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第四話

 すみれの営業時間もそろそろ終わる。お客さんは遅番上がりのトカゲ兵のグループしか残っていない。

 後は眠そうに目をこすりながら四人掛けの椅子にもたれているオークのおじさん達と、締めの麦粥も食べ終えてしまい大あくびをしているバルロッグ様だ。こちらはあくまで捕虜にした女騎士を監視する仕事をしている勤務中の魔王軍兵士であり、厳密にはお客さんではない。


「じゃあ私は明日も早番ですんで、おやすみなさい」


 私がそう言って先に上がらせてもらおうとすると、すぐにオークのおじさんが一人飛んで来る。


「ちょ、ちょっと待ってよ店員さん御願い行かないで、俺達だけじゃどうしていいか解んないよ」

「メデューサ様が居るじゃないですか」

「彼女気まぐれなんだよ、いつフラッと帰っちゃってもおかしくない、だいたいあの子本当は非番なんだから」


 女騎士さんはまだマイクを握っていた。曲はまた『S.O.S.』だ……トカゲ兵達は隅のテーブルで小声で話し込んでいるが、女騎士さんが歌いだすと会話を中断する。そして野次を送るでも拍手をするでもなく、歌が終わるのをじっと待つ。

 採点は……88点……女騎士さん、上手くなって来たけどちょっと抑揚が強過ぎるんだよなあ。それはまだ歌と仲良くなれてなくて、この歌を奇妙なもの、おかしなものと思っているからかもしれない。


「マリ、父さん先に上がってもいいか? 明日は魔物牧場に牛乳の買い付けに行かなきゃならなくて」


 そしてついに、店長の方が先に退勤してしまった。

 ふと見るとオークのおじさん達は二人がテーブルに突っ伏し、二人が椅子に横たわっている。彼らの当直は本当は今日の朝までだったそうである。

 いや、よく見たらバルロッグ様も腕組みをして目をつぶったまま動かなくなっていた。そういえばいつの間にか静かになってたわね……数時間前は豪快に笑ってたけど、本当はこの人(?)は今仕事で二徹してるらしい。それでも弱みを見せられないんだから、魔王軍幹部も大変である。


「あんた、もういいよ」


 カウンター席でやはり腕組みをして居眠りしていたメデューサ様が、立ち上がってそう言った。


「も、もういいとは……何だ」

「武器も鎧も返すからとっとと帰れ。面倒くせえから……何ボサッとしてんだよ、ほら、アンタの剣と鎧だ、それを持って出て失せろ」


―― ガラン、ガシャン


 メデューサ様はそう言って、女騎士さんの剣と盾、鎧をその足元に放り出す。

 女騎士さんは目を見開いて、ただそれを見ていた……しかし。


「み……見損なうな! 約束も果たしていないのに何故そんな事を言うのだ!? 貴様はこの私を脅威だと見做みなしていないのか!」


 女騎士さんは足元に投げ捨てられた剣ではなく、近くにあったプラスチックのマドラーを握り、それをメデューサ様めがけ突きつける。


「私は騎士だッ、長く辛い修行を積んだ、剣の技も磨いた、なのに……何故誰も私をつわものだと認めない……お前達魔王軍の者でさえそうなのか!」


 トカゲ兵達は口を開けて、女騎士さんとメデューサ様を見比べていた。

 女騎士さんはボロ泣きしていた。先ほどまでの羞恥の涙とは雰囲気が違う……これは、無念の涙らしい。プラスチックのマドラーを剣のように突き付けたまま、女騎士さんは涙を流し唇を震わせていた。


「……ああ、そうかい、アタシの気まぐれがそんなにしゃくに触ったか。それならもう容赦しないよ」


 メデューサ様は突き付けられたマドラーにも構わず女騎士さんに迫り正面からその肩を握る。


「やってみやがれ……だけどここからはアタシも本気だ!」



 お立ち台を片付け、空いた席も動かし、ブラウン管ディスプレイの前には広いスペースが出来た。

 選曲されたのはピンクレディー、今度はデビュー曲の『ペッパー警部』だ。


「アンタは自分が、自分がって意識が強過ぎんだよ。良く見ろ。こいつらは二人で歌うんだ……声も動きも、しっかり合わせてんだろ」


 イントロが始まる……マイクは女騎士さんだけではなく、メデューサ様も持っていた。二人はディスプレイを見ながら、イントロから始まるダンスをぎこちなく真似する。


 ……


 魔王軍は決して魔物達の楽園などではなく、彼らにも生活の為にしなくてはならない事が色々あるらしい。メデューサ様だって何故ボックス席の隅で眠り込んでいたのか。寝心地なんかいい訳あるまいに。


 メデューサ様と女騎士さんは、声を合わせて歌う。

 よく見たら二人とも同じくらいの年よね。私より一つ二つ上くらいだろうか……



   ◇◇◇



「やっぱりアンタ少し休め、朝から歌い通しなんだろうが」

「私の事より自分の心配をしろ、店員、おい店員!」


 女騎士さんの声で、私は顔を上げる……おっといけない、私は考え事をしたまま居眠りをしていたらしい。

 壁の時計は……もう閉店時間を30分過ぎてるじゃん!? だけどトカゲ兵さん達はまだ店の隅のテーブルに居る、私はまずトカゲ兵さんの方に飛んで行く。


「申し訳ありません! 呼んで下さったらすぐ来たのに」

「気にするな」


 私が居眠りをしているせいで勘定を済ませられなかったトカゲ兵さん達は、私を起こす事もせず待っていてくれたらしい。うわああ何てこった、起こしてよ御願いだから!


「すみませんでした、また来て下さぁぁい」


 勘定を済ませたトカゲ兵さん達は黙ってうなずき、帰って行く。私はそれから急いで女騎士さんの方に戻る。


「ごめんなさい、何か御注文でしたか」

「もういい、勝手に取らせてもらった」

「ああ……すみません」


 メデューサ様と女騎士さんはサーバーからエールを注いで飲んでいた。私は一応伝票に一杯ずつつけておく。


「店員、アンタも眠いんだったら奥行って寝てろ。店はもう閉店なんだろ? アタシらはもう少しこいつを借りるぞ」


 エールを飲み干したメデューサ様は女騎士さんにうなずく。女騎士さんもエールを一気飲みして、うなずき返す。


「いい度胸だ。音を上げるんじゃねーぞ」

「望む所だッ……!」


 二人とも気合が入っているなあ。それじゃあ私はお言葉に甘えて寝かせてもらおう。私は店の入り口に行って扉に提げられた札を営業中から準備中に変える。


「……行くぞ」「ああ……!」


 二人が入れた次の曲は……『サウスポー』のようだ。私は「振り付けは採点と関係がありません」という台詞を言い出せないまま、バックヤードの隅のねぐらに潜り込む。

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