第五十二話 戦場の花火
野営陣地出発から三時間強の後。
道中、行く手を阻むように遭遇したモンスターとの戦闘を行いつつ、九十九達は、救助対象達のいる荒地の中の砦へと進み続け。
やがて、目的地である砦を望む事の出来る距離にまで到達した。
「フェルナンさんの言う通り。確かに、砦の周囲は大量の魔物で埋め尽くされているな……」
三式半装軌装甲兵車八型から降車し、手にした双眼鏡を使って砦の様子を観察する九十九。
人型のモンスターが建造したのか、石造り砦は少々の事では突破される心配のない、頑丈な外見をしている。
ただ、そんな砦の周囲には、ゴブリンやオーク、更にはビッグ・スコルピオスの他。文字通りの石の巨人、ゴーレムの姿まで確認でき。
一部のモンスターが、砦の出入り口にして、突破口である砦の門の破壊を試みていた。
「各部隊の準備は?」
一通りの観察を終えた九十九は、各部隊の準備状況を確認する。
「各隊、準備完了、いつでもいけます」
「よし、ではまず、砦の中にいる要救助者達に勧告を」
「は!」
程なく、九十九達の頭上を、一機の九八式直接協同偵察機が飛び越えていく。
同機は、やがて砦の上空で旋回を始めると、後部座席の乗員が、砦の中にいる救助対象達に向かって、メガホンを使い大声で、出来るだけ砦を囲う城壁から離れる様に呼びかけていた。
地上から、突如現れた九八式直接協同偵察機に対し、ゴブリン等が手にした弓を射る中。
呼びかけを行っていた九八式直接協同偵察機は、地上から放たれるも届くはずのない矢を気にする素振りもなく、一通り呼びかけを終えると、悠々と砦の上空を後にする。
そして、そんな機と入れ替わる様に、主翼の下面に黒光りする小型の、一二・五キロ爆弾を合計十発装備した、九八式直接協同偵察機が四機。
砦の上空へと飛来した。
「ギーッ!」
「ギギッ!!」
爆装しているか否かの違いが分かっていないゴブリン達は、新たに四機の九八式直接協同偵察機が飛来し、威嚇するかのように鳴き声をあげた。
そんなモンスター達に対して、飛来した四機の九八式直接協同偵察機は、狙いを定めると、翼下に装備した一二・五キロ爆弾を次々と投下し始める。
直後、モンスター達の大群の各所で、幾つもの閃光が溢れると、次の瞬間。
幾つもの爆炎が生じ、轟音と共に周囲のモンスター達を炎と衝撃波が襲い掛かる。
そして、モンスター達にとっての悲劇は、一度では終わる事はなかった。
一度距離を取り旋回を終えた四機の九八式直接協同偵察機が、再び爆撃するべく機首を向けると、直後、残った一二・五キロ爆弾を投下していく。
再び現れる死の爆炎。
運よく生き残ったゴブリン等が、仲間の仇を討つべく手にした弓を射るものの、当然ながら放たれた矢は掠る事もなく。
そんな地上の様子を他所に、役目を終えた四機の九八式直接協同偵察機は、砦の上空を後にしていく。
同種や他の種の骸が横たわり、未だに燃え続ける炎と、濛々と立ち上る黒煙が視界内に広がる中。
爆撃を生き残ったモンスター達に、仲間の死を悼む暇すら与えぬかのように、鋼鉄の凶獣達が、砂埃を巻き上げながら、生き残ったモンスター達の命を刈るべくその姿を現す。
刹那、五式重戦車や四四式中戦車五型が砲撃を始めたのを皮切りに、再び砦の周辺に激しい爆発音や射撃音が鳴り響き始めた。
ゴーレムやビッグ・スコルピオス等、標的としやすいモンスターが戦車や四四式偵察戦闘車の砲撃によって吹き飛ばされていくのを他所に。
ゴブリンやオークなどには、車輛に搭載された重機関銃による射撃の他、対空部隊の三式半装軌装甲兵車一六型及び三四型による水平射撃の弾幕が降り注ぎ、文字通りその体が肉片と化していく。
この様に、激しい攻撃にさらされるモンスター達だが、座して死を待っていた訳ではない。
攻撃により作り出された土煙や黒煙に身を隠し、接近して弓を射るゴブリン達。
だがその矢は、無情にも上部を覆う装甲板に弾かれ、無残にも地面に落ちてしまう。
しかしその矢も、以前であれば、運よく兵員室にいる海兵に致命傷を与える事が出来たのかも知れなかった。
と言うのも、今回攻撃した三式半装軌装甲兵車一型は、兵員室がオープントップではなく、兵員室の上部を装甲板で覆い。更には、上部に防弾ガラスで周囲の観測を可能にした銃塔を備えた、"三式半装軌装甲兵車一型改"と呼ばれる改良型であったからだ。
だが何れにせよ、攻撃に失敗したゴブリン達を待ち受けていたのは、銃弾の嵐であった。
一方、ゴーレムも、近くにあるオークやビッグ・スコルピオス等の骸を持ち上げると、それを戦車目掛けて投擲する。
だが、戦車の装甲を前には、それは有効な攻撃とは言えなかった。
「あの石野郎を撃て!!」
むしろ、大事な車体をモンスターの血で汚され、三春中尉の怒りに油を注ぐ結果となり。
直後、ゴーレムは轟音と共にその巨体を爆発四散させた。
こうして、圧倒的な火力によって、砦の周囲を囲んでいたモンスターの大群を粗方倒し終えると。
最後に、三式半装軌装甲兵車一型改から降車した海兵達により、生き残っていたゴブリン達が討伐され。
程なく、砦周辺の安全が確保された。
そして、砦の周辺の安全を確保した所で、九十九達も合流し、砦の内部へと足を踏み入れるべく、砦の門を叩く。
「聞こえますか!? 既に砦周辺の安全は確保いたしました! 門を開けてください!」
すると程なく、重厚な音を立てて、門が開き、中から一人の冒険者が姿を現した。
「あー……、本当、なのか?」
恐る恐る姿を現したのは、着崩した鎧を着込み、無精髭にスキンヘッドの、壮年と思しき男性冒険者。
彼は、九十九達の間から垣間見えるモンスター達の骸を目にすると、驚いた様子で再び声をあげた。
「ほ、本当に、あの量のモンスターどもを倒しちまったって言うのか!?」
「はい。ですので、今の所、この砦の周囲は安全です」
「さっき聞こえた、あのおぞましい戦闘音は、幻聴じゃなかったって事か……」
おそらく、今まで聞いた事のなかった、ブルドッグ達が奏でた戦場の音楽を思い出し、彼は呆気に取られるのであった。
「兎に角、助けに来てくれて感謝する! 俺は、一応ここに避難した連中を取り仕切ってる、アロイスだ。ランクはA、よろしくな」
「ブルドッグのリーダーを務めています、錦辺 九十九です。こちらこそ、よろしくお願いします、アロイスさん」
先ずは互いの自己紹介と共に握手を終えると、早速本題を切り出す。
「アロイスさん。早速ですが、負傷した方々がいると聞きました、その方々のもとに案内してもらえますか」
「あぁ、分かった。……が、その前に、一つ質問してもいいか?」
「何でしょうか?」
「よく、俺達がこの砦にいると分かったな?」
「それは、フェルナンさんに道案内をしてもらいましたので」
「何!? フェルナンだと! まさか、フェルナン・リュモーンの野郎の事か!!」
「え、えぇ」
「あの野郎は、ここにいるのか!?」
フェルナンの名を聞いた途端、何やら青筋を立て始めるアロイス。
そんな彼の前に、九十九は、海兵達に連行させるように、フェルナンを連れてこさせる。
「ど、どうも……。アロイス」
「フェルナン・リュモーン。どの面下げて戻って来たのか、分かってるんだろうなぁ?」
「ひ、ひぃぃぃっ!! ぼ、僕は、助けを呼ぼうと思っていただけで!!」
「仲間を見捨てた挙句、俺達の目を盗んで一人だけ逃げ出しといて、そんな言い訳が通用すると思ってんのか!!」
「ひぃぃぃっ!!!」
なぜこれ程アロイスが激怒しているのかと言えば、本人曰く。
どうやらフェルナンは、他の者達と共にこの砦に逃げ込んだ後、暫くは大人しくしていた。
ところが、自身のクランのメンバーはおろか、その他の者達に相談するどころか気付かれぬ様に、モンスターが包囲の網を緩めた隙を突き、いつの間にか一人で砦を脱出。
彼の有するAGを脱出の際の切り札として使用する事を考えていたアロイス達は、このフェルナンの裏切り行為に激怒していたという訳だ。
そんな事情の為、当然ながら戻ってきたフェルナンに対して寛容に対応できる筈もなく。
程なく、リーダーであるはずが自分達を見捨てて真っ先に逃げ出した事に、激しくご立腹であったグラン・ソヴァールのメンバーに引き渡されたフェルナンの、情けない悲鳴が響き渡る事となった。
こうして、フェルナンの一件が片付くと、九十九達は早速アロイスに案内され、砦の内部へと足を踏み入れる。
そして案内された一室には、埃と共に、血や汚物などの、鼻を突く悪臭が漂っていた。
「衛生兵!!」
呼び声と共に、十字架の描かれた腕章をつけた衛生隊の衛生兵達が、担架や救急箱などを手に、室内へと駆けこむ。
そして、各々が手際よく負傷者たちの応急処置を行っていく。
「分かりますか! 分かりますか!!」
「頑張れ! 必ず助かるからな!! 頑張れ!!」
「おい、追加の包帯はないか!?」
自らの顔を相手の顔に近づけ、呼びかけながら意識を確かめる者。
止血帯を使用し、出血を押さえるべく膝の上を固く縛ると、鎮痛剤の注射を打つ者。
励ましながら、ナイフを使って矢の破片を取り出す者。
衛生兵各々が、力を尽くしてそれぞれの負傷者たちに処置を施していく。
そんな衛生兵達を少しでも手伝うべく、ヒルデは、応急処置に必要な煮沸した水の用意を手伝っていた。
「おい、誰か手伝ってくれ!!」
すると、不意に助けを呼ぶ声が聞こえ、ヒルデは慌てて声のする方へと駆け寄る。
「中尉、両足をしっかりと押さえておいてください!」
「分かったわ!」
一目見ても分かる程、上半身に酷い傷を負った冒険者。
衛生兵達が携帯しているような、清潔に管理された医療器具等、冒険者はおろかギルドの職員ですらも所持しておらず。
その為、先に施されていた応急処置は、切り裂いた布を包帯代わりに巻いている程度のものであった。
一応、冒険者の中には魔導師がおり、治癒魔法も扱える事から、治癒魔法を施せばよいのではと思うかもしれないが。
生憎と、この世界の治癒魔法は、ゲームの様に欠損もたちどころに元通りになるような、神の御業の様な効果はなく。
対象者の自然治癒力を高める事で、傷などを治癒するもので。
その為、軽傷程度ならば、一度或いは数度施すだけで完治するが。重傷となると、何日或いは何週間と施し続けなければならず。その効率のほどは、決して良いとは言えないものであった。
「ん”ーっ!! んん”ーっ!!」
「我慢しろ!! 必ず助けてやるからな!! もう少しの辛抱だ!!」
「大丈夫! 必ず助かるから!!」
そんな重傷を負った冒険者は、痛みから両足を動かそうとするも、ヒルデはそれを必死に押さえつけながら、衛生兵と共に励ましの声をかけ続ける。
やがて、冒険者は両足を動かす事を止めると、落ち着きを取り戻したように静かになる。
「よし、とりあえずこれで大丈夫だろう。ありがとうございます中尉、助かりました」
「彼は、助かるの?」
「必ず助けます! それが、俺達の使命ですから」
自身に満ちた衛生兵の返答に、ヒルデは頼もしく思うと、その場を後にし、再び手伝いを再開するのであった。
一方その頃。
九十九は、アロイスに案内され、砦の地下に足を運んでいた。
「アロイスさん、見せたいものとは?」
「見れば分かるさ、よし、着いたぞ」
足を運んだ先に広がっていたのは、周囲を石の壁で囲われた巨大な空間。
そして、その中心部分には、巨大なクリスタル状の物体が安置されている祭壇が置かれていた。
「アロイスさん、あのクリスタルは一体?」
「あれは、このダンジョンのコアだ」
アロイス曰く、迷宮型や亜空間型問わず、ダンジョンには必ずダンジョン・コアと呼ばれる、巨大なクリスタル状の物体が存在しているという。
このダンジョン・コアは、文字通りダンジョンの核であり。研究によって、ダンジョン・コアを破壊する事で、ダンジョンが崩壊する事が確認されているという。
傾向として、ダンジョン・コアはダンジョンの深部に存在している事が多く、この様に砦の地下などに存在しているのは非常に珍しいとの事。
「ニシキベ、お前たちブルドッグなら、このダンジョン・コアを破壊する事も出来るだろ? だから頼む、このダンジョン・コアを俺達の代わりに破壊してくれ」
「それは構いませんが。このコアを破壊すれば、このダンジョンが崩壊を始めるんですよね……」
「それなら心配ない。ダンジョンの崩壊にかかる時間は、ダンジョンの大きさに比例しているらしい。だから、これだけデカいダンジョンなら、俺達がダンジョンを脱出するまで崩壊は始まらない筈だ」
「分かりました。では、直ちに準備にかかります」
そして、九十九の指示により、直ちに工兵部隊が砦の地下へと足を運ぶと、そこに、ダンジョン・コアを破壊する為の爆薬を設置していく。
こうして、爆薬の設置が終わる頃には、負傷者たちの応急処置も終わり。後は、砦から脱出するだけとなった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。
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