第六話 救援作戦 後編
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ヒルデを連れて後甲板を後にした九十九は、甲板上を制圧した海兵達と合流を果たす。
「ご無事でしたか」
「何とかね」
安堵の表情を浮かべた真鍋大尉だったが、ふと九十九の後ろにいるヒルデの存在に気がつくと、少しばかり険しい表情に変わる。
「そちらの方は?」
「彼女はこの船に乗船していた冒険者で、名前はヒルデ・ヴァルミオン」
「よろしく」
「成程。では、見た所自力で歩けそうなので、甲板前方に設けた救護所の方に……」
「違うんだ真鍋大尉。ヒルデは、自分も船内に侵入した海賊の排除に協力したいと申し出ているんだ」
九十九の口から飛び出した説明に、真鍋大尉の表情は訝しげなものへと変化する。
「その、本当に彼女は冒険者なのですか? 身分を偽っている海賊の仲間という可能性も……」
「失礼ね! 私は正真正銘のAランクの冒険者よ! 証拠が欲しいって言うんなら、これを見なさい! 正真正銘、ギルドで発行された冒険者認識票よ!」
真鍋大尉の言葉にむっと表情をこわばらせながら、ヒルデは自身が正真正銘の冒険者であるという証拠として、首からぶら下げていた白銀に光るドッグタグのような、冒険者認識票と呼ばれる物を見せつける。
「生憎と、我々はギルドというものも、冒険者認識票というものも、どういうものかは把握していない。故にその認識票の証拠価値については、現状では無価値と言ってもいい」
「な、あのね──」
冒険者認識票を見ても疑念を晴らさない真鍋大尉に、ヒルデが再度自身の潔白を証明しようとしたその時。
不意に、九十九の手がヒルデを制止させる。
「真鍋大尉、彼女は、ヒルデは本当に冒険者だよ。でなければ、後甲板で二人の海賊に殺されそうになってなんかいない」
「演技かも知れません」
「あれは演技なんかじゃなかった。それに、目を見れば分かる。ヒルデは海賊の仲間なんかじゃない!」
「ツクモ……」
自身の身の潔白を代わりに証明する九十九の様子を見て、ヒルデは嬉しそうに九十九の名を呟く。
一方、真鍋大尉は一瞬不愉快そうな表情を見せるも、直ぐに表情を元に戻すと、落ち着いた様子で喋り始める。
「分かりました。同行を認めましょう。……ただし、責任として彼女と組んで行動を、よろしいですか?」
「ありがとう、真鍋大尉」
「それと、ヴァルミオンさん。先ほどは失礼を申し上げ、申し訳ありません」
「分かってくれれば、それでいいわ。改めてよろしくね、えっと……」
「真鍋 楓、階級は大尉よ」
「よろしくね、マナ──、じゃなかった、カエデ」
「えぇ、こちらこそよろしく」
互いに握手をして先ほどのいざこざを水に流すヒルデと真鍋大尉。
こうしてひと悶着あったものの、ヒルデが同行する事が正式に決定すると、遂に船内に侵入した海賊を排除するべく、船内への突入が始まる。
「我々が先に突入します。二人は最後尾から我々に付いてきてください」
「分かった」
「分かったわ」
「軍曹! 甲板上の指揮は任せる!」
「は! 了解しました!」
甲板上の指揮を第二中隊の軍曹に任せると、第三中隊の隊員達による船内の突入部隊が船内へと続く扉の周囲に集結する。
「藤沢伍長、先頭は任せる」
「りょうかーい。……所で中隊長」
「何だ?」
「妬いてる中隊長の顔、可愛かったですよ」
「っ!! 無駄口は作戦が終わってから叩け! 今は作戦中だ!」
幸い小声で話していた為九十九達に聞かれる事はなかったが、それ故に、突然雷を落とした真鍋大尉の様子に九十九達は疑問符を浮かべるのであった。
「仕切り直す! カウント・スリーで突入! スリー、ツー、ワン! 突入! 行け行け行け!!」
咳払いをして仕切り直しを図った真鍋大尉の合図と共に、両手に11.4mm自動拳銃 M1911を構えた藤沢伍長が扉を蹴り破り、船内に突入していく。
その後に続き、第三中隊の隊員達も間髪入れずに雪崩れ込み。
次の瞬間、船内から次々と銃声が響き渡り始める。
「クリア!」
「クリア!」
「くりあー」
「オールクリア!」
「な、何なのこれ。こんな銃、見た事ない……」
素早い身のこなしと的確な判断と共に、圧倒的な火力で室内で待ち構えていた海賊を排除し、安全を確保した第三中隊の隊員達。
その様子を最後尾から見ていたヒルデは、彼らが手にしている銃器の性能に驚愕した。
ヒルデの知る銃器とは、小銃にせよ拳銃にせよ、フリントロック式と呼ばれる火点方式を採用していたが。
何れであっても、それらの装填方式は前装式と呼ばれる、銃口から銃弾を装填する方式の為、連射性能に関してはないも同然であった。
だが、第三中隊の隊員達が手にしている銃器は、一度発射した直後に装填作業を行う事もなく次弾を発射出来るという、ヒルデの感覚からすれば驚異的な連射性能を誇っていた。
なお、今回の射撃はセミオート射撃であった為、フルオート射撃の場合と比べ発射速度は劣っており。
また、室内だった為に、ライフリングが施されていないフリントロック式の銃器と比べ高い命中精度を誇っている等の性能の違いを、ヒルデは今回、感じ取ることは出来なかった。
だが、後に大和皇国の有する銃器が、自身の知る銃器と隔絶した性能を有しているとヒルデは知る事になるのだが、それはまた別のお話。
「よし、次に向かう!」
そんなヒルデを他所に、真鍋大尉の声と共に一行は次の船室へと向かう。
ヒルデも、一拍遅れて、そんな彼らの後を追いかけるのであった。
「ここは確か、会議室、だった筈よ」
順調に船内の海賊を排除し、安全を確保していった一行は、次なる船室。
ヒルデの説明によると会議室と呼ばれる船室、の扉の前に集まり、突入の合図を待っていた。
「突入!」
真鍋大尉の合図と共に、第三中隊の隊員達が一気に会議室に雪崩れ込む。
だが、会議室内からは今までのように銃声は聞こえてこない。
「中隊長! どうやらこの船室には海賊はいないようです! 代わりに船員と思しき重傷者一名を確認!」
「何!? 直ちに応急処置を!」
「は!」
どうやら会議室内には海賊の姿はなく、代わりに重傷を負った者がいたようだ。
隊員による応急処置が行われる中、ふとヒルデは重傷を負った者が誰なのかを確認するべく、覗き込む。
するとそこで見たのは、青いジュストコールに赤いベストとキュロットと呼ばれる半ズボン等の衣服を身に纏った、初老の男性であった。
カットラスで深く斬り付けられたのか、青いジュストコールが赤く変色したと見間違うほど、衣服の前面は既に男性の血で赤く染まっていた。
「ヒルデ、もしかして知り合い?」
「いや。だがこの方は、今回の調査船団の司令官を務めていた海軍の提督よ」
心配していた人物ではなかったので、一応は安堵したヒルデだったが、一応面識のある者が重傷を負い生死の境をさまよっている様を見るのは、心が痛い様だ。
「がは! ゴホッ!」
「くそ、吐血した! おいもっと鎮痛剤をよこせ!」
隊員による懸命な応急処置が行われる中、ヒルデはただ見守る事しかできない自身の不甲斐なさを痛感していると。
ふと、九十九がヒルデに声をかける。
「大丈夫、助かるさ。だから、信じよう」
「ツクモ、……ありがとう」
と、その時であった。
応急処置を行っていた隊員が、不意に提督の口元に耳を近づけると、何やら聞き取りを始めた。
程なく、聞き取りを終えた隊員が、提督の必死の言伝を伝え始める。
「どうやら大部屋と呼ばれる船室に、海賊船の船長が人質と共に向かったとの事です!」
「よし、では三人はここに残り重傷者の救護を続けろ! 残りの者は大部屋に向かうぞ! ヒルデ、案内を頼む!」
「こっちよ!」
会議室に三人の隊員を残し、残りの面々はヒルデの案内のもと大部屋を目指す。
程なく、大部屋の扉の前までやって来た面々は、素早く準備を整えると、合図と共に大部屋へと踏み込む。
「く、来るなぁ! くるんじゃねぇ!」
「海賊船の船長だな! 無駄な抵抗は止めて、大人しく人質を解放しろ!」
「て、テメェらこそ、それ以上近づくな! それ以上近づいたらこいつの命はねぇぞ!」
「く……」
先に踏み込んだ真鍋大尉達と海賊船船長のやり取りの行方を、九十九とヒルデは扉の脇に身を潜めながら伺っていた。
と、その時、ヒルデが何かに気がつく。
「っ! ペルル様!」
「知り合いなの?」
「あぁ、私にとっては、大切なお方だ」
ヒルデの言葉に、九十九は海賊船船長にカットラスを突き付けられ怯えた様子の女性、ペルル王女が特別な存在だと理解する。
そして、そんな人を助けるべく、九十九はヒルデに言葉をかける。
「分かった。なら、必ず助けよう!」
「ありがとう、ツクモ」
「となると、どうやって助け出すか……」
救出の方法を考え始めた九十九、すると、ヒルデが何か妙案を思いついたのか、九十九に声をかける。
「ツクモ、私が相手の注意を引く、その隙にツクモは、その銃で相手を倒してくれ」
「そんな、それはヒルデにも危険が」
「多少の危険を冒さねば、ペルル様は救えない!」
ヒルデの揺るぎない意志を感じ取った九十九は、ヒルデの出した案を実行する事を決める。
「分かった。でも……」
「安心して、死ぬつもりはないから」
そして二人は、遂に救出作戦を実行に移し始める。
「おい! その剣を降ろせ!」
「だ、誰だ!?」
「ヒルデ!」
「ペルル様、もう大丈夫です。お助けに参りました」
手にしていたカットラスを床に置き、抵抗する意思がないことを示すかのように、両手を広げて海賊船船長の前に歩み出るヒルデ。
一瞬、真鍋大尉はそんな彼女を止めようかと思ったが、ヒルデの視線から彼女の意図を感じ取ると、行く末を見守る事にした。
「ヒルデ駄目! 下がって!」
「私は大丈夫です、ペルル様」
「でも……」
「私を信じてください、ペルル様」
「……分かりました。貴女を信じます」
「お、おい! 何かってに喋ってやがる!!」
「あぁ、すまない。だが安心しろ、私はこの通り丸腰だ」
「そ、それがどうした!?」
「ペルル様を解放してくれ、人質は、代わりに私が」
「は! んな事言って、本当は何処かに短剣か何かを忍ばせてるんじゃねぇのか!?」
「なら、証明してやろう、私が丸腰だと」
するとヒルデは、徐に着込んでいた鎧を脱ぎ始める。
しかも、鎧のみならず、更にその下に着ていた衣服まで脱ぎだし、最早一糸纏わぬ姿になろうかとしていた。
この突然の行為に、海賊船船長は警戒するどころか、徐々に露わとなるヒルデの姿に、意識が釘付けになっていた。
そして、そのお陰でペルル王女に突きつけられていたカットラスの刀身が、ペルル王女の首筋から離れた、刹那。
一発の銃声が響き渡る。
「あ……」
そして、海賊船船長の額に見事な銃創が出来上がると、次の瞬間、海賊船船長は大部屋の床に力なく倒れるのであった。
「ペルル様!」
「ひ、ヒルデェ……」
「もう大丈夫です! ペルル様」
海賊船船長の魔の手から解放されたペルル王女に駆け寄り、彼女を抱きしめるヒルデ。
すると緊張の糸が緩んだからか、ペルル王女の目から大粒の涙がこぼれ始める。
そして、一頻涙を流し終えペルル王女が落ち着いた所で、ヒルデは今回の救出劇のもう一人の立役者を紹介し始めた。
「ペルル様、もう安心です。船を襲った海賊たちは、ヤマト皇国カイヘイタイの方々によって排除されました」
「ヤマト皇国カイヘイタイ?」
「そして、彼がその内の一人、ツクモ ニシキベです」
「ツクモ、ニシキベ?」
聞き慣れない名前にペルル王女が小首を傾げていると、不意に九十九が近づいてき、挨拶を始める。
「はじめまして、ご紹介に預かりました、錦辺 九十九です」
「まぁ、この度は助けてくださり、ありがとうございます。わたくし、アリガ王国第二王女のペルル・スチュートと申します」
と、ペルル王女が自身の素性を明かすと、九十九は慌てて背筋を伸ばすと頭を下げる。
「これはまさか、一国の王女殿下とは知らずに! 軽々しい態度を失礼いたしました!」
「そんな! 貴方は命の恩人さんなのですから、どうか頭を上げてください!」
ペルル王女の言葉を聞き、九十九はゆっくりと頭を上げると、意を決した様な様子を見せる。
「では、これ以上失礼のないように、自分の身分も正直に明かします」
「ん? ツクモ、それはどういう意味だ?」
「自分は、大和皇国海兵隊の総司令官。つまり、将軍になります」
そして、九十九の口から告げられた自身の正体を聞き、ヒルデとペルル王女は暫し無言で瞬きを繰り返した後。
漸く理解が追い付いたかのように、揃って驚きの声をあげるのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。
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