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第33話 君が好きなもの


 カーテン越しに薄く感じる淡い朝日を感じて、春人はゆるりとまぶたを持ち上げる。

 この一週間で感じていた鬱憤うっぷんが、綺麗に晴れ渡っているのを感じ取った。代わりに芽生えたのは緊張と不安だが、覚悟を決めて何とか飲み込む。


「……よし」


 ゆっくりと起き上がって、春人は息を整える。

 今日は、決戦の日だ。



〝気が向いたら調べてみなさい。お前が悩んでいる答えが、見えるかもしれないよ?〟



 昨夜、帰って来てから薔薇の色と本数の意味を調べてみた。

 もっと早く調べてみれば良かったと後悔したのは言うまでもない。後悔とは、本当によく出来た熟語だ。


 ――父さんは、最初からもう分かってたんだな。


 分かった上で、辛抱強く見守ってくれていた。母も、好物を作りながら応援してくれていた。

 春人は今も昔も、こんなに支えてくれる人がいる。

 だから、例えどんな結果になろうとも、春人は全力でぶつかる。


「……ゴーたんも。応援してくれるか?」


 椅子いすに転がるゴーたんに笑いかければ、きゅーっと笑顔で笑いかけてくれる。

 祖母の大切な形見。特別な宝物。

 それを一緒に大切にしてくれる彼女。



 もう、春人は迷わない。











「じゃあ、行ってきます」

「はーい、いってらっしゃい。お弁当、今日はホットケーキも入れたわよ」

「え! ありがとう!」


 玄関で挨拶をすると、母が悪戯っぽく笑っていた。父も珍しく玄関先まで見送りに来て、何だろうと首を傾げる。


「やあやあ、春人。今日はなかなか凛々《りり》しい顔つきをしているね」

「え。……そう、かな?」

「ああ。……行ってらっしゃい。帰って来た時の顔も楽しみにしているよ」


 にこにこと笑って、父は声だけで頭を撫でてくる。寄り添う母も、何だか背中を押してくれる様な笑顔だ。


 ――見抜かれてるんだな。


 敵わないな、と春人は心の中だけで白旗を振る。

 必要以上に口を出さず、けれど黙って応援してくれる人達。

 この二人が両親で良かった。

 しみじみと感じ入りながら、もう一度「行ってきます」と春人は手を上げて、笑って家を出た。











 登校して、昼休みも終え、最後の休み時間になった時。

 相変わらずクラスメートに囲まれている草壁を、春人はじっと見つめていた。

 本当は登校した時に話しかけようかと思ったのだが、やめたのだ。何となくだが、彼女に心の――いや、思考する時間を与えたくなかった。

 彼女にまた、この前の様にするりと笑顔で逃げられるのはごめんだ。しかも、悪い方向へと勝手に妄想されるのはもっとけたい。

 しかし、毎度思うが、休憩時間のたびに、草壁ドームが出来るのはいかがなものか。今も絶賛、草壁さん! 美晴さん! とファンがアイドルに押し寄せる様な人混みが出来上がっている。もはや一日の儀式に思えてきた。


「……はあっ」


 これから、あれをき分けねばならないのか。

 頭が重だるくなったが、冬馬が眠りながら「がんばれー」と適当に声援を飛ばし、和樹は単語帳から顔も上げずに「さっさとしろ」と発破はっぱをかけてきた。

 確かに、心を決めたのは春人だ。今日はホットケーキという両親からの後押しもある。ひるむわけにはいかない。



「草壁さん」

「――」



 椅子から立ち上がり、春人は大声になり過ぎず、けれどファンの声にき消されないほどには声を張り上げて彼女の名前を呼んだ。

 途端、ぴたりと綺麗に騒がしい黄色い声が鳴り止む。どれだけ訓練されているのかと、春人は恐くなった。


「……俺、草壁さんと話したいことがあるんだ。……少し、道を開けてくれないかな」


 果たして、彼女と冷戦を続けているという春人の声を聞いてくれるだろうか。

 かなり胃が痛くなったが、最初に動いたのは佐藤だった。何も言わずにすっと体をよけてくれる。

 それを皮切りに、田中もよけ、次々とクラスメートが道を開けてくれる。

 草壁の時ほどではないが、モーセの海割りの様にゆっくりと彼女への道が開けていった。


 ――最初の時とは逆だな。


 まだ二ヶ月も経っていないのに、もうはや懐かしくなるのは、感傷にひたっているからだろうか。

 一歩、また一歩と、春人は彼女へと近付いて行く。

 その間、彼女は全く微動だにしなかった。いつものおちゃらけた言動もなく、ただひたすらに春人を真っ直ぐに見つめてくる。

 ぴたりと、最後の一歩を踏みしめて、春人は彼女を見つめた。



「草壁さん。今日の放課後、時間あるかな」

「……、もちろんさ」

「話したいことがあるんだ。……夕食の前くらいまでの時間、欲しいんだけど」

「夕食? ……分かったよ」

「じゃあ、放課後。いつもの場所で」



 それだけを言いおいて、春人はきびすを返す。もったいぶっておきながら、短い時間だったなと自分で自分にツッコミを入れる。


 だが、春人にとっては何よりも重くて緊迫した時間だった。


 草壁の視線が背中に突き刺さったが、振り向くことはしない。

 ただ、放課後にどうやって話を運んでいこうかと、春人はばくばく言う心臓をなだめながら考えるのだった。











 あっという間に放課後になって、春人は草壁との待ち合わせに足を運ぶ。

 彼女は、いつもと同じ。春人よりも前に玄関に到着していた。腕を組んで背筋を伸ばしてたたずむ姿は、相変わらず惚れ惚れするほど輝いている。

 だが、心なしかいつもよりも輝きはくすんでいた。少なくとも春人にはそう思える。


「お待たせ、草壁さん」

「ああ、須藤君」

「このまま、街まで行こう。来て欲しいところがあるんだ」

「? うん。分かったよ」


 彼女がここまで大人しくて聞き分けが良いと、春人も調子が狂う。もしかしたら、彼女もどう対応して良いか分からない節があるのかもしれない。

 お互いに、言葉もなくただただ道を歩いて行く。

 春人は道路側を歩き、彼女はその隣に並ぶ。

 二人に笑顔はない。


 互いのかばんに付けたゴーたんのキーホルダーだけが、笑う様に揺れていた。


 いつもは短い道のりが、今日はやけに長く感じられる。

 最初は面倒なだけだったのに、いつの間にか彼女との登下校の時間が春人にとっては楽しい時間になっていた。

 それが、今日だけでも思い知らされる。どれだけのことを見逃していたのだろうと息が苦しくなった。



 ――振り回されて楽しいとか、俺、マゾかな。



 けれど、彼女の明るい声が無いと、春人にはもう物足りない。これが洗脳だと言うのならば、仕方がないから受け入れよう。

 そうして、何とか街の中へと出て、春人は一直線に駅の近くの建物へと歩いて行く。


「……須藤君? 一体どこへ、――」


 草壁が不思議そうに聞こうとして、口を半開きにしたまま固まる。

 春人はそれには構わず、建物の入り口へと向かって受付の人に尋ねた。


「草壁さん、生徒手帳」

「え? あ、ああ。……これだよ」

「よし。高校生二人でお願いします」

「はい、……はい。生徒手帳を確認しました。一人千円となります」


 にこやかに対応しながら、受付の人とやり取りをする。

 春人が二人分の料金を払い、チケットを受け取った。そのまま、一枚を彼女に渡す。

 そのチケットに書かれていた文字は、『ゴーゴゴー! レンジャー』。



 今現在テレビで放送中の、特撮ヒーローの映画版だった。



「……っ。す、須藤君」

「草壁さんは、特撮ヒーローものが好きで、テレビも映画もよく見るんだよな?」

「――」

「話は、これを見てから。……君が好きなものだろ? 俺も、どういうものか見てみたいし、知りたい」



 悪戯っぽく春人が笑えば、草壁は心底驚いた様に目を丸くした。どこか濡れている様に見えるのは、空からの日差しの光加減のせいだろうか。


「ほら、行こう」


 未だに戸惑う草壁の手を引っ張り、春人は半ば強引に映画館の中へと入っていく。

 触れた彼女の手は、ひどく冷たかった。

 人は緊張すると手が冷たくなると、何かで聞いたことがある。



 ――俺の手も、冷たい。



 お互いに相手のことで緊張していたのなら、良い。

 思いながら、春人はさっさと席を確保してまだまだ困惑する彼女に、映画の内容の教えをパンフレットを見ながらうのだった。



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