断章 パラベラム
南エウローパ戦役から、約一か月程が経過し、関係各国には、開戦以前の平穏が戻りつつあった。
もっとも、再び戻りつつある平穏を堪能できる関係各国の一般国民達と異なり、各国の政府関係者及び軍関係者は、まだまだ慌ただしい戦後の時間を過ごしていた。
その中でも特に忙しい日々を過ごしていたのが、アリタイ帝国の人々であった。
戦後、身柄をアリガ王国へと引き渡され、一部から極刑を望む声があったものの、アポロ国王の意向等もあり、事実上の終身刑を受け、新たに設けた専用の施設に幽閉されたムリーニ大元帥。
彼の退陣と降伏に伴い解体された前政権に代わり、戦後の帝国国内の混乱を収めつつ、国内の復興や、アリガ王国との関係改善に努め、大和皇国との信頼関係確立に努める。
そんな旗振り役となっていたのが、新政権の長として政務に勤しむ事となったのが、娘のルクレツィアであった。
政府内からは、新政権の顔として、ムリーニ大元帥の娘であるルクレツィアを長とする事に反対の意見もあったが。
しかし、父親に負けず劣らず帝国国民からも人気も高く、政府及び軍内部でも彼女を慕う者も多い事から、ルクレツィアが新政権の長として任命される事となった。
「え? それは、本当ですか?」
「はい、間違いありません」
新政権となっても、アリタイ帝国の中枢として使用されているカステル・サント・アンジェロ城。
その城内の一角にある、元々は父親のムリーニ大元帥が使用していたものを、現在ではルクレツィアが政務をこなすべく使用している執務室。
執務机にて政務をこなしていた彼女のもとに、この日、とある報告が女性秘書からもたらされた。
「ヤマト皇国政府より、治療中の一部を除き、先の戦争において捕虜となった将兵達の返還の用意があるとの連絡がございました」
「それは、大変有難い申し出ですね。では、直ぐにでも受け入れる旨のお返事を……」
報告の内容を聞き、ルクレツィアはその顔に喜色を浮かべる。
と言うのも、現在アリタイ帝国国内は、戦後の軍再編に伴い、治安に混乱をきたしていた。
現在、アリタイ帝国軍は制限を受け、国内の治安維持を目的に再編されており、必要最小限度の規模に整備している途上なのだが。
如何せん、降伏以前の状態でも、かなりの兵力を損耗していた為、必要な兵員が確保できず。
加えて、戦後の混乱に伴い、武装解除の命令に従わず軍の部隊の一部がそのまま野盗化したり、更には国内のモンスターの対処等々。
対応する案件は、減るどころか増える一方であった。
主要な都市に関しては、その重要性から最優先で兵力を配置した為に治安こそ保たれているものの。
その他の、所謂地方に関しては、不足分を冒険者等で補っているのだが。ギルドや冒険者達も今が稼ぎ時と感じ取ってか、必要経費を吊り上げており、その為必要な数を揃えられず。
故に、半ば無法地帯と化している地域も存在する等。融通が利き、即戦力となる兵員の確保が急務となっていた。
「お待ちください、ルクレツィア様」
「え?」
「即応したい気持ちも分かりますが、この申し出には付帯条件が存在しています」
「そう、なんですか……。それで、条件とは?」
女性秘書の口から語られた付帯条件の内容は。
大和皇国との安全保障に関する条約の締結、それに伴う、帝国国内への大和皇国軍部隊の継続的な駐留の許可や、活動拠点となる土地の租借。更には、将来的な国際貢献活動への参加。
と言うものであった。
「皇国軍の、国内への継続的な駐留、ですか……」
条件を聞いたルクレツィアは、少し眉を顰めると、最終的な判断を下すべく熟考を始める。
大和皇国軍は、先の戦争でも蛮行を働くことはなく、理性的に活動していた為、帝国国民の間でも、同軍に対して否定的な感情を抱いている者は少ないと聞き及んでいた。
しかしそれでも、前回のような新政権発足までの一時的な駐留ではなく継続的となると、不快感などを抱く国民も一定数は存在する事だろう。
考えた末、ルクレツィアはゆっくりと、自身が下した判断を述べ始める。
「私は、ヤマト皇国の方々を、信じたいと思います」
「それでは」
「はい。先の条件も含め、受け入れる旨のお返事、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
こうして後日、大和皇国本土から、捕虜となっていた帝国軍将兵達が返還され。
彼らは文字通り、軍のみならず、アリタイ帝国の復興に尽力していく事となった。
国防省の本庁舎、その近くに設けられた鉄筋コンクリート構造の巨大な庁舎、それが、装技研の本庁舎である。
庁舎内に、第一から第九までの各部局が存在している同庁舎内では、今日も、新装備に関する研究開発が行われ、携わる職員達が職務に励んでいた。
「しかし、上もよく許可したよな」
「何が?」
そんな中、陸上装備を担当する第一部局、その中で銃器を担当する部署のオフィスにて、二人の職員が小休止を兼ねて話に興じていた。
「アリガ王国への、追加の兵器供与だよ。しかも、王国軍向けに、新規開発したものまでだぜ」
「状況が変化したからな」
大和皇国は、南エウローパ戦役後、アリガ王国政府の要望に応える形で、同国への追加の兵器供与を行い、装備の充実を図ると共に。
アリガ王国軍向けの兵器の新規開発も進めていた。
本来、王国向け兵器の新規開発に関しては、同軍の練度の経過を見てから行われる筈であった。
それを前倒しして実行する事になったのは、トエビソ帝国の存在を知ったからである。
同国の有する国防軍や国内軍の兵力を調査する過程で、両軍合わせて同国が有する圧倒的な兵力を知り。大和皇国の重鎮たちは、万が一同国と対峙した際には、自国のみでは対応が困難であると判断。
その為、同盟国への軍備拡張を図ると共に、対トエビソ帝国を想定した多国間軍事同盟の設立に向けて関係国との協議を行う、との方針を決定。
この方針に則り、王国向け兵器の新規開発が前倒しとなったのであった。
とはいえ、実際に開発を担当する現場にとっては、自国向けの兵器の新規開発と並行して行われる事となり、相応の負担がのしかかる事となった。
「でもさ、単に軍備拡張を図るなら、新規開発じゃなくて、既存の兵器を供与した方が手っ取り早いんじゃないか?」
「保険だろう」
「保険?」
「そう、現状ではかなり低いと思うが。万が一、アリガ王国が野心を持って供与した兵器の銃口を向けてきても、対処可能なようにな。……ま、所謂モンキーモデルみたいなものさ」
同僚職員の見解を聞き、眼鏡をかけた職員は納得する様になる程と言葉を零す。
既存の兵器の供与は、例え少数であったとしても、調査・研究され、弱点をついた対抗策が講じられる可能性があり、大和皇国側の優位が揺らぐ場合があるが。
だが、新規開発ならば、兵器の性能設定やその弱点も含めて、開発側である大和皇国側に主導権がある為、優位性が保たれる。
「っと、おい、部長だぞ」
こうして話に一区切りがついた所で、同僚職員が上司が近づいてくるのに気がつき小休止を終えると。
眼鏡をかけた職員である彼もまた、小休止を終え、自身の職務に向き合い始める。
「須戸君、芥子君。捗っているかね?」
「まぁ、ぼちぼち、です。多武郎部長」
「こちらも同じく」
眼鏡をかけた職員こと須戸 勇仁、その同僚である芥子 望遥の二人に声をかけたのは。
口髭を蓄えた、少々おでこが広い二人の上司、多武郎 如音部長であった。
多武郎部長は、二人が現在手掛けている、大和皇国軍の次期主力小銃。
実用的な全自動射撃能力を持つ自動小銃、突撃銃とも呼ばれる小銃の、各々の設計図を目にし、唸る。
「成程。まだ修正箇所は残されているものの、どちらも設計としてはよい銃だ」
「「ありがとうございます」」
「才能あふれる部下に恵まれて、私は幸せだよ。こうして、輸出向けの新型小銃の開発に専念できるからね」
「そういえば多武郎部長。アリガ王国向けの新型小銃、もう設計図は完成したんですか?」
「あぁ、一応はね。見てみるかい?」
そう言って多武郎部長は、小脇に抱えていた設計図を、製図台に広げてみせる。
そこに描かれていたのは、全長一メートル強程の全長に、箱型の着脱式マガジン、更にその前部には、保持を容易にするためのフォアグリップが備えられた小銃の設計図。
その外見は、地球においてロシア帝国で開発されたフェドロフM1916 自動小銃に酷似していた。
三八式歩兵銃にも使用される6.5mm弾を使用する軽量フルオート小銃、として実用化された同銃。
だが、この設計図に書かれている小銃は、外見こそオリジナルに酷似しているものの、その中身については異なっており。
オリジナルは引き金を引き続けている間、弾丸が自動的に発射され続ける、所謂フルオートに対し。この設計図では、引き金を引く毎に弾丸が一発発射される、所謂半自動となっている。
「使用弾薬は三八式歩兵銃と同じ6.5mm弾、装弾数は二十発。更に、同銃を原型として、騎銃型や軽機関銃型など、派生型の設計も構想中だ」
「使用弾薬は同じながら、三八式歩兵銃の四倍の装弾数。成程、確かにこれなら、性能を抑えつつ、戦力の強化を図れる」
「それに半自動式なら、今軍が配備してる"四四式自動小銃"とも同じだから、お上の方々も、納得し易い。流石は多武郎部長! これなら採用間違いなしです!」
四四式自動小銃。それは大和皇国軍が九九式短小銃改の後継として開発、正式採用され、現在配備が進められている半自動式の自動小銃である。
同銃は、半自動小銃の代表格と言うべき、開発国であるアメリカ軍及び日本等の複数の国で運用された、M1ガーランドをモデルとした銃である。
ただし、大和皇国独自の改良が施されており。
使用弾薬が7.7mm弾に変更されている他、着脱式マガジンを備え、装弾数がオリジナルの八発から二十発に増加している。
更に、木製の銃床の形状も、オリジナルの曲銃床と呼ばれる形状と異なり、銃床とグリップが一体化したような形状に、親指を通す為の穴が設けられている。所謂サムホールストックとよばれるものだ。
「さっき、南部君にも見てもらって意見を聞いたんだが、同じような事を言っていたよ。まだ試作品を製作し、性能評価試験なども残っているのに、気の早い、ははは」
部下からの称賛の声に、苦笑いを浮かべる多武郎部長。
だが、実は彼も心の隅では、今回設計した半自動小銃に自信を持っていたのであった。
後に、多武郎部長が設計した半自動小銃は、アリガ王国向けの新型小銃として、とんとん拍子に採用が決定され。
アリガ王国軍にて、大和皇国製アリガ王国用小銃、そして、同銃のライセンス生産を後に担当する、同国のサンエンヌ造兵廠の頭文字を取り、"YA-MAS"自動小銃の名で正式採用され、配備が進められていくのであった。
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