第三話
オークのおじさん達とバルロッグ様は一応業務でここに居るので帰らないが、他の魔物達は自分の飲み食いが済んだら帰って行く。
「ありがとうございましたー」
「いやー、今日は面白かった」
しかし新たな魔物達は続々とやって来る。
仕入れから戻って来た店長も合流し、すみれの繁忙時間帯が始まる。はっきり言ってこの店は日本に居た時よりずっと繁盛している。私も店員としての業務が忙しくなり、女騎士さんに構っている暇はなくなった。
女騎士さんのステージが続く店内は、大盛り上がりである。
「あははは、いいぞーもっと歌えー!」
「81点だとよー! へたくそー!」
「フヒヒヒ、生真面目な女騎士様には無理かぁー?」
「わっ、私はッ、まだ負けていないッ!」
結構頑張ったように見える、ピンクレディーの『ウォンテッド』……私は空いたジョッキを片付けながら首をひねる。今のが81点? しっかりメロディも追えてたし声も出てたと思うのだが。
「ちょっと待ちな……ここはカラオケスナックだ、魔物なら誰でも歌っていい自由な場所だ」
メデューサ様はそう言って、次の曲を入れようとしていたオークのおじさんを止め、周りを見渡す。
「今日の仕事の後で一曲歌いに来たって奴も居るんだろうに、こいつの仕置きばかりにマイクを占領されるのはおかしいね」
「ま、待てッ! ゲホッ……歌わなくては点が出ないッ……!」
「うるさい。次は他の奴が歌え」
女騎士さんはメデューサ様に腕を引かれ、お立ち台から降ろされる。
「何故だッ、ゴホッ……約束を違える気か!」
「いっぺん呼吸を整えろ。そんなヘロヘロガラガラの歌声を聞かされるこっちの身にもなってみろよ。おい、飲み物」
私は、別のテーブルに持って行くつもりだったキンキンに冷えたエールのグラスを一つ渡す。
お立ち台には早速狼男のお兄さんが上がってマイクを握っている。狼男さんは店の常連である。持ち歌はTUBE全般、今回は『サマードリーム』を入れたようだ。
「うおおお!」「これ好きだ!」
他の魔物達も喜んでいる。みんな正直、女騎士をからかうのも面白いけどそろそろ違う奴の歌も聞きたいと思っていたのかもしれない。
女騎士さんとメデューサ様は並んでそれを聞いていた。そして曲も終わりに差し掛かる頃、女騎士さんは涙を零して呻く。
「くそっ……何故かなわぬ……店員! 私は貴様の言う通り歌を嫌わず理解し歌っているつもりなのに! 何故だ……」
狼男のお兄さんのサマードリームは96点を叩き出した……実際上手いもん、魔物達も大盛り上がりだし、バルロッグ様も惜しみない拍手を送っている。
「ええい、休息は十分だッ、もう一度私にあのマイクとかいう魔道具を貸せ、今度こそ、今度こそ私は100点を取ってみせる!」
「待ちなよ。あんな上手い奴でも96点なんだぞ? アンタさぁ。自分がアタシらに騙されてるとは思わないのか? 100点なんて本当に出ると思っているのか」
メデューサ様は真顔でそう言った。
「……わからん」
「わからん、ってどういう事だよ」
女騎士さんは肩を落とし、俯いたまま呟く。
「落とし穴に落ちた時点で、私の命運は決まっていたのだ。いや……修練を積もうと意地になって、一人で砦を出た時からか、ゴホッ……」
「飲めって。変な薬でも入ってると思ってんのか? これはこいつが他の客に出すはずだったエールだ、細工なんかしてる訳ないだろ」
メデューサ様はもう一度、エールのグラスを差し出す。女騎士さんはようやくそれを受け取り、半分まで一気に呷る。
「別に疑っていた訳じゃない、飲むのを忘れていただけだ。自分が既に敗者なのだという事くらい解っている」
私もいたたまれなくなって来た……女騎士さんが可哀想だ。だからと言って、一思いに死なせてあげたらいいという訳じゃないけど。
「おーい、こっちエールまだー?」
ああいけない、私は中立の店員なんだった。私は呼び声に応え、カウンターに駆け戻り店長がサーブしていたエールをミイラ男さん達のテーブルに持って行く。
「勘弁してよ、俺達見ての通り喉カラカラなんだからー! アハハハ」
「サーセンした、じゃんじゃん飲んじゃってくださーい」
狼男兄さんの次にはローパーさんがお立ち台に上がっていた。根元や胴体から20本くらいの長い触手を生やした知的植物系のモンスターだが、別に女騎士に興味はないらしい。見た目によらず甲高く可愛らしい声域を持ち、今もJITTERIN’JINNの『夏祭り』を選曲し歌っている。
……
さっきの狼男のお兄さんも、打ち寄せる波のイメージ画像に合わせてお立ち台の上で大きく腕を振り胸を張って、踊るように歌っていた。そういう自分のパフォーマンスに酔い痴れる事が出来るのも、カラオケスナックの醍醐味だ。
ローパーさんも凄い。歌に合わせ、触手を巻いては伸ばし、はためかせている。まるで本当の打ち上げ花火のように。観衆にも大ウケである。
「店員さーん、焼き鳥セットひとつー」
「おーい、ミードおかわりー」
おおっと、ぼんやりしてる場合じゃない、お客さんが待っている。
「はいはいかしこまりー!」
私はテーブルやカウンターの間を飛び回り、空いた皿やジョッキを下げ注文された品物をホワイトボードに書き込み、店長が用意した酒や料理をお客さんの元に運ぶ。重ねて思うが、私は中立、ただのカラオケスナック店員なのだ。