005.クランハウス
カッポーンと、心地よい桶の音が響いた。そこは、アイリスが特注で作ってもらった石造りの大きな湯船だ。そこにいる人影が二人。アイリスとメイナである。
「「あ~~~~~………」」
二人の声がきれいにハモる。
しばらく湯船を堪能した後、メイナが口を開いた。
「アイリスさーん。本当にあの少年を招待するんですかぁ? 見た感じ、特別強いって言うのを感じなかったんだけどー?」
湯船でふやけきっているのか言葉の節々が間延びしているが、これが〝芯のある〟質問であると言うのはアイリスには伝わった。
「まぁ、検証しだいだよねぇ。二人には今、教会に技能の確認に行ってもらってるから、それを見て、かねぇ……」
「……なんか、急いでる感じ?」
先ほどとは明らかに違う。言葉自体に芯がある。そういう声である。
「……さて、ね」
「ふーん……」
分かりやすく誤魔化したアイリスを訝しみつつ、メイナはかつてのアイリスの目を思い出し、今のアイリスの目を見る。
「なーんか、牙が抜けたよねぇ、アイリスさん。大丈夫? 本当にまだ、復讐する気、あるの?」
「……メイナ」
「…ッ」
メイナの全身に鳥肌が立つのを感じる。
暖かい湯船に浸かっているのに、全身に氷を押し付けられたような感覚を覚える。
「ご、ごめん、なさい……」
「……んーん。いいよ。確かに最近、気が抜けてる所があったしね。もう少し、気を引き締めなきゃ」
アイリスは顔をパンパンと叩く。
「さてさて、私は上がろうかなっと」
アイリスはその場から立ち上がる。羞恥心がないのか、女同士だからか。メイナとは違いタオルを巻いていないためアイリスの一糸纏わぬ姿が露になる。
「私はもう少し、暖まってから出ようかと」
「オッケー。じゃ、お先にー」
アイリスは手をヒラヒラさせながら出口へと歩いて行った。
「(……相変わらず、だなぁ)」
メイナは改めて湯船に肩まで浸かる。
「はぁ……」
メイナは、自身の選択と選んだ言動を後悔する。あれでは復讐を後押ししているみたいではないかと。
メイナはふと、アイリスの背中の、効力を失った奴隷の紋章が目に入った。
「あの少年に期待、かな」
いろんな意味でね。心の中でそう、呟いた。
* * *
「まさか、本当に増えているとは…」
「ああ。正直、俺もビックリしてる」
二人は現在、町の住宅街を焼き鳥を食べながら歩いていた。アイリスに言われた教会からの帰り道である。
自身の持つ技能というのは、ギフトで特別なことをしない限り、神に信仰を捧げている者でしか鑑定をすることは出来ない。こういった町では高位の聖職者はいないが、教会はある。そこに施しとして幾ばくかの金銭を納め、『技能鑑定』という技能を掛けてもらうのだ。
「増えた技能は三つ。『加速』、『光合成』、『ウィップ』か……。三つって多すぎじゃねーか?」
「1体テイムしただけでこれですからね。2体、3体とテイムしていったら大変なことになるんじゃ……」
「まあ、団長曰く、テイム出来る数には上限があるらしいし、大惨事にはならんだろうが……」
ゴードンは顎に手を置き考える。何故、これほどのジョブが不遇と言われているのかを。話だけを聞けば十分に強い。これは間違いないだろう。だからこそ、謎だ。何故これほど優秀なジョブが不遇等と言われるのかが。
「ゴードンさん?」
「……ん? ああ、すまない。考え事をな。どうした?」
「あ、はい。見知った顔から声を掛けられて……ちょっと行ってきてもいいですか?」
「見知った顔……?」
誰のことだ? と思いゴードンは辺りを見渡す。すると、ゴードンにも見覚えのある少女三人組がこちらを恐る恐る見ているのが分かった。確かあれは、馬小屋を貸した少年少女たちの中にいた女子たちだったはずだと。
「ああ、構わない。だが、あまり時間は掛けないでくれよ?」
「分かってます。じゃあ、少しだけ」
そう言って、エンバーはその場から走り去っていった。
ゴードンはその後ろ姿を見て、やはりモテるのか? と、そんな事を思う。エンバーの容姿はゴードンから見て、ややイケメン寄りだと思われる。身に纏っている少し汚い服と、お上り感のあるリュックさえどうにかすれば普通にモテそうだなというのがゴードンの見解だ。蒼い瞳に、黒の髪もまた、イケメン度をかさ増しているしているのだろう。
そんなエンバーを少しだけ羨むゴードンであった。
* * *
「よう、みんな。二日ぶりか?」
「昨日ぶりよ! 話したの忘れたの!?」
エンバーの言葉にフェイが噛みついた。
エンバーはバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「あー、ゴメン。あんまり昨日のこと覚えてねんだ」
「あー。確かに。昨日はなんか、心ここに有らずって感じがしたよねぇ」
リリアンは昨日のことを思い出し、しみじみと頷く。それに疑問を持ったフェイは率直に疑問を投げ掛けた。
「昨日なんかあったの? なんか死んだ魚の目っていうか何て言うか……燃え尽きてたけど」
フェイは昨日のエンバーの様子を思い出す。それはまるで、魂の出ていった脱け殻のような有り様だった。藁の上に座り、声をかけても無反応。食事を取る様子もない。相部屋をしていた少年も気味悪がり、別の部屋で一夜を過ごしたほどだ。まるで、意思のある死体のような感じがした。
「……まあね。ジョブがちょっと」
「ジョブ、ですか……なら、聞かない方が良さそうですね」
「そうねー。あんまり踏み行ったことを聞くのはマナー違反よね」
「むー……。気になる」
「ははは……まあ、話せる時が来たらな。それより、みんなはどこか行くの?」
この話しは嫌なのか、エンバーは無理やり話題の方向転換をした。その露骨すぎる話題変更は流石に三人娘も気が付いたが、あえて言及はしなかった。
「まあね。私たち、三人でパーティーを組むことにしたの。そのためのアイテムを色々ね」
「まあ、あんまりお金がないので大したものは買えませんが……」
「こら。余計なことを言わない」
「あたっ」
お金事情を暴露したシエスタの眉間にリリアンは軽くチョップを叩き込んだ。仲間なかは良いようだ。
「パーティーか。いいね、それ。俺も近い将来、そんな存在作れるかなぁ」
「あら、あの人は違うの?」
そう言って、フェイは向こうにいるゴードンを見る。
「まだ、だね。この後色々と検証して、強いって思われたら採用だって」
「へぇ。……もしかして、クラン?」
「おう。共鳴の方舟ってクランなんだが知って--」
「「「レゾナンス!?」」」
「る……みたいだな」
「知ってるもなにも、この町じゃかなり有名なクランじゃん! スゴいよエンバー!」
ははは……まだ入れるかわからないけどね。と乾いた笑みを浮かべるエンバー。それに対し、フェイは屈託のない笑みで元気良く答えた。
「大丈夫! 落ちたらそれをネタに他のクランに売り込めば良いよ!」
「メンタルスゲーなフェイは」
だが実際、悪い手ではない。エンバーは知らないが、共鳴の方舟はこの町の最高クランランク同率一位の片割れだ。普通のクランであれば、エンバーは引く手あまたであろう。ジョブを知られなければ、だが。
「……さて。悪いけど、そろそろ行くよ」
「そう? ごめんなさいね、呼び止めて」
「全然。話せて良かったよ。また今度話そうぜ。またな!」
「ええ! また今度」
「今度一緒に依頼受けよーねー!」
「えっと、さ、さようなら!」
エンバーは三人を背に、ゴードンの元まで戻るのだった。
* * *
「すいません、ゴードンさん。待たせちゃって」
「いや、それは良いんだ。それは」
「? それは、ですか?」
ああ、それは良い。だがな、とゴードンは続け、エンバーに問いかけた。
「アイツらへの口調と俺との口調、違くないか?」
「……へ?」
ゴードンの口から出てきた予想外の台詞に呆気に取られるエンバー。エンバーは苦笑いを浮かべ質問に答える。
「そりゃ、ゴードンさんは先輩ですから。アイツらは同期ですし」
「むぅ、、それはそうだがな……」
何より、今さら変えるのもな。というのがエンバーの本心だったりする。
ゴードンは顎に手を置き考えだした。やがてひとつの結論に至り、エンバーに向き直る。
「やっぱり、敬語をやめろ」
「え……?」
「俺の性に合わん」
「えぇ……」
自分勝手すぎる理由に困惑を隠せないエンバー。そんな感情を読み取ったのか、ゴードンは尤もらしい理由を述べた。
「何より、敬語があると壁を感じるだろ。今後、一緒に行動する事が増えるかもなんだ。そんなんじゃ、連携なんて夢のまた夢だぞ」
「うーーん……。確かに、そうなのか?」
「そうだよ。ほれ、敬語をやめろ」
「……分かったよ。ゴードン」
「おう!」
そう言うと、ゴードンはニカッと笑い、帰路を歩き始めた。エンバーは、見た目は怖いのに中身はいい人というギャップをゴードンに感じつつ、ゴードンの後を追うのだった。
* * *
二人は世間話をしながらも、共鳴の方舟のギルドホームにたどり着いた。このギルドホームに来るのは二度目であるが、何度見ても感嘆の声をあげてしまう。それほど立派なクランハウスなのである。
「ほれ。何をボサッとしてるんだ。さっさと入れ」
「お、おう」
エンバーは恐る恐る扉を開けた。すると、扉から飛び込んでくる影が一つあった。その影は扉が開ききるなり、エンバーに襲い掛かった。
咄嗟にゴードンは戦闘態勢を取ろうとするが、その影の正体を知り拍子抜けする。
「なんだ、お前か……」
「ちょ、やめ! くすぐったいって!」
エンバーの顔をペロペロと舐める正体。それは、つい先ほどエンバーがテイムしたフォレストウルフである。余談だが、このフォレストウルフが目覚めたのは戦闘が終わって直ぐで、帰路に着き初めてから三分と経っていない時である。メイナ曰く、この個体はかなり丈夫なのだろうという見解だ。それなりに強くいったゴードンの攻撃であったが直ぐに目覚めたため、ゴードンのプライドが少しだけ気づついた瞬間でもあったが、これはゴードンだけの秘密である。
「こら、いい加減やめないか、リング。後で遊んでやるから!」
「ワウ!」
リングは一度吠え、エンバーから立ち退いた。
因みに、リングとはこのフォレストウルフの名前である。腹にある〝緑〟のライン。緑をグリーンに、それを入れ換え伸ばし棒を消して、リングである。
「おや。お二人のご帰還だね」
ゴードンとエンバーを迎え入れてくれたのは、このクランの副団長であるマグナスと、クランの装備点検等を主にしている非戦闘員のカイザーであった。
マグナスは自身のメインウェポンが魔法であることから、フェイに近いような魔法使いの服を着用し、背中には青色のマントを着けている。カイザーは非戦闘員であるからか、戦闘重視ではなく作成重視の実用性を持った服を着用している。首にはゴーグルをぶら下げ、上着には六つのポケットが。下は汚れてもいいような長ズボンを着用している。
「おかえり、二人とも」
「おう。帰ったぞ」
「俺の場合はお邪魔します、だな」
その言葉に三人は笑う。そして、エンバーの口調に気が付いたカイザーは口を開いた。
「あれ? 口調が変わったッスね」
「あ……すいません」
「いやいや、咎めてる訳じゃないッスよ。むしろ、距離が縮ったって気がして嬉しいッス!」
カイザーは首をブンブンと振りながら説明する。
「ほんと? じゃあ、口調は変えなくても……?」
「全然オッケーッス。むしろ、そのままでいてほしいッス」
「まあ、そうだね。今後、付き合いが増えるかもなんだ。それなのに一人敬語だと疎外感が出そうだしね」
なら、そうさせてもらう。とエンバーは普段の口調に戻した。エンバーの口調から敬語を取った張本人であるゴードンはニコニコとエンバーを見る。
「ニコニコして気持ち悪いゴードン君は放っておいて食堂へ行こう。君の分の食事も用意しているよ」
「おい」
「いいのか? 俺は今は部外者なのに……」
「今は、だろ? 安心してよ。クランメンバーにならなくっても食事代の請求なんてしないからさ」
エンバーは少し考え、ならゴチになりますと返した。それにマグナスはニコニコしながら、エンバーを食堂へと案内した。
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