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断章 西の科学文明

 エウラシア大陸の西に広がる大海原。

 古くから、その果てしない水平線の向こうに何があるのかを確かめるべく、エウローパ各地から、幾人もの冒険家たちが船に乗り西を目指していた。

 だが、その何れも、途中で遭難したか、或いは海洋性のモンスターに襲われたか。結局、帰還する者は現れず。

 故に今日まで、西の大海原は、一体何があるのかは分からぬ未知の海として、人々に認知されていた。


 そんな未知の海の向こう側、エウローパ南西のアリベイ半島の西端から、約七千キロメートル程離れた距離に、その諸島は存在している。

 その名を、"ムトランティス諸島"。

 同諸島を国土とし、中心となる"グレート・ムトランティス島"に、首都である"ペンドン"を始め多くの都市を有する国家。

 その名を、"ムトランティス王国"。


 エウラシア大陸にその存在を知られておらぬ同国。

 何故、エウラシア大陸側にその存在を知られていないのかと言えば、それは単に大陸との間を隔てる大海原が原因、と言う訳ではなかった。

 寧ろ、この大海原の存在が、大陸側にムトランティス王国の存在を知られぬ為の妨げとなっていた。


 では一体、真の原因は何かと言えば。

 それは、ムトランティス王国が、科学技術中心の科学文明国家である為だ。

 そう、エウラシア大陸の主要な国々が、魔法や魔石を用いた魔導文明であるのに対して、ムトランティス王国は、大和皇国と同様の文明を有しているのだ。


 ただし、その技術水準に関しては、大和皇国の後塵を拝している他。

 大和皇国のように、魔導文明を取り入れたくても取り入れられない事はなく、一部では、魔導文明の恩恵にあずかっていた。


 この様に、大和皇国が現れるまでは、まさに唯一ともいえる科学文明国家であるムトランティス王国。

 同国が自国の存在を秘匿しているのは、大和皇国よりも低いとは言え、魔導文明の国々からすれば有益な、そんな自国が有する科学技術が、他国へ流出してしまうのを恐れているからである。


 その為、ムトランティス王国は建国以来、自国の有する情報機関である"王国秘密情報局"、通称"SI6(エスアイシックス)"のスパイを大陸各地に秘密裏に派遣。

 大陸各国の動向を探る事で、自国の存在が露見していないか、監視の目を光らせていた。



 そんなスパイの一人であったジェイムズは、この日。

 大陸から、久方ぶりとなる故郷の土を踏み、その足で、首都ペンドンの中心部にある、鉄筋コンクリート構造のSI6本庁舎に足を運んでいた。


「よぉ、トム!」


 廊下を歩いていると、不意に、前方から見知った顔の人物が歩いてきている事に気がつき、ジェイムズは声をかける。

 すると、声をかけられた人物も彼の事に気がついたのか、足を止めると、かけていた眼鏡に手を添えると、ジェイムズの顔を確かめ始めた。


「あぁ、ジェイムズ。帰ってきてたんですか」

「何だよ、久しぶりに帰って来たって言うのに、素っ気ない奴だな」

「僕がそういう性分なのは、貴方も知ってるでしょう?」

「ま、確かに。いきなり両手を広げて帰還を歓迎されたら、それはそれで逆に心配になるな」

「そういう事です」

「にしても、やっぱ故郷はいいものだよな。大陸の澄んだ空もいいが、故郷の霞んだ空もまた、感慨深いものがあるよな」

「ジェイムズ、それは大変興味深い感情ですね」

「いやトム、真面目に考えなくていいから。今のは皮肉だ、皮肉」


 眼鏡に乱れ髪、灰色のスーツを着込み小脇に紙の束を抱えた、トムと呼ばれたSI6の職員らしき男性と握手を交わし終えると、砕けた口調で話を始めるジェイムズ。

 大陸側の国々と異なり、技術の進展により工場制機械工業が成立している王国では、その恩恵を受ける一方で、工場から排出される煙やすす等により、大気の汚染が行われていた。

 その為、大陸各地で見られる澄んだ空と異なり。王国の空は、『黒いスモッグ』と呼ばれ社会問題になる程、大気の汚染が深刻であった。


 そんな話題を交えながら話を続けていると、ジェイムズが不意に何かを感じ取り、周囲の臭いを嗅ぎ始める。


「おい、トム。お前、また風呂にも入らずに分析作業に没頭してたのか?」

「えぇ、そうですよ。何せ、貴方の送っていただいた報告書は、僕の知的好奇心を大いに刺激してくれましたからね。これ程知的好奇心が刺激されたのは久しぶりです」

「だからって、……今回は一体何日風呂に入ってないんだ?」

「確か……、ほんの"一週間"ほどだったかと」


 臭いの原因であるトム、そんな彼の口から零れた不潔な事実に、ジェイムズは途端に愕然とした表情を浮かべる。

 そして直後、トムに今すぐ風呂に入れと、忠告と言うよりも命令のような口調で促すのであった。


「ったく。トム、お前は本当に、一度情報分析の作業に没頭すると他の事が全く見えなくなるよな」

「仕方ありません、ジェイムズ。情報の分析こそ、僕の使命なのですから」

「そりゃそうかもしれないが、お前は現場の俺と違って内勤なんだから、せめて、シャワー位は毎日浴びてくれよ」

「ふむ、分かりました。考えておきます」


 どうやら、トムの不潔な生活習慣の原因は、彼の役職にあるようだ。

 現場で活動するスパイのジェイムズと異なり、トムの役職は、このSI6本庁舎内にオフィスを持つ情報分析課の一員、即ち、情報分析官である。

 その為、現場で活動中にお風呂に浸かりたくとも浸かれないジェイムズと異なり、トムは終業後、お風呂に浸かる機会に恵まれていた。


 にも拘らず、どうやらトムは、自身の職務に没頭するあまり、終業後も自発的に、自身のデスクに残って作業に邁進しているようだ。


「あぁ、所でトム。俺の送った報告書の分析は、どれ位進んだんだ?」


 こうして、トムに知人として生活習慣の改善を忠告しえた所で、ジェイムズは、自身がリポナで収集した情報の分析作業がどの程度進んでいるのか、それが気になりぽつりと疑問を呟く。

 すると次の瞬間、トムの眼鏡が蛍光灯の灯りを反射し光ると、トムが口元に、不敵な笑みを浮かべた。


「よくぞ聞いてくれました! では、僕のデスクに行きましょう! そこでじっくりとご説明しますので!」

(あ、やべぇ……。こりゃ九十分コースだ)


 トムの言葉を聞いた直後、ジェイムズは先ほどの自身の発言が不用意なものであったと気がついたものの、時すでに遅く。

 自身の成果をいち早く発表したいトムに急かされ、ジェイムズは彼と共に、彼のデスクへと足を運ばされるのであった。





 歩く事数分、情報分析課のオフィスへと足を運んだジェイムズは、オフィスの一角。

 トムの同僚たちが使用しているデスクと比べて、明らかに整理整頓がなされておらず、書類や参考用の資料等で散らかっている、そんなトムのデスクの前で足を止めた。


「相変わらずの散らかりっぷりだな、これじゃどこに何があるのか分からないだろ?」

「いえ、僕はどこに何があるのかを把握してますので、お気になさらずに」

「はは……、そうかい」


 ジェイムズは、トムの用意してくれた椅子に腰を下ろしながら、一見して散らかっているものも、本人にとっては快適という価値観の違いに、苦笑いを浮かべるのであった。


「では、貴方がリポナにおいて命がけで収集した情報が、どれ程分析できたかを、発表しましょう」

「おー」


 ジェイムズが少しでも盛り上げようと拍手をするのを他所に、トムは淡々とした様子で資料を手にしながら、説明を始める。


「先ずは、この二種の戦艦についてです」


 トムの手にした資料の写生画は、以前ジェイムズが命がけで描いたものであった。

 そしてそこには、戦艦葛城と戦艦比叡の姿が描かれている。


「先ずこちらの、一般的な主砲の分散配置を行っている戦艦についての分析結果ですが」


 トムの言う戦艦は、戦艦比叡の事である。


「先ずこの戦艦の主砲、その口径は、おそらく海軍が就役させた最新鋭艦、"アーサー・デューク級"を僅かに上回るものと考えられます」

「本当か!?」

「はい。艦の全長も、アーサー・デューク級より一回り程大きいですし、主砲の数こそ一基少ないものの、その他副砲などはアーサー・デューク級よりも多い。速力は不明ですが、アーサー・デューク級と同等か僅かに上回ると仮定しても、その総合的な性能は、アーサー・デューク級を僅かに上回るでしょう」


 アーサー・デューク級戦艦。

 それはムトランティス王国海軍が就役させた、最新鋭の戦艦。

 装甲が張り巡らされた鋼鉄の船体は、船体中央部まで伸びる高い乾舷を有する、長船首楼(ちょうせんしゅろう)型船体を採用し、外洋での良好な凌波性(りょうはせい)を有している。

 そんな船体の艦首甲板には、45口径34.3cm連装砲を背負い式に二基備え、その後ろに艦橋構造物、その後ろに二本の煙突を備え。更にその後ろの船体中央部には、後ろ向きに配置された三番砲塔。その後ろの後部甲板上には、八角柱状の上部構造物に、二基の主砲を背負い式に備えている。

 副砲として、両弦に45口径15.2cm単装速射砲を合計十二基備えている他、対空兵装として単装高角砲も四基、備えている。

 全長約一九〇メートル、基準排水量二万五千トンにもなる船体を、二万九千馬力を誇る最新鋭の機関が、最大速力二一ノットで航行させる事が出来るのだ。


 まさにアーサー・デューク級戦艦は、大陸側の主要な海上戦力である戦列艦を相手にした場合、文字通り、圧勝できる性能を有していた。


 だが、そんな最新鋭艦を、戦艦比叡が僅かに上回る可能性。

 実際には僅かどころではないのだが、そんな事を知る由もないジェイムズは、トムの導き出した推論に、険しい表情を浮かべる。


「ジェイムズ、むしろ問題と思われるのは、こちらの特異な主砲の前方集中配置をしている戦艦の方ですよ」


 そう言いながら、トムは戦艦葛城の写生画を見せながら、自身の導き出した分析結果を説明し始める。


「この戦艦の全長は、推定でニ七〇メートル。そしてこの主砲は、おそらく16インチ(40.6cm)だと思われます。そして、そんな艦の排水量は、七万トンに迫るものだと推測されます」

「な! 冗談だろ!?」


 トムの説明を聞き、ジェイムズは驚愕の声を漏らす。

 戦艦葛城の主砲は、実際にはさらに一回り大きい18インチ(46cm)なのだが、アーサー・デューク級戦艦の主砲が13.5インチである事を鑑みれば、仮に16インチ(40.6cm)だとしても、脅威である事に違いはない。

 そして、当然ながら砲は大きければ大きい程、その威力も強力となる為。

 仮に対峙した場合、どちらが海の藻屑と化すのか等、それこそ奇跡でも起こらない限り、火を見るよりも明らかであった。


「そしておそらく、この特異な主砲の前方集中配置は、この巨砲を装備しているが故の配置だと推測されます」

「どういう事だ?」

「ジェイムズの知っての通り、戦艦の主砲は、年々大口径化が進んでいます。そして戦艦とは、搭載した主砲に耐えうる装甲を有しているものです。しかし、主砲が大口径化し、それに対応する装甲を重ねれば、必然的に総トン数は増加し、速度は低下してしまう。それに装甲を重ねるのにも限度があります」


 そこでトムは一拍置いて息を整えると、再び説明を再開する。


「そこで、走攻守をバランスよく備える為、重要区画を集中的に前部に配置する。つまり集中防御を行う事で、装甲面積を減少させて軽量化を測り、速度の低下を最低限に抑えているのだと推測されます」

「な、成程」

「それに、搭載している三基の主砲を前方に指向出来る事も、戦闘の際に有利に働くものと思われます」


 こうしてトムの説明を聞き終えたジェイムズは、戦艦一つからしても、自国よりも優れた科学技術を有している事が分かる。

 そんな大和皇国の技術力の高さに、どう対応するべきか、深刻な表情を浮かべながら考えを巡らせ始める。

 すると、トムが再び口を開き始めた。


「深刻な表情をしていることろ恐縮ですが、驚くべきことはまだまだありますよ」

「おいおい、これ以上何があるって言うんだ?」

「こちらの写生画をよく見てください」


 そう言いながらトムがジェイムズに見せたのは、二式艦上爆撃機三三型の写生画であった。


「これが何だ?」

「この機体の胴体後部のあたりです」


 言われた通りによく目を凝らすと、描いた本人も気づいていなかったが、胴体後部に、うっすらと着艦フックが描かれていた。


「フック?」

「そう、後輪ではなくフックです! これは恐らく、海軍の艦上機が装備した着艦装置と同様の装置と思われます。つまり、この単葉機は、艦上機だという事です。同機が飛来した方角がマレ・アレニチ海と呼ばれる海である事から、この機体は空母から発艦したと考えて間違いないでしょう」

「な、何だって!?」


 ムトランティス王国海軍にも、航空母艦は存在している。

 大型軽巡洋艦に二度の大改装を施し全通式飛行甲板を設けた、同国初の航空母艦、"フォーリアス"。

 フォーリアスの使用実績をもとに、飛行甲板上に構造物を設けない全通甲板を採用した、客船改装の航空母艦"アルガス"。

 上記二隻の使用実績をもとに、戦艦を改装し、舷側に艦橋及び煙突をまとめた島型艦橋を有する航空母艦、"メープル"。


 そして、それら三隻の使用実績をもとに、計画時から航空母艦として建造された、最新鋭航空母艦。

 艦首と飛行甲板の間に隙間を設けない、エンクローズド・バウと呼ばれる形式を採用し、艦首の先端までを飛行甲板として使用出来る他。

 船体に対して不似合いな程に巨大な島型艦橋に、その後部に、艦載機搭載用のクレーンを一基、装備している。

 その他の兵装として、単装速射砲や単装高角砲を装備。

 全長一八二メートル、基準排水量一万八百五十トンもの船体を、二万五千馬力を誇る最新鋭の機関により、最大速力二十ノットで航行する事が可能である。

 

 その名を、"ハーメス級航空母艦"。まさに、王国海軍航空母艦の完成型と言える航空母艦だ。


「さて、ここからが重要なのですが」

「ん?」

「この機体の他、貴方を機銃で撃ち殺そうとした翼が逆に折れ曲がった機体等。リポナで目撃した機体の性能については、今更説明するまでもありませんよね」


 以前ジェイムズが二式艦上爆撃機三三型を目撃した際に、同機が単葉機である事を驚愕した事からも分かる通り。ムトランティス王国での航空機と言えば、主翼が二枚以上ある、複葉機と呼ばれる航空機が一般的となっている。

 地球において、複葉機が単葉機以前の航空機形態である事を踏まえると、ムトランティス王国の航空機が大和皇国の航空機に対して後塵を拝しているのは、間違いない様だ。


「それを踏まえた上で、先ほど説明した二隻の戦艦について、思い出していただきたい」

「え? えぇと……」

「そう、二隻の戦艦の両弦には、対空用の砲や機関銃が、所狭しと並べられています!」


 自身が答える前に答えを口にしたトムに対し、ジェイムズは、なら振るなよと、少々顔をしかめさせるのであった。


「つまり! 戦艦が、航空機を脅威と認識している動かぬ証拠と言えるのです!」

「おいおい、待てよ。それじゃ何か、航空機で戦艦が沈められるかもしれないって、あの国の連中はそう考えてるって事か?」

「そういう事です」


 確信を滲ませるトムに対して、ジェイムズは、少々信じがたいと言わんばかりの表情を浮かべる。

 航空機による戦艦の撃沈は不可能である。ムトランティス王国内においては、そんな考えが主流を占めていた。

 その為ジェイムズも、航空機で戦艦を沈めること等出来る筈がない、と信じていたのだが。

 今回のトムの説明を聞き、その考えに疑念が生じ始めていた。


「それに、別の報告書によれば、南エウローパ戦役の祭、北部の帝国軍飛行場に対して、四発の超重爆撃機を、大和皇国は投入したとも聞いています」

「あぁ、俺も当初は、その爆撃機の情報を現地で収集しようとしてたんだが。結果として、リポナで足止めを食らったが、そのお陰で、あの戦闘の場面に遭遇する事になった訳だ」

「……この様に、ヤマト皇国の使用している航空機が、王国のそれよりも高性能である事は、最早疑い様がないでしょう。そして、そんな同国が、航空機を全面的に活用すると共に、その対応策を施しているという事は、航空機が補助戦力などではなく、れっきとした主戦力であると証明しているようなものなのです!」

「お、おう……」


 以前より、トムは航空機こそが、次世代の戦場の主力兵器であると考えていた。

 その為、今回の南エウローパ戦役における大和皇国の活躍を分析した事で、その考えが正しいものであったと、彼は確信していた。

 故に、気がつけば、トムは熱を帯びて語っていたのだ。


 一方、その考えにまだ半信半疑なジェイムズは、トムの熱量を前に、若干引いていたのであった。


「と、失礼。少々熱くなっていました」

「あんなに熱く語ってる姿、初めて見たぞ」

「いやはや、お恥ずかしい」


 それから、熱が冷めて落ち着きを取り戻たトムは、その他の陸上兵器に関する分析の結果を説明すると。最後に、今回の分析結果を踏まえた上で、大和皇国にどう対応するか、自分なりの結論を述べ始める。


「ヤマト皇国と事を構えるのは、愚の骨頂です。今回報告書に記載された情報だけでも、かの国が王国よりも優れた兵器を有し、そしてそれを効果的に運用する為の用兵能力がある事も疑い様がありませんから。現時点で事を構えれば、間違いなく王国は亡国と化すでしょう」

「それには俺も同意だな」


 こうして結論を述べた所で、トムは不意に、思い出したかのようにジェイムズに声をかけ始めた。


「あぁ、そういえば、"イザベラ"さんも帰ってきている事を思い出しました」

「何? イザベラの奴、帰ってきてたのか」


 二人の口から飛び出したイザベラと呼ばれる人物は、ジェイムズの後輩である女性スパイで、アリガ王国内で諜報活動に励んでいる人物である。


「後で顔を出して──」

「あ、ここにいたんですね! 先輩!」

「おや、噂をすれば」


 そんな彼女に、無事に帰還した事を報告する意味も兼ねて会いに行ってはどうかと、トムがジェイムズに促そうとしたその時。

 不意に、オフィスに聞き覚えのある女性の声が響いた。

 その声は紛れもなく、話題に上がっていたイザベラの声であった。


「おう、イザベラ、お前も帰ってきて……、え?」


 足音と共にイザベラが自身に近づいてきている事を悟ったジェイムズが振り返った、次の瞬間。

 彼は、目の前に現れた彼女の姿を目にし、一瞬言葉を失ってしまう。


 袖に膨らみを持たせた白いブラウスに、黒のスカートと言う出で立ちのイザベラ。

 しかし、そんな衣服は、今にも破れそうな程張っていた。

 その原因が、着用しているイザベラ本人の豊満な体型にある事は、一目で明らかであった。


「え? どちら、様、ですか?」

「酷いですよ、先輩! 任務で暫く顔を会わせてなかったからって、可愛い後輩の事を忘れるなんて!」


 ジェイムズの知るイザベラは、今目の前にいる人物とは真逆の、有体に言えばボン、キュッ、ボンな体型を持つ女性であった。

 その為、一瞬別人かとも思ったジェイムズであったが、その声や、ダークブラウンの髪、更には綺麗な緑の瞳など。

 体型以外は、彼の記憶の中のイザベラと全く同じである為、目の前の人物が、イザベラ本人であることは間違いなかった。


「いやいや待て待て!! 何だよお前! そのトロルみたいな体型は!?」

「っ! 先輩、酷い! 女の子に向かってトロルだなんて」

「そうですよ、ジェイムズ。流石にトロルは言い過ぎです。さしずめ、"やわらかAG"という所ですよ」

「そうですよ!」

「いや、トムの方が酷くないか!?」


 何だか腑に落ちないながらも、とりあえずその体型をトロルに例えた事を謝罪したジェイムズは、何故劇的に体型が変化したのか、その理由をイザベラ本人に訪ねる。


「先輩は、私がアリガ王国で諜報活動をしていた事は知ってますよね」

「あぁ」

「私はそこで、大和皇国に関する情報を収集していたんです」

「……いや待て、それがどうして体形の変化につながるんだ?」

「ですから、先ずは大和皇国の文化を対象にしようと思って、その第一弾として、かの国の食文化について情報の収集を開始したんです!」


 イザベラ曰く、綿密な調査を行う為に、自らの口で食すのが一番。

 と言う事で、アリガ王国国内にある、大和皇国の料理を食す事の出来る食堂を巡り歩き。その中でも、"あん"と呼ばれる、豆類を煮てつぶし砂糖を加えたものが特に気に入ったらしく。

 あんを使用したデザート、みつまえにあん、更には賽の目状の寒天にフルーツやアイスクリームをのせた、"クリームあんみつ"に魅了され、毎日のように食べていた。


 そうしたら、体型が変化してしまった。との事。


「そうです! これは、ヤマト皇国が仕掛けた罠なんですよ! おのれ、乙女心に付け込んで何て卑怯な真似を……」

「いや、それはお前がだらしないだけだろうが!」

「はう!!」


 自身のだらしなさを何とか誤魔化そうとしたものの、ジェイムズの口から正論を告げられ、イザベラの心に幾多もの矢が突き刺さる。


「だ、だって、クリームあんみつはアイスクリームを使ってるから、食べても太らないと思ったんですよ」

「はぁ!?」

「知らないんですか先輩? アイスクリームって、白いじゃないですか、白い物って、基本的にカロリーがないんですよ」

「……お前は真顔で、一体何を言ってるんだ?」


 イザベラの口から飛び出したとんでもない理論を聞き、ジェイムズは、最早怒りを通り越して呆れ果てるのであった。

 その後、イザベラはジェイムズの指導の下、地獄のダイエットを受ける事になり、文字通り地獄を見る事になるのだが。それはまた、別のお話。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。


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[気になる点] これは、本当の事をイザベラさんに教えるべきなのか?
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