94.欲望の解放
けも娘を貫く餓鬼の爪とサトランの胸を貫くボウガンの矢。
二つのイメージが重なり合う。
餓鬼の爪を引き抜き、いったん跳び退くけも娘。
グレーと黒の縞柄の背中が真っ赤に染まっていく。
けも娘に本来の餓鬼のような再生能力は期待できない。
けも娘を取り囲むように、一体また一体と餓鬼たちが群がり始める。
オレは、けも娘に向かって声を上げる。
「サトラン! サトランなのか?」
オレの言葉に、驚いたのか目を見張るけも娘。
「ミィ」
瞳を輝かせ満面の笑みをオレに向ける。
そこに餓鬼の鋭い爪が襲いかかる。
けも娘の腕に食い込む餓鬼の爪。
腕を盾代わりにして餓鬼の爪を防いだのだ。
「サトラン。もういい、戻ってこい」
オレは、小石を取り出し、けも娘の足元に投げる。
転がる小石に、一瞬反応しかけたけも娘だったが、石から視線をはずし、もう一度オレに顔を向ける。
「ミャー」
澄んだ鳴き声が響きわたる。
その声は、間違いなくサトランそのものだった。
けも娘はそのまま背を向けると、ガキの群れの中に飛び込んでいく。
餓鬼に喰らいつき、肉を喰い千切るけも娘。
けも娘は、押し殺していた自らの飢えを開放するかのように、次々と餓鬼に喰らいついていく。
こうするより、オレたちを救う手がないことを悟ったのだ。
そしてそれは、もう二度とオレたちと共にあることはできないことを意味していることも……。
それでも、オレたちを救うことをけも娘は選んだ。
子猫を助けたときのように……。
けも娘が徐々に変貌していく。
真っ白なおなか、グレーと黒の縞柄、その柔らかな毛並みは抜け落ち、痩せこけた身体は、骨と皮しか残っていないかのようにろっ骨を浮かび上がらせる。
異常に細く長い手足には、鋭い爪が伸びる。
頭蓋の眼窩がくぼみ、ぬめるように光る眼球が異様な存在感を放っていた。
大量のよだれをたらし、飢えの苦しみから解き放たれた悦楽の奇声をあげる。
ただ、その叫びの中には、悲鳴に似た哀しげな響きが見え隠れしていた。
餓鬼の群れの中からけも娘を見分けることができなくなっていく。
もうすでに、そこは餓鬼どうしの凄惨な共喰いの惨状となっていった。
壮絶に続いた捕食の宴の末、唯一、一体の餓鬼が血だまりの沼の中から虚ろに立ち上がった。
他の餓鬼は、喰らい尽されてしまったということなのだろう。
再生するはずの餓鬼にも関わらず、それができるほどの肉片すら残っていない。
最後に残った一体の餓鬼が、オレたちの方に足を向けゆっくりと近づいてくる。
「サ、サトラン?」
どうしても震えの収まらない手で、それでもかすかな希望を見いだすために、オレは餓鬼に向けて小石を投げる。
餓鬼は、まったくそれに反応を示すこともなく、オレのすぐ脇を通り過ぎると、大量のよだれをたらしながら夢野に近づいていく。
呆然と立ちすくむオレ。
餓鬼には、オレの姿が全く見えていないようだった。
夢野もまた茫然自失といった様相で、瞳に涙をためている。
鋭い爪を振りかざし、夢野に襲いかかる餓鬼。
一瞬、苦しそうな表情で強くまぶたをふさぐ夢野だったが、カッと目を見開くと、素早い動きで餓鬼の爪をかわす。
餓鬼は、夢野の最後の呪符によって、その動きを封じられたのだった。
辺りの景色が靄に包まれたかように目に映り、現実味を失っていく。
何か今あることのすべてが、もうどうでもいいことのように思えた。
全身の力が抜け、なにかに遮断されたかのように意識が飛ぶ。
「くーっ、うっうぁー」
気づくと、オレはうなり声を上げていた。
ゴッ、ゴゴゴゴ、ゴォー。
オレの叫びと共に、地面が大きく揺れ始めた。
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次回、「95.怒りと哀しみ」
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