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第一話 迷宮王の誕生

新連載第一話です


第一部の終わりまで集中掲載の予定です。

よろしければ、しばらくお付き合いください。

どうかよろしくお願いいたします。



 


「こんなくそったれの迷宮に一人で暮らすくらいなら、ここで死んだほうがましだ。もはや心残りなど何もない……」


 たった一人で迷宮最下層の主、レッドドラゴンの巨体に挑む少年がいる。


 少年にとって、生まれ育ったこの迷宮だけが世界の全てだ。二年前に最後の肉親であった祖父を亡くして以来、少年は一人で絶望的な戦いを続けていた。


 少年の名はアル・オルセン。十五歳になったばかりの若者である。

 銀色の髪に黒い瞳。細いしなやかな体つきは決して大きくない。単身でドラゴンに戦いを挑むような猛者には、まるで見えない。粗末な防具を身に着けているが、小ぶりの片手剣だけは、立派だった。


 少年は、決死の思いで戦闘に臨む。

 レッドドラゴンのいる最下層から三層上には、迷宮下層最後のエリア主であるホワイトドラゴンがいた。氷雪を操るその巨大な竜を苦もなく葬ると、その下の二階層は小さなテラスになった安全地帯となっている。


 そのテラスを最終拠点として、迷宮主との戦いの前に少年は一人体を休めた。

 三層吹き抜けの迷宮最下層が、迷宮主のいる巨大空間だ。

 少年は人生最後の戦いに挑むべく、立ち上がる。


「いや、心残りがあるとすれば、これか……」

 足元に積み上げられた、古い本の山を見下ろす。

 少年が生まれる前に外の世界から持ち込まれた貴重な書籍のうち、少年が愛した物語の数々。



 幼い頃から心を躍らせて何度も読み返した、鮮やかな地上世界を描いた幾つもの物語。

 それは例えば、凶悪な怪物を倒して国を救った伝説の英雄と可憐な王女の恋物語。

 あるいは、魔法使いに騙されて城を抜け出した貴族の娘が辿る数奇な運命。

 はたまた、伝説の宝玉に宿る英知により一代で巨万の富を得た豪商と、その財産を狙う天才的な怪盗との息詰まる知恵比べ。


 そんな心躍る物語の続きを、もっと読んでみたかった。

 そしてその舞台となっている外の世界を、一目でいいからその目で見たかった。


 だが少年の目前には、巨大な迷宮主が立ちはだかる。

 迷宮の最下層を守る精強なドラゴンは、広大な迷宮王の間を自在に飛び回り、炎のブレスを吐く。


 迷宮にいる他の魔物とは別格の強さを持つ赤い巨竜で、少年の相手としてはどう考えても荷が重すぎる。


 しかし、巨竜は少年を敵として認識した。


 空中から急降下したドラゴンがその巨大な顎で襲い掛かる初撃を、少年は間一髪横へ跳んで躱す。

 続いて横へ薙ぎ払う尾の一振りを上へ跳んで逃げるが、しなやかに曲がる尾の先端が少年の背後を追う。


 少年は片手剣の一撃で尾を払い、斬撃を受けた赤い鱗は火花を散らす。しかし小さな少年の体は宙へ弾き飛ばされて、不規則に回転した。


 白く輝く魔力を帯びた少年の剣は刃こぼれ一つせず、逆に赤い宝石のようなドラゴンの鱗を何枚か宙へ散らした。

 しかし少年も大きな衝撃を受け、無傷とは言えない。


 空中で逃げ場を失った少年を目掛けて、怒ったドラゴンの鈎爪が追撃する。

 態勢を立て直しながら少年は無数の風魔法による刃を放ち、凶悪な鈎爪から逃れる。交錯する衝撃波に乗り、少年は後退しながら鋭い氷の槍を連続で放った。


 氷の槍はドラゴンの堅い防御を貫くことはできないが、鈎爪の連続攻撃を回避して無事に地上へ降り立った。


 だがドラゴンは少年に休む間を与えず、着地地点を正確に狙って炎のブレスを吐く。


 少年は恐れず前進してドラゴンとの距離を詰めることで炎を回避し、逆に足元をすれ違いざまに剣の二連撃を打ち込んで後方へすり抜けた。


 厄介な尾の一振りも軽く跳んで躱し、再び距離を取る。

 少年は俊敏な動きでレッドドラゴンの攻撃を回避し、接近して魔力を込めた斬撃を慎重に放つ。


 時にはかすり傷を負うほどのぎりぎりの見切りで回避行動を続けるが、決して致命傷は受けない。

 一瞬の隙を狙い魔法や剣での攻撃を次々と送るが、これもドラゴンには僅かな傷を与えるだけに留まっている。


 少年は長い膠着状態を耐え、無限とも思えるドラゴンの防御力を少しずつ削り取り、鉄壁とも思えた守りを根気よく引き剥がし続けた。


 果てしなく続く戦闘に自慢の体力を徐々に失い焦りを見せ始めたドラゴンは、空中へ逃れた少年の姿を追って連続して炎を吐く。

 その吐息に、もはや余裕は感じられない。


 全力の風魔法を使った強引な空中機動を用いて、少年はそれを紙一重で次々と回避した。

 そしてドラゴンが最後に放った最大の炎を回避せずに、全力でカウンターの氷雪魔法を当てた。


 正面からぶつかり合い爆散する豪炎を極寒の冷気が空間を抉るように吹き飛ばした後には、魔力に輝く武器を構えてドラゴンの喉元に迫る少年の姿があった。


「これで終わりだ」

 少年は、最後まで冷静だった。これ以上は時間の無駄とばかりに、少年が今出来る最高の一撃を放つ。


 強力な氷の魔力を纏う、青白色に輝く剣が一筋の光となって空中に煌めく。

 続いて、完全に切断されたドラゴンの赤い首が、地上へと落ちて行った。


 この瞬間、やけくそで強大な迷宮主に挑んだ少年は単身でこれに勝利し、迷宮王となった。本人もその深い意味をまるで理解していないが、なってしまったのだ。

 ここから、少年の物語は動き始める。



 古くより温暖で豊かだった高原の台地は、北に遠く万年雪を頂く山岳地帯を望む。

 台地はその急峻な岩山から南へ延びる山塊の先端に位置し、残る三方をそれぞれ強力な兵を持つ多数の王国に囲まれていた。


 高原の中央にある街は東西と南の国々とを結ぶ三本の街道が交わる要衝の地で、しかも台地を潤す河川のおかげで、水運にも恵まれている。


 高原の生み出す豊かな農産物は周辺の国家にとっても貴重な食糧資源で、それは全てが一旦中央の街にある市場へ集結し、周辺国家から運ばれる名産物と交易の上、各地へ散って行く。


 この高原を手にした者は大陸を制すると言われたが、それだけに周辺の王国は迂闊に手を出せず、長い睨み合いが続いていた。

 その間に高原の街テネレはどこの国家からの侵略も奇跡的に逃れ、独立した商業の街として発展し富と力を蓄えた。



「この暗い洞窟に閉じ込められて既に十日。ついに我がファロスト王国と共にオルセン王家にも滅亡の日が訪れたか……」


 その群雄割拠の時代、とある小国が存続を憂いて密かに北の山脈の奥深く、南の高原台地へと続く暗い谷間に一族と家臣を送り築いていた村が、突然の地震と水害に襲われて壊滅した。


 クレンツ村と呼ばれていた隠れ里を失い残された人々は、王国復興のために数多くの財宝を隠した天然の洞窟へと逃れたが、続く余震により洞窟の入口も崩落して遂に逃げ場を失った。


 最後に生き延びた村人が暗い地下の割れ目の奥へと辿る長い旅路も十日を過ぎ、絶望が覆っている。そこへ追い打ちをかけるように増水した地下水の流れが迫り、ついに終焉の時を迎えたかのような濁流に、村人は次々と呑み込まれた。


「ここは、楽園なのか?」

 命からがら運んだ荷物と共に流された果ての地には、美しい湖が広がっていた。


 地下深い場所で太陽が照らしているわけでもないのに、その場所は昼から夜へとその明るさを変化させて、まるで地上にいるように錯覚させる。

 生き残った村人は湖へ流された財産をかき集めて、湖の畔に新たなクレンツ村を築き、そこで暮らした。


 しかし、地底の楽園に思えたその場所は、魔境に隣接していた。

 湖は、多くの魔物が住まう迷宮の中にある、数少ない安全地帯の一つだったのだ。

 村人は襲い来る魔物と戦いながら必死に上層への道を探り、地上へ出ようとした。しかしいくら探しても、地上への出口は見つからなかった。


 それから更に数十年の時が流れる。

 上層が無理なら下層へ、長い歳月をかけて三世代にわたり村人は探索し、魔物と戦いながら最下層を目指した。


 迷宮に築いた湖畔の村から下ること遥か六十一階層。そこが迷宮の最下層であった。

 最下層に君臨する迷宮の主を倒し、自らが迷宮王となり迷宮を自在に操り地上への道を開拓することこそが、村人に残された最後の希望であった。


 しかし結局、迷宮村最後のパーティが迷宮主に挑戦し、誰一人戻らなかった。

 迷宮村には十三歳だった少年と、寝たきりで意識のない祖父だけが残された。

 数週間後にはその祖父も亡くなり、少年はついに一人きりとなる。


 残された少年は一族の宿願であった地上への夢を叶えるため、単独で迷宮下層へ挑み始める。

 その歩みは、ファロスト王国最後の王となったアル・オルセンとしての義務感から始めたのではない。

 ただ生まれてから魔物と闘うことだけに情熱を傾けて暮らした少年には、他にできることが何もなかっただけだ。


 そして、少年はついに迷宮主のレッドドラゴンを倒し、村の悲願であった迷宮の王、ダンジョンマスターの称号を得た。


「こ、これは迷宮の記憶か!」

 激闘の後、少年は頭に流れ込む迷宮の意識に圧倒される。


 肉体には迷宮王としての新たな力が生まれ、心身共に大混乱に陥った。

 最初の混乱が少し落ち着くと、初めてこの迷宮の全体像を把握した。


「どういうことだ。迷宮の中へこんなに人が入っているとは……」

 迷宮の記憶によると、彼らの意識が最下層へ集中していた六年前、既に迷宮上層は地上へと口を開き、その場所には人間の暮らす街が存在したのだ。


「六年前だと、ふざけるな! 最後の村人たちの闘いは無駄だったというのか?」

 地上の人間たちは既に迷宮へ入り攻略を始めていて、地下十五層には早くも冒険者のための前線基地である迷宮村が築かれている。


 この地下迷宮には、迷宮の意思に従い十層ごとにエリア主となる強力な魔物が置かれている。

 十層と二十層の主は地上の冒険者により攻略されて、そろそろ中層の入口となる三十層へ到達しようという勢いだ。


 少年たちの暮らした湖の村は、地上から数えて地下三十二層に相当した。地上の冒険者たちがそこへやって来るのも、時間の問題だった。


 あまりに酷い運命のいたずらに消沈しながらも、少年は地上の人間が到達する前にクレンツ村の痕跡を消すことにした。三十二層以下にも散らばり残る攻略拠点の遺産を全て最下層へ運び、かつてここに人が暮らしていたことを誰にも知られぬように隠蔽した。

 もちろん、その作業は迷宮の王として、配下の魔物たちに命じて行う。


 少年が倒したレッドドラゴンが自然に復活するのを待つことなく、ドラゴンの巨大なコアを用いて王の力により再生した。

 迷宮王の代理として、少年の代わりに迷宮を統治する者が必要だった。

 少年が新しく生んだこの魔物は、クレンツ村が残したオルセン王家の秘宝を最下層で守る守護者としての役割も与えられる。


 それは以前の迷宮主よりも更なる破壊的な力を持つ、ハイレッドドラゴンとでも呼ぶべき存在である。


「俺の名はアル。アル・オルセンだ。そして今日からお前の名は【オレオン】としよう。よろしくな、オレオン」

「はい。我が名はオレオン。大勢であるがゆえに」

「ええっ、お前、しゃべるのか?」


 そうして迷宮の王となった少年は激闘の疲れを癒す間もなく、どうにか仮住まいを整えた。少年はついに力尽き、寝床へ倒れるともう動くこともできない。


 心身共に侵食され続ける迷宮の力が無事少年の中へ馴染むには、更に何週間もの時間が必要だった。





お読みいただき、ありがとうございます!

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