89.異形封印
夢野のふところから舞い落ちる呪符に気付いたオレは、巻き起こした突風でそれらをふたたび宙に舞い上げた。
そして、幾枚かの呪符が突風に乗って、肉列車の異形に貼りつく。
さらに、天井まで巻き上げられたその中の二枚が、急な風の変化によって今度は床すれすれまで舞い下り、ワイヤーをくわえる二体の異形に貼りついた。
夢野を縛り上げているワイヤーを引っ張る、エレベーターの異形と同形のあの異形だ。
呪符が肉列車の動きを封じ、夢野にからみついた舌が力を失ってボトボトと床に落ちていく。
同時に、エレベーターの異形も封じられ、手首のワイヤーがゆるみ夢野の身体が解放された。
不意を突かれた夢野が、お尻からぺたんと床に座り込む。
オレは、はいずりながらも顔を上げ、夢野に視線を向ける。
「ゆ、夢野。大丈夫か?」
瞳の端に涙をためながら視線をオレに向け、目を細めてほほ笑む夢野。
「センパイの『あきらめるな、考えろ』のおかげです」
この言葉は、部署のリーダー的存在だった葛城さんの受け売りなのだが、ここは先輩であるオレの感動的な言葉ということにしておこう。
「ひゃっ」
平静をとり戻した夢野は、あらためて自分の姿に目を落とし顔を赤らめると、素早くオレに背中を向ける。
しばらく身を屈めていた夢野だったが、思い立ったかのように、肉列車に裂かれた白衣を胸にぐるぐると巻き始めた。
そして、白衣をさらしのように整えると、納得したのか自らにあいづちを打つ。
少しはにかむように、こちらに向き直る夢野。
不意に目を丸くすると、心配そうな表情を浮かべる。
「それより、センパイこそ大丈夫なんですか……」
オレは、改めて自分の状態に目を走らせる。
よくよく見ると、下半身のないオレは、他の異形に引けを取らないほど気味が悪かった。
「ああ、これね。大丈夫、たぶんもうすぐなおるよ」
ピッ。
『 リョウアシガ、サイセイシマス』
『フユウガ、カイフクシマス』
オレが言い終わるか終わらないかの間に、夢野には聞こえないだろう例の音声が、オレの頭の中に響きわたる。
「ほらね」
短く息をつき苦笑いのオレ。
――足があるって、なんて幸せ。
安心したのもつかの間、ふたたび列車全体が小刻みに揺れ始める。
夢野が異変に反応し、素早く隙のない構えをつくる。
「あーぁ、あーぁ、もう、めんどくせー。こんなめんどくせーの初めてだー」
肉列車の異形に目を向けると、夢野の呪符はすでにはがれかけていた。
それどころか、すでにはがれ落ちた呪符が床に散らばっている。
呪符は呪力によって貼りついているはずで、一度貼りつけばそう簡単にはがれるはずはない。
どうやら夢野の呪符は肉列車の異形に貼り付いてはいなかったようだ。
肉列車の異形を厚く包む脂ぎった粘液が、異形と呪符との間に膜を作り、それこそ首の皮一枚で呪符との接触をはばんでいたのだ。
夢野の呪符も異形本体でもない液体に貼りつくことはできない。
わずかな時間でも肉列車の動きを止められたのは、運が良かったと言うべきだろう。
肉列車のあざ笑うかのようにゆがむ口から、触手のような無数の舌がねっとりと這い出てくる。
そして、列車全体に天地が逆転したかのような振動が走った。
唖然とするオレに夢野の悲痛な声が響く。
「センパーイ!」
見ると夢野が車外に浮いている。
――んっ?
夢野は、肉列車の大蛇のような腕に、両腕ごとつかまれ身動きすらできない状態だった。
窓から侵入してきた腕につかまれ車外に引きずり出されたのだ。
背後からの素早い動きに不意を突かれてしまった。
肉列車の異形が徐々に握力を上げていく。
「あー、めんどくせー。もう、めんどくせーからぐちゃぐちゃにつぶして食べちゃおー」
「んっ、うぅ……」
夢野の身体がきしみ悲鳴を上げる。
――くぅぅ……。
オレは肉列車のすきを突いて、あの赤い破魔矢に向かってすべり込む。
そして、もう一度覚悟を決めて破魔矢を両手でつかんだ。
ビシシシシシ……。
矢をつかんだ瞬間、全身に痺れが走り、身体の動きが制限される。
ピッ。
『 -20 アクリョウポイントガ、ゲンサンサレマス』
ピッ。
『 -20 アクリョウポイントガ、ゲンサンサレマス』
ピッ……。
オレは、強烈な身体の拘束に全霊を注いで抵抗し、破魔矢を突き刺そうと肉列車に向けて思いっきり押し付ける。
しかし、肉列車のブヨブヨした肉の弾力に跳ね返され、矢は一向に刺さるきざしすら感じられなかった。
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次回、「90.渦中の夢野」
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