断章 願わくば、世に、平穏のあらんことを
大陸北部にある、とある都市の一角。
その巨大さもさることながら、レンガ造りな事も相まって、圧倒的な重厚感を醸し出す建物の内部。
その一室にて、深緑色の軍服を着込んだ数人の人物が、会談を開いていた。
「アリタイ帝国が敗北したのは、予想の一つではあったが。……まさか、ここまでの大敗を喫するとは」
発光性の魔石を、優れた加工技術を用いて電球のように光源として利用している室内は、ランタンやろうそく等よりも圧倒的に明るい。
しかしそれに反して、会談の出席者達の表情は、何処か曇っていた。
「まぁ、仮にどちらの国が勝利しようとも。所詮、大国とはいえどちらも末席。我らトエビソ帝国の誇る国防軍の前には、いささかの脅威ではない」
「だがそれは、此度の戦争に介入したかの国、ヤマト皇国の情報を知る以前の予想だろう?」
出席者の一人が口にした通り、彼らは、エウラシア大陸北部の大部分を領土に持つ大国、トエビソ帝国の国防軍の軍人達。
その所属は、国防軍参謀本部の一部署である"トエビソ帝国国防軍参謀本部情報総局"。
一部署とはいえ、その実態は、帝国国防軍内でも優秀で潤沢な人員や装備を多数有し、必要に応じて実力行使を行う実動部隊を運用する等。強力な情報機関である。
そして、そんな彼らがいる場所こそ、帝国国防軍参謀本部並びに情報総局の本部庁舎。
その一角に存在する、会議室内であった。
「それで、我々の予想を狂わせた要因たるヤマト皇国についての実態調査は、何処まで進展しているのかね?」
出席者の一人、立派な口髭を蓄え、威厳のある顔つきをした、中将の階級章を付けた、五十路の男性。
情報総局内ではエウローパを担当する第一局、その局長を務める男性が質問を投げかけると、別の出席者が表情を引き締めながら報告を始めた。
「は! 現在までの調査の結果、先の戦争中にアリタイ帝国内にて活動していた第四課の職員からの報告によりますと、ヤマト皇国は、現在国防軍が配備中の"飛行戦闘艇"と同様の飛行兵器を有しており。また海軍においても、"魔導装甲艦"らしき軍艦を有しているとの報告が上がっております」
出席者は更に、一旦報告を区切ると、他の出席者達に資料らしき紙を配布していく。
「そして、配布したのが、飛行戦闘艇と同様の飛行兵器とされる兵器の写生画になります」
写生画として描かれていたのは、三式艦上戦闘機であった。
「成程。確かにこの形状は、他国において一般的な飛行兵器であるワイバーンやその品種改良には見えんな、それらに比べ、大分洗練されている」
第一局局長が感想を零した後、他の出席者達も各々の感想や疑問を零していく。
「機首らしき部分にスクリューらしきものが備えられているが、これが推進装置なのか?」
「おそらくそうだろうな。しかしそうなると、武装は何処にあるんだ?」
「報告では、翼の他、機首からも、攻撃と思しき閃光が放たれたとあります」
「だがそれではこの推進装置に……。いや、その為の対策を施しているという事か」
「この飛行兵器の性能は如何程なんだ?」
「報告では、ワイバーンよりは優れていると」
「だが飛行戦闘艇程ではないだろう。何せ、飛行戦闘艇は帝国技術の粋を集めて開発されたのだから」
「あぁ、そうだ」
「その通り」
こうして出席者達が一通り感想や疑問を述べた所で、更なる調査報告が告げられる。
「そして、陸上兵器についてですが。驚くべきことに、国防軍が誇る"陸上魔導装甲艇"と同様の思想を持つ兵器の存在が確認されております」
「何!?」
新たな報告内容が告げられると、第一局局長を始め、他の出席者達の間にざわめきが起こる。
「しかしながら、報告によれば、確認された同兵器の砲塔は一基のみとの事です」
「砲塔が一基のみだと? それは間違いないのか?」
「はい、間違いありません」
刹那、ざわめきの中に、笑い声が混じり始める。
「それでは、側面や背面からの咄嗟の敵に対処できないではないか」
「それとも、常に護衛のAGが張り付いているのか?」
「いえ、報告では、ヤマト皇国はAGを保有していないものと思われます」
「それでは、どうやって敵陣を突破するというのだ?」
「それは分からんが。どうやら、ヤマト皇国の兵器は、陸上魔導装甲艇と外見が似ているだけの、全くの別物と見ていいだろう。砲塔が一基しかないのならば、陸上魔導装甲艇や国防軍のAGの敵ではないだろう」
陸上魔導装甲艇。
それはトエビソ帝国国防軍がAGに替わる、新たなる陸上主力戦力として、トエビソ帝国の技術の粋を集めて開発した兵器である。
その特徴は、その名の通り、魔導機関を用いて陸上走行装置と呼ばれる履帯の様な装置を動かし、装甲に覆われた巨体に、全周囲をカバーする砲塔を複数配置している事で。
その外見はまさに、地球において多砲塔戦車と呼ばれた戦車に酷似した外見であった。
「所で、ヤマト皇国は、戦闘飛空船を保有しているのか?」
「現在までの調査では、保有しているとの事実は確認されておりません」
「ふむ。そうか……」
一通りの報告が終わり、第一局局長は暫し考えに耽る。
そして程なく、ゆっくりと結論を述べ始める。
「ヤマト皇国への対応については、実態解明の為の調査を、引き続き行うものとする」
「「はっ!!」」
こうして情報総局は、大和皇国に対し、更なる情報の収集を行う事となった。
「……所で、"国内軍"による、ナガルッフエ州に対する懲罰はどうなっている?」
とりあえずの指針が決まった所で、第一局局長は思い出したかのように別の話題を切り出す。
「は! 間もなく、派遣された飛行機甲旅団が、州都のドンカーゴに到着する予定です!」
「そうか。ならばあの非人間連中も、その血をもって思い知るだろう。我が帝国の、主人の手に噛みつくことが、いかに愚かな事かをな」
第一局局長の言葉に、他の出席者達も同意する様に、頷くのであった。
エウラシア大陸の中央部にある内陸地域、その東側に、トエビソ帝国の州の一つであるナガルッフエ州が存在している。
豊富な鉱物資源が埋蔵しているナガルッフエ盆地に位置する同州は、かつては同地域を治めていたドンカーゴ・ロウ王国を帝国が併合し設置されたもので。
行政の中心地である州都のドンカーゴは、ドンカーゴ・ロウ王国の王都でもあった。
かつての戦乱の傷もすっかり癒えて、周囲の山々に囲まれたドンカーゴは、現在、殺気立っていた。
と言うのも、現在ナガルッフエ州、とりわけドンカーゴでは、同地域に住まう多くが、狼部族の血を引く獣人、トエビソ帝国の基準では二等臣民に分類される人々という事も相まって、帝国の圧政に対する不満が爆発。
かつてのドンカーゴ・ロウ王国再建を叫び、密かに手に入れたAGや半カノン砲等の兵器を使用して武装蜂起。
中央から派遣されていた総督や駐屯部隊を排除したのであった。
この事態に、トエビソ帝国政府が指をくわえて見ている筈もなく。
併合した他の地域に蜂起の機運が伝わる前に、そして、他の地域がその様な暴挙を起こそうなどと考えさせないように。
帝国政府は、内務省の指揮下にある事から、別名"内務省軍"とも呼ばれている準軍事組織。
その名の通り、活動範囲は帝国国内に限定されるものの、広大な活動範囲や、治安の維持や重要施設の警備などを行う為に、正規軍である国防軍と同等の装備や、百万人規模にもなる兵員を擁する国内軍から、反乱制圧の為の兵力を派遣。
その中心となったのが、トエビソ帝国が技術の粋を集めて建造した戦闘飛空船で構成された、飛行機甲旅団。
その一つであり、国内軍中央地域軍管区隷下の、第九六飛行機甲旅団の戦闘飛空船十隻であった。
飛行船の様な船体の中央上部に艦橋を配置し。
その船内には、戦闘飛空船の要にして心臓である浮遊魔導機関を四基搭載し、同機関が、全長一六〇メートルを誇る船体を浮遊させ、最大速度七四キロメートル毎時で動かす。
船体下部に、半カノン砲やカノン砲よりも巨大で、更に有効射程も伸びた、魔導砲と呼ばれる大砲。その艦載型を一門装備した単装砲塔を、背負い式に前後合計六つ装備し。
更には、対ワイバーン用に、地球において一九世紀に登場したガトリング砲と呼ばれる最初期の機関銃に酷似した、機関魔導砲と呼ばれる対空兵装が各所に配置されている。
その名を、オネギーン級戦闘飛空船。
同級十隻で構成された第九六飛行機甲旅団は、見事な陣形を大空に描きながら、ドンカーゴの上空へと接近していた。
「なぁ、ヤコフ」
「何だ? ルキーチ?」
その内の一隻で、旗艦を務める個艦名エリギーンの艦橋内。
国内軍を示す濃紺の軍服を着込んだ、国内軍の兵達が各々の職務に励んでいる中。
幕僚と思しき二人の男性士官が、そんな彼らを他所に会話に興じていた。
「また賭けないか? 今回は、絶対に勝てる自信があるんだ」
「なぁ、ルキーチ。お前はそう言って、前回の賭けも負けた事を、もう忘れたのか?」
堀の深い顔をしたルキーチと呼ばれた士官の提案に、端正な顔立ちのヤコフと呼ばれた士官は、呆れた様子で言葉を返す。
「前回はあれだ! 後になって調べ直したら、あの日の俺の運は最低だったんだ!」
「……前回も、前々回の負けはその日の運が悪かったからって、言ってなかったか?」
「……。そ、そんな事よりも! 乗るのか、乗らねぇのか!?」
「はぁ。分かったよ。乗ればいいんだろ」
「よし、そうこなくっちゃな!」
学習する気がない同僚に、ほとほと呆れつつも、ヤコフはルキーチの提案に乗るのであった。
「それじゃ、反乱軍の連中が、何分間生き残るかで、勝負だ」
「あぁ」
「俺は、俺の今日のラッキーナンバーの五で、五十分だ!」
「なら俺は二十分だ」
こうして各々時間を出し合った所で、いよいよ、エリギーンを含む十隻のオネギーン級戦闘飛空船はドンカーゴの上空へと到着した。
「地上から、迎撃用ワイバーンの発進、確認されず!」
「ならば全艦、ドンカーゴへの艦砲射撃、準備!」
対空監視を行っている見張り員からの報告を聞き、第九六飛行機甲旅団の司令官は直ちに命令を下す。
それに応える様に、十隻のオネギーン級戦闘飛空船の船体下部前方に設けられた、合計三十門の魔導砲が、ドンカーゴを目掛けてその砲身を向ける。
と、その時、地上から十隻のオネギーン級戦闘飛空船目掛けて、バリスタの矢や魔法などが放たれるも。
残念ながら、それらが高度一五〇〇メートル上空に浮かぶ十隻に届くことはなかった。
「撃て!」
司令官の号令が下されると共に、三十門の魔導砲が火を噴き、ドンカーゴに、全てを焼き尽くさんばかりの砲弾が降り注ぐ。
轟音の直後に地上に発した複数の爆発。建物を破壊し、人々を吹き飛ばし、ドンカーゴの各所に炎と黒煙を作り出していく。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した地上に対して、悠然と空を浮かぶ十隻のオネギーン級戦闘飛空船は、更に死の砲撃を放ち続ける。
まともに反撃する事も叶わず、圧倒的な差を見せつけられ、泣き叫び、身を震わせ、或いは恐怖に顔を引きつらせ、絶望に打ちひしがれる地上の者達に対して。
エリギーンの艦橋内は、まるで通常航行時となんら変わらない程、落ち着いていた。
「あと五分だな」
「おいおい、悪いが、今回こそは勝ちを貰うぞ」
落ち着いた様子で、取り出した懐中時計で時間を測るヤコフに対し。
ルキーチは、何処か落ち着きのない様子であった。
それから、五分後。
「司令! 地上より魔石通信です!」
「内容は?」
「は! 直ちに武装を解除し、降伏する。との事です」
「よし、分かった。……全艦、射撃中止」
司令官の号令と共に、魔導砲が咆哮を止め、周囲に静寂が舞い戻る。
その頃にはもう、ドンカーゴの街並みは、殆ど原形を留めていない程破壊しつくされ、瓦礫の山と化していた。
「終わったな」
そして、戦闘と言うにはあまりに一方的な戦闘が終わりを告げたと同時に、もう一つの戦いにも、終止符が打たれる。
「な、な! 何だよオイッ!! もっと気骨を見せろよ犬っころ共!!」
「喚くなルキーチ。喚いた所で、結果は変わらないぞ」
「く……。あ、なぁ、ヤコフ。実は俺、今月、厳しくてよ……」
「なら、貸しにしておく。あぁ、因みに、前回前々回と、支払いがまだだから、今回のも含めて、合計で貸し三つだ。俺とお前のよしみで待ってはやるが、出来れば、早く払ってくれよ」
「……」
当然の結果だと言わんばかりのヤコフに対し、ルキーチは、顔を青ざめさせながら、必要な資金をどう工面するか、頭を悩ませるのであった。
こうして、ドンカーゴに集結していた反乱部隊は、第九六飛行機甲旅団による砲撃を受けて壊滅した為、ナガルッフエ州で起こった此度の蜂起は、瞬く間に制圧され。
後にドンカーゴ蜂起と呼ばれた反乱事件の顛末は、国内軍、もといトエビソ帝国の強大さを改めて示すと共に、畏怖の念を、改めて抱かせるのであった。
ただし、警戒や畏怖の念を抱くよりも、純粋な興味を沸かせた者がいた。
それが、大和皇国の天才の巣窟である装技研の長、野口装技研長官であった。
アリガ王国をはじめとし、国交を締結した国々からトエビソ帝国の情報を聞いていた大和皇国では、トエビソ帝国を要警戒国家と判断し、忍を用いて同国に対する情報収集に当たっていた。
そんな折、派遣していた忍が、ドンカーゴ蜂起での第九六飛行機甲旅団の情報を、大和皇国本土へともたらし。
忍が撮影した、オネギーン級戦闘飛空船を写したモノクロ写真を目にし、他の重鎮たちが驚愕する中。
野口装技研長官は、目を輝かせて興味深そうにそのモノクロ写真を覗き込んだ。
「実に、実に興味深い。一見すると飛行船のように浮揚ガスにより浮揚力を得ているように感じられるが、搭載している火砲等の重量を鑑みるに、これ程の全長で必要なガスの容量を確保するのは不可能。しかし、この飛空船なるものは見事にこれ程の全長に収めている。これが、この世界の常識がなせる業と言う事か」
装技研の本庁舎内にある、自身の執務室にて、報告書と共にモノクロ写真に目を通した野口装技研長官は、興奮冷めやらぬ様子で更に見解を述べ続ける。
「だが推定速度や武装の配置からして、船体の上部などは軽量化の為に装甲が薄い可能性はある……。それに、武装配置から鑑みて、同船は同クラスの敵との空中での艦隊戦を考慮していないか……」
刹那、野口装技研長官の口元が、不敵な笑みを作り出す。
「ふふふ、ゲームでは、否、地球では見る事の敵わなかった、遥か大空で繰り広げられる空中戦艦同士の艦隊戦をその目に。……いい、凄くいいですね! ふむ、では早速、研究開発費を確保するべく、関係各所にかけ合うとしますかね」
新たなる野望を抱いた野口装技研長官は、早速自身の執務室を後にすると、野望の成就の為にその第一歩を踏み出すべく、動き始める。
果たして、この野望が無事に成就するのか、それは、神のみぞ知るのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。
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