第二話
防具を外されレオタードとブーツだけの姿にされた女騎士さんは、すみれの直径1mのお立ち台に立たされた。
「アンタも付き合いな」
私はメデューサ様に腕を引かれ、マイクを持たされてお立ち台の横に立たされる。メデューサ様はリモコンを操作する……メデューサ様、昨夜はカラオケをしながらそのまま店の隅で眠ってしまっていたのだ。
それでこれは何ですか? 曲は……ピンクレディーの『S.O.S.』ですよ、私のお父さんより少し上の世代の曲である。
お客さんに求められれば歌ってみせるのもカラオケスナックの店員の務めだ。私は女騎士さんとメデューサ様やオークのおじさん達、それに後から来たゴブリンの兄さん達とバルロッグ様の前でその、とにかくキャッチーな歌を歌ってみせる。
「なッ……何だこれは、破廉恥なッ、こんなものを私に見せてどうしようと言うのだッ」
「破廉恥ィ? そんな事言っていいのかい、よく見ておきな、次に歌うのはアンタなんだから」
「ふ……ふっ、ふざけるなあッ! これを私が歌うだと!? 有り得ぬッ!」
「やかましいやい! アンタは自分でドジ踏んで捕まったんだろうが? 潔く死を選ぶ? ハン、ンなもん安易な死に逃げてるだけじゃないのかい、本当の勇者ってのはさ、生き延びて戦う為なら何でもするんじゃないのかい? ああ?」
赤面し抗議する女騎士さんに、メデューサ様は顔を近づけ冷徹な笑みを浮かべる。メデューサ様の頭には髪の毛の代わりにたくさんのヘビが生えている。ヘビ達も威嚇するように、女騎士にさん向かって牙を剥く。
「知ったような口をッ……だがそこまで言うからには、私を解放する気があるのだろうな!?」
私は中立の立場なので、歌えと言われた歌を最後まで歌うだけだ。採点は……86点か、お客さんが歌うのを聞いただけで、自分では初めて歌った歌にしては悪くないんじゃない?
「こいつを見な。この異世界の魔道具はアンタが歌った歌を容赦なく採点するんだ。最高点は100点……アンタがこの魔道具に100点だと言わせる事が出来たら、武器や防具は返すし、この城から安全に立ち去らせてやるよ」
「本当かッ……二言はないのだろうな」
「ハン。魔物の言う事なんか信じられないってか? アタシはどっちだっていいよアンタがやろうがやるまいが」
「……やるとも……やってやる!」
ああ……あーあ……メデューサ様は女騎士さんに背を向け、横目で私を見てサディスティックに笑う。
100点は無理だと思うなあ。すみれのディスクカラオケシステムは最新の通信カラオケに比べると採点が甘いとは思うが、それでも100点は滅多に見ない、少なくとも私や店長は出した事がない。増してやカラオケに初めて触れる女騎士さんが100点を取るには何日、いや何か月かかるだろう。
「ククク……フハハハハ! 面白い見物になりそうだな、皆、この女騎士殿が破廉恥な歌を歌うそうだぞ!」
奥の席でニヤニヤしながら成り行きを見ていたバルロッグ様が豪快に笑ってそう言う。
困った事になってしまった。カラオケは決して拷問の道具などではない。皆が日々の疲れやストレスを発散したり親睦を深めたりする為のものなのに。
女騎士さんは顔を真っ赤にして俯きながら、ピンクレディーの『S.O.S.』を歌う……バルロッグ様は手を打って喜び、歌詞に茶々を入れる。
「フハハハ! お前もピンチだな、お前は気をつけたのか!」
オークのおじさん達も、幹部のバルロッグ様に忖度して笑う。
「わははは、いいぞー」「もっと大きな声で歌えー」
女騎士さんはどうにか曲を歌い終える。もちろんこんなのでいい点が出る訳がない。
「おいおい、75点だとよ!」「真面目に歌わないからだぞー」
「それでも騎士かー」「やーい、根性なしー!」
「くっ……殺せッ……一思いに殺せーッ!」
お立ち台の上に崩れ落ち、顔を赤らめ羞恥の涙に濡れる女騎士さん……何て事だ、何て事だ……
「あ、あの……別の歌も試してはいけないでしょうか」
私は少しでも助けになればと思い小さな声でそう言って手を挙げると、メデューサ様がニンマリと笑って私の肩を叩く。
「おや、いい事を言うねぇー? アンタもあるんじゃないか? 素質」
「何のですか」
「それじゃ遠慮なく、色んな歌を試して行こうかねー?」
◇◇◇
カラオケスナックすみれは通常通り開店し、魔物達が普通に店にやって来る。
「お? 今日は何かのイベントか?」
「よく来たな! 今日はこの女騎士殿が、自慢の喉を披露してくれるそうだ、お前も一緒に楽しんで行くがいい!」
次の曲はやはりピンクレディーの、『モンスター』だった。
「ほほう、だいぶいい声で歌うようになって来たな! おいみんな、こいつ、慣れて来たみたいだぞ、ワハハハハ!」
バルロッグ様は魔物達を見回してそう言って笑う……それはまあ言葉通りの意味なんですけど、私には別の意味に聞こえてしまう。キャー恥ずかし。
この歌詞も魔物達には大ウケだった。
「わははは、いい曲だなこれ」
「いいぞー女騎士様! ひゅーひゅー!」
ああ……お立ち台の上で、ある意味嬲りものにされる女騎士さん……顔を真っ赤にして涙をぽろぽろ零しながらも、何とか高得点を出そうと必死に声を張っている。だけどそれでは駄目だ、ただ大きな声を出すだけでは点は取れないのだ。
「さあー、何点が出るかなー?」
「ぷっ……82てーん!」
「フハハハハ! まだまだ解放には程遠いぞ!」
私はせめてもと思い、よく冷えた果物のジュースを持って、歌を終え膝をついている女騎士さんに近づく。
「飲んで下さい、歌い通していたら喉が乾くでしょう……それから……高得点を出したいと思ったらただ叫ぶだけでは駄目です、こうした歌は全部、人が人に喜んで貰う為に作られたものなんです、あの……歌を憎まないで下さい」
「そんな事を言われてもッ……!」
女騎士さんは横目で私を見て、それから顔をこちらに向けた。私はしっかり女騎士さんの目を見たまま、重ねて言う。中立のカラオケ店員である私に言えるのはこれだけなのだ。
「歌を憎まないで下さい、歌は素敵なものなんです」