第十一話 十層クエスト
一回戦は、メルビンとニコルの魔法使い同士の対戦だ。
魔物が怖くて迷宮に入ると委縮するニコルも、学園の中で、しかも相手が防御や回復系専門のメルビンなら安心して攻められる。
支援魔法でステータスを上げたメルビンが作った魔法防壁を切り裂いて、ニコルの水の刃が直撃する。太い鞭で打たれたような衝撃でメルビンは吹き飛び、一方的に勝負は決した。思いもしないニコルの圧勝に、周囲は言葉を失う。
「おい、あの魔法の威力は異常だぞ。迷宮であれが使えれば、無敵じゃねぇか?」
戦闘には不向きな気の弱い女と馬鹿にしていた面々は、見たこともないような威力の魔法に圧倒された。
二回戦は、ラッセとリサの剣技対決だ。
天才剣士と謳われるリサに対して、いつもの大振りな斧ではなく、今日はやや小回りの利く大剣を構えたラッセが力任せに一方的に攻め立てて、そのまま押し切るかに見えた。
しかし旋風のような鋭い連続攻撃はいつまでたっても空を切り、リサには届かない。次第に焦るラッセの太刀筋がやや鈍ったところを見逃さずにリサが打ち込むと、ただの一撃でラッセの剣が手から離れて宙に舞う。鼻先に細剣を突きつけられたラッセが、恐怖にひきつった顔で両手を上げた。
思わぬ女性の活躍に、その場が静まり返る。大声で喜ぶのは勝ったリサとニコルだけだ。
さて次は、くじ引きでシード権を掴んだアルとパオロだ。この勝者が、次のリサとニコルの勝者と決勝で戦うことになる。
パオロはいつもニコニコ笑いながら冗談ばかり言っているが、喧嘩となれば真っ先に飛び込むような、好戦的な男だ。器用なので武器も魔法も何でもこなす。実は一番厄介な万能型の実力者かも知れない。
二組の熱い戦いを見たチームメイトからは手加減するなと挑発されて、アルは仕方なく少しやる気になった。これだけ皆が真剣に戦う姿を見れば、アルも何とかせねばと思ってしまう。
先制攻撃は、当然パオロだ。彼が手にするのは、くの字に曲がった刃渡りの長いククリナイフで、しかもその刃には魔力を付加した輝きを帯びている。それだけで既に、学園生のレベルを超えている。
入学試験で試験官がアルに放ったのと同じ、防御ごと全てを切り裂く必殺の一撃である。
アルはパオロの一撃を、更に短い一本のナイフで軽く弾いて躱した。
教官の剣を折ったあの一撃は誰でも知っているので、そこまではパオロも予測している。
だから一撃目はおとりで、振りぬいたその勢いで更に踏み込んで二撃目を狙う。
アルのナイフは短い。
だからパオロは遠心力による加速を得て、獲物の長さと重さで勝負をかけた。
しかし誤算は、アルにより弾かれたその刃の勢いが逆に加速されてしまったことだ。
本来は、初撃で相手の体制を少しでも崩す計画だった。だがアルは軽いステップを踏んで距離を取り、逆にパオロはやや体が前に流れた。
予期せぬ勢いで体が泳いだために僅かな隙が生じる。そこを逃がさずアルに懐へ飛び込まれて、無防備な脇腹に掌底の重い一撃を食らった。
パオロの勢いが止まり、腰から地面に落ちる。それだけで呼吸が止まり、もう動けなかった。
普段目立たないアルだが、同室の男たちはその実力をよく知っている。だからパオロも最初から全開で挑んだ。
だがそこまで知らぬ女性二人は、驚く。
パオロの魔力を込めた鋭い攻撃を見た瞬間には自分が彼と対戦しないで良かったと心から思ったのだが、それを易々と躱して一瞬で倒したアルの力は想像を絶する。
「ああ、わかった。私らの負けでいいよ。これ以上やる必要もないさ。あんたがリーダーだ」
リサは両手を上げて、降参のポーズをとる。例えこの女性二人のどちらが勝ったとしても、今のリサとニコルではアルに勝てるイメージは全く湧かない。無駄に女同士で争う必要もないとニコルを振り返る。
ニコルも興奮に顔を赤くして、リサの言葉に何度も頷いていた。
そもそもここにいるメンバーは、自分以外の生徒への関心が極端に薄い者ばかりだ。こんな風にして真剣に他人の戦闘を見ることも少ない。だがこの日は明らかに、新しい何かを皆が感じていた。
二人はアルの実力を認めながら、別の意味でも安堵していた。
リサもニコルも、二人が直接戦うことには最初から忌避感があった。同室の仲の良い友人同士でもあったし、互いに相手の実力を認めていて、しかも互いに苦手なタイプだった。
リサが先に降参を表明して二人が戦わずに済むことには、ニコルも全く異論がない。
そんな事情で、目立ちたくないアルが珍しくリーダーになってしまった。
アルがリーダーになり考えた作戦は、派手なところが全くない、うんざりするような苦行だった。
アルが概要を説明する。
「五層までは、消耗を避けるため極力戦わずに走り抜ける」
「了解」
「六層は、貴重なドロップアイテムを落とす魔物を中心に狩りながら速やかに抜ける」
「異議なし」
「七層の森では魔力回復薬の材料の一つになる木の実を集めながら歩いて、魔法で乾燥させて重量を軽くして持ち運ぶ」
「……そんな器用な魔法が使えるかっ!」
「大丈夫、俺に任せろ」
「……」
「八層はパス。魔物を無視してただ駆け抜ける」
「九層が勝負の階だな?」
「ああ、九層のある場所には、非常に素早い小型の魔物が大量に湧く場所がある」
「知ってるぜ、キラーバットだな。極めて稀に、貴重な素材【バットの牙】をドロップする」
ラッセが訳知り顔で頷く。
バットの牙を矢じりに使うと、射手の魔力により射った矢を誘導できるようになる。例え外れても手元に戻せるので、命中するまで何度でもその矢を使える。
ただし、高速で飛ぶキラーバットを一撃で倒せないとアイテムをドロップしないので、支援魔法や剣技の優れた者でないとなかなか入手できない貴重なアイテムだ。
腕に自信のあるパーティは、そこが目当てだろう。
「なるほど、そこで勝負に出るんだな。やってやろうじゃないか。うちには強力な支援魔法使いと、腕のいい剣士が揃っているからな」
さっそくパオロが興奮して、騒ぎ始める。
「いや、だから俺たちは、そこをパスして反対側の水辺を狙う」
「九層の水辺だって?」
「あんなところに何があるんだ?」
「行けばわかる」
予定通り、アルのパーティはろくな戦闘もせずに九層まで辿り着いた。
同じように九層まで駆け抜けたパーティが、既にキラーバットを狩り始めていた。しかしアルたちはそこを諦めて、階層の反対側にある水辺を目指した。
そこは浅い沼地で、水の中にはびっしりと水草が生えている。
「おいおい、アルさんよ~、こんなところで俺たちは何をするんだ?」
「これって、マカンの実よね」
「そうだ。今日は一日、これを集める」
「ええええええ~!」
全員が叫ぶ。
「だってこんなの、三層の湖沼地帯にいくらでも生えてるだろうがっ」
「違う、話を聞け」
滅多に人と話をしないアルには、ここからが難関である。
「最近の授業を聞いていないのか、お前たちは?」
学園では、ただ戦闘訓練に明け暮れているわけではない。
魔法や武器防具についての基本知識は当然として、迷宮やギルドの歴史と、そこにいる魔物の分類や特徴と対応方法、迷宮内で採取できる各種素材の相場感と主な利用方法、そして魔道具や魔法薬の種類と簡単な製造方法まで、多岐に渡る知識を学ぶ。
「今の、テネレでのマカンの相場を知らんのか?」
「相場だって?」
正直言って座学の授業など居眠りの時間だと思っていた面々が、まさか相場などという言葉をここで聞くとは思ってもいなかった。
アルは、たどたどしく説明を始める。
「確かにこれは迷宮にしか生えないマカンの実で、冒険者にとって必須の傷薬の原料になる。三層の湖沼地帯にはいくらでも生えていたが、取り過ぎてその数が減っている。おかげで最近急に値が上がっているのだ」
「確かに聞いたことがある」
皆が頷くので、アルは説明を続けた。
「瘴気の多い九層のマカンは魔力による回復効果が強く、高く売れる。しかも、こんなところまでマカンを取りに来る冒険者は珍しいから、水底にはその実が大量に沈んでいる」
「まあ、確かにそんな阿呆はいないだろうな……」
「逆に、今話題のバットの牙は、値が下がっている」
「そうなのか?」
「そうだ。見通しの悪い場所が多い迷宮で弓を使う者は少ない。魔力の少ないサポーターが遠距離攻撃用に持つことが多いが、バットの牙のように高価な矢じりが沢山売れると思うか?」
確かに、その辺の事情は、皆多少は知っている。
アルは続ける。
「弓を使うのは、どちらかと言えば地上の騎士や軍が中心だ。どちらにせよ魔力を使う者は少なく、バットの牙を操れる者は数少ない。魔力があれば弓なんか使わずに、ニコルみたいに強力な魔法をぶち込んだほうが、遥かに効率がいいからな」
「なるほど、話はわかった。で、俺たちはどうするんだ?」
「必要な道具は俺が持ってきた」
アルは背中の大きな荷物を広げる。
水中の実を掬う笊と、硬い殻を割るためのハンマー、中身を集めて運搬するための麻袋。
先ずは皆で水の中へ入り、笊で掬って実を集める。
胡桃より一回り小さいやや楕円の硬い実を、笊で掬って沼の水できれいに洗う。
そのままでは殻が水を含んで柔らかく弾力を持つので、アルが一度魔法で乾燥させてから、ラッセがハンマーで割る。
この場で嵩張る殻を割って、薬効成分のある中の実の部分だけを集めるのだ。
そこまでの作業自体には大きな危険もなく、マカンの果実はいくらでも水の底に沈んでいる。
割って集めた中の実はそれなりに重いが、重量当たりの価格は低層の安い魔物のコアの比ではない。
値上がりしている今なら、圧倒的に高い金額になるのだ。
ただ、こんな淀んだ水辺には、気味の悪い魔物が数多く出現する。どこにでもいるスライムの仲間も毒のある種類がいるし、イエロートード、ブラックトードという毒ガエルの仲間や、水生の凶暴な鼠であるヌマネズミも見かける。一番厄介なのはスパークボアという巨大な蛇で、水中で雷撃を発すると結構なダメージを受ける。
おかげで雷撃耐性のない者はいちいちメルビンに支援魔法をかけて能力を付加してもらわないと、危なくて水にも入れない。
そうやって六人が集まり作業をしていると多くの魔物が集まって来て襲われるが、それは交代で護衛役を務めて効率的に狩り、魔物のコアも集められた。その中でも、長距離から広範囲に強力な威力を発揮するニコルの魔法は、非常に役に立っていた。
昼食は狩った魔物の肉や途中で採取した山菜をアルが焼いて皆でたっぷりと食べ、水辺のバーベキュー大会のような賑やかさになった。
ここまでにアルが提示した知識は、本来学園の生徒なら誰でも知っている、極めて常識的な情報に基づいて計画されている。(授業中に居眠りしてた奴を除く)
通りかかった学園生からは奇異の目で見られ、泥にまみれた彼らを笑うものも多い。
「お前ら、迷宮で泥遊びとは楽しそうだな」
「水遊びばっかりしていないで少しは戦闘をしないと、腰の剣が錆びるぞ」
しかし何を言われても、彼らは動じない。元々ランキングでは中位に甘んじて頭打ちの自分たちである。始めたからには最後までとことんやってやろうと、逆に意地になって黙々と作業を続けた。
全身泥だらけになって一日中作業をして、かなりの量を集めた。
アルの持ってきた道具も水辺に置き捨て、全員で重い袋を担いで十層の集合場所へ辿り着いた時には、皆肩で息をしていた。
移動中も、濡れて汚れた風体の彼らをからかう者は多く、泥だけでなく屈辱にもまみれた一日を、何とか六名は乗り切ったのだった。
そしていよいよ学園の全員が十層の野営地に集合し、アイテムを集めて換金額を比較する。
アルのチームが集めた大量のマカンの実を見て、生徒も教員も驚き目を見張る。
彼らはその他にも換金率の良いアイテムを多数集めて、圧倒的な勝利を修めた。
疲れ切った体を寄せ合って、ずっと五位や六位だったメンバーは爆発的な喜びに満たされた。
集めたアイテムは翌日また苦労して、地上まで運んだ。
そしてそのままギルドへ持ち込んで、換金した金はパーティメンバーで分けることになる。
「本当に、こんなすごい金額に化けるなんて……」
「よし、今夜は街で宴会だね」
「俺、一度行ってみたい店があったんだ。これだけの金なら、行けるぞ!」
思いもかけない大金を手にしたメンバーは夜の街へ繰り出して、六人揃って打ち上げの大宴会を催した。




