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断章 イリーガル・オプス

 それは、九十九達ブルドッグがダンジョンの攻略を行っているのと同じ頃。

 第一〇一武装偵察部隊第三中隊のとある隊員は、山々と森林が一面に広がる眼前の、雄大な自然が織りなす風景を前に、内心ため息を漏らしながら呟いた。


「いい加減、風呂に入りたいな。……いや、この際シャワーでもいい」


 何故、彼がその様な愚痴を零したのかと言えば、彼が今いる場所に原因があった。


 彼の名前は、酒井 三郎(さかい さぶろう)軍曹。

 第一〇一武装偵察部隊第三中隊の一員である事以外は、取り立てて特徴のない、観測手を務めている男性隊員である。


 そんな彼が現在いる場所は、周囲の景色からも分かる通り、都会の喧騒から離れた、大自然の只中。

 正確に言えば、アリガ王国とアリタイ帝国に隣接する、"イスイ王国"と呼ばれる国家の領土の三分の二を占める、アルペース山脈の、イスイ王国とアリタイ帝国の国境付近にある一角。

 主要な山道からは外れた、まさに人の手が入っていない大自然。


 酒井軍曹はそんな場所に、相棒と共に、身分を偽り、アリタイ帝国経由で陸路で数日をかけて、とある任務の為にやって来ていた。

 季節はまさに秋、山脈と言う事で気温と湿度共に快適と言えたのだが。

 酒井軍曹の装いは、今回の任務の為に、周囲の木々の葉や小枝、更には苔等を張り付けた、ギリースーツを着用している為。

 地肌の露出を最小限度に抑える構造上、その通気性は劣悪の一言に尽き、熱がこもって、ギリースーツの下は蒸し風呂の如く汗まみれであった。


 しかし、任務を終えるまでギリースーツを脱ぐことは許されないので。

 肌にまとわりつく不快感を払拭したいとの渇望が、先の愚痴を発せさせたのであった。


 加えて言えば、任務中に嫌でも世話になっている戦闘糧食(レーション)の味に飽き飽きしている事も、知らず知らずの内に苛立ちを募らせていた。

 もしこれで、周囲に生息しているモンスター対策や痕跡の発見対策として、排泄物を穴を作って処理している所を、垂れ流しにしていたのなら、酒井軍曹の我慢はとうに限界を超えていただろう。


 何れにせよ、酒井軍曹は、この任務を早く終わらせて人間らしい生活に戻りたい。

 そんな思いを募らせているのであった。


「なぁ、お前もそう思うだろ? 平山?」

「んー、そうですか? 僕としては、気持ちよく寝られて悪くないと思いますけどね、ふぁぁ……」

「……聞いた俺が悪かったよ」


 そして、隣にいる狙撃手、であり相棒としてペアを組んでいる、軍曹に昇進した平山 眠月(ひらやま みつき)軍曹も、自身と同じ考えではないかと、そう期待して声をかけたが。

 平山軍曹からの返答を聞き、ため息を零しながら、過酷な状況下でもブレない相棒に呆れると共に、一方で感心するのであった。


 酒井軍曹が平山軍曹とのペアを組んで、既に二年以上の月日が経過していた。

 故に、趣味嗜好や、食べ物の好き嫌いまで、お互いの事は家族以上に知り尽くしている。

 その為、平山軍曹の睡眠に対する情熱も、酒井軍曹は他の者よりも理解しているつもりではあったが、どうやらそれは自惚れであった様だ。


「それにしても、一体いつになったらターゲットは現れるんだろうな」


 ふと、酒井軍曹は、再び独り言ちる。

 それは、酒井軍曹が平山軍曹の二人がこの場に身を潜めている理由、自分達に与えられた任務に関しての事であった。


 二人に与えられた任務は、二人がいる斜面より数百メートル程離れた場所にある、道幅の狭く、路肩が切り立った崖のようになっている山道。

 その山道を通る、とある馬車を、事故に見せかけて路肩の切り立った崖へと転落させる。というものであった。

 一見すると、何とも不可解な内容であるが、この内容は、ちゃんとした理由があって事。


 その理由と言うのが、対トエビソ帝国国防軍参謀本部情報総局の機関員、即ちスパイの排除によるものであった。


 現在大和皇国は、アリタイ帝国を要警戒国家と判断し、同国の情報収集に当たっていると共に、同国が有する国防軍参謀本部情報総局の機関員達、彼らが、大和皇国に対して行う諜報活動への対策も同時に行っている。

 今回の任務は、そんな対策の一環でもあった。

 つまり、今回ターゲットとなった馬車には、その機関員が乗車しているのである。


 では、何故直接ターゲットである機関員を狙わず、馬車を狙って事故に見せかけるという、まどろっこしい方法を取っているのかと言えば。

 それは、大和皇国がスパイ狩りに動いている、と悟られない為である。

 皇国がスパイ狩りに動いていると悟られれば、当然ながら国防軍参謀本部情報総局側は対策を講じる為、以降、機関員の発見などが困難になるばかりか、アリタイ帝国の情報収集を行っている忍達にも、危険が及ぶ可能性もある。

 その為、事故として処理する事で皇国側の動きを悟らせない、という訳であった。



 こうして、事前に手に入れた移動ルート上に先回りして待ち続ける事数日。

 遂に、酒井軍曹にとっては、待望の瞬間が訪れようとしていた。


「っ! 来たぞ! ターゲットの馬車だ」


 双眼鏡を使い、馬車がやってくるであろう方向を監視していた酒井軍曹は、その姿を視認するや、声を潜めながら隣にいる平山軍曹の肩を叩いた。

 刹那、平山軍曹は愛用している九九式狙撃銃改を構えてスコープを覗き込むと、ボルトの後部に備えられた安全装置を解除する。


 今回、平山軍曹が使用している九九式狙撃銃改には、此度の任務に合わせた改造が施されていた。

 それが、銃本体を覆うように巻きつけられた、周囲と同系色の布。これにより、銃本体にカモフラージュを施す他、銃口部分を改造して取り付けられた筒状の物体。サプレッサーと呼ばれる、銃の発砲音、並びに発火炎を軽減する為の装置を装着していた。


「確認した」


 スコープ越しにターゲットとなる馬車を視認した平山軍曹。

 しかし、まだ引き金に指をかける事はしない。


「ターゲット、間もなくポイントに到達」


 やがて馬車は、事前に仕掛けておいた足止め用の倒木を前にして、その歩みを止めた。


「距離、約五百メートル。四時の方向から十時にかけて、やや微風。ターゲットとの高低差、下一八メートル」


 刹那、酒井軍曹が観測情報を伝えると同時に、平山軍曹の人差し指が、引き金へと延びる。


「照準」


 そして、引き金に指をかけると、深呼吸を行い。


「撃て」


 合図と共に平山軍曹の人差し指が引き金を引くと、いつもよりも抑えられた発砲音と共に、7.7mm弾がターゲット目掛けて放たれる。

 放たれた7.7mm弾は、木々の間を突き抜けると、吸い込まれるように牽引していた馬の前脚を貫く。


 刹那、突然の痛みに馬が暴れ出し、御者が何とか落ち着かせようとしたものの。

 暴れた際に山道を踏み外し、直後、馬車はその姿を路肩の切り立った崖へと、吸い込まれるように消した。


 程なく、馬車が崖下に叩きつけられる音が、やまびことなって聞こえてくる。


「ターゲット、ダウン。……よし、任務完了だ」


 安堵の息を吐きながら、酒井軍曹は、これで漸く人間らしい生活に戻れると、安堵の表情を浮かべる。

 一方、平山軍曹も、無事にターゲットを仕留める事が出来て安堵している事かと思ったが、何やら複雑そうな表情を浮かべていた。


「はぁ、出来れば、もう一日ぐらい、寝ていたかったですねぇ」

「お前なぁ……」


 任務の成功よりも、待機中に人目を気にせず睡眠できる、そんな至福とも言えた時間が終わりを告げた事が、名残惜しいと言わんばかりの平山軍曹。

 それに対して、酒井軍曹は、呆れ果てるのであった。


 その後二人は、撤収の準備を終えると、回収地点を目指して、数日振りに移動を再開するのであった。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。


感想やレビュー、評価にブックマーク等。いただけますと幸いに存じます。

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