第四話 運命の狼煙
一方その頃、大和皇国の調査艦隊は、のどかな航海を続けていた。
だがそれも、不意に舞い込んだ見張員からの一報によって緊張が駆け巡る事となる。
「方位0-4-5、水平線の彼方に黒煙を確認!」
この一報を受けて、戦艦比叡の艦橋内は対応に追われた。
「黒煙という事は、何かが燃えているという証拠ですね」
「海上で自然発火など考えられない、となると、もしかして陸地が!?」
「いえ、船火事という可能性もあります」
戦艦比叡の艦橋内にいた青山海軍大将と九十九、それに高橋少将は、この黒煙に対する対応を協議していた。
「何れにせよ、先ずは黒煙の発生源を確かめないと」
「青山総長、意見具申、よろしいでしょうか?」
「何か、高橋提督?」
「は! 素早い状況確認の為、"水偵"を飛ばすのは如何でしょうか?」
「うん、そうしよう。……高木艦長!」
「は! 直ちに発艦準備に取り掛かります!」
最初の対応が決定されると、艦橋内のみならず、第三砲塔と第四砲塔の間に挟まれた作業甲板のカタパルト周辺も慌ただしくなる。
高橋少将が提案した水偵とは、戦艦比叡に搭載されている"水上偵察機"の略称であり。
戦艦比叡には合計で三基の水偵を搭載しており、搭載されている機種は、零式水上偵察機と呼ばれる乗員三名の、所謂三座水偵の代表格と呼ばれる機種である。
この水偵ならば、艦が接近するよりも素早く黒煙の発生源の上空に到着でき、搭載している無線機で戦艦比叡に状況を伝える事も出来る。
こうして作業甲板上のカタパルトでは、飛行科所属の整備員たちの手により、水偵一号機の発進準備が素早く進められ。
程なく、力強いエンジン音を唸らせると、水偵一号機はカタパルトより打ち出され、大空に舞い上がるのであった。
「こちら一号機、間もなく目標上空に到達」
戦艦比叡より発進した水偵一号機は、ある程度の高度を保ちながら黒煙方向へと機首を進め。
間もなく、目標の空域に到着しようとしていた。
「目標上空に到達、これより偵察を開始する」
程なく目標空域に到着した水偵一号機は、濛々と立ち上る黒煙の周囲をゆっくりと旋回しながら、眼下に広がる状況を確認し始める。
「あれは船、帆船だ!」
「どうやら戦闘の痕跡の様だ」
「こちら一号機、黒煙の発生源を確認。発生源は木造の帆船、戦闘により破壊されたと思われる。なお付近に大型の木造帆船を二隻確認──」
水偵一号機の三名の乗員が眼下に確認したのは、水面に漂う船体パーツや木箱の他、船員の死体、そして激しく燃えながら黒煙を作り出す帆船の光景であった。
しかも、燃え盛る帆船から然程離れていない距離に、二隻の大型木造帆船を確認した。
一方はメインマストが途中で折れ、尚且つ折れたメインマストが折れた拍子にフォアマストの帆を切り裂いているなど、自力航行は絶望的で。
もう一方は三本あるマストはいずれも健在で、こちらは自力航行は全くもって支障がない。
そんな二隻は、海上で接舷していた。
「マストが損傷している帆船の甲板上で戦闘の模様! どうやらもう一方の帆船は海賊船のようです!」
程なく水偵一号機の乗員は、マストが損傷している帆船の甲板上で戦闘が行われている事や、もう一方の帆船の帆や旗に髑髏と骨が描かれている事に気がつく。
そしてそれらの情報は、直ちに無線を用いて戦艦比叡へと届けられる。
「──以上が、水偵一号機からの報告になります!」
こうして水偵一号機からの報告は、担当する通信員を経て、艦橋にいる九十九達にもたらされる。
「海賊による海賊行為……」
「如何なさいますか、青山総長?」
報告を受けて難しい表情を浮かべる青山海軍大将。
程なく、考えが纏まったのか、青山海軍大将がゆっくりと口火を切り始める。
「襲われている帆船の人々を助けるべく、救援に駆け付けましょう」
「青山総長、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「困っている人を助けたい、という正義感だけで決断した訳じゃない。帆船の人々はこの異世界の現地に住む方々、助けたお礼に僕達にとって有益な情報を提供してくれると考えたからです」
幾ら相手が帆船と言えど、万が一の被害を受ける可能性もある。
その可能性を考慮しても、助けに行く。その決断を下すに至った理由を本人の口から聞いた高橋少将は、静かに頷くと、次いで指示を飛ばし始める。
「全艦に通達! これより本艦隊は海賊行為を受けている帆船の救援に向かう! 全艦第一戦速! 針路変更、方位0-4-5!」
そして、艦橋名に響き渡る高橋少将の指示の後、戦艦比叡の艦内のみならず、調査艦隊全体が慌ただしさを増していき。
程なく、三万七千トンもの鋼鉄の船体が、主機のうねりと共に加速し始めると、波を蹴立てて針路を変更する。
それに追随するように、残りの艦も続くのであった。
こうして調査艦隊が救援の為に急行する中。
戦艦比叡の艦橋では、九十九達が具体的な救援作戦の内容を協議していた。
「水偵一号機からの報告によれば、救援対象となる帆船と海賊船は共に木造船との事。ここは異世界ですので地球の基準に準ずるかどうかは分かりませんが、仮に準ずるのであれば、その防御力は艦隊の兵装の前ではないも同然です。しかも、どちらか一方でも大砲用の砲弾に引火すれば、二隻は接舷している状態ですので、大惨事になりかねません」
「となると、使用可能な火器は拳銃や短機関銃程度に限られてくるか。そして、救援の為には迅速かつ繊細な行動が求められる、か」
高橋少将の言葉を聞き、青山海軍大将は再び難しい表情を浮かべる。
すると、その様子を見ていた九十九が徐に声をあげた。
「でしたら、その役目は自分達に任せてもらえませんか?」
「海兵隊に?」
「海兵隊は自己完結性と機動力の高さが売りですから」
「成程。確かに艦隊からの援護が殆ど受けられない今回の状況では、海兵隊に任せるのが一番確実でしょう」
自身を見せる九十九に、高橋少将の後押しの言葉も相まって、青山海軍大将は救援作戦を海兵隊に任せる決断を下す。
「頼んだよ、錦辺総司令」
「は!」
そして、九十九は敬礼を行い心意気を示すと、早速準備に取り掛かった。
先ず高橋少将と作戦についての打ち合わせを行い、それを終えると、艦橋を後に無線電話室へと足を運ぶ。
こうして無線電話室に足を運んだ九十九は、無線電話を用いてあきつ丸に乗艦している第一海兵師団第七海兵連隊第二中隊の中隊長である安川 和彦大尉と連絡を取る。
そこで安川大尉に状況の説明と部隊の準備を伝え終えると、今度は艦内電話にて九十九は身辺警護を務める第一〇一武装偵察部隊第三中隊の二十名に招集をかけると、招集場所へ足を運ぶ。
「以上のように、襲われている帆船乗組員救援の為、帆船に移乗している海賊の排除、並びに海賊船の制圧を行う」
「了解しました」
「はは! 面白そうっすね!」
「ちょっとめんどくさそうだけど、ま、命令なら仕方ないよね」
「まさかこんなにも早く出番が来るなんて」
招集場所である士官室に集まった第三中隊の面々は、九十九からの説明を受けて各々の反応を示す。
「では、これより第三中隊は、安川大尉指揮の第二中隊と協同して任に当たります! 錦辺総司令は、この比叡から吉報をお待ち──」
「いや、自分も行く」
「くりゃひゃい!」
そして、出撃前の意気込みを語っていた真鍋大尉は、直後の九十九の言葉に驚きのあまり舌を噛むのであった。
「なな! 何を仰っているんですか錦辺総司令!?」
「ここまできて、自分だけ安全な場所から部下を見送るだけなんて、そんなのは出来ない」
「し、しかし!」
「真鍋大尉もさっき見ただろ、自分の身位自分で守れる程の力はあるって」
後部甲板で行われた石坂軍曹との相撲の一件を言われ、真鍋大尉は一瞬言葉を詰まらせる。
だが、自身の役目を思い出すと、再び九十九に説得を試みようとするが。
「そいつはいい! 総司令殿、是非一緒に戦いましょうや!」
「あ、それいいかも」
「いいですねぇ、総司令が戦ってくれれば、その分僕は安心して寝てられますよ」
部下達から次々と賛同の声が漏れ、真鍋大尉の気が削がれていく。
「真鍋大尉、頼む」
「……まさか錦辺総司令がここまで行動派だったなんて、でも、これはこれで」
「真鍋大尉? 今なんて?」
「……あ、いえ! 何でもありません! ……分かりました、錦辺総司令の同行を許可します。ですが、今回だけですよ!」
「ありがとう、真鍋大尉」
こうして九十九も作戦に同行する事が決定すると、直ぐに準備に取り掛かる。
九十九は第三中隊から予備の被服装備一式を受け取ると、自身に宛がわれた部屋で着替え始める。
特にサイズも問題なく、一式作業服に袖を通し、拳銃用のマガジンポーチやファーストエイドポーチ等を取り付けた弾帯に更に、大和皇国四軍で採用されている愛用の自動拳銃、"11.4mm自動拳銃 M1911"。
その名の通り傑作自動拳銃であるM1911をモデルとし、使用弾薬もモデル同様45口径弾の強力な拳銃弾を使用する。
その11.4mm自動拳銃 M1911を収めたホルスターを取り付け、着替えを終えると、最後にメイン火器である"二式騎銃 M2"。
M2カービンと呼ばれる自動小銃をモデルとし、モデルで使用された専用の弾薬と同様の"二式騎銃実包"と呼ばれる7.62×33mmの、小銃弾としては弱装弾だがそれ故に二式騎銃 M2でのフルオート射撃を可能とした専用弾薬を使用する。
その他、本銃の派生型としてモデルとなったM2カービンにはない、9mm弾を使用する短機関銃型やARピストルの様な、ストックを切り落としフォアグリップを取り付けた"短騎銃型"等が大和皇国オリジナルとして開発されている。
最近配備が開始された、そんな二式騎銃 M2を手に取り、一式鉄帽を小脇に抱えると、再び集合場所である士官室に足を運ぶ。
「お! 総司令殿、お似合いですよ!」
「本当、様になってるって感じ」
「おぉ、いいですねぇ」
「さ、作業服姿も素敵であります!」
「ありがとう、でも、そこまでべた褒めされると、少し恥ずかしいな」
こうして準備を整えた第三中隊の面々と合流を果たすと。
程なく、艦内電話にて出撃海域に到着した事が告げられ、いよいよ出撃の為に甲板へと向かう。
甲板上では、戦艦比叡の乗組員達が装載艇と呼ばれる小型ボートの一種である十一米内火艇の準備が進められていた。
そして、ラッタルが降ろされ横付けされた十一米内火艇にかけられると、九十九達は小脇に抱えていた一式鉄帽を被り、ラッタルを使い十一米内火艇へと乗り込む。
「発進します!」
全員が乗り込んだ事を確認すると、操舵室で操縦桿を握る艇長の合図と共に十一米内火艇は戦艦比叡を離れ。
程なく、エンジンが更にうねりを上げると、二千メートル先の海上に佇む二隻の木造帆船目掛けて水しぶきを上げながら突き進み始める。
と、そんな十一米内火艇に、二つの船影が近づく。
それはあきつ丸より発進した、武装した第二中隊の海兵達を乗せた小発動艇と呼ばれる二艇の上陸用舟艇であった。
合流を果たした三艇は、速度を合わせながら、二隻の木造帆船を目指し突き進む。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。