Go!Go!メカ令嬢!!
それは王政百周年の記念パーティーでの出来事だった。
「ミリアム。今日ここで、君との婚約を破棄させてもらう!」
公爵令嬢ミリアムの婚約者であった王太子アシュトンが突如そう宣言し、パーティーは混乱の渦に叩き落とされた。
「そっ、そんな……!」
ふらつくミリアムを抱き止め、彼女の父バーナードが激高する。
「王太子よ、なぜだ!」
アシュトンはふんと鼻を鳴らすと、理由を述べた。
「だってミリアムは、アンドロイドだよね?」
ミリアムが顔を上げると、ウィーンと音がした。
「あっ、ほら。機械音が鳴った」
ミリアムが首を横に振ると、ウィ、ウィ、と小刻みに機械音がした。
「今、機械音がしたよね?」
重ねてアシュトンが問い詰めると、バーナードは苦し気に項垂れた。
「……私には何のことだか……」
「とぼけても無駄だぞ。セルヴィッジ家には男の兄弟しかいないだろう。昨年あたりから急に公爵が〝娘がいるので是非婚約者に〟などと言い出したので妙だとは思っていたんだ」
ミリアムは立ち上がった。
「お父様……」
ウィーン。
「ミリアム。馬鹿な私を許しておくれ」
「いいのよ。きっとアシュトン殿下は〝アンドロイドには心が無い〟とお思いなんだわ。それで婚約破棄なさったの。お父様も殿下も、悪くない。悪いのは、心を持たない私なのよ」
「おおミリアム、お前は何と優しい娘なんだ!」
その様子を見ていたアシュトンは「何だこの茶番」と呟いた。
そして父王フィリップに食って掛かる。
「何やら玉座で気配を消している父上も同罪です!明らかに様子のおかしい令嬢を、よく息子の嫁にしようと思いましたね?」
するとフィリップは悪びれることなくこう答えた。
「何を言う。彼女は人間だ」
「おい」
アシュトンは父親の両肩を正面から鷲掴みにした。
「どう見てもアンドロイドです。常にウィンウィン言ってますし、若干不気味の谷が発生しています」
「そうか?可愛いじゃないか」
「ふざけんのも大概にしろよ?大体、アンドロイドと結婚したら子どもが出来ないんだぞ」
「子どもなど、他の弟たちの嫁が産んでくれるだろう」
「?」
「馬鹿息子め……大局を見ろ。セルヴィッジ公爵家の科学力をその目に焼き付けるんだ!」
「!!」
アシュトンはようやくそれで合点が行った。
「父上。まさか嫁ではなく、公爵家の〝機械嫁を作り出すほどの科学力〟を手に入れようと……!?」
「そういうことだ。エレキテルの力は最近になって登場した。この力をどう使うかによって、国の優劣は決まって行くだろう。科学者一族であるセルヴィッジ家を引き込めば、我が王家は向こう百年は安泰だ」
アシュトンは、きょとんと周囲を見渡しているミリアムに目を移した。
「で、でもっ。嫌だ……嫁が機械だなんて、絶対に嫌だ!」
「落ち着け。これは政略結婚だから、他に愛妾を囲ってもいいのだぞ?」
「なっ……!」
確かに、そう考えれば取引としては悪くなさそうに見える。
ミリアムと結婚しても、彼女は心を持たないアンドロイド。他の女を引き込んだところで、感情面の負債は発生しないのだ。
「科学力を手に入れるなら、メカとの政略結婚もアリか……?」
「ようやく分かってくれたか我が息子よ」
「お得なのは分かった。父上の神経は分からないけどな」
アシュトンはミリアムの前まで歩いて行った。
「お前には心が無いそうだな」
「はい。私に心はプログラムされていません、殿下」
「では、夫に別の女がいてもどうとも思わない?」
するとミリアムは言った。
「どうとも思いませんが、外から見たあなたが民草の目にどう映るかということは考えておかなければいけません。アンドロイドを嫁にしたことがバレれば別の面での信頼関係が失墜しますし、他の女をあてがおうと奇妙な政争が始まるやもしれません。私はあなたに心を持っていませんが、あなたはそういった視線に対し心を砕く必要があるでしょう。それでもよければ私を娶り、セルヴィッジ家の科学力をいち早く手中に収めてもよろしいのではないでしょうか」
アシュトンはミリアムの賢さに目を剥いた。
「驚いた……君は瞬時にそこまでの結論を導き出せるのか」
「はい。王立図書館から仕入れた情報を元にした人工知能を搭載しております。あなたのお知りになりたい事をすぐに回答いたしましょう」
「これは便利だな」
「あまり話がうるさいようならば、会話少なめの乙女モードも搭載しております。リモコンで操作可能です」
「へー。乙女モードにするとどうなるんだ?」
アシュトンはバーナードからリモコンを受け取った。
ピッ。
「へ、陛下……そんなに見つめられたら困りますぅ」
ウィーンウィーン。ミリアムはもじもじした。アシュトンは白けた。
「あー。やっぱやめよう。機械音がだいぶ興を削ぐ」
「アシュトン様……しゅき」
「語彙力まで失ってる。機械の癖に」
やはりアンドロイドモードが一番彼女らしいと言えるだろう。彼はリモコンを取り出すと、モードを変更した。
「作った仕草や表情を見せつけられても、萎えるだけだ」
ふと口にした言葉で、アシュトンは不思議な気分になった。
「不思議だな。お前は心を持たない機械なのに、こっちは段々性格を見出すようになって来たぞ」
「それが人の心ですね、殿下。人は、無機物然り、時には目に見えぬものにさえ共通の魂を見出すことによって、互いを認め合うものなのです」
「いいこと言うなぁ……」
アシュトンは、この奇妙な女を気に入った。
「父上。やっぱり婚約破棄はやめて、彼女と結婚することにします」
父王フィリップは腕組みをしながら深刻な顔で尋ねた。
「……正気か?」
「いやぶん殴りますよ父上」
こうしてアシュトンは、ミリアムと結婚することになった。
国土に網の目のごとく電気ケーブルが敷かれるようになると、ミリアムは充電スポットで眠ることが叶った。朝起きるとミリアムは新聞を片っ端から読み込み、アシュトンに情報提供する。
「エルム街で発生した連続強盗事件の犯人が逮捕され、民衆は喜んでいますね」
「へー。強盗事件なんか発生してたんだ」
「大きな事件ですから、知らないでは済まされない場面が出て来ますよ殿下」
「はいはい、分かったよ」
アシュトンはしばらくミリアムの顔を眺めてから、妙な気持ちに苛まれた。
「そういえば、ミリアムは老けないんだな」
「そうです」
「永遠に生きることが出来る」
「そうです」
「俺が死んだらどうする?」
ミリアムは〝夫を安心させるために〟プログラムされた笑顔を見せて言った。
「スイッチをオフにしてもらいます。その後は資源ゴミとして出すか、または埋葬品として扱ってください」
王立図書館で得た知識で、彼女はそう答えたのだろう。しかしアシュトンには、その言葉がずっしりと重く響いたのだった。
「ゴミ……または埋葬品、か」
よく考えれば、人間なんてどんなに偉くても、最後はそんなものなのかもしれなかった。
「哲学的だな」
「考えすぎです殿下」
「そうか?まあ、結婚したばかりだからこんな話はよそう。お前は何が好きなんだ?」
「はい?」
「お前は何を好むのかと聞いている。色とか……服とか……物語とか」
ミリアムは真顔で答えた。
「おっしゃっている意味がよく分かりません」
「あー。やっぱそういうのは駄目かぁ」
「私からも質問します。殿下は何を好みますか?女ですか?金ですか?」
「急に下世話な話をするのはやめろっ。そうだな……会話かな」
「会話なら私、お役に立てます!」
実のところ、アシュトンはこう言ってミリアムにお膳立てしてやったのだった。
次第に不気味の谷が和らいで、笑顔のミリアムが見たくなって来る。人間特有の不思議な感情だ。
動くたびに鳴るあの「ウィーン」という機械音も、段々愛おしくなって来る。
たまに電波が届かなくなって充電スポットが分からなくなり、部屋の片隅で眠りこけている姿も愛らしい。
それから、新しい言葉を使いたがってたまに話が暴走するのも、子どもを見ているみたいで楽しかった。
更に、どこから仕入れたのか軍事情報を先んじて手にしている場合も多かった。
いつの間にか3Dプリンターまで開発していた。
3Dプリンターで危険な兵器も次々量産することが出来、兵士の義足もプリンターで作成し再生治療も手掛けた。
最終的には機械兵士を大量に作るに至り、情報を抱え込んだミリアムは強力な参謀へと成長を遂げた。
有り余る軍事力にどんな大国もこちらへ喧嘩を吹っかけてくることはなくなった。これが抑止力だ。
何だかちょっと怖くなって、結局アシュトンは愛妾を作らずに最後までミリアムとだけ添い遂げたのだった。
お読みいただきありがとうございました!