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10、導き

 四郎は猫神神社にやってきた。

 そこは山の中にあり、車では入ることのできない険しい道を進んで行かなければたどり着くことができない。

 それゆえに、そこを訪れる者はほとんどいない。

 名も知られていないし、市の地図にも名称が載っていない。日本中の神社を巡ろうとするようなマニアも猫神神社だけは巡り漏らすことが多かった。


 四郎は30年後、この場所を訪れた。

 あのときは散策の途中でたまたま見つけ出したものだった。地図にも載っていない場所だから、偶然によってしかたどり着くことのできない場所だった。


 その偶然が四郎に奇跡をもたらした。


 神社は当時とは違い、まだ人の手入れが入っていた。

 鳥居をくぐり社を見上げると、30年後のことを思いだした。


「戻ってきたのですね……」


 30年後。奇妙な話だが、それは遠くの過去のように思えた。

 こうして新世界に立っていると、時間という概念が分からなくなる。


「僕はこの地で一生を終え、そしていま……」


 四郎は自分の両手のひらを見つめた。

 自分は第二の人生を歩む者なのか、それともあのときの自分そのままなのか、まったく異なるものなのか、夢の産物なのか。考えても結論は出なかった。

 ただ1つ言えることは、たしかにいま自分はここにいるということ。


 自分がここにいる理由はきっとここにあると確信した。


 四郎の足を叩くものがいた。

 見下ろすと、四郎のすねにしがみつく仔猫がいた。


 そう言えば、30年後も同じように仔猫がいたものだった。

 四郎は腰を下ろして、猫を抱え上げた。


「君とはどこかで会ったことがあるかな?」

「にゃー」


 30年後にも出会った仔猫と同じ猫かはわからない。四郎も記憶があいまいだった。


「ごめんよ、今日は食べ物は持ってきていないんだ」


 四郎は仔猫を地面に下ろした。

 すると、仔猫はてくてくと歩き出した。

 四郎はその仔猫の歩く姿を追いかけた。


 やがて、仔猫は誰かの足元にたどり着いた。

 四郎の目もそれに追いつき、視線が上がった。


 そこには鬼の老婆――月影鈴夜がいた。


 四郎は立ち上がって姿勢を正して頭を下げた。


「このたびはどうも」

「……」


 鈴夜は鋭い視線で四郎をにらみつけていたが、やがて、神の社のほうに歩き出した。

 四郎は鈴夜を追いかけるように歩き出した。


「あの鈴夜先生……」


 四郎は触らぬ神に祟りなしの禁を犯した。


 鈴夜のことは、梅津から色々と聞いていた。

 鈴夜の家系は代々この猫神神社を治める巫女の一族であり、鈴夜は最後の巫女であるという。

 というのは、鈴夜の娘は高校を中退した後、今でも家出をして行方がわからないという。

 神社を継ぐ者がいなくなって、この神社を守る者はいまや鈴夜しかいない。


 鈴夜には鈴音という孫娘がいるが、血は繋がっていないという。

 神社を継ぐ者を探して養子として鈴音を迎え入れたという。戸籍上、鈴音は鈴夜の孫娘となる。


 その鈴音が神社を継いでくれればいいが、鈴夜は高校を出ると、都会に引っ越す予定なのだという。

 鈴夜は鈴音を巫女の後継者にしようとしたが、その夢は叶わないままとなった。


「この神社は先生一人で管理されているのですか?」


 四郎の質問に鈴夜は答えなかった。代わりに辛辣にこう言い捨てた。


「出ていけ」

「……」


 四郎は言われたとおりにはせず、その場に足をとどめたままにした。


「鈴夜先生、僕がここに来た理由を聞いていただけませんか?」

「……」


 鈴夜の鋭い視線が光った。


「これから話すことはきっと誰も信じてくれないことです。ですが、鈴夜先生ならわかっていただけるような気がしたのです。聞いていただけますか?」

「……」


 鈴夜は早くしゃべれとプレッシャーをかけるように鋭い視線を飛ばした。


「今から30年後、僕はこの場所で自ら命を絶つことになります」


 四郎は自分の身に起こった世にも奇妙な物語を鈴夜に話した。


 ここで自殺を図り、気が付くと、30年前の自分に戻って来たのだと。


 話にすると決して長くもない出来事だったが、あまりに非現実的な話。

 鈴夜はその話を真剣に聞いた。


「お前……名前は?」

「豊川四郎です」

「……」


 鈴夜はサッとおみくじを放り投げた。

 それはちょうど四郎の足元に転がった。


 それから、鈴夜はそれ以上に何も言わずに、ほうきを持って神社周りの掃除を始めた。

 四郎はおみくじを開いた。


 運勢は凶だった。


 ◇◇◇


 四郎の1日目の散策が終わった。

 自分がこの世界にいる理由を見つけ出すことはできなかったが、充実感はあった。

 梅津の家に戻って来ると、梅津が出迎えた。


「四郎君、今日は松ちゃんのところにおよばれに行きましょうか。ご馳走を作ってくれたそうだよ」


 先ほど、梅津のもとに電話があり、昨日に続いて、松田家が歓迎してくれるのだという。

 四郎は梅津と6匹の猫を連れて、家を出た。

 梅津は82歳になるが、まだまだ元気だった。腰も曲がらず、堂々と自分の足で立って歩いていた。


「四郎君、何か面白いものはあったかいね?」

「はい。学校に行ってきたのですが、みな活き活きとしていて僕も元気をもらいました」

「ほうか、そりゃあ良かった。私も猫神小学校と中学校のOBなのよ」

「そうだったんですね。そんなに歴史があるんですか」

「大正の時代からあるよ。運動会の時や文化祭の時には毎回訪れておるけど、若い者が頑張る姿を見ると、ワシも元気をもらうんじゃ」


 梅津の活力は長い伝統から得られたものだった。

 梅津はかれこれ75年以上もの間、猫神小中高と関わり続けている。その重みは、五十路を迎えていた四郎の一生を費やしてもなお足りない。

 四郎は自分の人生を振り返った。

 70年もの重みを積み上げるような伝統を一つも持っていなかった。

 都会暮らしは、新しいものを食い散らかして、また次、そして次。そうして、時を浪費するだけだった。

 歳を取った時に、自分の中に何も積みあがっていないことを知り、ひどく虚しい気持ちになったものだった。


 梅津は子供のころから変わらぬ何かをずっと持ち続けていた。こうして梅津の姿を見ると、人生の重みの違いを感じずにはいられなかった。


「なんだかうらやましいです。僕も長く積み重ねるものを持ちたかったです」

「ほっほ、何言っとるんじゃ、四郎君はこれから積み上げるんじゃろうに。なに、年寄りみたいなこと言っとるか」


 そう言って、梅津は笑った。四郎も釣られて笑った。

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