第五十一話 闘犬と小者
ダンジョン内で初めての夜を迎えた翌日。
捜索二日目となるこの日も、陸空の捜索隊は前日と同様の方角に出発していく。
そんな捜索隊を見送り終えると、九十九は司令部用の天幕の中で、待ち望んだ一報が届くのを職務をこなしながら待ち続ける。
それから数十分後。
前日の捜索において判明した荒地の上空を、一機の九八式直接協同偵察機が飛行していた。
「どうだ、見つかったか?」
「駄目だ、それらしいものは何もない」
その機内、前後の座席に腰を下ろした二人の乗員は、眼下に広がる、雑草や低木が生い茂る大地にその二つの眼を向けると、その中に、救助対象達がいた痕跡がないかを探し続ける。
だが、探せど探せど、野営した痕跡どころか、大勢の人々が移動した痕跡すら発見できないでいた。
「昨日も探して痕跡が見つからないって事は、こちらの方角には移動してないって事か?」
「魔物に追われないように、極力痕跡を残していないだけかもしれん」
「もし痕跡を残さないようにされてたら、探すのは骨が折れるな……」
後部座席に腰を下ろした乗員が、前部座席の乗員が話した可能性にため息を零した、刹那。
「ん、あれは?」
不意に、前部座席の乗員が何かを発見し、そちらの方へと機首を向けると、接近を開始する。
程なく、発見したものの上空へと機体が差し掛かり、二人の乗員はその正体を視認した。
「あれは、アーマード・ゴーレムか!?」
「確か、アリガ王国で使われてるカルヴァドとか言う機種だよな。にしては、随分と派手な装飾だな……。冒険者の個人所有か?」
視認したのは、地響きと砂埃を巻き上げながら荒地を駆ける、一機のAG。
カルヴァドをベースに、金の彫刻や装着し真紅のマントを装備する等。とても戦術的優位性を考慮したとは思えない装飾が施されている機体。
そんな機体を追いかける様に、一対の巨大なハサミを有し、針の如く先端が尖った尻尾に複数の脚を持つ、巨大なサソリのモンスターが三匹、派手な装飾を施したカルヴァドの後方から迫っていた。
「兎に角、救助対象の一員と思しきアーマード・ゴーレムを発見したと、直ちに連絡を!」
「了解!」
後部座席の乗員が、無線機を使い発見の連絡を行うのを他所に。
前部座席の乗員は、操縦桿を傾けると、三匹の巨大なサソリのモンスター目掛けて機首を向けると、突撃を開始した。
「くらえ!」
そして、狙いを定めると、操縦桿の発射ボタンを押した。
刹那、機体前方右側に装備した7.7mm機銃が閃光を発し、三匹の中で先頭を走っていた個体に7.7mm弾の雨が降り注ぐ。
直後、断末魔らしき声と共に、7.7mm弾の雨を浴びた個体は、血を流しながら荒地にその巨体を没した。
「よし、7.7mm機銃でも有効弾を与えられるぞ」
一度機体を上昇させ距離を取りながら、戦果を確認した前部座席の乗員は、7.7mm機銃による機銃掃射が有効と判明するや、残る二匹に7.7mm弾をお見舞いするべく旋回を開始する。
そして、上空を飛ぶ九八式直接協同偵察機に対して攻撃手段を持たない巨大なサソリのモンスターは、程なく残る二匹もその巨体を骸に変貌させ、荒地のオブジェの一部と化すのであった。
その後、九八式直接協同偵察機に助けられた派手な装飾を施したカルヴァドは、同機からの連絡を受けて派遣された車輛部隊に回収され、一路野営陣地へと向かった。
更に数十分後。
車輛部隊が野営陣地へと帰還を果たし、回収された派手な装飾を施したカルヴァドが、出迎えた九十九達の前にその姿を現す。
「げ、このAGって……」
「ヒルデ、もしかしてこのAGの使用者を知ってるの?」
「えぇ。と言うか、ツクモ。貴方も既に会った事のある奴よ」
ヒルデがその姿を見て、不愉快そうな表情を露わにするのを他所に。
派手な装飾を施したカルヴァドが音を立てハッチを開くと、中から一人の青年が姿を現した。
「助かったよ」
「あ、貴方は確か、フェルナンさん」
「おや? 何だ、君達もいたのか、そうかそうか」
姿を現したのは、フェルナンその人であった。
フェルナンは操縦で疲れた体をほぐしつつも、助けてもらったお礼を述べる。
「君の部下のお陰で助かったよ。あのまま助けが来なければ、僕は今頃"ビッグ・スコルピオス"の餌食となっていただろう」
「いえ、助けるのは当然の事ですから」
先ほどフェルナンのAGを追いかけていた巨大なサソリのモンスターは、どうやらビッグ・スコルピオスと言う名のようだ。
お礼と同時にフェルナンから差し伸べられた手を握り、握手を交わす九十九。
「まぁ、その通りだ。貴族であり、グラン・ソヴァールのリーダーにしてAランクの冒険者である僕を助けるのは、当然の行いだ。流石は、平民とはいえ将軍を名乗っているだけはあるじゃないか、よく理解しているな」
「……自惚れが過ぎるわよ」
「ん? 何か言ったかな? ヒルデ・ヴァルミオン?」
「いえ、何も」
フェルナンの、そのあまりの自惚れっぷりに、堪らずヒルデがぼそりと厭味を吐く。
が、当の本人は特に気にする様子もなく、更に話を続けた。
「それじゃ、さっさとこの危険なダンジョンとは、おさらばするとしようか」
「いえ、それは出来ません」
「ん? 何故だね?」
「自分達は、このダンジョンに取り残された、残りの冒険者やギルドの職員達の全員の救助の為にやって来たからです」
「何!? 君達は、僕を救助するためにやって来たんじゃないのか!?」
「はぁ! ちょっと、何であんた一人の為に、私達が助けに来たって思える訳!?」
フェルナンの想像以上の自惚れっぷりに、堪らずヒルデが声をあげた。
「だって当然じゃないか! 僕はAランクの冒険者にして、名高きリュモーン家の一員! 僕の死は、他の冒険者やギルドの職員達の死よりもギルド、ひいてはアリガ王国にとって大変な損失なのは明白じゃないか!」
「あ、あんたねぇ!」
そして、怒りを滲ませ始めるヒルデを他所に、フェルナンは更に持論を述べ続ける。
「大体、僕の代わりはごまんといないけど、他の冒険者やギルドの職員なら、代わりはごまんといるじゃないか。ここで数十人が死んでも、またすぐに代わりの者が現れるさ」
「……んで、何で。何であんたみたいな奴が生き残って、バルナルドさんが死ななきゃならないのよ!!」
「バルナルド? あぁ、確か君と同じ元近衛騎士の冒険者だったね。まぁ、Sランクの冒険者である彼の死は、多少は痛い損失だけど。でもまぁ、彼ももういい歳だったし。それに、僕の様な若く才能のある冒険者がSランクに昇格すれば、彼の後釜はすぐにでも務めてみせるから、所詮は些細な事だね」
フェルナンの言葉を聞き、今にも殴りかかりそうになるヒルデを、不意に九十九が手で制止する。
この九十九の行動に、ヒルデは一瞬九十九の手を払いのけようとするも、九十九の目から伝わる彼の気持ちを汲み取ると、ヒルデはぐっとこらえるのであった。
「フェルナンさんのお考えは分かりましたが、自分達は残りの方々の救助を、一刻も早く行いたいんです。ですから、ご協力してくれませんか?」
「協力?」
「もし残りの方々の居場所を知っているのなら、教えてはいただけませんか?」
「あぁ、それ位ならいいよ。彼らは、僕を助けてくれた場所から十数キロ程離れた場所にある、砦らしき場所に身を隠しているよ。最も、砦は大量のモンスターに包囲されてるし、彼らの中には負傷者も多くいるから、救助に向かうなら早くした方がいいよ。じゃ、居場所も教えたし、僕を早く──」
「では、その砦への道案内をお願いできますか?」
「──何!? なんで道案内までしなきゃならないんだ!!」
残る救助対象達の居場所を教え、これでこのダンジョンから出られると思っていた刹那。
九十九の口から出た言葉に、フェルナンは語気を荒らげ始める。
「一刻も早く到着するには、正確な場所や方角を知っているフェルナンさんに道案内をしていただくのが一番なんです」
「君! 君はさっきの僕の話を聞いてなかったのか!? 砦は大量のモンスターに包囲されているし、そこに、砦に行くまでの間にも、モンスターが待ち構えてるんだ! そもそも、彼らはもう食料も残り少ないし、負傷者だって多く抱えてる。それに、既に半分近い冒険者や職員が死んでるんだ、今更それが倍に増えた所でギルドや王国にとっては些細な損失じゃないか! それに対して、僕を失う事は──ぶ!!」
刹那、フェルナンの頬に、九十九の拳が叩きつけられる。
不意に殴られたフェルナンは、殴られた頬に手を当て暫し目が点になっていたが。程なく、再び語気を荒らげ始めた。
「な、殴った。殴ったなぁ!! 父上にも殴られたことないのにぃっ!!」
「フェルナンさん、自惚れもいい加減にして下さい。貴族であろうと平民であろうと、命の価値は同じなんです」
「な、何だ君は!! 殴った次は、僕に説教するつもりか!? 君は所詮Bランクの冒険者だろう! Aランクである、貴族である僕にこんな事をして、どうなるか解ってるんだろうねぇ!」
「フェルナンさんの方こそ、ご自身の状況を、今一度よくご理解した方がよいのでは?」
刹那、指の関節を鳴らす音が鳴り響き、フェルナンは肩を震わせ、音の方を振り返った。
するとそこには、恐ろしい形相を浮かべ、フェルナンに向かって鋭い視線を放つ屈強な海兵達の姿があった。
それを目にした瞬間、フェルナンの表情が恐怖に歪む。
「ご理解しましたか? フェルナンさん、貴方が今、闘犬の群れの中にいる事を」
「き、君は……。こ、こんな事をして」
「フェルナンさんも冒険者ならば、同じ冒険者を、そして日頃お世話になっているギルドの方々を救助するべく、ご協力してもらえると信じています」
「そ、それは僕に対しての脅しか!?」
「そんなつもりはありません。……ただ、ご協力いただけないとなると。今後、フェルナンさんが冒険者として活動中に、不慮の死を遂げてしまう。なんてことが、近い将来起こるかもしれません」
九十九の意味深な言葉に、フェルナンは更に顔を青ざめさせると、やがて、観念した様に、砦までの道案内を承諾するのであった。
その後、早急に砦への派遣部隊が編成されると、道案内役のフェルナンを乗せた装輪装甲車。
地球において第二次世界大戦中にアメリカ軍が開発し、戦後は陸上自衛隊等にも供与された、ジープよりも一回り大きな車体を有する、ダッジ WCと呼ばれる四輪駆動車をモデルにした、"二式3/4tトラック"。
同車をベースに、車体に装甲を設け、上部に旋回式の銃塔を装備した、四四式軽装甲機動車。
同車を先頭に、九十九達は一路救助対象達のいる砦を目指し、野営陣地を出発するのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。
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