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2、30年前の世界

 豊川四郎とよかわしろうは目を覚ました。

 近くで小鳥のさえずりが聞こえる。

 頭はぼんやりしていた。何がどうなったのだろうか。


 自分はたしか首を吊って死んだはず。

 ならば、ここは死後の世界か。


 四郎は重たい体を起こした。

 いつもなら、腰に痛みを感じるところだったが、今日はそれがなかった。

 体はだるかったが、どこか体が若返ったような気がした。


「ここは一体どこでしょうか?」


 四郎はあたりを見渡した。

 そこには懐かしい光景が広がっていた。


 自分の勉強机。

 昔、一生懸命プレイしたゲーム機。

 高校生のころに使っていた教科書。

 漫画ばかりの本棚。


 ちょうど、自分が学生のころに過ごしていた子供部屋だった。

 しかし、そんなはずがない。


 4年前に母親が死んだのを機に、実家は取り壊しになった。

 思い出の品はそのときはすべて処分した。

 勉強机もゲーム機も教科書もここに残っているはずがない。


 ここが死後の世界なのだろうかと思った。

 四郎はベッドから起き出した。


「不思議だ。本当に実家と同じ造りだ」


 四郎は今でも実家の光景をよく覚えていた。窓から見る景色も含めて。

 四郎が立っている場所はそれらすべてが忠実に再現された世界だった。


 四郎はドアを開いた。

 その先に広がる廊下も実家そのままの姿だった。


 なつかしさにそそのかされて、四郎は階段を降りて行った。

 毎回軋み音を出す段があった。その場所を踏むと同じように軋み音が響いた。

 すべてが実家そのものだった。

 こんなことがあるのだろうかと四郎はいつまでも不思議な気分から抜け出せずにいた。


 一階に降りると、リビングに続くドアがある。

 ドアの先からは包丁がまな板を叩く音が聞こえてきた。


 四郎は目を閉じて、その音を懐かしく思い出した。

 学生のころ、こうして起きてくると、母親が朝食の準備をしていた。

 そのときに何度も聞いた音だった。

 あのときは気にも留めなかったが、いまはそれがとてもありがたいことのように感じられた。


 四郎はそのドアを開いた。


 まばゆい蛍光灯の光が入って来た。


「……」


 懐かしいリビングの光景が広がっていた。

 ソファーには新聞をめくる自分の父親がいた。


 父親は四郎が入ってきてもまったく気にすることなく新聞を読みふけっていた。


「……」


 30年前までは当たり前の光景だったが、いまの四郎には異界の光景だった。

 父親は11年前に亡くなった。肝臓がんが発見されて、3か月ほど入院した後に亡くなった。

 その父親がたしかにそこにいた。


 四郎はその場で固まってしまった。


「あんた、何やってんだい、そんなとこで」


 固まっていた四郎に誰かが声をかけた。


 そこにいたのは母親だった。4年前に亡くなったはずの母親が若かりしころの姿でたしかにそこにいた。


 四郎は思わず目頭を熱くした。

 涙があふれてきた。


「どうしたんだい、いきなり」

「ご、ごめんなさい。少し映画の感動シーンを思い出していたのです」

「……なに敬語なんて使ってんだい。寝ぼけてんじゃないよ」


 母親は怪訝な顔で四郎を見ていた。

 母親にとっても、父親にとっても、今日は当たり前の日常。

 四郎だけが非日常の中にあった。


 ◇◇◇


 四郎は洗面所の前に立った。

 目の前には高校2年生の自分がいた。


「間違いありません。ここは30年前の世界……」


 四郎は確信した。カレンダーの日付もテレビ番組もたしかに30年前のものだった。

 何より、鏡に映る自分の姿が30年前なのだから、確信せざるを得ない。

 しかし、頭の中だけは違っていた。四郎の心は47歳。見た目は17歳。


 これは特別なことなのか、あるいは死んだ者がみな経験することなのか。


 四郎は最後の瞬間を今でも覚えていた。首を吊って意識が遠のいていく瞬間まで鮮明に覚えていた。

 その暗転の後、こうして30年前の世界に戻っていた。


 これからどうすればいいのか?


 四郎は鏡の先の自分に問いかけた。

 答えはなかった。30年前に戻って何か特別なことができるとは思わなかった。


 これから未来に起こるいくつかのことを知っているから、予言者にでもなればいいのだろうか?

 今から頑張って勉強して、出世すればいいのだろうか?

 未来から来た者として芸能界に入ればいいのか?


 四郎は首を傾げた。いずれにもまったく興味がなかった。

 大金がほしいとも思わなかったし、予言者なんてのもどうでもいい。人生をやり直せることを喜ぶこともなかった。芸能界にも興味はなかった。


 もし1つだけ知りたいことがあるとすれば、なぜ自分がこの場所に戻って来たのかという疑問に対する答え。

 ただそれだけが知りたかった。


「猫神市……」


 四郎はそうつぶやき、自分がすべきことの答えを出した。

 ただ、すぐに行動を起こす気にはならなかった。


「四郎、いつまで顔洗ってんだい。早くしないと電車に遅れるわよ」

「あ、はい」


 母親に呼ばれ、四郎はリビングに戻った。

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