第十話 学園生活
アルの同室者は四人いる。これから一年間、同じ部屋で寝起きすることになる仲間だ。
部屋に集まりそれぞれのベッドに座っていた五人は、端から自己紹介を始める。
最初は入口の脇に座る筋肉質の黒人男性が立ち上がり、口を開いた。
「俺はレイ・フェリックス、十五歳だ。一年間よろしく頼むぜ」
次に、隣にいる彫りの深い優しい顔の若者が立ち上がる。
「僕はメルビン・ディラード。十七歳だ。回復系の魔法を得意としている。戦闘では何かと役に立つ男だ。よろしく」
次は北方系の、大柄で物静かな男だった。手に持った巨大な斧を頭の上にかざす。
「ラッセ・トロットだ。十六歳。見ての通り、斧を振り回すのが大好きだ」
「わお、すげえ斧だな。俺はパオロ・ルイスだ。先手必勝。でも逃げ足も速い」
そう言って立ち上がるのは、天然パーマの黒い髪を気にして指で触っている、軽い乗りの男だ。
続いてアルも立ち上がる。
「アル・オルセン、十五歳。北方の遠い村から来た」
何とか最小限の挨拶で済ませた。
三十人全員が、入学時点でEランク冒険者に認定されている。
これから基礎訓練を一か月みっちり行った後に迷宮へ入り、実践訓練となる。
寮の部屋割は男女別だが、授業においては男女の区別は一切ない。
先ずはそれぞれの適性を見るために、ランダムな五人×六パーティに分けられた。
それに引率の教官を合わせて六人パーティで、迷宮へ潜る。
教官は皆、現役のAランク冒険者だった。
各自の適性を確認しながら、前衛中衛後衛全てのポジションを入れ替えて、迷宮でひたすら戦闘を続ける。
休む間もなく魔物と遭遇し戦闘、ポジションをローテーションし、移動してまた戦闘。いよいよ危ない時には引率の教官が手を貸すが、基本は生徒だけで戦い続ける。受ける傷や怪我は絶えないが、学園から支給される魔法薬と教官の回復魔法により強引な連戦が続く。
一日中朝から夕までそれを繰り返して、限界まで戦って地上に出る。迷宮での訓練は、ひたすらその繰り返しだった。
アル以外の生徒には、実に過酷な体験だ。
しかしこれなら確実に強くなると思える、充実した時間でもある。
一日おきに迷宮へ潜り、その間に座学と訓練、週に一日休みがある。
パーティメンバーも一週間ごとに入れ替えて、全員が常に均等に鍛えられるようになっている。
休日にはアルも同室の仲間と街で遊んだり、流行りの小説を貸してもらったりと、学園生活を満喫していた。
アルの暮らしていた迷宮の村では、このようなポジション分けというのはなかった。
常に危険にさらされている迷宮では、幼い頃より一人で身を守る術を身に着けなくては生きていけない。
一番重要なのは魔物を倒すことよりも、自分の身を守り、逃げきることだった。
各人が得意不得意の差はあっても、誰でも何でも一通りのことができなければ、生き延びることが難しい。例え体が大きく力が強くても、危機を察知して逃げる足のない奴は、迷宮では生き残れない。自分より強い魔物と遭遇する可能性は常にあり、そこから生還する能力が最重要である。
魔物との遭遇は、予期せず突然に起こる。どんなに強力な魔法が使えても、突然遭遇する魔物との近接戦闘ができなければ、特定の魔物としか戦えない。逃げ足と接近戦のドッグファイト。そんな基礎能力が、村人は極めて高かった。
後は戦う相手により自在にフォーメーションが変化するだけだ。
だからこんな風に固定されたポジションというのは、アルも考えたことがなかった。
これは基礎能力の低い人間が集団戦闘を行うことで、何とか迷宮で生き延びるための知恵なのだろう、とアルは考える。
最初の三か月が過ぎると、より厳しい訓練が始まる。
それぞれが得意とするポジションに分かれ、細かい得点制により各ポジションでの順位を競うようになる。それはポジション内のランクに留まらず、生徒三十人全体でのランク付けにも使われた。
パーティを組む仲間は互いに命を預ける友であり、競い合う敵でもある。
そんな中で、アルだけは独特の地位にいた。
「まあ、入試の時に見せた剣技は本物だろうな。間違いない」
「それに、あのギルド長の孫らしいぞ」
「どうりで何でもできて当たり前。奴に無理に競りかけても仕方がないよ」
「だけど滅多に口を開かないから、何を考えているのかよくわからないんだよな」
「確かに奴は不気味だよ」
「あら、そこが神秘的で素敵なんじゃないの」
その辺りは、意見の分かれるところではある。
ところがアルは、どのジャンルでもトップに立つわけではない。
確かに、何でも余裕でそつなくこなす。どんなポジションでも、苦手にしない。だが決して目立つような活躍もしない。
ただ混戦に陥った戦闘でパーティが苦境に陥るような時には、教官が介入するよりも早くアルが何らかのアクションを起こして危機を救い、パーティを立て直すための役に立つ。
何人もの生徒がさりげなくアルに救われて、ほっと胸をなで下ろす、そんな経験をしていた。
そして、それを決してアルは自慢しない。
言葉少なに常に笑顔で、どんな苦境もものともしない安定のメンタル。
時々変な言葉を使い、意味不明の独り言を呟いているけれど、それも愛嬌のうちと認められていった。誰もが自然にアルの周りに集まるようになる。
その傾向は、教官たちも捉えていた。
「永遠に続くかと思われるような過酷な訓練の毎日で、生徒たちがなんとか生き延びようとする本能が、自然に奴の能力を認め、求めるのだろうか」
「それとも何か本当に神秘的な力を、アルは持つのかもしれない」
「何しろ、あの非常識な力を持つギルド長の血を引いているのだからな」
教官たちは漠然とそう考えていたが、他にもっと優秀な生徒は存在する。それならば何故抜群の体力を誇るあいつや、強力な火炎魔法を操るあの生徒にもっと人気が集まらないのか。よく効く魔法薬を作るあいつとか、効果的な支援魔法や回復魔法を覚えたあの娘に、何故そこまでの信頼がないのか。
不思議と言えば、不思議だった。
ランキング争いが次第に激しくなる。魔物との戦いに加えて、仲間同士の争いが必要以上に教師に煽られて、生徒たちは興奮し、皆殺気立っている。
そんな中で、各ジャンルの上位から順に二人ずつ生徒を集めて、六人のチームを組むことになった。今回は教官抜き、学園の生徒だけで行動する。
トップチームは、前衛の上位二人、中衛の上位二人、後衛の上位二人による選抜チームだ。
そこに、アルの名はない。
二番目のチームにも、アルの名はない。
三番目のチームに、やっとアルの名があった。
アルとしては、一番目立たない中間層の、予定通りの順位を維持していた。
しかしそのチームはバランス型の中堅チームである筈だが、意外に隠れた実力者が多い。
能力があっても協調性やコミュニケーションなどに問題があり、順位が上がらず気力が空回りしている者が多い、ある意味問題児の集団だった。
そのチームで迷宮に潜り、十層を目指すことになる。
十層の主ギガンティックラットは先日何度目かの討伐によって姿を消しているので、今は一時的な安全地帯となっている。そこで初めて、迷宮内での野営をするのだった。
生徒たちがパーティに分かれて競うのは、そこに行くまでに倒すモンスターの数だ。
厳密には数ではない。手に入れた魔物のコアやドロップアイテムなどを換金して入手する、最終的な収入の総額だった。
サポーターはいないので、全て自分たちで十層の野営地まで持ち運ぶ必要があった。そこでチームごとに鑑定を受けることになる。
大きさ、重さと売値を考えて、場合によって途中でアイテムを取捨選択する必要がある。
荷が重くて戦闘に支障が出るようでは、先に進めない。
パーティの強い弱いは関係ない。いかに無駄なく多くの金を稼ぐか。冒険者として生きる上での、総合力が試される。
アルのいるチーム六人のうち、男四人は偶然にも同室の仲間だった。そして同室でただ一人ここにいないレイは、栄えある前衛第一位としてトップチームに参加している。
チームの構成とアルによる評価はこんな感じだ。
前衛
ラッセ 男性 特徴:狂戦士 前衛六位
北方系の大柄で物静かな男だが、戦いとなると桁違いの暴れっぷりを披露する。
前衛または中衛で抜群の攻撃力を発揮する、敵に回したくない男。
パオロ 男性 特徴:先制攻撃 前衛五位
器用で何でもできるが、素早さ以外にこれといった特徴がない。
好戦的で真っ先に戦闘に参加したくて前衛を選んだが、どちらかと言えば中衛向き。
中衛
アル 男性 特徴:何でも屋 中衛六位
無口キャラを貫くのは結構辛い。
リサ 女性 特徴:天才剣士 中衛五位
剣技の天才で、長い手足を生かして踊るような美しい剣で全てを切り裂く恐ろしい女。
魔法嫌いで、魔法や魔道具抜きの対人戦闘なら、恐らくアルを除いて学園で一番。
後衛
メルビン 男性 特徴:回復支援系魔法 後衛六位
リサとは逆に魔法以外のことをやらずに、後ろでさぼっている。
魔力だけなら誰にも負けないと本人は思っている。
ニコル 女性 特徴:攻撃魔法 後衛五位
辺境の村で祖母から魔法を教わって育ち、入学時には既にかなりの使い手だった。
しかし魔物が恐ろしくて迷宮に入ると腰が引け、肝心な時に魔法が使えない。
既にどのチームも、十層までなら苦戦することもないパーティの実力がある。
ここからは教官抜きの六人だけで迷宮へ入ることになるので、誰も助けてはくれない。
しかし、アルのいるパーティには、曲者が揃っている。
本来ならもっと上位にいてもおかしくない実力者たちだが、基本的にやる気がない。他人のことを構う気もない。それはアルも同じだが。そんな連中が迷宮で生き残れるのか。アルは不安だった。
全員が、学園の、というより自分の現状に満足していない。本来自分はこんな順位にいる人間ではないと自負している。
ただ、そこにアルがいるだけで、不思議とこのチームに安心ができた。これは何とかなるかもしれないと思うから、余計に普段は言えないことも強気になれるのだ。
だから、誰がリーダーになるかでひと揉めした。
アルがリーダーなど全くする気がないとなれば、自分の出番だろう。そう考える者が多い。
「俺がリーダーでいいだろ」
「ふん、あんたみたいな狂戦士には荷が重いよ」
「お前もそうだろうが、切り裂き魔!」
「何言ってんだい、後ろで応援しかできない奴は黙ってな」
それぞれが勝手なことを言い始める。目立ちたくないアルは無関心で、魔物が怖いニコルは争い事から背を向けている。
「よし、じゃぁ実力で勝負をつけよう」
「望むところだ」
「やってやるよ。でもやるからには、全員参加だよ!」
というわけで、六人で勝ち抜き戦を行い、勝った者がリーダーに就任することとなった。
放課後、広場の中心にあるすり鉢状の闘技場へ、六人全員が集まった。
何故か男子は全員同室で、お互いに手の内も良く知っている。
くじ引きで、二人が対戦するトーナメントを組んだ。
やる気のない集団だと思っていたが、アルはいい意味で裏切られたと感じる。てっきり、リーダーなんて誰も引き受けないのではと思っていたのだ。だがこの熱量は凄い。




