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14、強き者と弱き者

 四郎が猫神市にやってきて1週間が過ぎた。

 この地にやってきて、色々な人に出会うことができた。

 四郎の最初の人生では巡り合うことのなかった人たちによって、四郎の人生も大きく変わった。

 四郎はこれらの出会いを大切にしたいと思った。


 しかし、ある一匹だけは四郎に心を開いてくれなかった。

 四郎はその一匹と向かい合っていた。


「ゴン、おいで」


 四郎がねこじゃらしで目の前の猫を誘ったが、その猫はピクリとも動かない。


「ゴン」

「ふかー!」


 ゴンは毛を逆立てて、どこかへ去って行った。


「ダメですか」


 四郎は肩を落とした。

 この地に来て色々な人と交流を持ち、あちこちにいる猫たちとも親しい仲になった。

 けれど、ゴンだけは例外だった。


「四郎、そんなとこでなにやってんだ?」

「ああ、優一君、いらっしゃい。ゴンと親睦を深めようとしていたのです。ですが、どうしてもうまくいきません」

「あたりまえだろ、相手は猫だぞ」


 優一が梅津のもとを訪れていた。

 優一は梅津に恩があるようで、梅津のために部屋の掃除などを手伝いに来ることが多かった。


 優一は詳しく話さなかったが、四郎は梅津から話を聞いていた。


 優一は去年まで野球部に所属していたが、後輩にレギュラーを奪われた際にぐれてしまったのだと言う。

 家族と殴り合いの喧嘩までして家を出て、最終的に外でも暴行を働いて警察沙汰になった。

 親は優一に厳しく、少年院にぶち込んでくれと警察に頼んだという。


 そんなときでも、梅津はいつものニコニコ顔で優一に接した。

 優一が校舎裏で一人ふてくされていたとき、梅津がわざわざ学校にまでやってきた。

 優一は前日から何も食べておらず、夕暮れのころには立ち上がるのも面倒くさい状態だった。


 梅津はそんな優一に優しく声をかけた。


「優一君、一生に帰ろうや。おいしいカレーを作ってあるんじゃ」

「おれに構わないでくれよ。おれは生きている意味もないクソガキなんだ」


 優一はそのとき自暴自棄になっていた。

 無駄に優しい言葉をかけても、逆効果だった。

 しかし、梅津だけは違った。

 梅津の言葉は優一の心に突き刺さった。


「ほんじゃら、周りのもん、みな見返してやったらええ。優一君ならできるて」

「……」

「優一君は誰にも負けん優しい心持っとるんじゃから。優しい人は誰にも負けん強さを持っておるんじゃから」


 探せばどこにでも転がっているありふれた言葉だったかもしれないが、梅津の口から放たれる言葉は魔法の力をまとっていた。

 優一はそのとき、心を入れ替えようと思った。


 それから1年、優一はあのときとはまったく違う男になった。

 四郎にも優一の優しさや強さを理解できた。


「梅ばあちゃん、布団こっちに干しとくぜ」

「ありがとうよ」


 優一は一人で重たい布団を抱え上げた。その姿は頼れる男のそれだった。


 ◇◇◇


 優一は大学受験の勉強にも本腰を入れていた。

 田舎在住のハンディを受けながらも、成績は順調に伸びているようだった。

 掃除が終わった後、優一は難しい顔をして問題集と向かい合っていた。

 四郎は猫の世話をしながらその様子を見ていた。優一の横顔は真剣そのものだった。


 梅津は3人分の夕飯の支度をしていた。カレーのにおいが四郎のもとにも届いた。どこか懐かしいにおいだった。


「疲れた……四郎、採点してくれ」


 優一は疲れ果てた様子で床に転がり、ノートを四郎に渡した。

 ちょうど、英語と数学ⅡBのセンター試験の過去問題を解いたようだった。


 四郎は言われて採点をした。マーク式なので、マークされた数字を確認するだけでいい。


「英語152点、数Ⅱ92点です。すごい高得点です」

「くそー……英語はどうしても8割いけねえのか……」


 優一の目標は高かった。学費の問題もあり、なまじの私立大学では許されない。国立の難関大学を目標にしていた。


「さあさ、ご飯にしましょう。カレーライスができたよ」


 梅津が優しい笑顔でそう言った。


「腹減った。梅ばあちゃん、おれ大盛な」


 外を見ると、日が暮れつつあった。田舎の夕暮れはとても美しい光景だった。


 ◇◇◇


 その日の夜、四郎は入浴後の体を冷ますために、外に出ていた。

 水場の近くには、たくさんのホタルが飛んでいた。


 四郎はホタルを見ながら、人のほとんどいないあぜ道に出て来た。


 そのとき、近くで猫の鳴き声がした。

 四郎は足を止めて、前方を見つめた。


 ぽつりと立っていた蛍光灯の下で、数匹の猫が喧嘩をしていた。

 四郎は介入することなく、少し離れたところに立ち尽くしてその光景を見ていた。


「あ……」


 四郎は猫の喧嘩の中に、ゴンがいることに気づいた。

 ゴンは4匹の自分より一回り大きい三毛猫と対峙していた。

 

 三毛猫は再三にわたり、ゴンに飛び掛かった。

 ゴンはカウンターを決めるように反撃した。


 1対4のアンフェアな喧嘩だった。

 しかし、ゴンはそれに文句を言うこともなく、次々と三毛猫を攻撃した。

 

 最初はいい勝負をしていたが、やがてゴンは一方的にやられる側に回るようになった。

 体格差、軍勢の差が明確に出た。ゴンは頑張って三毛猫の襲撃をかいくぐろうとするが、何度も地面に叩きつけられた。


 四郎は何度も仲裁に入ろうと足をピクリと動かしたが、その都度、その足を止めた。


 四郎はわかっていた。

 ゴンにとって、4匹の三毛猫は敵であり、そして四郎もまた同じく敵である。

 四郎が介入したところで、ゴンの状況が変わることはない。ただ敵が増えるだけでしかない。

 はたから見れば、ゴンの生き方は不器用な生き方。すべてを敵に回し、ただ一人で生きようとするなど、この厳しい自然界にあって無謀なことだった。


 それでも、ゴンはその道を選んだ。いや、選んだというより、生まれながらに与えられた運命だった。

 それはちょうど、四郎がこの地で寂しく生涯を終えたのと同じことだった。


 それに、四郎がここで介入してゴンの加勢をしたところで、ゴンのためになるとは思わなかった。

 いくつかの逡巡の結果、四郎はその場で傍観者を続けた。


 いま四郎は神の権限を持っている。神の力を用いて、ゴンの敵対者を追い払うことはできる。

 しかし、全能なる神が追い詰められた人間に全能の力を分け与えなかったように、四郎も全能なる力の行使を躊躇した。


 それが運命なんだ。

 四郎はどこかでそう思っていた。


 四郎は背後に気配を覚えて振り返った。

 懐中電灯を持った中年の男が四郎の横を歩き抜けた。


「ちわです」

「どうも」


 中年の男は低い声であいさつした。四郎も簡単にあいさつを返した。

 男はたまたま散歩がてらにここにやってきたのだろう。

 しかし、そのおかげで三毛猫4匹は去って行った。


 その場にゴンだけ取り残された。


 男はゴンに気づかず、ゴンのもとを通り抜けて行った。


「……」


 すべてが終わった後も、四郎は傍観者を務めた。

 ゴンは立ち上がり、つたない足取りで歩きだした。

 そして、そのまま闇の中に消えて行った。


 四郎はしばらくしてゴンの後を追いかけたが、ゴンの姿を見つけることができなかった。

 四郎の心の中に後悔の念が残った。もっと早く助けに入るべきだったのかもしれないと。


 四郎はため息をついた。そのため息は清らかな水の流れにかき消された。

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