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魔塔ではよくあることだから、となんとかなると考えていたが、全てがリーザの意識が生み出した幻だったとしたら…
今目の前にいる所長も、せっかく見つけた記憶を引き継ぐ仲間も、ここで話している内容も、何の意味もなくなってしまう。
そもそもここが現実世界でないとなったら、リーザの肉体はどうなっているのか。
意識の世界からどうやって元の世界に帰ることができるのだろうか。
すべてが徒労に終わるような感覚に力が抜けそうになるのをぐっと引き締める。
大丈夫、これが幻影の世界だとしても、現実世界の誰かが必ずリーザを目覚めさせてくれるはずだ。
それよりも今はこれが現実だった場合を考えて、今の自分にできることをしなくては。
「私だけの夢の世界という可能性は一旦保留しましょう。
少なくともエリックやライナスも魔術の影響を受けていると仮定して、それだけの魔力をどこから補充しているんでしょうか。」
そう、魔術を発動するには魔力が必要だ。
魔術の規模が大掛かりになるほど多くの魔力を消費する。
魔術を魔力消費なしに誰にでも使えるようにと魔素を集めて魔力に変換する装置を組み込んだものが魔道具であり、魔術に干渉しないように魔素変換装置を組み込むのは容易ではない。
開発室でそれらしき魔道具を確認できなかった以上、誰かが魔術を発動させていると考える方が自然だ。
最も、これが幻影の世界であれば原因となる魔道具が見つからないだけで現実世界には存在しているのかもしれないが、今はどうしようもできないことを悩んでも仕方がない。
「そうだな、術者の魔力でゴリ押しするパワー型、一度発動すると自動で再生する低コスト型、術者ではなく被術者から魔力を奪う徴収型などが考えられるが…
可能性としては徴収型が一番高いだろうな。」
「案外術者の魔力が枯渇して魔術が解除されたりすることはないんですか?」
ライナスの疑問に所長は難しい表情を浮かべる。
「それも考えられるが、そうなると術者の命が危ない。
術式に安全装置を組み込んでくれていれば良いが…。」
ハッと顔色を変えるリーザらに所長は続ける。
「徴収型は比較的魔力消費が少ないとは言っても君たちの魔力が枯渇する可能性もゼロではない。
なんにしても早く解決策を見つけた方がいいな。」
ーーー静まり返った所長室の中、遠くでチクタクと時限装置の針が進む音が聞こえた気がした。