。
年寄りの一人暮らしと聞いていたが、意外にも立派な屋敷でアルはびっくりした。さすがに腐ってもギルド長と言ったところか。
しかも年若い二人のメイドが、入口で迎えてくれた。
メイドの姿で仕事をしているが、これでも二人ともAランク冒険者で、護衛を兼ねてギルドから派遣されているということだ。
確かに二人の動きは洗練されていて、隙がない。
休日だったのか、アントンも家にいるようである。
アントンが来るまで居間のテーブルで一緒にお茶を飲みながら、二人の話を聞いていた。使用人がそんなことをしていていいのかと疑問に思うが、二人とも全く気にせず自宅のようにくつろいでいる。
聞けば、二人ともここに住み込みで働いているらしい。どうもメイド服は趣味で着ているだけで、何か事情があって二人はここで暮らしているような、自由な雰囲気である。
その他にもう一人ギルド長の秘書をしている女性がいて、彼女は完全な事務官としてギルドへ勤めているのだが、一人暮らしのギルド長の面倒を見るためにこの屋敷の一室で暮らしていると聞いた。
何とまあ羨ましい暮らしぶりだ。
そう思っているといつの間にか部屋に入って来たアントンから、見透かすように言われてしまう。
「どうだ、羨ましいだろう」
居間に入ると開口一番そう言い放ち、自慢げにアルを見下ろす。
アントンは後ろにいた南国風のエキゾチックな美女をアルの前へと促す。
「アル様、初めまして。ギルド長の秘書、メリッサ・リーと申します」
そう言ってメリッサが頭を下げると、揺れる大きな胸の谷間にアルの目が釘付けとなる。メリハリがあるのは顔つきだけではないらしい。
何故こんなインチキじじいが若い三人の美女に囲まれて生活しているのか、不思議でならない。
「なに、お前も学園を卒業したらここで暮らすことになるのだからな」
「うっ、嘘だろ」
はっきり言って、それは勘弁してほしい。
だがアントンはアルの隣に腰を下ろすと、アルの耳に口を寄せて小声で呟く。
「お前、女は嫌いか?」
アントンは、思わせぶりな目つきで三人の女性を見る。
「な、何が言いたいんだ?」
アルの動揺をはぐらかすように、アントンが小声で続ける。
「まぁそれはいい。実は、この家には立派な地下室があるんだが」
「どういうことだ?」
それがどうした、という思いでアントンの光る頭を間近に見る。
アントンはテーブルのティーカップを手に取ると、一気に半分ほどを口に流し込む。そしてふっと笑って小声で続ける。
「ここから直接迷宮へ入る秘密の通路があるのさ」
「まさか」
「迷宮の王様でも、わからんのか?」
アルが迷宮の外へ出ると、迷宮との接続はとても弱くなる。今ここで、すぐに細部を確認することは難しいが、確かにこの下に、迷宮との濃い繋がりを感じる。
「それなら地下へ行ってみるか?」
ごちそうさま、とカップをテーブルに置いて、アントンが立ち上がる。
アルも残ったお茶を飲み干して、慌てて席を立った。
二人は暗い石の階段を下りて地下室へ入る。
そこは何もない広い部屋で、魔道具の照明が灯っていた。
アントンは部屋の奥に飾られているタペストリーの模様に指を当て、文字を描くように素早く動かした。
タペストリーのかかっている壁のすぐ横の床が口を開いて、更に地下へ降りる階段がそこに現れた。
「なるほど、結界に魔法の鍵がかけてあるのか。器用なことをする」
アルは感心して呟いた。
アントンを先頭に、二人は石段を下りて地下二階の部屋へ降りた。
アントンの足が床に着くと、壁の照明が一斉に灯る。
そこも、なかなか広い部屋だった。
部屋の奥の壁には大きな鏡が据え付けられていて、その前から躊躇なく踏み込んで、アントンは鏡の中へ姿を消した。
アルも続いて中へ入る。
「これは、転移魔法だな?」
「ああ、ここだけのために作った特別製の魔法具だ」
対になった鏡を抜けた場所にはもう一つ大きな石の扉があり、それを開けると迷宮の中だった。
アルは自分がどこにいるのか、すぐに把握した。
「なるほど、ここから三層の脇道へ出るわけか、知らなかった……」
「な、便利だろ」
「だが俺なら今すぐにでもこの道を塞いでしまえるぞ」
「こらこら、これを作るのにどれだけ苦労したと思う」
アントンは、アルの胸を軽く叩く。
「せっかくだから、ワシを最下層まで連れて行ってくれぬか?」
「じいさんは何層まで行ったんだ?」
「単独で三十層までは偵察したな」
「せめて三十二層まで来てくれれば、俺の村がもっと早く発見されたのに……」
「すまん」
「では九十三層へ転移するが、余計なことをすると簡単に死ぬぞ」
アルが真面目な顔なので、さすがのギルド長の薄笑いも消えた。
「迷宮主代理のレッドドラゴンがいるが、間違っても慌てて動くな。あんたじゃ骨も残らず灰になる。まあ、俺はそれでも一向に構わんが」
「わかっておるわい!」
そして二人は最下層の、迷宮王の間へ転移した。
そこは、一層十五メートルの高さは優にある巨大な階層を、三層吹き抜けにした大空間である。
全長十メートルを超えるドラゴンが飛び回れるだけの余裕がある。
空間を満たす白い光が、粗く削り出したような黒い岩肌に淡い陰影を作っている。
二人の見上げる前に、翼を畳んだ赤い竜が彫像のように立っていた。
その像が、突然動き出す。
久しぶりに会う主人の姿を確認し、ドラゴンが嬉しそうに咆哮を上げた。
さすがのギルド長も青ざめて、一歩下がる。
「気にするな、オレオン。この人相の悪いじじいは、これでも俺の仲間だ。食ったら腹を壊すから、止めておけ」
そう言ってアルは、オレオンと呼んだドラゴンの足元を悠然と抜けて、奥の洞窟の中へ入って行った。
置いて行かれては大変と、アントンもすぐにその後を追う。
アルは奥の間に保管しているオルセン王家に伝わる秘宝の数々を披露した。
「多くの財宝は、保管の魔法が施された特別製の箱に入れられていて、昔と変わらぬ状態にある」
数多くの箱の中には王家に伝わる武具や日用品の他に、輝きを失わない財貨やきらびやかな衣装、精緻な細工の工芸品や装飾物などが蓄えられている。
暮らしに必要であった物の多くは既に残されていないのは残念だが、この箱のおかげで村人には数多くの地上の知識が記された書物が残された。王家の教育にと集められた書籍が、結果的には村人の暮らしや文化を高め、地上への夢を紡いだのだった。
「本当にお主は、王家の末裔なのだな」
「俺はあんたと違って、嘘は言わん」
「いちいち気に障る奴だな、まったく」
言いながらも、アントンは周囲を見回して首をすくめる。
「それにしても、こんなに濃い瘴気は初めてだ。お前はこんな凄まじいところで暮らしていたのか……」
「なに、たいしたことじゃない」
アルは強がるが、それが原因で多くの村人が死んでいったのも事実だ。
村人が下層を目指したおかげで危険な戦いに身を投じることとなり、瘴気の濃い世界で暮らすうちに皆次々と体を壊した。
あのまま瘴気が薄くて安全な三十二層で暮らし続けていたのならば、もっと早く村人は地上へと出られたことだろう。
だが、そうしていれば、迷宮王アル・オルセンは存在しなかった。
迷宮を統べる王として、アルは迷宮の中にいればその全体像を把握することが可能だ。
「あんたの作ったあの入口はうっかりしていたが、最近作った物だろう?」
「ああ、その通り、お主が学園に行っているこの半年の間に開通させた」
アルは迷宮全体を再確認して、今現在地上とこの迷宮を繋ぐ入口が、全部で三か所あるのを感知する。
「地上と繋がる出入口は、三か所だけだ。メインとなるギルドの大扉と、じいさんの家の地下と、もう一つ、俺が使っている街の外の森にある通路だ」
「街の外だと?」
アントンが気色ばんだ。テネレの迷宮を管理するギルドマスターとしては、聞き捨てならない重要な問題である。
「大丈夫なのか?」
「なら行ってみるか?」
アントンの返事を待たずに二人は転移して、薄明るい狭い空間へ出た。
アントンは即座に身構える。
すぐ近くに、濃厚な魔物の気配がする。
「どういうことだ、これは!」
怒声をはらんだアントンの声が、狭い空間に響く。
「よせ。動くと首が飛ぶぞ」
ここまでをお読みいただき、ありがとうございます!
今回から物語の折り返しとなりますが、正直ここまでが長い序章なので、この話辺りを物語の一話目にして、あとは徐々に回想で語る、とするか悩みました。
ここから後半は一気に終盤へなだれ込みます。そのテンポを壊したくないので、結局時系列的な進行で始めてしまいました。
この先を読んでいただけると、嬉しいです。
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