第四十九話 アライブ
フェルナンとの出会いから一週間後。
ギルドからの連絡を受けた九十九は、ヒルデを連れてロマンサの街のギルドを訪れた。
「プリシラさん、何かあったんですか?」
「もしかして、この間言っていたダンジョンの事!?」
「えぇ、そうなのよ。詳しい説明は、ギルドマスターが話してくれるわ」
どうやら以前話していた亜空間型のダンジョンについて、何やら進展があったらしく。
その詳細は、窓口業務で忙しいプリシラに代わり、ロクザン自身が対応して説明する様だ。
暫くして、ロクザンが二人の前に姿を現す。
「ニシキベさん、それにヒルデも。急な連絡にも関わらず、足を運んでいただき感謝の言葉もありません」
「いえ。それよりも、ダンジョンの一件について、何か説明があるとの事ですが?」
「えぇ、それについては、場所を変えてお話ししましょう」
するとロクザンは、二人を他の冒険者達に聞き耳を立てられる恐れのない、応接室の様な個室へと案内する。
そして、互いに椅子に腰を下ろした所で、ロクザンは少々深刻な表情を作ると、二人に説明を始めた。
「既にお二人もプリシラから聞いているとは思いますが、最近の王国南西部でのモンスターの活動を鑑み、亜空間型のダンジョン発生の可能性を考慮して、手前どもギルドは、現地で調査を進めていました」
「はい、それについては既に聞いています」
「結果、エチワポの街の南東、約三十キロメートルの場所にダンジョンの入り口を確認しました」
「そんな場所に!?」
道路や鉄道が整備されても、陸上交通の要所である事に変わりのないエチワポの街。
そんな街の南東に問題のダンジョンが発見されたと聞かされ、九十九は驚きの声をあげる。
「一応、ダンジョンの入り口周辺に流出していたモンスターは排除しましたが、内部にはまだ、多くのモンスターが生息しています」
「では、その討伐に我々ブルドッグが?」
「確かに、場所が場所だけに、早急に対応したいのですが。亜空間型は、外からでは内部の構造等が判断できません。無闇に突入させるのは危険です。ですので、先ずは内部の構造や環境の把握と、生息しているモンスターの調査の為の調査隊を編成し、三日ほど前に護衛と共に派遣したのですが……」
「何か問題が?」
「えぇ。そうなんです」
ロクザンはそこで一拍置くと、再び説明を始める。
「どうやら、ダンジョン内のモンスターの数は、手前どもが予想していた以上の数が生息していた様で。調査隊とその護衛の冒険者達がモンスターの不意打ちを受けて、甚大な被害を受けてしまいました」
「っ!」
「判明している被害は、調査隊として派遣されたギルドの職員四名、Cランクの冒険者が三三名、Bランクの冒険者が一二名、Aランクの冒険者が六名。そして、Sランクの冒険者、バルナルドの、合計五六名が死亡しました」
「バルナルドって、あのバルナルドさんが!?」
「えぇ。どうやら、別の冒険者をかばって致命傷を受けたのが死因との事です」
犠牲者の一人であるバルナルドと呼ばれた冒険者と面識があるのか、その名を聞いたヒルデが、身を乗り出さん勢いで声をあげた。
「その冒険者の人は、ヒルデもよく知ってるの?」
「えぇ。バルナルドさんは、私と同じ元近衛騎士団の冒険者で。元近衛騎士のよしみで、私も冒険者として駆け出しの頃は、バルナルドさんに冒険者としてのいろはを教えてもらったわ。最近は、少し疎遠になってたけれども……」
あまり表には出さずとも、ヒルデも心の中ではバルナルドの死を悲しんでいると感じ取った九十九は、隣に座る彼女の手を握ると、その悲しみを共有する。
程なく、落ち着きを取り戻したヒルデに安堵すると、九十九はロクザンに質問を投げかけた。
「それで、ロクザンさん。被害を受けた調査隊と護衛の冒険者達は、既にエチワポの街に帰還を?」
「それが……、帰還したのはほんの一部で、実はまだダンジョン内に、取り残されている状況にあるとの事です」
「っ! 本当ですか!?
「はい。帰還した者達の話によれば、調査隊と護衛の冒険者、合計で七十名程が、モンスターの追撃から逃れる様に、ダンジョンの奥へ向かったとの事です」
「そういえば、先ほど派遣したのは三日前と仰っていましたが、その情報はいつもたらされたものなんですか!?」
「今朝の事です」
「では、残された調査隊や護衛の冒険者達は、まさか食料もなく!?」
「いえ、一応、調査は数日にわたって行われる予定でしたので、彼らは数日分の食料等は携帯しています。ですが、猶予は長くはないでしょう」
再び一拍置いたロクザンは、深く息を吸い込み終えると、本題を切り出し始める。
「と、大方の状況を理解していただいた所で。ニシキベさん、ニシキベさん達ブルドッグに、是非、ダンジョン内に取り残されている者達の救助を頼みたいのです!」
「勿論です、是非引き受けさせてください!」
「おぉ、ありがとうございます!」
「そうだ、ロクザンさん。救助するにあたり、要救助者のいるダンジョン内部の情報が欲しいのですが」
「分かっています。帰還した者達の報告によれば、ダンジョン内部は、調査出来た範囲内だけですが、平原が広がっていたとの事です。ただ、亜空間型のダンジョンの内部は、いくつかの環境が混在している事もありますので、留意していてください」
「成程。では次に、ダンジョン内に生息している主なモンスターについてですが……」
その後、ロクザンからダンジョン内に関する情報を聞き出した九十九は、それをメモ帳に書き込みメモしていく。
そして、一通り情報を聞き終えた九十九は、メモ帳をポケットに戻すと、自身に満ちた表情で言葉を告げる。
「ロクザンさん、要救助者の方々は、必ず助け出してみせますので、吉報を待っていてください」
「おぉ、ありがとうございます!」
最後にロクザンと握手を交わした九十九は、ヒルデを引き連れてギルドを後にすると、ロマンサ統合基地へと足を運び、救助の為の兵力の編成に取り掛かった。
ロマンサ統合基地の執務室で編成に取り掛かっていた九十九。
その最中、不意に執務机の上に置かれた黒電話が鳴り、受話器を取って応対する。
「どうも、錦辺総司令」
「野口長官?」
すると、電話をかけてきたのは、野口装技研長官であった。
意外な人物からの電話に、内心驚きつつも、九十九は応対を続ける。
「どうしたんですか? 野口長官から電話をかけてくるなんて」
「実は、錦辺総司令がリーダーを務めるギルドのクラン、ブルドッグが、ダンジョンの攻略に向かうとの情報を耳にしましたので、こうしてご連絡のほどを行った次第です」
「あはは……、それは、耳が早いですね」
ロクザンとの会談から然程時間が経過していないというのに、既にダンジョンの件を耳にしている。
その情報収集の素早さに、九十九は苦笑いを浮かべた。
「それで、こうして電話をかけたのは、ダンジョン内に同行したいからですか?」
「流石は錦辺総司令。と、言いたい所ですが、今回の一件は急を要するご様子。私の我儘の為に、貴重な時間を浪費させてしまうのは、私としても大変心苦しいもの。故に、今回は同行する事は諦める事に致しました」
「そ、そうですか……」
逆に言えば、時間に余裕があれば同行を申し出ていた。との事に、九十九は再び苦笑いを浮かべるのであった。
「では、一体何故電話を?」
「実は、錦辺総司令にご提案をしたいと思いましてね」
「提案?」
「はい。今回のダンジョン攻略、おそらく航空機による航空支援は望めない環境なのでしょう?」
「えぇ。入り口はそれなりの大きさなので、分解して運搬すれば、持ち込めない事もありませんが。如何せん、航空機運用の為の飛行場をダンジョン内に整備する時間的余裕はないので、実際に持ち込むのは、九八式直接協同偵察機等の、不整地でも離着陸が可能な機種に限られてきます」
「それでは、今回の様な航空支援が限定される状況下において、戦線の突破のみならず、火力支援など。三日ほど前にそちらにお送りしましたアレが、幅広くご活躍するのではありませんか?」
「アレって、まさか、アレの事ですか!?」
野口装技研長官の口から放たれたアレという言葉に、九十九はすぐさま指し示している正体を理解すると。
同時に、野口装技研長官が提案したいと言っていたその内容を察し始めた。
「確かにアレ……、機動火点は主砲に加農砲を使用していますし、その他武装も強力ですから、火力支援としては申し分ないですが。ですが、火力支援で言えば、砲兵隊の方が使い勝手は……」
「聞けば、ダンジョン内は魔物で溢れていると聞きます。であれば、自衛能力に乏しい砲兵よりも、自衛能力の高い機動火点の方が、良いとは思いませんか? それに、実戦でのデータを収集する良い機会ですし」
アレこと機動火点と呼ばれた兵器は、所謂試作兵器なのだが。
実際の所は、試作どころか計画段階から不採用が確定していた品物だったのだが、例の如く大和皇国のお歴々が使い勝手よりも浪漫を優先したためにゴーサインが下され、出来上がったのであった。
そして現在は、運用の為の人員と共に、各種試験を行う為に大和列島からロマンサ統合基地へと運ばれ、基地内の格納庫で試験の時を待っていた。
「……分かりました。では、野口長官のご提案を飲み、機動火点を同行させます」
「おぉ、ありがとうございます!」
「ですが、満足な実戦データが得られなくても、文句は言わないでくださいね」
「勿論ですよ」
ここで野口装技研長官の機嫌を損ねて、後に何らかの悪影響を及ぼされても、それはそれで厄介だ。
との判断から、九十九は彼の提案を受け入れる事となった。
「所で、野口長官」
「はい、何でしょうか?」
「あまりにタイミングとしては出来過ぎていて、少し、意図的なものを疑ってしまいそうなんですが……」
「それは心外ですねぇ、錦辺総司令。私は全知全能ではありませんよ、錦辺総司令と同じ、ただの人間です。今回の事はただの偶然。……そう、こんなこともあるかもしれない。と思っていたものが、偶々役に立つ機会に巡り合えた、それだけの事です」
「そう、ですか」
そして、野口装技研長官との電話を終えた九十九は、短いため息を吐くと、机の上に置いていた書類に機動火点の四文字を書き込むのであった。
翌日の早朝。
ロマンサ統合基地内の一角にあるグラウンドには、隊列を組んだ多数の海兵達や、戦車やその他車輛等が整然と並んでいた。
そんな彼らの視線の先には、用意された壇上に立つ、九十九の姿があった。
「傾注! これより、大和皇国海兵隊、第一三独立混成"旅団"、ブルドッグは、初のダンジョン攻略。及び、ダンジョン内部に取り残されているギルドの職員、並びに冒険者達の救助に向かう!」
備えられたマイクに向かい力強く述べる九十九、そんな彼の言葉を、海兵達は一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。
「ダンジョン内部は、今自分達がいる環境とは異なる環境が広がり、そこには多くの魔物が闊歩している! そして、そんな環境の中で、要救助者達は自分達が救助に来てくれるのを耐え忍びながら待ち望んでいる!」
そして一拍置いた九十九は、深呼吸を行うと、再び力強く語り始める。
「この度の任務を必ず成功させ、大切な仲間たちの命を救うべく、ブルドッグ、出撃!!」
出撃の号令と共に九十九の訓示が締め括られた刹那。
力強い海兵達の声が鳴り響き、同時に鋼鉄の凶獣達が唸りを上げ、その脈拍を刻み始める。
そして、海兵達が軍靴の音が鳴り響かせながら、割り当てられた車輛へと乗り込んでいき。
やがて、準備の整った車輛が、土煙を巻き上げながら、次々とグラウンドを後に目的のダンジョンを目指すべく移動を開始する。
そんな様子を横目に、壇上を降りた九十九は、待っていたヒルデと合流すると、自身も移動の足である三式半装軌装甲兵車八型へと乗り込もうとしていた。
「ねぇ、ツクモ。あれって、何?」
「あぁ……。あれが、昨日野口長官と電話で話してた機動火点だよ。そのままの状態だと運搬できないから、ああして各部を分解して運搬し、向こうで組み立てる手はずになってるんだ」
その矢先、不意にヒルデがとある車両を目にし飛び出した疑問に、九十九が答える。
ヒルデが目にしたのは、大和皇国陸軍及び海兵隊にて採用されている戦車運搬車。
地球において第二次世界大戦中にアメリカ陸軍が運用し、戦後も長らく運用を続けた他、陸上自衛隊にも供与され使用された、M25戦車運搬車、ドラゴンワゴンの愛称を持つ同車をモデルにした。
その名を"四四式戦車運搬車"。
同車数台が、接続された五十トンもの最大積載重量を誇る低床式セミトレーラーに、布がかぶせられた巨大な物体を運搬している光景であった。
どうやら、九十九の答えからするに、機動火点と呼ばれるものは、四四式戦車運搬車数台に分解して運搬しなければならない程巨大な品物の様だ。
疑問が解けてすっきりとしたヒルデは、九十九と共に三式半装軌装甲兵車八型へと乗り込む。
そして、二人を乗せた三式半装軌装甲兵車八型は、車列と共にダンジョンを目指してグラウンドを後にした。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。
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