闇市のご飯〜三本のうどんと蜜柑〜
日本人は宗教に寛容というが、本当だろうか。
私はキリスト教徒だったが、神道や仏教徒に聖書を読めと無理矢理渡した事もないし、他所の家にマリア像を強制的に置くような事もしてない。そもそも聖書に書いてある通り、聞く耳が無い人(豚に真珠)に余計なお節介を焼いても意味がないのだが、逆は沢山あった気がする。
「国家神道って結局、何だったんだろ……」
私は一人、闇市を歩きながら、独り言が漏れる。周りは人混みで、騒音も多い。子供一人の言葉など、騒音によってかき消されていた。
闇市は何でもありだ。何の油で作ったのか不明の天ぷらやバター焼きなども売られていて、炭の匂いも漂う。紙屑やタバコの殻入りの残飯シチューの店は行列も出来ていた。さつまいもや蜜柑なども売られていたが、サッカリンと混ぜた豆コーヒーやアメリカ人から貰ったと思われるチョコレートも売られていた。チョコレートは六十歳ぐらいの腰が曲がったお婆さんが売っていたが、なかなか野生味に溢れた目をしていた。
私もあれぐらい強い目になれたらいいが。
戦争で両親を亡くし、今は知り合いの牧師さんが運営している戦争孤児の施設に向かう途中だった。
戦時中は、家や教会に神棚設置が強制されたりしていた。牧師であった父は戦争を反対して捕まり、獄中死。近所からは「非国民」と言われ、嫌がらせも受けていた。母や姉も空襲の被害を受け、私は一人ぼっちになってしまった。そんな中、行くところがあるのは恵まれていたのかもしれないが、日本人への不信感が消えなかった。心理的には遠くにいる鬼畜米英より、近くにいた日本人の方に傷つけられた気がする。
「あんたらがキリストを信じてるから、こんな目に遭ったんだ」
そんな言葉もぶつけられる事もあった。私はともかく、原爆にあった長崎のクリスチャンももっと酷い信仰差別を受けているようで、やるせない。日本人が宗教に寛容なんて嘘だろう。
そんな事を思いながら闇市を見回すと、代用うどんの店があるのに気づいたら。
小麦粉も不足しているので、魚のすり身などで作ったうどんだ。それでも量が少なく、うどん三本しか入っていない。通称三味線うどんとも言われていた。
こんなうどんでも今はご馳走だ。私は五円を払い、代用うどんの器をもらった。
本当に三本しかない……。
魚の出汁の優しい香りがするが、座って食べられる席もないので、仕方がない。しゃがんで食べる事にした。
「天のお父様、イエス様、ありがとう。アーメン」
食前の祈りをすると、視線を感じた。どうせまた信仰差別が始まるのかと思ったが、違った。赤ちゃんを背負った中年女性だった。赤ちゃんはおとなしく、すやすやと寝ていた。
「あんた、こんな三本のうどんで大丈夫か?」
「あ、ええ」
「蜜柑やるよ、一個ですまんな」
女性は蜜柑を私の手に押し付けると、颯爽と去って行ってしまった。
一瞬の事でお礼を言う暇もなかったが、私の手には太陽のように明るい色の蜜柑が一つ。
相変わらず食糧もなく、ひもじい。信仰差別も変わらない。
それでも日本人の全員が悪い人でも無さそうだと気づく。日本人全員が心から「お国の為に」と戦争をしたかった訳でも無いのかもしれない。
「ありがとう……」
今お礼を言っても仕方ないが、頭を下げて蜜柑をいただく事にした。
三本のうどんと汁を食べ尽くすと、蜜柑の皮を剥ぐ。すっと柑橘の良い香りがする。
もう空襲にも、「非国民」という言葉にも怯えなくて良い。これからは夜もぐっすり眠れるだろう。
悲しみが全部消えた訳じゃないけれど。
蜜柑を食べながら、心の中に希望が宿っている事に気づいた。




