第四十七話 帝国の落日
ロトエ国防参謀長がアリタイ帝国の存亡を左右する最後の賭け、と称したヴァノジェ近郊での会戦は、無情にもアリタイ帝国軍の敗北で幕を閉じた。
敗北の一報は、直ぐにカステル・サント・アンジェロ城へと伝わり、吉報が届くのを待ち望んでいた者達を、絶望の淵へと追いやった。
そして、アリタイ帝国の名が、亡国として歴史にその名を刻む。
そんな悪夢のような出来事が現実として差し迫っている中、最初にして最後の国家元首として、共にその名が刻まれるかもしれないムリーニ大元帥は、自身の私室にて、憔悴した様子で椅子に腰を下ろしていた。
「一体何が、間違っていたと、言うのだ……」
開戦以前は、帝国の勝利と栄光は揺るぎないものと信じて疑わなかった。
所が今や、帝国の命運は風前の灯火。
百年もの歳月をかけて作り上げた、最強の軍隊は、ことごとく大敗を重ね、今や、開戦前の雄姿は見る影もない。
「一体、どうして……」
口では分からぬふりをしていても、ムリーニ大元帥自身は、既にその原因を理解していた。
新兵器の報告を聞いた時、感情に任せず、冷静な判断を下していれば、結果は違っていたかもしれない。
だが、今更悔やんでも、既に手遅れ。
自責の念に駆られるばかりであった。
「誰だ?」
「お父様、私です」
不意に扉がノックされ、程なく入室してきたのは、ルクレツィア。そして、ロジェロ外務大臣の二人であった。
珍しい組み合わせに、少々驚きつつも、ムリーニ大元帥は二人に椅子に腰を下ろすように勧めると、自身も程なく椅子に腰を下ろし、今回訪ねた用件を問う。
「それで、一体何の用だ?」
「お父様、お父様に是非、こちらの書簡をご覧になっていただきたいのです!」
「書簡?」
「こちら、第三国を通じて送られてきました、その書簡となります」
ルクレツィアの言葉を補足する様に、ロジェロ外務大臣から一枚の書簡が手渡される。
第三国を通じるという経路を気にしつつ、書簡を受け取ったムリーニ大元帥は、早速その中身に目を通す。
そして、そこに書かれていた内容を理解し、ムリーニ大元帥はロジェロ外務大臣の言葉の意味を理解すると共に、言葉を失った。
書簡に書かれていたのは、アリガ王国並びに大和皇国の二カ国共同による、アリタイ帝国に対しての休戦に向けた提案であった。
ただしその中身については、アリタイ帝国からアリガ王国に対する公式の謝罪や賠償金の支払いの他。
今回の戦争の扇動者であり、国家の最高責任者であるムリーニ大元帥の身柄の引き渡しや、現政権の解体、及び二カ国指導の下による新政権の樹立。
また、新政権樹立までの軍の駐留。
更には、帝国軍の武装解除、そして軍の再編に関しても、二カ国指導の下に行われる等。
最早それは、事実上の降伏勧告と言っても過言ではなかった。
と同時に、それらの条件は屈辱的であり、簡単に飲めるものではなかった。
「こ、これは……」
「お父様、お願いです! どうか、どうかこの提案を受け入れてはもらえませんか!?」
「っ! ルクレツィア! お前は何を言っているのだ!」
「お父様、これ以上の戦争の継続は、兵を無益に損耗し、国を疲弊させるだけです! ならば、一時の恥辱に塗れても、この国の未来の為、この提案を受け入れてください」
「お前は、この私に絞首台に赴けと言うのか!!?」
提案を受け入れるという事は、そこに書かれていた通り、自身の身柄を引き渡すという事。
もしこれが行われれば最後、見せしめとして首を吊るされるか、或いは首を切られ晒されるか。
何れにせよ、明るい未来が待っていない事は確かである。
そんな未来に進んで欲しいと、背中を押すかのような言葉をルクレツィアからかけられ、ムリーニ大元帥は憤慨するも。
ルクレツィアは、更に言葉を続けた。
「お父様、それは違います! 幽閉される事は、免れないかもしれませんが、お父様が絞首台や断頭台に登る事はないと思います」
「仮に、私の死を望んでいないとしても、提案を受け入れた後に、新たに無理難題を追加してきたらどうする!?」
降伏すれば、後に追加の条件として、領土の割譲や技術や資源の搾取など。
無理難題を押し付けられるばかりか、条件にかこつけて、実質的に植民地とするかもしれない。
そんな心配を口にしたムリーニ大元帥に対して、ルクレツィアは落ち着かせるように、優しく落ち着いた口調でそのような心配はないと口にする。
「お父様、アポロ国王様は、そのような傲慢なお方ではありません。それに、ヤマト皇国の方々も、本来は優しい方々であると聞いています。書かれている条件以上に、この国を貶めるような事はしない筈です。もし仮に、この国やお父様の身に何かあるのならば、私がかけ合ってそんな事は絶対にさせません!」
「だが、それでもし、お前の身になにかあれば……」
「ここで提案を拒み、更なる戦火が国を覆い、悲劇と破滅の未来をこの国が迎える事に比べれば。私の身一つでそれが回避できるのなら、私は、喜んでこの身を差し出す覚悟は出来ています」
「……、ルクレツィア。いつの間にかお前は、彼女に似て、強い女性になっていたのだな」
娘の姿に、今は亡き妻の姿を重ね合わせたムリーニ大元帥は、暫し目を瞑り考えに耽る。
やがて、決心したかのように再び目を開くと、ゆっくりと、自らの決断を口にし始めた。
「ルクレツィア、お前を信じよう」
「っ! お父様、それでは!」
「だが、今回の一件は、もとはと言えば私の固執が招いたもの。罪を受けるのは、私一人だけでいい」
「お父様……」
「ロジェロよ、今すぐに特使を用意して、両国に降伏勧告受諾の意思を伝えてくれ」
「かしこまりました」
その後、緊急の会議が招集され、出席者の面々に、ムリーニ大元帥の口から直接、書簡の件が伝えられると共に、降伏する旨が伝えられた。
継戦派である出席者達の口からは、戦争を継続するべきとの意見が漏れるも。
戦争を継続すれば、文字通り帝国には崩壊の未来しか訪れない事や、自身の引き起こした戦争に、これ以上兵や民に苦しみや悲しみを増やさせたくない。
そんな自身の思いがムリーニ大元帥の口から語られると、継戦派の出席者達も押し黙り、渋々降伏を受け入れるのであった。
「諸君……。これまで、私の為によく尽くしてくれた。ありがとう」
ムリーニ大元帥が締めの言葉と共に頭を下げると、会議室内にはすすり泣く声や悔しむ声が響き始めた。
この翌日、特使が派遣され、降伏勧告受諾の意思が伝えられた。
その一週間後、ヴァノジェの沖合に停泊した戦艦葛城の甲板上で降伏文書の調印式が行われる。
そこで、帝国政府から全権代表として出席したロジェロ外務大臣。軍の代表として出席したロトエ国防参謀長。
両名が降伏文書に署名し、それをもって、一連の戦争は終戦を迎えた。
開戦から、実に二か月強が経過した日の事であった。
後にこの戦争は、"南エウローパ戦役"と呼ばれる事となり。その顛末は、エウローパのみならず、エウラシア大陸中に伝えられる事となった。
とりわけ、同戦役において大々的に活躍した大和皇国の存在は否が応でも注目の的となった為。
エウラシア大陸中の国々は、同国に対する対応を協議していく事になる。
こうして、一つの戦乱が終わりを告げ、エウローパに再び平穏が戻る。
しかし、この戦乱で生じたゆらぎは、静かに、しかし確実に、世界に変化をもたらしていく。
果たして、大和皇国はその変化の中、どの様に動いていくのか。
それは、まだ誰も知らない。
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