第3話 どうしてイジワる言うの?
一晩明けてリアナはまだ悶々としていた。
メリル「おはよう。リアナ。」
リアナ「おはようございます、母様…。」
ギュスト「お?どうした元気がないな。」
リアナ「うん…。ちょっとね。」
メリル「そう言えばクムサスは?」
リアナ「知らない…ずっとドレスとにらめっこしてるの。」
ギュスト「はは!あいつ、ドレス着るの嫌がっていたからな。」
そこへ眉間にしわを寄せたクムサスが起きて来た。
メリル「眉間にしわを寄せないのよ。しわが取れなくなっちゃでしょう?」
クムサス「おはようございます。母上。」
リアナ「眉間のしわより服にしわが寄っちゃってる。お兄ちゃんちょっと後ろを向いてよ。」
クムサス「あ、あぁ…。」
ポンポンとドレスに寄ったしわを直してもらいながらクムサスは言いづらそうに聞く。
クムサス「な、なぁ、リアナ。ドレスの下のシュミーズってなんで着るんだ?なくてもいいだろう?」
リアナ「あれは着なくちゃいけないんだってば。母様がいつも着なさいって言ってたもの。」
ギュスト「ははは。そういうのはレディの身だしなみだからなぁ。」
メリル「シュミーズは着ておかないと中の布地とこすれて肌を痛めたり、ドレスの布が寄れたりするのよ。他にも理由はあるのだけど、着ておきなさい。」
クムサス「はい…。(なんだか苦手なんだよなぁ。)」
リアナも昨日から悩んでいた質問を兄へ投げかける。
リアナ「お兄ちゃん、騎士科の時って授業前の着がえはどうしているの?どうやったら他の人に見られずに着がえられるの?」
クムサス「え?あ、え~っと??僕も考えてなかったな。どうやって他の子の着がえを見ずに着替えられるんだ?」
リアナ「私がそれを聞いてるのよ…。噓でしょ考えてなかったの?」
クムサス「一応、ロッカーに向いて着替えるし、背中側のやつとかは居ても見えないぞ?」
リアナ「そうなの…。」
クムサス「それにウォレスとイースレイが両隣に立って着かえているし、いつも僕が真ん中だ。あまり他の人の着がえなんて気にならないぞ。」
リアナ「そんなこと言ったって!」
リアナは顔を真っ赤にしながら言う。「後は慣れさ。」とクムサスは言ってみたものの、自らもどうするかを思案するのだった。
クムサス(女の子の着がえを除いちゃいけないよなぁ…。)
クムサスはこの時そんな心配をしていたが、騎士科に進む女子はかなり少ない。たくましい女子が学年に5人いるかいないか程度だ。
「行ってきます。」と両親に出かけの挨拶をし、学舎まで歩いていく途中、ふとクムサスが投げかける。
クムサス「リアナ、お前、剣が苦手だけど大丈夫なのか?」
リアナ「弓に転向してもいいかと思っているの。」
クムサス「……っ?!!なんでだよ。僕は剣がいいんだ。弓なんて認めない。」
リアナ「お兄ちゃんだって勝手に騎士科に入ったじゃない。」
クムサス「あれは、家政科じゃ無理だったんだ。僕は女の子の事なんてわからないし…。」
リアナ「それなら私だって剣の事なんて分からないものっ。」
クムサス「なんで弓なんだよ。弓なんて僕は嫌だ。」
リアナ「剣は怖いもの。相手も自分も怪我をするし、それになんだか野蛮だもん。」
クムサス「剣は野蛮なんかじゃない…っ!!」
突如声を荒げたクムサスに驚くリアナ。一瞬驚いた後にじんわりと目に涙が浮かぶ。
リアナ「弓なら的に当てるだけだし何とか出来ると思うの。でも私が剣なんて出来ないよ。」
クムサス「戦になれば弓の的だって人間だ。」
リアナ「どうしてそんな意地悪言うの?!そんなこと言われたら弓も持てなくなるよ!」
クムサス「リアナには分からないよ…。戦になった時は僕は剣で戦いたい。」
リアナ「お兄ちゃん時々すごく意地悪なの!なんか嫌なの~っ!」
わぁぁ!と大泣きし始めるリアナをぼうっと見ながらクムサスは一体どうしてこんなことになったのかと考える。
身体が入れ替わってからずっと考えて来たけど理由が見つからない。
クムサス「いっそ目の前の自分みたいに大泣きできたらいいのに…。」
大泣きするリアナを眺めながら「はぁ…。」とため息を一つ落とし、そのクムサスの目にもじわりと涙が浮かぶ。
クムサス「悪かったよ、リアナ。弓でもいい。騎士科は辞めないでくれ。」
泣きじゃくるリアナに手を差し伸べる。
リアナ「剣は教えてもらったけど、お兄ちゃんみたいには出来なかったの。弓と唱術なら何とかと思ったの。」
クムサス「いいよ、それで。僕も悪かった。騎士科に勝手に入ったことも詫びるし、身体が戻ったらお前の出来る体術で転向していいよ。」
リアナ「お兄ちゃん、ごめんなさい~。」
クムサス「お前すぐごめんなさい~って言うけど、あんまり気持ちが謝ってないんだよ、もう…。僕の身体であんまり大泣きするなよな。恥ずかしいだろ。」
リアナの手をぎゅっと握る。春先でも雪がちらつく事が多いこの大陸では手袋が必須だ。ふわっとした感触の握りしめた手を引き学舎へ急ぐ。
クムサスはいずれリアナが元の身体に戻った時の事を考え、騎士科の専攻は弓と唱術にしようと決めた。
騎士科の授業が始まる前、クムサスに教えてもらった通りにロッカーを凝視し、無心で着がえをするリアナ。
ウォレス「今日こそは負けないですぞ、イースレイ!」
イースレイ「いいぜー?今日の昼めしでも賭けるか?!」
ウォレス「クムサスに勝つってなるとほぼトップクラスだし、イースレイくらいには勝てるようになりたいんだ!今日こそは僕が勝てるよね?クムサス。」
リアナ「………。」
ウォレス「クムサス?」
イースレイ「どうした?クムサス。最近ぼーっとしてるぜ?」
顔見知りの2人に囲まれて着替えているものの、早く着替え終えないと!と気持ちが焦りリアナは気もそぞろになる。
リアナ「え?!あ!うん!そうそう!!そうだね!」
イースレイ「なんだ、聞いてなかったのかぁ…。」
イースレイにそう言われ、しょぼくれるウォレスを見て、更に焦るリアナ。
リアナ「ご、ごめん!そんなつもりじゃなくて。」
ウォレス「いいよ、いいよ。それよりあれだけ剣で戦うことにこだわっていたクムサスが弓に転向するなんて意外だったよ。」
リアナ「そんなことないよ。剣にこだわってた訳じゃ…。」
イースレイ「ずっと言ってたもんな。最前線で戦うためには剣がいいって。子爵家とは言え、片田舎で功績もないってなると爵位もはく奪されるからって。」
ウォレス「僕は男爵家だけど、男爵家と違って子爵家ではそうもないと思うけど、一度戦になればまた爵位も変わってくるですからなぁ…。こればかりは難しい。」
リアナ(………そうなんだ、知らなかった。だからお兄ちゃんそんなこと言ってたんだ。)
そんな事を考えていると周りが気にならなくなり、着がえも終え訓練場へ向かう。
騎士科の授業は講師複数人で行う。王直轄区以外にも中央近くで働いていた人が講師となりシーズン毎に交代で派遣されてくる。任期は数年から長いと数十年同じ学舎で努めることもある。
サーベル「では、3人でチームを組んで。」
クムサスはいつもウォレスとイースレイを入れた3人でチームを組む。
ウォレスは火魔法が得意だが、体術は盾を取っている。イースレイは弓と短剣で幻獣を使った索敵と攪乱を担当している。
クムサスは剣でアタッカー兼揺動担当だったが、弓をやると言ったため、イースレイが短剣でアタッカー役を買って出てくれた。
一応リアナは弓ではあるものの、唱術が得意なため近距離や補助魔法もいける。何とかなるだろうと思ってはいたものの、結果は惨敗だった。
イースレイ「ドンマイ、クムサス。でも結構いいな、この構成。次は案外もっといけるんじゃないか?」
ウォレス「僕、盾と合わせて棒術も取ってみるよ。前からこのままじゃダメだって思ってたし。」
2人はそう言ってくれたが、兄クムサスは騎士科で常に学年首位でいるくらい強い。当然、リアナもこの事実は耳に入っていから落胆がすごい。
リアナ「ごめん、2人共…。もっと頑張るよ。」
イースレイ「クムサスがこれ以上頑張ったらどうなるんだ?!騎士団長にでも上りつめる気か?」
ははは!と2人に笑われながらもリアナは兄にがっかりされることを想像してため息をこぼすのだった。
授業を終え更衣室へ帰る道すがら、同学年のジェイドから声を掛けられる。
ジェイド「クムサス!!お前、なんでいきなり弓なんかに転向してるんだ?!しかも今日のチーム対抗戦はどういうつもりだ!!」
リアナ「どうって何が…?」
ジェイド「いつもそうやってスカした顔しやがって、お前…!」
突然現れて今日の試合に文句を言い始めるジェイドにどうしていいかわからなくなるリアナだが、クムサスからは一応要注意人物として聞いている。
リアナ(確か…。)
ジェイドはここフォード領のフォード侯爵家の嫡男である。フォード侯爵邸は北部や港町にもあるが、学舎が近いここポネルの町に本宅があるため割と近所の付き合いもある。
クムサスからは剣と火魔法が得意で熱血漢とだけ聞いていたが、いきなり絡まれるとは聞いていなかった。
リアナ「ごめん、最近調子が悪くて弓に転向してみたんだ…。まだあまり上手く戦えなくて、無様な結果になっちゃったけど…。」
ジェイド「な?!お前が謝るなんて。どうしたんだ?!」
リアナ「え?」
ジェイド「いやお前、だって。」
ふと気になった爵位の話を侯爵家のジェイドなら何か知っているのかとリアナは質問してみる。
リアナ「ねぇ、ジェイド。子爵家も功績を上げておかなければ戦になったら爵位が変わる可能性があるって聞いたんだ。それって本当?」
ジェイド「………難しい質問だな。戦にならずとも領地に何も貢献していなければ爵位のはく奪はあるぞ。」
リアナ「そうなの?!どうしよう。僕、剣が下手になっちゃったんだ。(やっぱりそうなんだ…。どうしよう、お兄ちゃん。)」
じんわりと涙目になるリアナ。あれほどクムサスからは泣くなと言われていても、リアナの性格まで変えられるわけではない。
ジェイド「な、泣くなよ?!どうしたんだ、お前。」
リアナ「ううん、なんでもないんだ。変な質問をしてごめん。じゃぁ…。」
立ち去ろうとするリアナをジェイドは引き留める。
ジェイド「待てよ!…その、お前の質問の答えになるかは分からないけど、一応言っておく。
俺は侯爵家だ。先祖の手柄があってこの領地がある。お前の言う爵位云々とは違うけど、俺は嫡男だからこの広いフォード領を継ぐ。
だから迷ったり考えたりする暇がないんだ。必死でやらないといけないんだぞ!…なのにお前はいつも俺より強くて…ぶつぶつ。」
なんで騎士科なのかとか剣なのかと悩んでいたリアナの心のモヤモヤがジェイドのぶつぶつ言ってくる文句でストンと落ちてくる。
リアナ(考えている暇がない……なんだ、必死でやってたら剣なのかな?父様、にも聞いてみよう。お兄ちゃんがなんで剣なのか。)
リアナ「ねぇ。」
ジェイド「なんだよ?クムサス。」
リアナ「僕、弓はまだまだ下手だけど頑張ってみる。」
ジェイド「お、おう。」
リアナ「ありがとう、ジェイド。ちょっと気持ちが楽になったよ。」
クムサスは笑うと女の子の様に見える。本人はそれを気にして無表情に努めているが、クムサスがリアナの真似をすれば、髪を切ったリアナにそっくりだ。
そんなクムサスに笑顔を向けられれば男の人でもちょっとドキドキしてしまうくらいだ。
ジェイド「な、なに一人で完結してるんだよ、俺の話はまだ終わってないんだぞ。」
リアナ「次の授業があるから、またね。ジェイド。」
手を振りながら去っていく“クムサス“を見ながら、涙目だったり笑顔の”クムサス”を思い出すジェイド。
ジェイド(………俺は男になんかドキドキしないんだ!!気のせいだ!気のせいだ!)
クムサスにやっと勝て、一言いってやろうと思って近づいたのに、彼の意外な一面を目の当たりにして今度は別のモヤモヤとした気持ちを抱えるジェイドだった。
サルア酒を飲んでいる父の傍らに座り尋ねるリアナ。
リアナ「父様、今日騎士科の授業は惨敗してしまったの。お兄ちゃんは別にいいって言ってたけどもっと努力しようと思っちゃった。」
ギュスト「そうだなぁ。向き不向きあるし、お前にクムサスと同じようには難しいな。」
クムサスは要領がいいタイプなので、リアナとして過ごしているが特に目立った問題点はない。リアナは頭はいいが生真面目なので理屈で考えようとする分、難しい。
リアナ「父様、お兄ちゃんが剣にこだわるのは、子爵家として手柄を立てて取り潰しがないようにしているから?」
ギュスト「それは正解の様でも多分違うなぁ…。」
リアナ「どういうこと?」
ギュスト「うーん、クムサスには口止めされていたけど、まぁいい。教えてやろう。」
リアナ「やった!」
ギュスト「だがな、リアナ。クムサスの想いを聞いたなら、その想いについてちゃんと向き合うんだぞ。」
リアナ「………はい。」
飲み終わったサルア酒のコップをことりと置いて、ギュストは言う。
ギュスト「ここフォード領はイーユ国と隣接しているだろう?」
リアナ「イーユ国は友好国だから争いは起きないと思うの。」
ギュスト「友好国とは言え、それは絶対ではないだろう?それにイーユ国は多民族国家だ。一枚岩じゃない。」
リアナ「うん。」
ギュスト「万が一という事もある。中央の王都に近い町ならまだいいが、侯爵領はどこも国境に近い。だから弓でなんてのんびり構えていられないんだ。」
リアナ「どういうこと?」
ギュスト「国境にいくつか砦があるだろう?だがそこが急襲をうけたら?もしくは、その砦を迂回して侵入してきたら?」
リアナ「父様、難しいです。もっとわかりやすく説明して欲しいです。」
ギュスト「リアナ、弓の利点はなんだ?」
リアナ「獲物を長い距離で狙えることです。」
ギュスト「そうだ。弓の利点は長いリーチでもって相手を狙える事だ。だが、それは備える準備があって成り立つ。」
リアナ「つまりこのフォード領ではあまり役に立たないってことですか?」
ギュスト「狩猟の時にも役立つしそうとも言えないがな…。クムサスも弓は練習しているし。」
ギュストはぽりぽりと頭を掻きながら、そして夜になってすこし伸びて来た髭をさわりながら言う。
ギュスト「つまりな。クムサスは母さんやリアナを守りたいんだよ。」
モヤモヤしていたリアナの心が一気に晴れる。
リアナ(………なんだお兄ちゃん、照れくさくて理由が言えなかっただけなんだ。)
リアナ「…だったらお兄ちゃん、はっきり言えばいいのにっ!」
ギュスト「まぁまぁ、そう言うなって。そう言う年ごろなんだぞ。」
妹と父のそんな話を自分の部屋で聞いていたクムサスは、恥ずかしそうに俯くのだった。
クムサス(すぐに茶化してバラすんだから、父上は…。)
ずっと嫌がっていた騎士科の授業も、リアナは少しずつ頑張りだすのだった。