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002.人脈と受付嬢たち


 エンバーが冒険者ギルドに行った翌日、エンバーは藁の上で目が覚めた。皮肉にも村で使っていたベッドよりも寝やすかったのは内緒である。

 昨日、ゴードンは300オーアという破格の値段で雑魚寝できる場所を用意してくれた。しかし、用意してくれた場所が問題であり、そこはもう使われなくなった馬小屋であった。

 一部の者はゴードンに抗議した。俺たちは人間だと。しかしゴードンは至極真面目に「嫌ならどっか行け」と突っぱねた。その時の顔を思い出すと身体がぶるりと震える。あの強面が嫌ならどっか行けと真顔で言ったのだ。文句など誰が言えるものか。文句を言っていた人たちも素直に300オーアを渡し、藁の上で寝た。

 しかしこれがまた意外。案外寝やすかったのだ。何も、藁の上に直接寝ているわけではない。藁の上には布が被さっていたのだ。多少はチクチクしたものの、藁の柔らかさには驚かされた。おかげですっかり寝坊し、同じ部屋?内で寝ていた人は居なくなっていた。


 ジョブの設定は明日行われる。ぶっちゃけ今日はすることがないのだ。同じ部屋の奴は町を探索すると言っていたが、エンバーはそんなことはしない。そんなことはいつでも出来る。まず第一にするべきなのは人脈づくりである。

 これは村にいる昔冒険者だった婆さんが言っていたのだが、同僚と仲良くなって損はないのだそう。今の旦那である爺さんも冒険者時代に知り合った同僚なのだそうだ。


「さてさて、残ってるのは……」


 エンバーは寝ていた部屋から離れ、残っている人が居ないかを探して歩き回る。少し歩くと、やがて声が聞こえていた。エンバーは残っている人が居ることに安堵し、声の元へ歩く。


「ーーるわぁ、その気持ち。アタシの村に似たようなのがいたわ」

「そ、そうなの? 私はそういうの、経験したことなくて」


 話を聞く限り、女子会の真っ最中だ。

 どうせなら男同士で話したいと思い、その場から離れようとするが、どうやら遅かったらしい。


「はぁ……来年この町にくるみたいなんだけどねぇ……って、あら?誰?」

「……え?」

「誰かいるの?」


 声を掛けられてしまった。一瞬逃げるかという考えも頭によぎるが声を掛けられそそくさと逃げれば印象は最悪であろう。

 エンバーは仕方なしに顔を出した。


「ちょっと、盗み聞き? 趣味悪いわよ」

「いや、違う、違う。今さっき起きて、話し相手が居ないか探してたら声が聞こえて、それでここまで」

「本当に? 嘘くさいわね」

「ほ、本当だって!」


 不味い、このままだと人脈づくりなんて話じゃなくなる。などと焦っていると、少女は耐えきれなくなったのか吹き出し、笑い転げた。


「っ、っぶふ。はははははっ! じょーだんよ、じょーだん! 別に疑ってなんていないわよ」

「ほ、ほんとか?」

「ほんと、ほんと。それに、あんたには昨日の恩があるしね」

「え? 恩?」


 エンバーも、少女の隣に座る二人の少女もなんの事だとポカンとしていたが、二人の内の一人の少女か「ああ!」と思い出したのか手を叩いた。


「あぁ! 昨日のか。確かに恩があるね」

「え? え?」


 エンバーと三人目の少女だけ分かってなかったが、二人に流されるままにエンバーは三人の輪っかの中に入り込んだ。


 * * *


 昨日、ゴードンに300オーアを払った後の事である。

 馬小屋の部屋割りで問題が起こった。

 寝れる準備が出来ている部屋は全部で7部屋。そしてここに居る人数は17名。内、男子が12名、女子が5名である。普通に使えば、三人部屋が3つ。二人部屋が4つ出きる筈である。10歳とはいえ男女の問題が浮き彫りになる年頃、当然部屋割りは男女別になる筈である。しかし、男子の内の一人が驚くべき事を宣言したのだ。


『俺は女子五人と寝る』


 初めは皆ポカンとし、冗談だと思っていたが、段々とそれが本気であるとみんなが理解し始めた。

 当然女子はそれを拒否。男子は止めるべき立場の筈が不干渉を決め込んでいた。

 一緒に寝る、寝ないを言い争いおおよそ十分。到頭男子は女子に手を上げようとした。それを止めたのがエンバーである。


「かっこよかったよ、あれは。颯爽と前に現れてアイツのパンチを止めるんだもん」

「あ、あはは……まーね」


 そういえば、とエンバーは思い出す。

 しかし、正直これはあまり思い出したくない。あの時、エンバーは有頂天だった。村の友達が見れば笑い転げ過呼吸になるくらいに。そして、あのあと言い放った黒歴史は、未来永劫忘れないだろう。

 少女は笑いを堪えながら言った。


「なんだっけ? 確か『この少女たちに触れる時はーー」

「やめろぉ! 忘れてくれぇ!」

「『俺の屍を越えた時だぜ』だったかしら?」


 少女の言葉を遮ったエンバーに構わず、もう一人の少女がニヤニヤしながら言葉を続ける。それにより、エンバーはノックアウトされる。


「うぅ……もう二度と調子にのらん」

「げ、元気だしてください! 助けてくれたのは事実なんですし!」


 唯一、エンバーを煽ることなく純粋に感謝してくれている少女の言葉が身に染みる。


「ま、それはそうだね。実際、感謝してるよ。って、そーいえば自己紹介がまだだったね。私はアルフ村出身のリリアン。よろしく」


 リリアンは笑いながらエンバーを見る。リリアンの格好は動きやすさ重視なのか、アクセサリー等はついてない。特徴的なのは目、髪が透き通るような水色をしているところだ。そしてこれもまた動きやすさ重視なのか、まな板だ。余計な突起はなく、風の抵抗はあまり受けないのだろう。


「アタシはベータ村出身。名前はフェイよ。よろしく」


 フェイは赤色のコートを身にまとい、右耳に花札のようなものをイヤリングとして着けている。見た目からしておそらく火魔法の使いだろう。目は黒いのだが、髪の毛が真っ赤に燃え盛る炎のように赤い。そして、こちらはそこそこに大きい。少しブカブカな服の上からでもサイズが分かるくらいに大きい。


「わ、私はシエスタです。シータ村の出身です」


 先ほどエンバーを純粋に誉めてくれた少女シエスタは白を基調とした服を身に付けている。修道服を改造し動かしやすくし、尚且つそれを白染めしたような服に、近くに銀色の杖が落ちているため、おそらくこちらも魔法使いだろう。で、シエスタだが、修道服の上からではちゃんとしたサイズを図ることは難しかった。

 余談だが、順番でいえば、フェイ>シエスタ≫リリアンとなる。


「俺はエンバー。ノース村の出身だ。よろしくな」


 なんとか起き上がり、エンバーは会話の体制に入る。

 エンバーは今日1日の時間をかけ、三人との確かな絆を築くことに成功した。しかし、エンバーが三人の会話から逃れることが出来たのは、それから七時間後であった。エンバーはこの時、女子の会話能力の恐ろしさを知った。


 * * *


 時は遡り、昨日。

 この時期特有の超多忙な業務が落ち着いたギルド内での出来事だ。


「あ"あ"ーーー……疲れたぁ」

「おっさん臭いですよ、先輩」


 先輩と呼ばれた金髪の受付嬢ーーエレイナは机に突っ伏し、おっさんくさい唸り声を上げる。それを見かけた後輩の黒髪の受付嬢ーーエレオニカは書類をトントンしながらエレイナを横目で見る。


「もーー! なんでこの時期になると毎回毎回こんなに人が多いのよー!」

「しょうがないですよ。諦めましょう」


 エレイナはどこまでも我が儘に、エレオニカはどこまでもストイックに会話を続ける。こんなにも波長が合わなそうな組み合わせなのに休日はよく一緒に出かけるというから驚きだ。


「エレオニカちゃーん、手伝ってー……」


 そんなゾンビのうめき声のようなカッスカスの声でヘルプを呼ぶのは今日のMVPこと、8番受付の受付嬢、シャイナであった。どうやら、喋りすぎで喉がやられたらしい。


「うわぁ……女捨ててますね、シャイナ先輩」

「やめてぇ……婚期逃しかけてる女にいう言葉じゃないわよぉ……」


 シャイナの年齢は29歳。あと3ヶ月で三十路である。基本、30を過ぎれば結婚は難しいと言われている。


「まあ、同情心からですが手伝って上げますよ。三十路せ……シャイナ先輩」

「今のは悪意あったわよねぇ!?」


 声はカッスカスでもツッコミは元気なシャイナ先輩である。


「で~? 玉の輿いたの?」


 エレイナは背もたれに寄っ掛かりながらシャイナに問いた。

 玉の輿。言うなれば有能な男である。彼女たちが受付嬢になった理由の七割以上がこれである。毎回この時期になると優秀そうな少年をターゲットに、色仕掛けを仕掛けるのだ。早い話、既成事実である。


「いたわよ、三人ほど」


 そう言ってシャイナは三枚の用紙を手渡した。

 エレイナはその紙をよーく吟味する。


「へぇ……スゴいわね。一人はギフト持ち。一人はレア技能持ち。一人は魔剣持ちかぁ……」


 むむむむ……と用紙とにらめっこする。


「はぁ……そんなに大事ですか? それ」

「当たり前でしょ……はぁ、いいわねぇ若い子は。余裕があって。まだまだピチピチの18歳」

「ピチピチって。先輩もまだ24でしょう? シャイナ先輩はともかく「おい」そんなに焦る心配ありますか?」

「あるわよ、あるある。若い内から色々と決まっていた方が将来楽できるに決まってるじゃない」


 遠くでダメージを受けているシャイナは放っておいて、エレオニカはエレイナが持っている有望な冒険者候補をチラリと見る。


「あれ……この子」

「ん? ニカちゃん、この子知っているの?」


 エレオニカが見たのは、三人の内の一人であるギフト持ちの少年であった。


「うーん……どっかで、見たような」

「生で見たら思い出すんじゃない? 明後日ジョブの設定に来るらしいから、その時にでも」


 そのジョブ次第なら既成事実を……とか呟いている先輩を極力視界に入れないようにしつつ、エレオニカは少年のことを必死に思い出そうとするのであった。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。ブックマーク登録や評価、感想をいただけるとモチベが爆上がりします。また、「ここおかしくない?」、「ストーリー矛盾してない?」ということがありましたら感想で指摘していただければ幸いです。

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