92.呪符と旋風
夢野を餓鬼の爪がかすめ、さらしのように巻いた白衣が血の色ににじむ。
餓鬼は、基本的に夢野しか襲わないからたちが悪い。
けも娘も加勢に入り夢野を援護しているのだが、やはり餓鬼の獲物は夢野中心のようだった。
餓鬼同士の共喰いは、メインディシュをたいらげた後ということなのだろう。
けも娘も俊敏な動きで、餓鬼の爪や牙を巧みにかわしてはいるのだが、いかんせん爪で引っかくことぐらいしか対抗する手段がないため、餓鬼の勢いを落とすくらいのことしかできてはいない。
それでも、夢野にとって見れば少しでも勢いが削がれれば、格段に立ち回りやすくなる。
とは言え、最初こそ危うさを感じさせなかった夢野も、餓鬼の圧倒的な数の前にしだいに押され気味になってきていた。
オレは、両手を軽く握ると、視野の中に吹き荒れる風の動きを描き出すように強く念じる。
微妙な気圧の変化が気流を生み出し、やわらかな風がただよい始める。
夢野とけも娘を中心に強烈な突風が渦を巻き、餓鬼の行く手をはばむ。
渦の中心は台風の目のような無風状態で、夢野とけも娘はまったく風の影響を受けていないはずだ。
「夢野、呪符だ!」
「うん!」
オレの最小限の言葉に夢野が反応する。
夢野は踵を返して反転すると、その勢いを利用して無数の呪符を放つ。
渦を巻いていた風が急に向きを変え、上方から下降すると呪符をさらい餓鬼に向かって放射状に吹きすさぶ。
呪符が風に乗り、餓鬼の身体に貼りついていく。
餓鬼の動きが封じられ、動ける餓鬼は一体たりとも残ってはいないようだった。
オレ自身、あっ気ないほどの鮮やかな展開に少々唖然とする。
実は、一瞬で餓鬼を一掃できたのには、オレの力というよりは、夢野の力に負うところが大きい。
生前――もちろん夢野でなくオレの生前だが、職場でもそうだったのだが、夢野は非常に機転が利くし、何よりも気が利くヤツなのだ。
他の人が欲していることを感じ取って、先回りして準備してくれる。
夢野はただ闇雲に呪符をばらまいたのではない。
オレの最小限の言葉からオレの考えを感じ取ったうえで、餓鬼の位置と数を瞬時に判断し、最善となる位置に必要な呪符を放ったのだ。
オレのたった一言で、ここまで意図を読み取ってくれるのは、夢野をおいて他にはいないだろう。
夢野には、きまりが悪くて言えていないのだが、本当に、「感謝、感謝」なのだ。
安心したのもつかの間、ホームの縁に鋭い爪がかかる。
ホーム下の線路から這いあがるようにして餓鬼が現れる。
その数、二体。
――まだ、残ってんのか。
愕然とするオレ。
夢野が表情を曇らせ、呪符を扇状に開いて見せる。
それは、呪符の残りが三枚しかないことを強調していた。
呪符がなくなれば、餓鬼の動きを封じることができなくなってしまう。
餓鬼のハンパない再生能力を考えると、今のオレたちが餓鬼を確実に封じる方法は、唯一、夢野の呪符だけなのだ。
呪符がなくなれば、オレやエン魔はともかく夢野の身がただではすまされない。
しかし、餓鬼が迫ってきている以上、なけなしの呪符を使うしか術はない。
夢野が胸元で器用に呪符を折り始める。
そして、二つの紙飛行機を折り上げると、何らかの呪文を唱え餓鬼に向かって投げ放った。
滑るように空を切って進む二つの呪符飛行機は、まるで吸い込まれていくかのように二体の餓鬼に向かって突き進む。
バサッ。
直前で折り目を解いた呪符は、二体の餓鬼の額に貼りついた。
動きが封じられ、その場に崩れ落ちる餓鬼。
そして、呪符の残りは、あと一枚となった。
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次回、「93.白昼夢」
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