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第十二話 迷宮村遠征

 


 授業も半年が過ぎ、次の目標は迷宮十五層の村、イグナトだ。


 パーティは今までで最大の十人組となり、パーティを引率する教員も、二名となる。

 それが三組、迷宮村の入口で合流した。


 今回は競うよりも安全にそこまで行き、迷宮村の近くで野営するのが目的だ。

 迷宮村の物価は地上に比べて異常に高いので、村を見物するだけで泊まらずに、外で野営をすることになっている。社会科見学のようなものだ。


 アルにとっては、馴染みの深い場所だった。


 最近は仮面の冒険者としての活動は滅多にできないが、月に一度くらいは休みの前日に迷宮へやって来て、イグナト村に泊まって情報を仕入れる程度には出入りしている。


 今のイグナト村は安定していて、特に問題はなさそうだ。

 迷宮の魔物はアルが自分でコントロールできるので、心配は無用だった。


 以前仮面の冒険者マットとしてここへ来た時には、下の層から少し強めの魔物を集めて軽く村を襲撃させてみたことがある。

 今回は、そういう介入は不要だろう。


 学園の全員が、イグナト村に巣食う荒くれ者どもに怯えながら、おっかなびっくり村の中を見学した後、近くの草原で野営の支度を始めた。

 今日から三日間、ここで野営をする予定だ。


 ここは、泉から流れる聖なる川のおかげで、近寄る魔物もほとんどいない。九層の沼地とはずいぶんな違いだ。


 朝まで交代で見張りをしながら、三十人の生徒が一堂に集まり野営する。

 教員も交代で見張る中、異変は起きた。


 その日、深夜の見張りに着いたのは、レイ・フェリックスだった。大柄で黒く艶のある筋肉自慢の肉体をフルに使うレイはアルと同室で、前衛ランキング一位を維持している。同じく前衛二位の槍使いリディアを見張りの相棒にして、二人で昼間の魔物との戦闘について話が弾んでいた。


 リディアは金髪で体格の良い女性で、レイは出会った時から恋に落ちている。

 リディアはレイにはあまり興味がないのだが、同室のニコルやリサに聞いているアルの存在が不思議と気になり、アルと仲の良いレイに色々話しかけていた。


「あんたのところのアルってのは、ちょっと変わってるらしいな」

「アルか。確かに、可愛い顔して相当の使い手だぜ、あれは」


「ギルド長の孫ってのは本当かい?」

「さあ、アルからは一度もそんな話を聞いたことはないがな」


「でも、この前の十層クエストのリーダー争いでは、あのパオロを一撃で落としたって聞いたよ」

「ああ、入学試験の時にアルがSランクのグレンさんの刀を折っちまったところは見てるか?」


「ああ、見たよ。でもあれは魔剣が紛れ込んでたって話じゃないか?」

「そんな訳ないだろ。あれこそギルド長のペテンだよ。孫の実力を隠すためのな。きっと小さい頃から英才教育を受けていたのに違いないさ」


「道理で、うちの切り裂き姫がメロメロにされちまうわけだな」

 さすがに同室で仲の良いリディアは切り裂き魔とは言いにくいようで、姫をつけて親しげに呼んでいる。


「そうか。リサまで落とされちまったか……」


「ああ、最近急に手鏡なんぞ覗いて何やら呻いていたりする。完全に病気だな、あれは」

「剣以外には全く興味がありませーん、て顔してたあいつがか?」


「それに、ニコルだってちょっと怪しいぞ」

「おいおい、お前は大丈夫だろうな」


「なんだい、気になるのか?」

「いや、まあな……。それにしても、二時間の見張りってのも、結構長いもんだな」


「ああ、そうだね。ここは草原と言っても結構草が高いから、見晴らしがいいとは言えないし」

 リディアはそう言って周囲を見る。野営地の近くの草は刈ってあるが、その向こうは背の高い草と暗闇が広がるばかりで、退屈な眺めだった。


「魔物っていうのは、こんなに暗い中でも動けるもんなのかね?」

 そう言って、レイは大きなあくびをした。


「ああ、授業で習っただろ。魔力の感知能力が強い魔物は、逆に魔力結界を目指して襲って来る場合があるって……」

「でもこの辺には先生の作る結界を越えるような強い魔物はいねえって話だろ……」


「まあ、そうらしいね。ここは十五層の安全地帯だからねぇ」


 しかし、野営地の周辺に張られた魔物除けの結界を越えて、それはやって来た。


 気が付けば数頭の大きな影が野営地の中に入り、無人の大きな天幕の中を荒らしていた。

 異変に気付いたのは、半分居眠りをしていたもう一組の、別の学生の見張りだった。


 複数の物音に驚いて目が覚め、慌てて音のする方へ明かりを向けると、幾つかの大きな影が足音を立てて逃げ出した。


「魔物だ! 野営地に侵入された!」

 大声で異変を告げると、野営地は大騒ぎとなった。

 これにはアルも、心底驚いた。


 何しろ、魔物の気配がまるでなかったからだ。まさかイグナト村の冒険者が忍び込んだのかと、緊急体制を取り天幕の外へ飛び出した。


 迷宮内での魔物の行動は全て、迷宮王であるアルが把握できる。だが、地上由来の普通の生き物や、人間の細かい行動までは詳細に把握しきれない。


 特に魔物の少ないこの階層では、逆に監視の目も少なくそれが顕著だ。

 野営地を襲った謎の生物は既に逃げ出していたが、それを追った見張りの教員によって、いくらかが仕留められていた。


 幸い生徒たちに、怪我人は誰もいない。

 しかし、無残にもパーティの食糧は食い荒らされて、悲惨な状況となっていた。


 野営地を襲撃した生き物を調べた教員は、驚き首を傾げる。

 確かに、安全地帯の十五層でも魔物が全く出現しないわけではない。


 現に何か月か前にも、防護柵を超えてスパークウルフの群れが村を襲う事件があったばかりだ。しかし、それ以降冒険者たちは徹底してこの階層の魔物を排除しているので、最近の十五層は安全過ぎるくらい安全、と言われている。


 だが今夜倒された獲物は、魔物ではなかった。

 それは、丸々太って美味そうな、巨大な豚であった。


 確かに、イグナト村では周囲に畑を作って家畜を飼育し、ある程度の自給をしている。

 新鮮な鶏の卵やヤギの乳などは、迷宮内ではとても貴重な食糧だ。


 そこから逃げ出した豚が野生化しているという噂も、聞いたことがある。

 しかし、逃げた家畜は魔物除けの厳重な柵のある村の中へは入れないので、今まで目立つことがなかった。


 これまでに、こうして野営するパーティの食糧を野生化した家畜が狙っているなどとも、聞いたことがない。


 本来なら魔物を感知する高性能な結界も、ベテラン冒険者の魔物に対する危機察知能力も、微細な魔力を感知しようとするがために、豚には全く働かなかった。全て裏をかかれて、ただの野豚が天幕の食糧を漁り尽くしていたのだった。


 だがそのうちの何頭かは、幸いにも追った教員によって仕留められていた。


 巨大な豚を解体して肉にすれば、この大パーティでも食料に困ることはないだろう。

 丸々太って、魔物の肉よりもかなり美味そうだ。


 逆にイグナト村で余った豚肉を高値で買い取ってもらえば、その金で野菜を補充して明日は豪華な焼肉パーティができるだろう。


 かえって学生たちは、質素な野営食が豪華になると、喜びに沸いた。


 野生化した野ブタは魔物の少ないこの階層で繁殖していた。その体は地上の家畜とは明らかに違う、桁外れの巨体化をしていた。いずれ何世代か後には瘴気を取り込んで、魔物化するのかもしれない。


 アルは入学試験の日の夜にアントンから言われた一言が、胸の奥に突き刺さっている。

「お前からは人間というより魔物に近い気配を感じる。それも、飛びきり強い魔物だ。魔人、と言ったところか」


 ひょっとしたら、自分の体のどこかには、既に魔物のコアがあるのかもしれない。アルはそんな恐怖を感じて、身震いをする。


「大丈夫、俺は人間だ」

 アルは蒼白になって呟く。


 だが、今はまだ中層に辿り着いたばかりの地上の人間はいつか、自分をこの迷宮の奥深くまで追い詰め、止めを刺そうとするだろう。最下層に追い込まれた自分は、その時に人類を相手に魔物として戦うことになるのだろうか?


 悪夢のような光景を想像して、絶望に顔がゆがむ。


 アルは自分の持つ強大な魔力が外へ漏れ出るのを極度に恐れて、内部深くへ圧縮し、隠蔽している。並の感覚ではそれを感知できないが、ある種の人間には何か不可思議な力の胎動として認識されるようだ。恐らくアントンは、そんな人間の一人なのだろう。そしてそんな人間が、アントンだけとは限らない。


 迷宮内の出来事をもっともっと監視するために、人間や野生の生き物、それに自然現象までも、常に探れないかとアルは考えた。瘴気の満ちる迷宮自体にも、ある程度の意思があり、そこで起こる出来事の記憶は残る。だがより詳しく知るには、更に多くの目や耳が必要だった。


 その日から、見えないような小さいコアを持つ虫に似た魔物が迷宮のあちこちで次々と発生し、密かに広がっていくことになる。


 人間の中にも、その異変に気が付いた者が僅かにいた。しかしそれはほんの一部に限られて、多くに知られることは無かった。異変の始まった時期も含めて、うやむやのまま人々の記憶から消えることになる。

 迷宮の謎は深く大きく、些細な変化はその原因も理由も目的も、人間には全く想像がつかなかった。


 まさかその発生の原因が、十五層の野ブタであったとは思うまい。それを知るのは、ただ一人のダンジョンマスター、アル・オルセン本人だけだった。


 

 


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