第七話 事後処理と鋼の騎士
九十九達が戦艦比叡を出発してから数十分後、彼らの無事を願いつつ彼らからの連絡を待っていた青山海軍大将達のもとに、待ちに待った一報がもたらされた。
「しかし、まさか救援対象の帆船に、異世界の一国の王女が乗船していたとは……。いやはや、幸か不幸か」
「でも、王女殿下は無事の様だし。錦辺総司令以下、海兵隊の皆も、負傷者こそ出たものの死者は出なかったようだし。ひとまずは、喜ぼう」
「そうですな」
ララ・クローン号に移乗した海賊の排除、並びに海賊船の制圧は、無事に完了した。
海賊団の頭目である海賊船船長が倒れ、その事実が抵抗を続けていた海賊に伝わると、抵抗していた海賊たちは次々に投降、こうして作戦は終わりを迎えた。
因みに、主に第二中隊の海兵達を中心に数人の負傷者を出したものの、幸い、今回の作戦での海兵隊の死者は一人も出なかった。
しかし、ララ・クローン号の船員やアリガ王国調査隊、並びに冒険者達や海賊においては軽傷重傷を含め多数の負傷者と死者が出ており。
現在ララ・クローン号並びに海賊船にて、海兵達による負傷者の治療が行われていた。
「派遣軍医の編成は?」
「そちらは既に完了しております。また、重傷者の為の医務室の準備の方も既に整っています」
しかし数が多い為、調査艦隊より応援として軍医が派遣され、更に一部の重傷者は設備の整った戦艦比叡の医務室に搬送する流れとなっていた。
「一人でも多くの命が救われる事を願っています」
「は! 全力を尽くします!」
自身の言葉に敬礼と共に応えた高橋少将を横目に、青山海軍大将はふと艦橋の窓から、徐々に近づくララ・クローン号の姿を見つめるのであった。
「はぁ、それにしても驚いたわ。まさかツクモが将軍だったなんて」
「あら、わたくしは何となく、あの方が只の軍人さんではないと感じていたわよ?」
「本当ですか、ペルル様?」
「社交界で鍛えられた、わたくしの目を信じていないの、ヒルデ?」
そう言うが、実際の所、社交界は退屈だ何だと言って幾度も出席しなかったのは何処の何方でしたっけ。
という言葉が喉まで込み上げていたヒルデだったが、寸での所で喉の奥へと押し戻すのであった。
ヒルデとペルル王女の二人は、あの後大部屋からララ・クローン号の甲板上へと移動し、海兵による軽い診察を受け。
ヒルデは軽傷、ペルル王女に至っては無傷と診断され、ヒルデが軽い処置を受けた後、甲板上で待機しておくように言われたので、指示に従い甲板上で待機していた。
「所でヒルデ、わたくしが出港して間もない頃に言った事、覚えてる?」
「えっと、確か霧の向こう側には何があるか、ですよね」
「そう! やっぱりわたくしの言った通り、霧の向こう側には胸躍る素晴らしい未知なる世界! いえ、国が存在していたのよ!」
「ヤマト皇国、確かに聞いた事のない国名ですし、彼らの技術は私達も見た事のない物ばかりでしたけど」
「きっと、長年霧に閉ざされた中でも進化を止めず、独自の発展を遂げてきたのよ! だってあんなに大きな船、見た事ないですもの!」
間近まで接近した戦艦比叡を見つめながら、ペルル王女は興奮した様子でヒルデに熱く語り続ける。
「これ程大きな船を作れるヤマト皇国、一体他に、わたくし達の見た事もない、どんな摩訶不思議な物を作っているのか、気になると思わない!? ねぇヒルデ!」
「そ、そうですね……」
鼻息を荒くし目を輝かせ、顔を近づけながら更に熱弁を振るうペルル王女。
そんな彼女に対して、ヒルデは若干、その熱量の前に引いていたのであった。
それから暫く、そんなヒルデを他所にペルル王女が大和皇国に対する熱い想いを語り。
一頻語り満足し落ち着きを取り戻した所で、二人のもとに九十九が現れる。
「ここにいらっしゃいましたか、ペルル王女殿下」
「あら、ニシキベ様」
ツクモはペルル王女に一礼すると、早速用件を伝え始める。
「実は、この船の状態を確認する一環として、この船の船倉の積み荷を確認させていただきたいのですが、その際に我々に同行していただきたいのです」
「あら、同行するのがわたくしでよろしいの?」
「この船の船長は既に死亡が確認されていますし、船団の指揮官である提督も、今し方治療の為に比叡の医務室に搬送されました。ですので、ペルル王女殿下が適任者と判断しました」
「分かりましたわ、同行いたします。そうだ、ヒルデが一緒でも構わなくて?」
「はい、大丈夫です」
「では、参りましょうか」
「あ、その前にもう一つ。実は、ペルル王女殿下にご紹介したいお方がいるのです」
「まぁ、そうですの?」
「はい、こちらのお方なのですが……」
すると、九十九の後ろに控えていた、黒い軍服を着た人物が半歩前に出ると、自らの自己紹介を始める。
「はじめましてペルル王女殿下。僕は大和皇国海軍の海軍作戦総長、つまりは海軍のトップを務めています、青山 蒼一と申します」
「あら、ご丁寧にありがとうございます」
その人物とは誰であろう、戦艦比叡より移乗してきた青山海軍大将であった。
挨拶の後、軽く言葉を交わすペルル王女と青山海軍大将。
そんな二人を他所に、ヒルデは不意に九十九に近づくと、彼に話しかける。
「ねぇツクモ。ヤマト皇国の軍隊って、軍のトップが軽々しく前線に出てくるものなの?」
「いや、その……。今回が特別なだけで、普段はそんな事ないから」
「そう、なら安心したわ」
まさか軍のトップが二人もこの場にいるとは思わず、他国の事ながら、まさか大和皇国ではそれが当たり前なのかと不安を抱いたヒルデだったが。
今回が特別なだけで普段はそうではない、との九十九の言葉に、とりあえず安心するのであった。
「では行きましょう」
程なく、話を終えた青山海軍大将の掛け声のもと、九十九にヒルデ、それにペルル王女と青山海軍大将、更には戦艦比叡補給科の乗組員と護衛の第三中隊の隊員達。
一行は、船倉に向けて歩み始める。
そして程なく、一向は船内でも一際大きな空間である船倉へと足を踏み入れた。
「よし、始めてくれ」
薄暗い船倉に突如として幾つもの光の筋が現れる。
それは、積み荷の確認を行う補給科乗組員達が使用する懐中電灯の光だ。
「きゃ! ニシキベ様、あれは魔石か何かですの!?」
「魔石? いえ、あれは懐中電灯と言って、暗い場所を明るく照らし出す道具の一種です。言うなれば、ランタンや松明のような物です」
「でも、あれ程の光量を出すものは見た事がありません。それに、あんなに近づいて火が燃え移る心配はないのです?」
「懐中電灯は、電池と呼ばれる電源と豆電球と呼ばれる発光素子等で構成されている機械ですので、火は使っていません。勿論、取り扱いによっては発火の原因にもなりますが、適切に使う分には、乾燥した閉所空間でも発火の恐れがなく明るく照らすことが出来るんです」
「まぁ、凄い! ヤマト皇国は、素晴らしい道具を本当にたくさんお持ちなのね!」
初めて目にした懐中電灯の光に驚き、九十九の腕に抱き着いたペルル王女。
しかし彼女の意識は、異性の腕に抱き着いた事に対してよりも、九十九の語る懐中電灯、更にはまだまだ見知らぬ大和皇国の道具の数々に向けられていた。
なお、九十九もペルル王女の行為に一瞬ドキリとしたものの、懐中電灯の説明を行っている内に落ち着きを取り戻すのであった。
「……」
そんな二人の様子を、複雑な表情でヒルデが見つめていたのだが、当の二人は気づくこともなかった。
「青山総長、奥に気になる物が!」
「何だ?」
積み荷の確認を行っていた補給科乗組員達からの声に、一行は声のした船倉の奥へと足を運ぶ。
「こちらをご覧ください!」
「こ、これは……!」
そして、船倉の奥に置かれた、懐中電灯の光に照らし出されたものを目にし、ペルル王女とヒルデ以外の面々は、皆一様に驚きの表情を浮かべる。
そこに置かれていたのは、全高三メートル程を誇るずんぐりとした、全身鋼鉄製の巨大な騎士が四体。
目の当たりにした際、地球とは異なる異世界の生態系故に巨人の騎士、かとも想像したが。
目を凝らして観察すると、特に鼓動らしきものも見られず、関節部なども機械的に見られ。
それが無生物であると確認できる。
「ペルル王女殿下、こちらは一体……」
「これは、"アーマード・ゴーレム"、通称AGですわ」
「AG?」
「そうです。そしてこのAGは、アリガ王国軍が使用している"カルヴァド"と呼ばれるAGですわ」
ペルル王女の説明によると、AGとは操縦者が乗り込み操縦する事で、人間の数十、力自慢の亜人の数人分ものパワーを引き出させる他。
全身を鋼鉄の装甲で覆われている為高い防御力を誇り、更には人型故の柔軟な対応や各種武器を器用に取り扱う事が出来る等、高い汎用性を有している。
骨格となるフレームに各部装甲、更には心臓と言うべき動力機関である"魔水晶機関"、操縦樽と呼ばれている、所謂コクピット等から構成されている。
操作の方法は、操縦樽に設けられた操縦席兼"操演機"に体を固定し、所謂トレースマシンである操演機が操縦者の動きを読み取り、機体各部に備えられた、伝達系魔石を加工した人工筋肉とも言うべき伝石筋肉に動きを反映させる事により、機体を制御できる。
ただし、指先の制御に関しては、トレースではなく操演機に設けられた操作グリップを使用する他、跳躍時などの機関出力の増減についても、同じく操演機に設けられたフットペダルを使用して制御を行う。
なお、操縦樽にはその他に、"映し石"と呼ばれる魔石の一種を使用した、所謂外部カメラの情報を投影する為の投影機の他、機体状況などを示す為の計器類も備わっている。
そして、動力機関である魔水晶機関とは、魔石の一種である魔水晶を用いた動力機関であり、空気中に漂う"魔素"と呼ばれる魔力の源を取り込み、物理エネルギーへ変換する役割を持っている。
その為、所謂半永久機関とも呼べる。
なお、魔水晶機関の出力制御などに関しては、魔水晶演算機と呼ばれる所謂CPUを介して行われ。
また、魔力を物理エネルギーに変換する際の変換効率に関しては、魔水晶機関の性能に左右されるとの事。
因みにAGは、かつてエウラシア大陸に存在していたとある国家が『騎士一人にドラゴン並みの戦闘力を持たせる』事をコンセプトとして開発されたものが基になっているらしく。
その国家が消滅し、エウラシア大陸各地の国々に残存していた技術や原型機そのものが流出すると、手に入れた各国は主力兵器の一つとして採用を決定し、独自の改良・発展型の開発・製造に着手した。
ただし、各国ともにAGに関する技術を完全に継承出来た訳ではなく、また原型機の開発者である人物が国家の消滅と共に行方不明となっている為、一部がブラックボックス化してしまい。
その為、改良・発展の進捗状況は停滞気味であるという。
「──以上が、大まかなAGの概要ですわ」
ペルル王女の説明を聞き、九十九達大和皇国の人間は、このAGがパワードスーツの一種であると理解する。
と同時に、九十九と青山海軍大将の重鎮二人は、当初想定していた異世界の軍備には含まれないAGの登場に、今後の対外戦略の見直しなどを痛感していた。
「うぉぉ! スゲェ! カッケェ!」
「これいいですねぇ。これなら中で寝ててもバレませんね」
「うーん、でも、あんまり可愛くない感じ」
そんな二人を他所に、第三中隊の隊員達のAGを目にした各々の感想が漏れ響くのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
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