第五話
数時間後。私は「すみれ」のバックヤードに作られた寝床から這い上がる。口を濯いで、顔を洗って……店内に戻ってみると。
「やっと起きたか」
メデューサ様がそう声を掛けて来た。この人二晩続けて「すみれ」に泊まっていたのか。
「中立の立場であるという、お前が見ていないと決着はつけられないからな」
店の入り口近くの壁に掛けられてる鏡の前で、振付の確認をしていた女騎士さんも、そう言ってステージ……お立ち台があった場所の方に近づいて来る。
メデューサ様は眠っているオークのおじさん達に近づいて揺さぶる。
「お前らも! 起きろ、もう十分寝たろ!」
「ううっ、うあああ……まずい、寝ちまってたああ」
「ふあああ」「ぶひゃああ……」
腕組みをして俯いていたバルロッグ様も、弾かれたように立ち上がる。
「おっ、俺は眠ってなどいないぞ!」
「イビキかいてたぞ、お前」
「ち違う、俺は唸っていただけだッ」
「いいからアンタも見ろ、これがこの女の集大成だとよ」
メデューサ様はそう言ってステージに向かう。女騎士さんが、その腕に触れて言う。
「違う。私達の集大成だ」
「……ふん」
二人はマイクをオンにし、カラオケのボリュームを上げる……何時間くらいそうしていたのかは解らないが、彼女達はマイクなし、ボリュームもうんと下げて練習していたらしい。
ブラウン管ディスプレイに映像が映る……選曲はピンクレディー最大のヒット曲、U.F.O.のようだ。
特徴的な奇抜なイントロが流れる……今でさえそう思えるのだから、これを発表当時に初めて聞いた人々はどう思っただろう。
振り付けも最初からクライマックスだ。UFOは、短く圧倒的な余韻の中突然に現れる。
私は18歳なので、ピンクレディーの事はネットで軽く見た程度の事しか知らない。大変な人気を持つ国民的アイドルだったと。
だがこの人達は誰もが望む王道アイドルだった訳ではない。露出が多く体形も丸出しのぴっちりした短い衣装に大胆な振り付け、そして挑戦的な歌詞、その過激さには恐らく当時も批判の目を向ける大人は少なくなかっただろう。しかしそれ以上に多くの人々が、特に子供たちが、瞬く間に夢中になったのだ。
成人男性に媚びている? 性的魅力ばかり売り物にしている? では何故ちびっ子たちが支持したのか。ある調査によると、ピンクレディーのファンはその四割以上が12歳以下の子供だったそうだ。
「すげえ……息ピッタリだ……」
「なんて踊りだ、からだじゅうゾワゾワする」
「シッ……採点に障るぞ」
世界一たくさんホームランを打った背番号1のすごい奴とも、敬遠する事なく得意球種で勝負する……それはまあ別の曲の中の世界観の話なのだが、とにかく。このお姉さん達は強い。かっこいい。当時のちびっ子達の目にはそう映ったのではないか。
時は昭和の終わり頃、だけどまだ平成には遠い、昔の価値観が今よりずっと色濃く残っていた時代だ。女性は何かにつけ受け身である事が美徳とされた時代に、彼女達は立ち向かった。
今と昔、どらちの価値観が優れているかは知らないが、ピンクレディーは大胆不敵な勇者として、彼女に声援を送っていた小さな女の子達が成長し大人になった時の為に、大きな道を切り拓く存在だったのかもしれない。
バルロッグ様が注意した後は、オークのおじさん達もバルロッグ様も静かに、ただ手に汗を握り食い入るように二人のカラオケを見つめていた。
いや、実際凄いよ! どんな練習をしたら短時間でこんな完璧な振り付けが出来るようになるの……だけど振り付けは採点には関係無いんですよ。
でも歌も完璧だと思う、デュエットになる事で女騎士さんの抑揚がつき過ぎる癖も上手くカバーされむしろ武器になっている、これはいい線行くんじゃないの!? 100点はちょっと解らないけど……
曲は終わった。素晴らしい歌唱だったと思う。だけど歌い終わった二人は余韻もそこそこにモニターを注視していた。オークのおじさん達もバルロッグ様も、食い入るようにそれを見ている。
採点が始まる。モニターに表示された数字が上がって行く……70、80、90、95……96……97……ああっ、数字が止まる、いや下がる!? 96!?
『100』
っておーい! そんな演出仕込んでたのかよこのオンボロカラオケ!
「出たあああ!」「やったあああ!」
「すげえすげえ!」「ぶっほほーぉい!」
立ち上がり、跳ね回って喜ぶオークのおじさん達。目頭を拭うバルロッグ様。
当の本人達、女騎士さんとメデューサ様は、拍子抜けしたような顔でお互いを見ていた。
気を取り直したバルロッグ様が渋面を作って言う。
「コホン、何を浮かれているお前ら、我らはこの女騎士を始末しそびれたのだぞ。クソッ、約束は約束だ、俺様の気が変わらないうちにとっとと出て失せろ」
◇◇◇
バルロッグ様とオークのおじさん達に「すみれ」から追い出された女騎士さんは、剣と盾と鎧を抱え、魔王城の玄関ホール横の通用口から外に出る。私はそれについて行く。
うわあ……外が眩しい……!
日は昇ってないが、空はかなり明るくなっていた。
「鎧をつけるのを手伝ってくれないか」
「ええ、いいっスよ」
「すまんな、見送りまで」
「いえ、あの、お代を」
私は中立の店員なので戴くものは頂戴しないといけない。一緒について来てくれたメデューサ様がクックッと笑う。
「しっかりしてるのだな……ほら」
「またのお越しを」
「……急いだ方がいいよ。そろそろケルベロス共が目を覚ますからな」
鎧を着け終えた女騎士さんが、横目で振り向く。
「世話に……なった」
「ああ? 世話なんかする訳ねえだろ! 言っとくけど、次に会う時は敵同士だからな。覚悟しろよ」
メデューサ様の台詞に、女騎士さんは背を向けて歩き出す……しかしその足が三、四歩で止まる。
「地獄の番犬が来るって言ってんだろ! さっさと行けよ!」
「……嫌だ!」
そう言って振り向いた女騎士さんは泣いていた。この涙は……惜別の涙?
―― ガシャシャン!
剣も盾も落とした女騎士さんはメデューサ様に駆け寄って抱き着く!
「ちょっ、何すんだ!」
「いやだメーちゃんと戦いたくない、あたしメーちゃんと戦いたくない!」
メデューサ様は目を白黒させ、女騎士さんを引き剥がそうとする、だけど女騎士さんはしっかり抱き着いて離れない。
「あっ、甘ったれんなバカヤロー!」
メデューサ様は女騎士さんに平手打ちを浴びせるが、全く威力がない、撫でた程度だ。
「お前そんなんで生きて行けんのかよ、人間の世界だって厳しいんだろうが!」
「メーちゃんは友達だもん、あたしメーちゃんとなんて戦えない!」
「あっ、アタシは戦うぞ! 戦場で会ったらお前なんか、お前なんか」
「ウソだ、メーちゃんだって同じ気持ちだもん、ヘビちゃんたちだってみんな泣いてるじゃん!」
女騎士さんはメデューサ様の頭を指差す……ほんとだ、メデューサ様の髪の代わりに生えてる蛇たちは皆、小さな瞳から小さな涙をぽろぽろ零していた。
「あーっ!? 裏切り者ッ!」
慌てて頭を抱えるメデューサ様。その間に女騎士さんはしっかりとメデューサ様に抱き着く。
「あたし達ずっと友達だもん!」
「バカー! ケルベロスが来るって言ってんだろ早く行けよ、あ……アタシだって……アタシだってレイを傷つけるなんて出来ねえよォ」
あーあ。とうとうメデューサ様まで泣き出してしまった。あの女騎士さん、レイっていうのね。
あと、ケルベロスはとっくに二頭来ていて、抱き合って泣いている女騎士さんとメデューサ様を心配そうに見比べながら、時々私の方にも視線を送って来る。
私はケルベロス達に言ってみる。
「あのね、こっちの子を魔王の森の出口まで案内する事、出来る?」
「わうっ」「わう」
ケルベロス達はいい返事で応えてくれた。
お読みいただき誠にありがとうございます! もし宜しければ是非、このページの下の方のリンクから「少女マリーと父の形見の帆船」もお読み下さい、当作の主人公「マリ」の元になった近世大航海時代の明るく元気な主人公が織りなす明るくライトなファンタジーです、そんなに長い話ではありません、ぜひぜひ、軽い気持ちでお読みいただけると嬉しいです!