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最終章 君のいる世界

 とても長い夢を見ていた。


 死に場所を求めてこの地にやってきた。

 望み通り、死にふさわしい場所を見つけ己の生涯を閉じた。


 長い長い夢はその後に始まった。

 そんな夢も終わりを告げたようだった。

 これから何が始まるのだろうか?


 そよ風が頬に触れた。

 木々を揺らして、一帯に安らぎをもたらした。

 とても心地よかった。


 何も考える必要はない。ただのこの安らぎに身を任せていたかった。

 

 そんな楽園にリンと鈴の音が響いた。


「この音は……?」


 四郎はその鈴の音を懐かしく聞いた。

 どこかで聞いたことがある音色だった。

 1年前や2年前ではない。もっともっと昔に聞いた音。


 それこそ何十年も前に聞いた音。


 昔のことは何も覚えていない。青春時代なんてとうになくしてしまった。

 でも、その音だけはたしかに覚えていた。


 もう一度鈴の音が響いた。


「鈴音さん……?」


 四郎は消えかかっていた記憶から1つのワードをつぶやいた。


「私のこと知ってるの?」


 近くで女性の声が上がった。

 四郎はゆっくりと目を開いた。


「私、そんな有名人じゃないつもりだけど」

「……」


 目を開いた先には、朝日に照らし出された神社が見えた。

 賑やかな神社だった。あちらこちらに猫が徘徊している。少なくとも20匹以上の猫が視界に収まった。


「大丈夫? 意識はある?」

「……」


 四郎は声がしたほうに視線を向けた。

 そこには美しい女性の姿があった。


 真紅の着物に身を包んだ女性はどこか刺々しい視線をこちらに向けていた。


「近くに病院あるけど、救急車呼ぼうか?」

「いえ、大丈夫です」


 四郎はそう言うと、頭を押さえた。ずいぶんと長い間眠っていたような気がする。その眠りの間に夢を見ていた気もするが、夢の内容を思い出すことはできなかった。


「酔っ払って寝てたの?」

「ええ、そんなところです……」


 四郎は自分のもたれかかっている木を見上げた。

 たしかこの木の上で首を吊ったはずだった。

 それは失敗に終わったのかもしれない。


 ただ、死に向かったときはこんなに賑やかな場所ではなかった気がする。いつの間にか、周囲の様子が違っていた。


「ところで君、さっき私の名前を呼んだよね。私のこと知ってるの? 同業者?」

「えっと……」


 四郎は改めて目の前の美しい女性を見つめた。

 知っているはずもない。自分の人生には不釣り合いな美しい女性だった。


「すみません。存じ上げません」

「なんだ、鈴音って呼んだから私のことだと思ったわ。ひょっとして君の奥さんの名前かしら?」

「いえ、僕にそういう人はいません」


 四郎は言いながら、鈴音という名前に覚えがあった。

 しかし、どこで出会った人なのか、どんな人なのかまでは思い出せなかった。


 鈴音。どうしてそんな名前が記憶に残っていたのだろう。


「君、どこから来たか知らないけど、明日からここでお祭りがあるのよ。参加してったら?」

「お祭りですか?」

「そう、30年続く猫神祭」

「猫神祭……」

「そうそう。けっこう有名なお祭りなのよ。猫神市と言ったら、猫神祭りが代名詞よね」


 女性は自慢げにそう話した。


「猫神市……? なくなってしまったと聞きましたが」

「なくなった? 誰がそんなこと言ってるの?」

「テレビニュースで見たと記憶しています」

「それは悪徳なテレビ局だわ。猫神市は人口4万人の大都市なんだけど? おかしなデマを流さないでくれるかしら」

「す、すみません」


 女性はこの地に強い誇りを持っているようだった。


「有名人だってたくさんいるんだから。梅津敏子さんは知ってるでしょ?」

「梅津さん……」


 それは四郎の記憶に引っかかる名前だった。


「そうそう。世界最長齢のピアニストよ。112歳の今でも世界ツアーをやってるんだから尊敬しちゃうよね」

「……それはすごいですね」

「早川千尋さんも猫神市に住んでるのよ。オリンピック金6連覇のあの超人。知ってるでしょ?」

「早川さん……」


 その名前にも聞き覚えがあった。たしか同級生にそういう子がいた気がする。


「私と同い年なのにまだ現役なのよ。すごいよね。ほかにはね、松田優一……あいつは別に数にいれなくていいか」

「優一君……?」

「なに知ってるの? そっか、君そっち系の人か」


 松田優一という人物にも聞き覚えがあった。これだけ聞き覚えがあるということは、自分はこの地にゆかりある存在なのかもしれない。

 しかし、この地の記憶を思い出すことができなかった。


「あいつね、ただの不良少年だったのに、更生して東大出たんだよ。で、いまは建設会社の社長。笑っちゃうよね、あいつが社長になるなんて」

「……」

「というわけで、猫神市は日本に誇る大都市なわけ。わかった?」

「はい」


 四郎はうなずいた。


「君、さっき鈴音さんって言ったでしょ。それ、私の名前だから」

「そうだったのですね」

「私は神社の巫女さん。本職は看護師だけどね」


 鈴音と名乗った女性は四郎に背中を向けて歩き出した。近くにいた猫のもとに腰を下ろした。

 鈴音の背中には何やらぬいぐるみがおんぶされていた。

 ずいぶん古くなった妙な顔のぬいぐるみだった。


「私、ある男の子を探してるの」

「男の子ですか?」

「そう。もう30年になるのか。聞いて、すごい神秘的な出来事だったんだから」


 鈴音は自慢したいという気持ちで語り始めた。


「30年前、私死にかけたことがあったの。絶体絶命って状況。そのときにね、この子が助けてくれたの」


 鈴音はそう言うと、おんぶしていたぬいぐるみを取り上げた。


「エニグマっていうの」

「エニグマ……」

「この子を抱きしめてたら、なんか助かった。絶対死んだと思ったんだけど、水の中で人魚になったみたいに自由に動けるようになって。鉄砲水の中を泳ぎ切ったのよ。本当よ」


 鈴音は信じてほしいという気持ちでそう訴えた。


「信じます」

「ほんと? 梅ばあちゃん以外は信じてくれなかった話だけど」


 四郎はエニグマの顔を見つめた。エニグマともどこかで出会ったことがあるような気がした。


「それで、エニグマの持ち主の男の子を探してるの。きっとどこかにいると思うのよね。だって、エニグマの持ち主なんて、魔法の力とか持ってそうでしょ?」

「はあ」

「どこかにいると思うのよ。それでずーっと探し続けてる。必ずどこかにいると思ってさ。まあ、おかげで生き遅れちゃったんだけどね」


 鈴音は寂しそうな横顔を見せた。

 30年前に男の子と出会ったということは、鈴音はずいぶんと高齢なのだろう。

 しかし、とても若く見えた。


「その男の子、豊川四郎君っていうの。君、ひょっとして知ってたりする?」

「……」


 四郎はそのとき、眠っていたすべての記憶を取り戻した。

 唐突に頭の中にたくさんの記憶が入り込んできたから、四郎は言葉を失った。


「そっか、知らないか。まあ、30年前だものね。正直、ツチノコを探すみたいなものよね」


 鈴音はそう言ったが、まだ本気でその男の子のことを探し続けているようだった。


「私だけじゃないしね。四郎君のお父さんとお母さんも、うん、両親のほうが絶対見つけ出したいよね」

「お母さん……生きておられるのですか?」

「毎日、神社に来てくれてるわよ。息子が無事に見つかりますようにって。お父さんも自分の子供より先には死ねないって、でも面白いのよ。四郎君のお父さんったら、虫かご持って探してるんだもの」

「……」


 四郎があっけに取られていると、猛スピードで走ってきた猫が四郎の顔に飛び込んだ。


「わっ」

「コラ、ダメよ」


 鈴音が四郎の顔から猫をはがした。


「にゃあああ」


 力強い猫だった。猫の爪が四郎の皮膚にめり込んだ。そのときの感触にも記憶があった。


「ゴン?」


 四郎はそう尋ねた。


「あれ、ゴンも知ってるの? ゴン3世。君、すごく私たちのこと知ってるのね」

「……」


 ゴンは四郎の顔を見て、険しい表情を浮かべた。


「ゴンもその男の子のことずっと探しててさ。いつも山の中に入ってるのよ。この代で見つかるといいんだけど」


 鈴音は色々なことを知っている四郎のことを不思議そうに見た。


「君、なんか不思議な人ね。一応、君のことも教えてくれる? 私は月影鈴音。君の名は?」


 鈴音がそう尋ねたとき、ちょうど雲の間から朝日が差し込んできて鈴音の姿を映した。

 その姿は間違いなく、四郎が愛した女性。


 彼女の身に着けている鈴の音が響いた。


 四郎は確信した。


 ここは君のいる世界。


 四郎は新しい世界に自己紹介した。


「僕の名前は……」

ここまで読んでくれてありがとうございました。

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