99.旅立ち
「な、なんとお詫びしていいものやら……」
素良は最後まで頭を上げることはなかった。
オレとしても危ない目にあったのだから、釈然としない部分もある。
しかし、肉列車の強力な力と恐怖による洗脳を、素良と紗羅が何とかできるとも思えなかった。
――まあ、桜色と空色のかわいいパンツに免じて許してあげるか。
オレとエン魔は、次の閻魔帳を探すため第六天魔の暗冥門に向かって出発することにした。
夢野もオレたちと旅を共にすると決めたようだった。
ホテルのエントランスで見送られる格好となったオレたちは、立ち込める白い闇を背にして別れの挨拶を交わしていた。
負傷した夢野だったが、今は自称充電120パーセントらしい。
実はこれも、素良と沙羅が親身になって対応してくれたおかげだった。
肉列車の異形がいなくなった今、素良と沙羅にはオレたちと敵対する必要もなければ、夢野をさらう理由もない。
夢野に至っては、あれほどひどい目にあったにもかかわらず、以前とまったく変わらず紗羅たちと接している。
肉列車の異形に縛られていなければ、素良も紗羅も間違いなくいいヤツなのだ。
夢野が満面の笑みで瞳を輝かせる。
「紗羅ちゃん、今度来たときはアスパラの収穫、手伝わせてね」
紗羅は、これまでのことでバツが悪いのだろう、微妙な笑みを浮かべる。
エン魔も今は、十八か十九歳くらいと見受けられるちょいエロコスチュームのメチャかわ美少女に――黙って立っていればの話だが、戻っている。
エン魔は、どうやらひそかに大量のしらたきをもらっていたようだ。
多くの供物にご満悦のエン魔が、その小さな胸をそり返す。
「やっとわたしの偉大さに気付いたようね。今度来るときまでには、コンニャク芋をたくさん準備しておきなさい」
両手にいっぱいのしらたきをかかえながら、なおもコンニャク愛を失わないエン魔だった。
そして、けも娘なのだが、あの状況はどう見ても、当然、絶望的と思える惨状のはずだった。
ひどく落ち込んだオレと夢野は、あの時こうしていればとかああしていればとか、過ぎてしまったどうにもならないことを考え、自分を責め続けていた。
エン魔は、そんなオレたちに、まるで何事もなかったかのように呆れ顔を向ける。
エン魔の態度にいら立ち、ひとりごちる。
――まったく、エン魔様は、人の心なんて分かりもしない。
エン魔は、オレの心を読み取ったのか、瞳をひと際大きく見開くと、呆れ顔に輪をかける。
「ソースケ。あの餓鬼の子は、何だか分からないこの世に、まだとどまってるよ」
六道がない交ぜになったこのいびつな世界に、生死の境界があるのか曖昧なのだが、簡単に言うと死んではいないということらしい。
けも娘は、腕を盾代わりにして餓鬼の爪をかわしたのだが、その後、その腕は結局、切り落とされてしまったのだ。
弾き飛ばされるけも娘の腕を、エン魔は列車の上から見ていたのだそうだ。
その腕は、ホームの向こうの線路へと落ちていったらしい。
しかも、一見餓鬼を喰らったように見えたけも娘だが、実は一切喉を通してはおらず、すべて吐き出していたようなのだ。
餓鬼の再生は、残った身体の部位が複数ある場合、その中で一番大きい肉塊から始まる。
そして、けも娘の再生は、この場合、切り落とされた腕からなのだ。
後は、時間の問題だけだということだった。
けも娘の再生は、通常の餓鬼のようにはいかない。
ちなみに、あのラブラブカップルの男が探していた玲奈も、エン魔といっしょに肉列車から吐き出され一命を取りとめていた。
丸呑みにされたことが、結果的には功を奏したのだろう。
「ありがとう、ありがとう。キミは玲奈の命の恩人だ。」
オレとエン魔が見えない男は、夢野が玲奈を助けてくれたと思い込んでいるようで、夢野に何度も頭を下げていた。
そして、その男の手をしっかりとにぎる玲奈もまた、深く頭を下げるのだった。
「ミャー」
白い闇の向こうからかすかに響く声。
気づいたのはオレだけだったのか、誰もが何にも気にとめることなく、それぞれに別れを惜しんでいる。
声の先の闇に目を凝らすと、黒とグレーの縞々シッポが薄っすらと揺れて消える。
それは紛れもなく、けも娘、いや、サトランだった。
紗羅が元気に手を振ってオレたちを見送る。
「またいつでも来てくださいねー。アスパラの美味しい料理を考えて待ってまーす」
素良が改めて深くお辞儀をするのが見える。
オレたちには、いつでもすべて無料サービスなのだそうだ。
オレは、今度ここへ来るときには、この異常な世界でではなく、閻魔帳をすべて取り戻し、世の中がそれなりに平穏だった元の世界に戻ってからだったらと、心に願うのだった。
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ここまで読んでいただきありがとうございました。
今回で、物語は一区切りとなります。
聡亮とエン魔の閻魔帳さがしは、まだまだ続くのですが、どうしたものかと検討中です。
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今後とも「転なぜ死霊」をよろしくお願いします。
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