004.初テイム
「--と、いう訳さ。分かった?」
「あー、まあ、多少は」
現在エンバーとアイリス、ついでに着いてきたゴードンと猫人族の女性--メイナは森の中を歩いていた。その道すがら、アイリスはジョブについて色々と話してくれた。が、これがもう、とにかく分かりにくかった。話の中の半分が擬音で出来ており、途中に挟まれる意味の分からない例え話には理解に時間が掛かり、それを理解している内に話がどんどん進んでいくのだ。途中、必死に会話についていこうとしたが、ゴードンに「無理そうならやめとけ」と言われ、理解するのを諦めたエンバーであった。
「団長。もう少し言葉の勉強をしよう。言いたいことの分かる俺でさえ、あれじゃさっぱりわからん」
「むー。何さ、勝手に着いてきた分際で」
アイリスはプイッと明後日の方を見る。それを見てゴードンはハァとため息を吐き、エンバーに向き直った。
「あー、つまりだな。ジョブには確かにそれぞれ得手不得手があるが、結局の総合力はどのジョブも変わらないんじゃないか。ってのが、今の話だ」
「総合力、ですか」
「ああ。例えば剣士だが、確かに剣の腕前には補正が掛かる。だがその分、弓術やら魔法系の技能は弱体化するだろ? 当然、弓系のジョブも、魔法系のジョブも同じだしな」
「でも、その理論でいくと俺のテイマー(ファイター)は?」
「あー……それはだな」
言葉に詰まるゴードンを見てエンバーは気を落とす。やはり、テイマー(ファイター)はダメだ。と。それを見たゴードンはどうすればとあたふたするが、それを見ながらニヤニヤする人物が一人。アイリスである。
「うわ、ゴードン後輩泣かせたぁー!」
「なっ!? 元はと言えば団長がこの話題を出すからだろう!」
「ふっふ~ん。私はちゃんと調べてるもんねー」
「泣いてませんよ?」というエンバーをガン無視しつつ、アイリスはエンバーに向き直る。
「いいかい、エンバー君。簡潔に言うけど、テイマー(ファイター)のジョブの差別化点はズバリ、テイムした魔物の技能を使うことが出来る。ということさ」
「テイムした、魔物の技能?」
「おいおい、だとしたら相当強くないか? 高ランクの冒険者にドラゴンのテイムを手伝ってもらえりゃ、ドラゴンの持つ技能が使えるってことなんだろ?」
「う~ん。ま、理論上はね」
「理論上?」
「そ。理論上。そもそも、テイム出来る魔物の数には制限があるんだよ。あと、技能をそのまま使えるって訳でもない。使えても劣化版だし、すべての技能使えるわけでもないからね」
「なるほど……」
エンバーは話の中から察した。アイリスが自分に何を期待しているのかを。
「つまり、その技能を俺のギフトでパワーアップさせたら。ってことですか?」
「察しがいいね。その通りさ」
アイリスはニヤリと笑う。
「ただまぁ、目論見が外れることもあるかもだしね。その時は、残念でしたってことで」
「別に構いませんよ。元々、冒険者をやめるか迷ってたんです。少しでも可能性があることに感謝したいぐらいです」
「ならいいんだけどね♪」とアイリスは機嫌よく言い、ランラン気分で道を先行する。それを不思議に思ったのか、エンバーはゴードンに問いかけた。
「なんか、随分ご機嫌ですね。何かあったんですか?」
ゴードンは呆れた顔で言った。
「何かもなにも、お前のことじゃないか?」
「俺?」
「ああ。アイツからしてみりゃ、予期せぬ拾い物だからな。それでクランの大幅パワーアップ。ってのがアイツの目論見なんだろう」
ああ、そうか。とエンバーは納得する。エンバーという存在は、ゴードンがあの場で声をかけなければ消えていた存在だったのだ。予期せぬ拾い物とは言ったものである。
「一応言っておくが、アイツがクランに誘っても断ってもいいからな? お前に行きたいとこがあれば」
「いや、そんな恩知らずなこと出来ませんよ。特に誘われているところなんてありませんし」
余談だが、この散策に着いてきたゴードンと、現在斥候として前に出ているメイナもアイリスが団長を勤めるクラン:共鳴の方舟に所属するメンバーだったりする。そして着いてきた理由が、アイリス一人で森に行かせるのは危ないから、だということは、エンバーはまだ知らない。
* * *
ゴードンと話ながら歩いて数分。前の方で猫人族のメイナが手招きしているのが見えた。
「……招き猫?」
「ブフッ」
思わず呟いたエンバーの言葉にゴードンは吹き出した。エンバーはそれに構うことなく足音を殺してメイナたちに近寄る。
「見つけたよ、今回のターゲット」
「あれが、ですか? でもあれって……」
「フォレストウルフ、だな」
ゴードンがエンバーに続いて言う。
フォレストウルフ。森のなかであればどんなところにもいる、ウルフ系の魔物のなかではメジャーな魔物。主な攻撃は別の種類のウルフとあまり変わらず、引っ掻き、突進、噛みつきであるが、希に魔術個体で植物魔法を使う個体もいる。
「でも、ただのフォレストウルフじゃないよ。ほら見て、アイツの腹もと。緑色のラインが通ってるでしょ」
「あ。ほんとですね」
「あれは、ウルフ系の魔物が魔法を使えるかの判断基準になっているんだよ。つまり、あのウルフは植物魔法が使えるって訳さ」
メイナの指摘で魔物の腹を見ると、確かに緑色のラインが通っているのが分かる。
「見つけるの、それになりに苦労したんだからね? 主にメイナが」
「ほんとだよ~。あれを見つけるまでに何体のフォレストウルフを屠ったか」
ニコッ、とメイナは笑う。しかし、服の至るところにグログロしい赤い斑点模様があるからか、愛嬌というよりも恐怖の感情が勝ってしまう。
「さてさて、それじゃ、お姉さんが後輩君に頼もしい姿を見せちゃおっかなぁ!」
アイリスは来ているパーカーの腕をまくり気合いをいれる。しかしそれに待ったを掛けるものがいた。ゴードンである。
「なあ、団長。あんた、手加減できるのか?」
「……へ? 手加減?」
アイリスは疑問に満ちた顔でゴードンに問う。
「なんで? 相手は魔物だよ?」
「いや、テイムすんだろ? あまりにも弱ってたり、四肢が欠損してたらテイムモンスターとして機能しないだろ」
「うぐっ。確かに……」
「それを踏まえて、手加減出来るのか?」
「……」
アイリスは顎に手を置き考える素振りをする。
やがて結論にたどり着いたのか、真剣な面持ちで答える。
「無理!」
「んなこったろうと思ったよ。俺がやろう」
その結論にアイリスは抗議するが、「だったら手加減を覚えろ」の一言でアイリスは静かになった。
ゴードンは背中に担がれた大剣を、鞘から抜かずに取る。そして、剣と鞘を紐で固く結び、鞘が取れないように結んだ。何をしているのかと気になっていると、ゴードンが答えてくれた。
「こうすると、剣が打撃武器になるんだ。相手を殺したくないときにやる方法だな」
だが、普通の剣で多様するなよ。と念を押された。なんでも、武器職人に特注で作ってもらった鞘なのだそう。普通の剣でやれば、鞘が耐えきれずに砕け散るのだという。
「さて、と」
ゴードンは深く息を吸い、吐き出す。
少しの硬直の後、ゴードンは動き出した。
その場で、一歩、二歩と助走をつけ、三歩目で跳び上がり、さらに木の枝を足場にし、空高くに跳び上がった。
まだ、フォレストウルフはゴードンの存在に気が付いていない。
ゴードンは空中で回転しながら身を安定させ、フォレストウルフの真上まで来る。そして、そのまま自由落下でウルフの元まで落ちる。
この時、ようやくフォレストウルフは異変に気が付いた。自身に危機が迫っていると。しかし、気が付いた時にはもう遅かった。
ゴードンはフォレストウルフに肉薄すると同時に、鞘入りの剣でフォレストウルフの脳天を叩きつけた。
* * *
「スゴかったです! ホントに!」
「そ、そうか? まあ、あれくらいならな。はっはっは」
「うーわ、後輩に誉められて調子に乗っているよ、ゴードンの奴。本来なら、あれを言われているのは私のはずだったのに」
「まあ、まあ。結果よければですよ。それより、早いところテイムしちゃいましょう? 起きちゃいますよ」
アイリスは「それもそうだ」と割り切ることにした。未だ興奮して話しているエンバーを無理やりゴードンからひっぺがし、倒れるフォレストウルフの前に立たせる。
「さて、テイムの時間だよ。今から手順を教えるから、それに従って、ちゃんと覚えてね」
「は、はい!」
「まずは手を出してー」というアイリスの指示に従い、エンバーはフォレストウルフに手を伸ばす。
「次にこう唱える。テイム」
「は、はい。……『テイム』」
それを唱えた瞬間、辺りに大きめの魔法陣が展開された。ジョブ:テイマーを持つ人に使うことの出来る魔物主従契約の魔法陣である。
「え、ええ!? これって--!」
「はーい、取り乱さなーい。集中、集中ー」
そしてやがて数分。あんなに大きかった魔法陣は段々と収束していき、最後には魔法陣はきれいに消えていた。
「す、すごかった……テイムって」
「ま、初めて見たらねぇ。それで、どう? 初テイムの感想は」
「なんか、未だに頭が理解できてないって言うか、現実味が無さすぎるっていうか……」
エンバーからしてみれば、外れだと思っていたジョブに期待を抱かれたり、さっきの今でもう魔物をテイムしていたりで、頭の処理が追い付いていないのだ。
「ま、それも仕方ないよね。疲れた?」
「ええ。とても」
「ふふん。素直でよろしい。それじゃ、技能の性能テストは私たちのクランハウスでやろっか」
「賛成です。早いところお風呂に入りたいです」
「なら、俺はフォレストウルフを担いで行こう。坊主は大丈夫か? 無理ならおぶるぞ?」
「そこまでしなくても大丈夫です。村育ち舐めないで下さい」
ハッハッハと、一応危険なはずの森の中で、四人は楽しく話ながら町へと帰っていくのだった。
設定的にゴードンは2メートルほどの巨漢なんだが……身軽だね君。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。ブックマーク登録や評価、感想をいただけるとモチベが爆上がりします。また、「ここおかしくない?」、「ストーリー矛盾してない?」ということがありましたら感想で指摘していただければ幸いです。