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「ふむ、ではリーザ君は過去4回、エリック君とライナス君は過去1回を記憶しているが、共通する記憶はリーザ君の前回のものではなく最初のもの、というわけだね。」
所長の確認にリーザは深く頷く。
魔術の暴走などは割と日常茶飯事であるだけに、所長の理解は早い。
以前話したときの反省を踏まえて所長が気になるであろう要点と、次回所長が記憶しているかどうかは定かではない点もしっかり伝えておいた。
「そうするともしも私がループに気付けたとしても、今回のこの話の内容は記憶していない可能性が高いな。
リーザ君には悪いが、今後私が記憶するように伝えることは、次回の私に確実に伝えてくれないか。」
「分かりました。
念のためメモを残して金曜日に渡してくれたら助かります。」
メモを握りしめながらリーザは答える。
これで所長の考察が彼の頭の中だけで完結する事態は防げるだろう。
メモなどとってもまたループすれば失ってしまうが、金曜日の夜にメモを読み返すことでほぼ確実に報告できるはずだ。
「所長、他にループに気付いていそうな人はいないのでしょうか?」
エリックの言葉に所長は思案気な様子を見せる。
「開発室の者なら高い確率で私のところに来るだろうが、今のところ君たち以外からそのような報告は来ていない。
研究室の者たちの場合は…現象に夢中になって報告など考えもつかないこともあるかもしれないがね。」
所長の苦笑いに同じ表情を返しながらリーザも答える。
「以前関係のありそうな時間や記憶、幻影などの研究室を所長に教えてもらって訪問しましたが、特に異変はなさそうでした。
今回はまた同じ研究室も含めて訪問先を増やしてみます。」
平民が多く比較的良識のある開発部の職員であれば、手に負えない問題が発生したときに真っ先に頼りたくなるのは所長だと想像できる。
良識を忘れてきたような研究室の面々であれば、検証に夢中になるか、最悪の場合記憶を引き継いでいてもループに気付かない可能性すら予想できた。
「それにしても実に興味深い。」
元々研究者よりの所長の目は好奇心に爛々と輝いている。
「時間はすべて同時に存在していて魔術スクロールのように同じ地点を行き来することが出来るという仮説もあるが、まだ立証されていない。
リーザ君だけであれば記憶の改ざんや幻影系の魔術の可能性を疑うんだが。
エリック君とライナス君が同時というのも気になるし、リーザ君との記憶の齟齬は逆行するたびに並行世界を生み出しているということだろうか。
もしくは魔術の範囲がリーザ君から広がっている…?」
ぶつぶつと呟きながら明らかに自分の世界に入ってしまった所長の言葉を聞いて、リーザは身震いした。