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8、鈴音

 四郎を歓迎するパーティーは地元の公民館で行われた。

 松田の声掛けもあって、たくさんの人が公民館にやってきた。


 みな顔見知りなのか、こうして人が集まることに誰も抵抗を持っていなかった。

 都会では、こうして人が集まることがほとんどなかったから、四郎はその様子を珍しいものとして見ていた。


 次から次へと人が訪れ、かれこれ40人もの人が公民館に揃った。

 赤子を連れた夫婦、小学生の子供たち、元気のいい老人たちなど顔触れはバラエティーに富んでいる。

 みな自然と楽しく談笑を始めた。こうした様子を見ていると、この地が30年後に消滅してしまう町にはとうてい見えなかった。


 四郎は賑やかな光景を見ながら、どうしてこの町が30年後には滅んでしまうのだろうと考え込んだ。

 たしかに集まった顔触れの中心は老人だから、高齢化の影響は否めない。

 しかし、子供たちの顔ぶれもあるし、何よりこの雰囲気が滅びから程遠い位置にあった。


 声掛けに出ていた松田が戻って来た。


「いやー、腹が減った。何してる、早く食べようぜ。みんな集まってからなんて野暮なことはいらん。こういうことは早いもの勝ちよ」


 松田は市を率いる頼もしいリーダーだった。

 話によると、町内会の役職のほとんどを一人で背負っているのだという。

 町会費の集金から会計までこなし、農業も営んでいる。毎日多忙の身だった。


「優一君は来ないんけ?」


 梅津が尋ねた。


「さあな。どこをほっつき歩いているかわからんやつだからな。まあ、腹が減れば来るだろ。気にすな気にすな」


 松田はそう言うと、席について、さっそくビール缶に手をかけていた。


「優一さんというのは?」


 四郎が梅津に尋ねた。


「松ちゃんとこのお孫さんでな、とても優しい子なんじゃよ。ちょうど四郎君と同い年じゃな。来てくれたらいい友達になれるじゃろう思うけど、まあでも、年寄りばかりじゃし、なかなか顔も出しにくいだろうからね」


 四郎は納得した。

 たしかに高校生ぐらいの時分は、年寄りの集まりに顔を出したくないものだ。思春期というのは大人に反抗する時期だから、大人の集まりに出席しないというのは自然なことだった。

 四郎も同じ時分のころはそうだった。親や教師を煙たく思いながら暮らしていた。


 しかし30年も月日が経過すると、四郎はこうした雰囲気の良さがわかるようになった。

 暗い部屋にこもって、ゲームやスマホをいじっている生活に比べて、こうした雰囲気のほうが温かさを感じた。


 しばらくして、追加で2人が公民館を訪れた。

 梅津が出迎えに行ったので、四郎も同席した。


「鈴夜先生、いらっしゃい。お待ちしておりましたよ」


 梅津はそう言うと、丁寧に頭を下げた。

 四郎は梅津の後ろから、やってきた人物を見た。


 人物が視界に入る前に、鈴の音が響いた。

 その音は多人数の談笑にかき消されたが、四郎には確かにはっきりと聞こえた。


 そこには昼間出会った鬼の老婆と美少女がいた。

 美少女は私服に着替えていたので、昼間とは違う雰囲気だった。鬼の老婆は昼と同じオーラをひしひしと放っていた。


 鬼の老婆の視線が四郎のほうに向けられた。

 四郎はぺこりと頭を下げた。


「今日、遠くから男の子が訪れてくれたんですよ。それでパーティーを開いたんです。豊川四郎君言うてね、優しくて素晴らしい男の子なんですよ」


 梅津が四郎を紹介した。


「豊川四郎です。お世話になっております」

「……」


 老婆は挨拶を返さなかった。昼間と同じく歓迎しない視線を四郎に向けるばかりだった。

 歓迎はしていないが、無関心というわけでもなく、むしろ四郎を特別なものを見るような目で見ていた。


 その後ろにいた美少女はもともと人付き合いに疎い性格なのか、誰に対しても無口無表情だった。


「こちらね、月影鈴夜つきかげすずよ先生。古くから伝わる偉い巫女さんでね、こっちの子は鈴音すずねちゃん。べっぴんさんでびっくりしたじゃろう」


 四郎は頭を下げながら、鈴音のほうをちらりと見た。

 鈴音は誰にも視線を合わさずに、ただその場に立っていた。

 歳は四郎と同じだと言う。


「さあさ、鈴夜先生、こちらへどうぞ。鈴音ちゃんもどうぞ」


 案内されて、鈴音は一言もしゃべらず、鈴夜の後ろをついていった。

 

 再び鈴の音が響く。


 その音は間違いなく、四郎をこの世界に導いた旋律だった。

 四郎はしばらくその音を心の中で感じていた。


 ◇◇◇


 パーティーが始まってしばらく、さっそく酒に酔っ払う者が出て来た。

 笑い声が鳴り響く中、松田の孫である優一ゆういちもやってきた。


 優一は音も立てずやってきて、片隅に座った。

 そんな優一に、松田が大きな声をかけた。


「おー優一来たか。お前も四郎を見習え。立派なもんだぜ」


 松田は酔っ払っていた。

 先ほどまで四郎と話をしていた。建設関係の話になったのだが、四郎は30年もの間、建設会社に勤めていた実績があったので、豊富な知識で対応することができた。

 その結果、松田は四郎を立派な好青年とみなすようになった。


「お前は野球部はやめちまうし、勉強もろくにしねえし、そんなんじゃ社会に出ても通用せんぞ。はははは」


 松田は酒が入っているので、優一をこっぴどくからかって笑った。

 優一はしかめっ面で一言「うるせー、クソじじいが」とつぶやいた。


「ああ? クソじじいだぁ? お前には年寄りを敬う気持ちがねえのか?」

「ねえよ。さっさとくたばんな」

「ったく、なあ、四郎。ろくでもない孫だろ。普通はよ、孫なんてものは目に入れても痛くねえもんだけど、優一にはそういうところがちっともねえんだ」


 松田は四郎にそう言って、追加でビールを一杯飲んだ。


「そんでも5つほど前までは、おじいちゃん、おこづかいちょーだいつって来たもんだけどな。あのときの優一はどこへ行ってしまったのか」


 松田は過去を思って嘆いた。


「それに比べ、四郎は立派なもんだ。聞いてくれ、みんな。四郎はキャビで東京タワーの設計図が書けるってよ。スーパー高校生だよ」


 松田は大きな声でそう言った。

 周囲の者はそれがどれぐらいのすごさなのか良くわからなかったが、みな手放しに四郎を褒めた。


 四郎が褒められるほどに優一の機嫌が悪くなっていった。

 その気持ちはよく分かった。この年頃というのは、人一倍劣等感というものに敏感になるものだ。

 優一もいま難しい年ごろを迎えているのだろう。


 結局、優一はそのまま帰ってしまった。

 その後も大勢の談笑が続いた。


 四郎はその間、少し遠くに座っていた鈴音の様子を何度か確認した。


 鈴音は話が振られたときに適当に答えるだけで、自分から会話を持ちかけることはなかった。

 黙々と食事を続け、あとはただ時間が過ぎるのに身を任せていた。

 その隣にいる鈴夜もあまり会話には参加しなかった。


 四郎は鈴音のことが気になって仕方がなかった。

 鈴音に一目惚れという名の恋をしたという意味もあったかもしれない。しかし、心はすでに50歳手前の四郎には若者の恋心というものを理解できなかった。


 ただ気になる。

 彼女が鳴らす鈴の音が心の琴線に響くというような、そんな思いで鈴音を見ていた。

 それは若者ではなく老齢者特有の淡い恋心だった。

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