第五十三話 砲音はダンジョンに染まった
衛生隊の手により応急処置を終えた所で、自力での歩行が可能な負傷者たちが、衛生兵の手を借り、次々と砦を後にすると、砦の門付近に待機していた車輛群。
三式半装軌装甲兵車の派生型の一つで、車体の側面に十字架が描かれた、野戦救急車型である三式半装軌装甲兵車九九型。同車に乗せられた他。
自力での歩行が不可能な重傷者達は、担架に乗せられ、そのまま三式半装軌装甲兵車九九型へと運ばれていく。
一方、アロイス達のように、かすり傷程度の殆ど無傷な者達はと言えば。
海兵に誘導され、同じく門の付近に待機していた、大和皇国軍の主力軍用トラック。
第二次世界大戦時にアメリカ軍が開発・運用し、戦後も様々な国に供与され運用された、GMC CCKWと呼ばれる六輪駆動構造の軍用トラックをモデルにした、"二式2.5tトラック"。
その荷台へと乗り込んでいく。
因みにその中に、来た時は傷一つなかった筈が、何故か去る時には青あざや腫れ等。
文字通り、ボコボコとなった顔に変貌したフェルナンの姿が確認されたのは、ここだけのお話。
「救助対象の収容、完了しました!」
「よし、では直ちに撤収する!」
九十九の号令と共に、展開してた海兵達も各々の車輛に乗車を開始し。
車列は砦を後にすると、程なく、砦から数キロメートルの距離で、一旦その足を止めた。
「準備良し、いつでもいけます!」
「よし、点火!」
そして、一旦降車した九十九は、工兵に対して何やら点火の合図を出した。
刹那、工兵が手にしていた起爆装置のスイッチを押した、次の瞬間。
砦から巨大な閃光が表れると共に、轟音が響き渡り。砦が、巨大な爆炎の中に消え去る。
そして、後に残ったのは、巨大なクレーターと、周囲に飛び散った、かつて砦であったものの残骸であった。
「爆破完了! 目標の破壊を確認!」
「よし、では陣地に戻るぞ」
砦の地下に設置していた爆薬により、砦ごとダンジョン・コアの破壊を確認した九十九は、再び三式半装軌装甲兵車八型へと乗り込むと。
今度こそ、野営陣地へと帰還を果たすべく、他の車輛と共に、一路野営陣地を目指して、再び荒地を走り始める。
それから暫くした後。
順調な移動を続け、野営陣地まで残り半分の距離まで移動していた時の事であった。
「錦辺総司令! 野営陣地より緊急連絡!?」
「どうした!?」
「野営陣地が、東の森より進行してきた魔物の大群による攻撃を受けているとの事です!」
「な!」
突如舞い込んできた一報を聞き、九十九は表情をこわばらせる。
単なる偶然だとは思うが、主力が不在の時を狙い攻撃を仕掛けられた。
これに対して、九十九は直ちに指示を飛ばす。
「最低限の護衛戦力を残し、戦闘部隊各隊に、急ぎ野営陣地に急行する様に伝えろ!」
「は!」
どうか、応援が到着するまで持ちこたえてくれと、九十九は野営陣地を防衛する部隊の健闘を祈るのであった。
一方同じ頃。
野営陣地の存在する平原には、轟音と共に幾多もの爆炎が発生し、そこかしこに黒煙を立ち上らせていた。
その周囲には、幾多ものモンスターの骸が転がり、それは平原を覆い尽くさんばかりの数であった。
そんな平原の中を、一輌の鋼鉄の"巨"獣が、その堂々たる巨体を動かしながら、装備した複数の砲に火を点していた。
その正体な何であろう、機動火点こと弁慶号である。
そう、この防衛戦に、弁慶号はその名に恥じぬ活躍で、モンスターの大群を食い止めていたのだ。
ではここで、何故弁慶号が戦闘に参加する事となったのか。
その経緯を、時系列を遡って、少しお話させていただこう。
遡る事十数分前。
監視塔からの一報により、モンスターの大群が接近中との事実を知った野営陣地は、直ちに迎撃の準備に追われる事となる。
その中で、九十九の留守を預かり、野営陣地の指揮を務めている古高 佑治大佐は、司令部用の天幕の中で矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
「動員できる機甲戦力は全て出せ!」
「は!」
「帰還した航空隊も直ちに出撃させろ!」
「了解!」
野営陣地には現在、五式重戦車や四四式中戦車五型の様な強力な機甲戦力が、砦からの救出作戦に駆り出されている為、残っていたのは特三式内火艇や三式水陸両用装軌車のみであった。
勿論、特三式内火艇の火力であっても、モンスターに対しては有効であることは理解していたが。
やはり、確認された数が数だけに、高い火力と装甲を備えた機甲戦力の方が、安心感と言う意味では望ましいのが本音であった。
とはいえ、無い物強請りをした所で仕方もないので、古高大佐は現有の戦力をもって迎撃を行うべく、部隊の配置を急がせた。
「失礼します!」
その最中の事。
不意に、一式作業服に身を包んだ、日焼けした肌に体格の良い、壮年の男性が、敬礼と共に司令部用の天幕に姿を現す。
「何かね、曾根少佐?」
予定のない来訪者、曾根 芽蒔少佐の登場に、目を細める古高大佐。
そんな古高大佐の視線を気にする素振りもなく、曾根少佐はここにやって来た用件を話し始める。
「古高大佐! 是非、我々"弁慶隊"も、防衛戦に参加させていただけませんか!」
曾根少佐が司令部用の天幕に足を運んだ用件。
それは、自身が指揮する弁慶隊。弁慶号一輌と、今畑少佐の整備隊で編成された試験部隊。
同部隊を、戦闘に参加させて欲しいとの上申であった。
「防衛戦闘ならば、機動力はさほど必要ありません! 故に、弁慶号でも十分な活躍が可能であります!」
「確かに弁慶号の火力は魅力的ではあるが、弁慶号は、一応、軍にとっては大事な試作兵器だ。万が一があっては事だ」
「ですが……」
「それに、火力支援で言えば、砲兵隊のみで充分足りている」
しかし、古高大佐は戦闘に弁慶隊を参加させるつもりがない事を告げる。
それでも、曾根少佐は必死に頼み込むと、深々と頭を下げた。
「……はぁ。分かった」
「では!?」
「よろしい、弁慶隊も、直ちに準備を始めたまえ」
「ありがとうございます!」
曾根少佐の熱意に押され、古高大佐が折れた為、弁慶隊の戦闘参加がここに決定した。
そして、お礼を述べた曾根少佐は、軽い足取りで弁慶号が格納されている格納庫へと足を運ぶ。
「今畑少佐! 出撃の準備は出来てるか!?」
「おや、曾根少佐。その口振りからすると、参加の許可を?」
「おうよ。俺の真摯な願いを、古高大佐殿は聞き入れてくれたのさ!」
「ま、戦力が十分とは言えませんから。このまま格納庫で後生大事にしておくよりかは、活用した方がよいとの判断からでしょうね」
「ったく、興ざめする事を言うなよ。それより、出撃の準備は出来てるのか!?」
「えぇ、勿論」
「よし!」
今畑少佐とのやり取りを終えた曾根少佐は、ふとポケットから熊のイラストが描かれた、四角い缶のようなものを取り出すと。
蓋を開け缶を傾けると、中に入っていたドロップを一つ手に取り、それを口の中へと放り込むと、なめるのではなく、ボリボリと音を立てて噛み始めた。
「そうだ、今畑少佐も一つ食うか?」
「いえ、私はご遠慮しておきます。……それよりも、本当に曾根少佐は、その"ミクマ式ドロップス"がお好きですね」
「これにまさるドロップは、他にねぇからな!」
こうして、出撃前の日課を終えた曾根少佐は、戦車帽とヘッドセットを手に取ると、自身が車長を務める弁慶号へと乗り込んだ。
その巨大さに似合う程、広々とした戦闘室の一角に設けられた車長席へと腰を下ろした今畑少佐は、装着した咽喉マイクに向けて声を発する。
「総員、準備は出来てるか?」
弁慶号は、その巨体からも容易に想像がつく通り、必要な乗員が総勢十一名と、他の戦車の倍近い乗員を必要としている。
当然、数が多くなればなるほど、人車一体において諸元以上の力を発揮する事もある戦車においては、乗員間の意思疎通が難しくなりやすい。
しかし、弁慶号の乗員を務める十一名は、選りすぐられた強者ばかり。
それを束ねる曾根少佐は、弁慶号を人車一体で動かすには、彼ら以上の適任はいないと、彼らに全幅の信頼を寄せていた。
そんな乗員達の、準備完了との力強い応答を聞き、曾根少佐は笑みを浮かべる。
「我らが弁慶号の実戦投入だ! 気合入れていくぞ!!」
「「応!!」」
「よぉし、弁慶号、前進!!」
刹那、機関隔壁の向こう側から、二基の強力なエンジンが唸りを上げ、その拍動が車内に木霊し始める。
そして、操縦手の操縦により、一二〇トンもの巨獣は格納庫から外へと、その全貌を現すと、履帯音を響かせながら、所定の位置へと移動を開始した。
やがて、弁慶号が所定の位置へと移動を終えた所で、戦闘の開始を告げる、砲兵隊による砲撃が開始される。
モンスターの大群、その上空を飛ぶ九八式直接協同偵察機からの情報を頼りに、調整が完了するや、榴弾砲や加農砲が咆哮をあげ、地平線を埋め尽くすモンスターの大群に降り注ぐ。
一方、弁慶号は、主砲の十糎加農砲を使用すれば攻撃を加える事が出来る筈だが、その気配はなかった。
「今畑少佐、俺達は撃たねぇんですか?」
「慌てるな。真打は、遅れてやってくるもんだ」
操縦手からの疑問に、今畑少佐は諭すと、その時が訪れるのを待つ。
やがて、砲撃のみならず、九八式直接協同偵察機による爆撃も始まり。
平原に、幾多もの爆炎と黒煙、それにモンスターの骸が現れる。
だが、モンスターの大群は一行にその数を減らす気配もなく、仲間の骸を踏み越えながら、一目散に野営陣地を目指して前進を続ける。
「よし、戦闘開始だ! いくぞ!」
刹那、今畑少佐の号令一下、弁慶号が遂に動き出す。
「先ずは、先頭集団に熱いのを一発お見舞いするぞ! 弾種、榴弾!」
程なく、装填完了の声が聞こえると同時に、その余裕のある空間を生かし、まるで水上戦闘艦艇の如く射撃装置を使い、必要な諸元の算定が終了したとの声が届く。
そして、十糎加農砲の砲身が、迫るモンスターの大群、その先頭を走る集団の一角に向けられる。
「主砲、てぇ!」
直後、弁慶号の主砲砲手が今畑少佐の号令を復唱すると共に、車内を轟音と激しい振動が響き渡る。
同時に、主砲の十糎加農砲が火を噴き。
僅かに遅れて、モンスターの大群、その先頭集団の一角の地面が、大きく爆ぜた。
その凄まじい威力を目の当たりにし、モンスターの大群の足並みが一瞬止まる。
「畳み掛けるぞ! 副砲及び上部銃塔は各個に攻撃開始! いくぞ!」
刹那、弁慶号が、その巨体を使い迫りくるモンスターの大群の波をせき止めるかの如く、モンスターの大群目掛けてその巨体を突撃させ始める。
そして、中甲板上の二つ副砲塔も火を噴き始め、主砲塔上部の銃塔も、二門のブ式12.7mm重機関銃 M2が重低音と共に閃光を放ち始める。
今まで見た事のないであろう、小山が動いているかの如く弁慶号の威容に、対峙するモンスター達は浮足立つ。
それでも、自らを奮い立たせ、弁慶号に立ち向かっていく。
が、その圧倒的な火力を前に、ゴブリンやボアシシ、更にアーブル・ゴーレムやアーマーウード等。種を問わず、次々と、その身を冷たい骸へと変貌させていく。
勿論、そんな弁慶号の活躍を援護する様に、塹壕からは特三式内火艇の砲撃や迫撃砲などが火を噴き。
更に後続の集団には、砲兵隊の砲撃が断続的に降り注ぐ。
こうして、弁慶号がその名字恥じぬ活躍で、モンスターの大群を相手に十二分な戦果を挙げた頃。
漸くモンスター達も勝てないと悟ったのか、敗走を始めた。
「よし……」
その様子を、潜望鏡越しに眺めていた今畑少佐は、安堵する様に小さく独り言ちた。
「今畑少佐! 上空で監視中の九八式直接協同偵察機より緊急連絡! ドラゴンと思しき巨大な生物が接近中との事です!」
「何だと!?」
無線手からもたらされたその報告に、今畑少佐のみならず、弁慶号の乗員達の間に再び緊張が走る。
ドラゴン、この異世界の中でも、その名を持つ生物が他の生物とは一線を画す事を、弁慶号の乗員達も知る所であったからだ。
「まさか、以前ロマンサの街で遭遇したって言うのと同じドラゴンなのか!?」
「いえ、それが。以前遭遇したのとは別の種らしく。灰色の巨体は以前遭遇した種よりも一回り大きく、表面は岩のような凹凸で、翼が確認できないとの事です」
「と言う事は、空は飛んでこないんだな。数は!?」
「確認されたのは一匹のみとの事です」
相手のドラゴンが一匹と判明した刹那。
今畑少佐の口元が、不敵な笑みを浮かべた。
「やっぱり、真打は、遅れてやってくるようだな」
そして、咽喉マイクに向けて檄を飛ばし始めた。
「どうやら大物のお出ましの様だ! おそらく、これを仕留めれば戦闘終了だ。総員、気合入れていくぞ!」
「「応!!」」
刹那、乗員のみならず弁慶号も激に応えるかのように、エンジン音が再び唸りを上げると、接近する灰色のドラゴンに向けてその車体正面を向ける。
そして、暫くの後、地平線の彼方から、その灰色のドラゴンが姿を現す。
報告の通り、どっしりとした巨大な四本の脚で地響きを奏でながら、表面に岩のような凹凸のある巨体を揺らす、灰色のドラゴン。
「さぁ、おいでなすったぞ!」
そんな灰色のドラゴンの、二つの眼が弁慶号を確認すると、雄叫びとばかりに咆哮をあげる。
「弾種、徹甲弾! 装填急げ!」
それに負けぬ様に、今畑少佐の号令が車内に響く。
「くるぞ!」
次の瞬間、灰色のドラゴンが弁慶号に向けて、その巨体を揺らしながら突進を始める。
対して、弁慶号は牽制とばかりに二つ副砲塔が火を噴くも、その見た目通り高い防御力を有しているのか、47mm戦車砲はあまり有効とは言えず、その足は止まらない。
「徹甲弾、装填完了!」
「よし、照準は!?」
「照準よし! いつでも撃てます!」
「一撃で仕留めろよ」
「一発あれば、十分ですよ」
主砲砲手の頼もしい言葉に、今畑少佐は笑みを浮かべると、直後、割れんばかりの声で号令を発した。
「撃てぇぇっ!!」
刹那、轟音と共に主砲の十糎加農砲が火を噴く。
そして、放たれた徹甲弾は、吸い込まれるように灰色のドラゴンの頭部へと命中すると、その頭部を文字通り吹き飛ばした。
断末魔を上げる間もなく、司令塔である頭部を失った巨体は、程なくその巨体を、平原に横たえさせるのであった。
「勝ったな、へへへ……。総員、よくやった!」
こうして、弁慶号が灰色のドラゴンを仕留めた所で、応援として急行していた戦闘部隊各隊が到着するのであった。
その後、遅れて到着した九十九達と同行していた、救助したギルド職員の説明により。
灰色のドラゴンが、"フェルゼン・ドラゴン"と呼ばれる、地上型ドラゴンに部類される一種で。飛行能力や火炎放射能力はないものの、飛行型ドラゴンよりも優れた防御力を有しているドラゴンの一種である事が判明し。
これを見事に撃破した弁慶号の乗員達は、防衛戦の英雄として、九十九や古高大佐達から称えられる事となった。
それから、負傷者と衛生隊、それに護衛の部隊を一足先にダンジョンの外へと脱出させた後。
野営陣地の撤去を完了すると、九十九達本隊も、入り口を通りダンジョンから無事に脱出を果たすのであった。
こうして、無事に救助対象達の救助を果たしたブルドッグは、報告を行ったエチワポの街のギルドにて歓呼と共に迎え入れられ。
その後、ロマンサの街のギルドにおいても、同様に迎え入れられ。
同時に、ロクザンの計らいにより、宴が催され。
今回犠牲になった冒険者やギルドの職員を明るく見送るかの如く、宴の席では、皆一様に笑顔を浮かべていたのであった。
なお、ダンジョン・コアが破壊されたダンジョンについては。
一週間後に入り口が崩壊し、無事に、破壊が完了したのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。
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