003.絶望と出会い
リリアンたちと長話をした翌日。到頭、待ちに待ったジョブを設定する日である。
ジョブ。言うなれば第二の職業。これを設定するメリットとして、そのジョブにあった技能が数段階ほどパワーアップするというのがある。例えば、剣士のジョブを授かったら「剣術」や「身体強化」のレベルが上がるのだ。それに対してデメリットも存在する。そのジョブに合わない技能は弱体化されるのだ。剣士の例でいうと、ジョブを入手する前に「弓術」というものを持っていても剣士のジョブを授かればそれは弱体化してしまう。そして厄介なことに、このジョブは一度設定してしまうと変えることはおろか、ジョブを外す事が出来ないのである。故に、冒険者ではジョブの設定は慎重に行われる。昨日当たり前に出来たことが、今日は出来ないということが起こるためだ。
しばらく部屋の前で待っていると、部屋の中からエンバーを呼ぶ声が聞こえた。
「ふぅ……いよいよか」
エンバーは意を決し椅子から立ち上がる。
これで、エンバーの人生が大きく変わる。
エンバーは、目の前にある扉を開いた。未来の自分の可能性を信じて。
* * *
「………」
エンバーは一人、馬小屋の藁の上でボーッとしていた。今日この日はエンバーのギルドカードが発効されるその日である。しかし、エンバーには立ち上がる気力がない。
エンバーは昨日の昼頃、自身に設定されたジョブを思い出し、それを思い出す度、あれは夢ではないかと現実逃避する。
エンバーは深く、長いため息を吐く。
「はぁぁぁ………。行かなくちゃ、なぁ」
エンバーは立ち上がり、冒険者ギルドに向かう。その足取りはフラフラで、端から見ている者がみれば目に見えて落ち込んでいることが分かるであろう。
* * *
「えーっと、それでは、これがエンバー君のギルドカードになります。失くすと再発行には2500オーア掛かりますので、失くさないようにしてくださいね」
「……はい」
エンバーはカードを受け取りそのまま踵を返す。
エンバーは心ではもう、村に帰ろうかと悩んでいる。職業があんなものになってしまったのでは、冒険者を続けるのは絶望的だと言っても差し支えがないからだ。
そんなエンバーを見かねたのか、カウンター席に座る一人の強面の大男がエンバーに声をかけた。
「なんだ坊主。腑抜けた顔してよ」
「……ゴードンさん」
大男--ゴードンは酒のはいったコップを持ちながら、エンバーに手招きする。
「立ち話もなんだ。果実水くらいなら奢ってやるよ。ほれ、こっちにこい」
エンバーは迷うが、この後することもないし、奢ってくれるならと席に着く。
エンバーが座ったことを確認したゴードンは、マスターに果実水を頼むと、エンバーに視線を向けた。
「んで、何があったんだ?」
エンバーはこの問い対して迷った。正直に話すべきか、秘蔵するべきか。本来なら、秘蔵するのが正解だ。しかし、決めるのは早かった。秘蔵する意味が見当たらなかったのだ。
エンバーは先ほどもらったギルドカードを机に置く。
「……なるほど。落ち込んではのはこれでか」
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【名前】エンバー
【年齢】10
【ジョブ】テイマー(ファイター)
【ギフト】昇華
【技能】身体強化、剣術
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ジョブ:テイマー(ファイター)。ジョブのランキングを作れば毎回最下位争いをしている超不遇のジョブである。
不遇と呼ばれる理由として大きいのが、テイマーは支援職の筈が、一部支援技能が弱体化されてしまうこと。さらに、ファイターともあるが、一部の戦闘技能までも弱体化されることだ。これはエンバーの持つ剣術にも当てはまる。
「テイマーで、ファイターか。そりゃ、落ち込みたくもなるわな」
「……はぁ」
エンバーはいつの間にかカウンターに置かれた果実水を飲む。
「でもでも、君ギフト持ってるじゃん」
いきなり聞こえてきた声に驚きながらも、声の主を探す。その主はゴードンを挟んで向かい側に座っている猫耳がある猫人族の女性だった。身軽な印象を持つ彼女は身長は160ほどで、服装はかなりラフなものであった。
女性はエンバーのギルドカードを覗き込んでいた。
「ギフト、ですか。確かにありますね。でも、あのジョブが設定された瞬間、あまり意味をなさなくなりましたね」
「ふーん? どんなギフトなの?」
そんなことを聞いた猫人族の女性を諌めようとゴードンは口を開こうとするが、それに構わずエンバーはツラツラと話し始めた。
「俺のギフト:昇華は持っている技能の性能を数段階パワーアップさせるというギフトです。ただまあ、俺のメインである剣術の技能はほぼ使えなくなったので、身体強化にしか使えませんね」
思わず二人はポカンと口を開けて放心する。まさか、ここまで詳しく話してくれるとは思わなかったからだ。
冒険者の情報というのは基本秘蔵する。その理由の一番は、仲間内での殺し合いになった時のためである。特にギフトの情報は貴重で、進んで話すという人はそうそういない。
「ちょ、ゴメン! まさかホントに全部言ってくれるとは思わなくて……!」
「おいおい、坊主。コイツも悪いが、あんまり自分の情報を……」
「秘蔵する意味がありますか?」
食い気味の問いに、二人は黙ってしまう。
エンバーは果実水を一気に煽り、椅子から降りる。
「すいません。ありがとうごさいました。すこし話せて、スッキリしました。これから村に帰ろうかと思います。ゴードンさん、馬小屋、ありがとうございました」
「あ、ああ……」
ペコリ、と頭を下げ、踵を返す少年をゴードンは見送った。果たして、自分が掛ける声はあれでよかったのか。というのを自問自答するが、答えは帰ってこない。再びゴードンはエンバーの後を視線で追う。すると、エンバーの前に知り合いが仁王立ちしているのが見えた。
「……あいつ、何してんだ?」
「さぁ?」
エンバーの前に経っている仁王立ちで構えている女性は、落ち込むエンバーに声をかけた。
「止まってくれ、少年」
「……はい?」
下を向いていたエンバーは視線を上に上げる。そこには、背の高い女性がそこに腕を組み仁王立ちしていた。黒の髪の中の所々に黄色のポイントカラーを入れた女性の服装は黒と黄色のフード付きのパーカーに、丈ギリギリのミニスカートを纏っている、冒険者ギルドでは少々というか、かなりというか、異質で目立つ格好をした女性であった。
「話しは聞かせてもらったよ、エンバー君」
「はぁ……?」
「君、冒険者を続けるつもりってある?」
エンバーは考えるまでもないと、首を振った。
「話、聞いてたんですよね? それなら分かるでしょう。続けるつもりは……」
「なら、賭けてみない?」
エンバーが全て言い終わる前に、女性はエンバーに言った。
「私が、君のテイムの手助けをする。続けるかの判断は、魔物をテイムした後でも遅くはないでしょ?」
エンバーは、この時点で少しイラついていた。この一般人は何を言っているんだと。
だが、先ほどゴードンと少し話したからか、感情が爆発することはなかった。
「あなたが手伝って、魔物をテイム出来るとは思わないんですが? というより、貴女は一体誰なんですか?」
女性は「まあ、尤もだね」と呟き、どこからともなくギルドカードを取り出し、エンバーに見せる。
「初めまして、エンバー君。私はシルバー級冒険者にして、クラン:共鳴の方舟の団長をしている『雷鳴』のアイリスだ。よろしく頼むよ」
数秒間、エンバーの思考が停止した。だがそれも仕方のないことであった。目の前にいる彼女はシルバー級冒険者にして、一介のクランの団長で、さらに二つ名持ちであるという、冒険者の中でも2割といない超エリート冒険者なのだ。
冒険者のランクとしては以下の通りであり、
駆け出し ロック
初心者 アイアン
中級者 カッパー
上級者 シルバー
怪物 ゴールド
英雄 ヒヒイロ
勇者 アダマン
と七段階に分かれている。段階的には真ん中とはいえ、それでもエンバーにとっては雲の上の人物だ。
「分かってくれたかな? 私はね、君に期待しているんだよ」
アイリスはエンバーに手を差しのべる。
期待している。シルバーランクの冒険者が、遥か高みにいる人間が、そう言った。これでは、否が応でも期待してしまう。
エンバーは、アイリスの手を取った。
「よろしく、お願いします」
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