第一話 鹿美華小姫(1)
「知ってる?」
「知らん」
クラスメートの茂木が話しかけてくる。放課後、俺は格好をつけて窓から校庭を見ていた。その隣にずけずけと茂木はやってきて、突然話しかけてくる。
コイツはいつもそういう奴なのだ。
「隣のクラスの小姫っているだろ?」
「コヒメ?」
「鹿美華小姫ちゃんだよ」
「ああ、あのジャージ女か」
シカに美しいに華と書いて、シカミハナ。そして名前は小姫。鹿美華小姫。なんともお嬢様な名前だ。思い浮かぶのは、年中ジャージ姿ということ。
そして数週間前に転校してきたという謎の女の子であるということ。
「あの子がどうしていつもジャージ着て手袋してるか知ってるか?」
「日焼けしたく無いんじゃねーの?」
「リスカ跡だらけ、らしいぞ・・・」
「しょうもな、帰るわ」
俺は茂木を差し置いて、帰ることにした。階段を降りていく。
根も歯もない噂っていうのは、ああいうしょうもない奴から広がっていくもんだ。
俺はアイツの話を広げるつもりはない。それにリスカなんて難しい問題、ペラペラ喋るもんじゃない。
・・・それにしても、まぁ気になる。
鹿美華小姫お嬢さんが、どうしていつもジャージ姿で手袋なのか・・・
ま、隣のクラスの女の子だし、どうでもいいか。
俺は靴を履き替えて校門を出る。
それを意識したせいなのか、遠くにそのジャージ姿の女が目に映ってしまった。
き、気になる・・・
鹿美華小姫。顔は人形みたいにクリクリお目目で可愛い。身長は低めだ。今まで何人かの男子がアタックしてきたようだが、全て断られている。
噂によると相当根暗で、会話もままならないらしい。噂だけど。
俺は退屈だったので、なんとなく小姫お嬢様を追いかけることにした。スパイみたいで楽しい。学校から少し遠い位置に行くと、ザ執事ですと言わんばかりの初老のジェントルマンが現れた。
俺は距離を詰める。会話を聞いてみた。
「小姫お嬢様。今日の学校はいかがでしたか?」
「今日も退屈でした」
「そうですか」
「爺や。今日は何番の家に?」
え?何番の家?家が何個もある訳?
「今日は6番にしましょうか」
「分かったわ」
会話の内容についていけない俺。
というかこんな尾行して探偵ごっこしてる俺、気持ち悪!そろそろ辞めて帰るか・・・
そう思った時。
「小姫お嬢様っ!」
ジェントルマンが突然倒れ出す。そして、目の前の小姫が見知らぬ大男に軽々しく抱えられた。
「痛いっ!痛いっ!」
小姫は叫んでいる。ただ、抱えられているだけなのに。必死な顔をしている。
「お嬢様ぁ!」
た、助けねーと!
「おい!待て!」
とりあえず俺は男を追いかけながら叫ぶ。男は俺を無視して走っている。つーか!街の人たちさ!なんかしろよ!女の子が連れ去られてるんだぞ!
ばんっ!
男と車がぶつかる。
そして、小姫が宙を浮いている。
それは、名作アニメのように。
空を飛んでくるお姫様がスローに見える。
そして、俺はそれをキャッチしていた。
お姫様抱っこというやつで。
拍手が起きる。
「離してッ!」
小姫が真剣に俺に問いかける。おいおい、俺は助けてやったんだぞ・・・
その身体を降ろそうとした時。
「離さないで」
真逆の言葉が彼女の口から飛び出した。
どういう事?