第四十二話 反撃の翼
第二二三戦闘飛行隊を含め、大和皇国空軍の飛行隊や整備隊など。
既にヨ―リン空軍基地に駐留していた大和皇国軍の部隊に対し、暫定措置として駐留の延長を行う知らせを晴翔曹長が聞いたのは、ロートゥン空襲とマントーンの町の制圧戦が行われたその日の夕方であった。
そしてその日から、第二二三戦闘飛行隊や空軍の部隊は、既に侵攻している帝国の西方軍集団に対する航空偵察の他。
同軍の所属で、威力偵察の任を帯びていると思しき騎兵隊等に対する対地攻撃等の任務に駆り出される事となった。
更に六日後には、陸上大型爆撃機も運用可能にする為の拡張工事、その為に必要な機材や工兵たちが到着し、晴翔曹長達は、工事の様子を横目に任務に励む事となった。
そして、マレ海での海戦から二週間が経過した頃。
晴翔曹長は、すっかり慣れ親しんだヨ―リン空軍基地の食堂にて、同僚と共に昼食を取りながら会話に興じていた。
「そういえば、近々アリタイ帝国に対する反攻作戦が開始されるんだって、もっぱらの噂だが。晴翔、どう思う?」
広々とした食堂の一角。
質素な椅子に腰を下ろし、テーブルに置いた豚の生姜焼き定食を口にしながら、晴翔曹長は口にした豚の生姜焼きを飲み込むと、同僚からの質問に答える。
「そうだな。機は熟したし、来るべきときが来た、って所だな」
「かー! やっぱ開戦初日に活躍した奴の言う事は違うねぇー」
茶化すような同僚の反応を他所に、晴翔曹長は残っていた味噌汁を啜り始める。
晴翔曹長を含め、開戦初日に出撃した四人は、その活躍ぶりが上層部から称えられたが。
一方で、二日酔いで出撃できなかった者達は、もれなく譴責処分を受けて始末書を書かされていた。
「とまぁ、冗談はこの位にして。晴翔、俺達はどんな役割に駆り出されると思う?」
「俺達は空対空戦闘じゃないか? 燕戦は爆装も出来るが、近接航空支援なら、燕戦よりも烈風の方が優れているし」
「そうだな、そんな所だな。だが、場合によっては、機銃での近接航空支援を行う場面も出てくるんじゃないか?」
「できれば、あまりそんな場面は来てほしくないな」
地上目標に対する機銃掃射は、難易度が高く相応の技量を必要とする。
しかし、晴翔曹長を含め第二二三戦闘飛行隊の戦闘機搭乗員達にとっては、既にその為の技量は有していた。
ただ感情的には、一方的に攻撃を行う様な機銃掃射は、気が引けるものであった。
最も、任務とあれば覚悟を決めて発射ボタンを押す、その心構えはできていた。
「そういえば、話は変わるが。……あの猫耳軍曹とは、何処まで進んだんだ?」
「っ! ごほ! ごほ!!」
何の脈絡もなく、同僚の口から猫耳軍曹ことセリーヌ軍曹との関係を尋ねられ、晴翔曹長は堪らずむせる。
「ロートゥン空襲の時に、警備にかこつけてデートしたんだろ?」
「あ、あれは! 彼女が初めての実戦を終えた直後で色々と不安だろうから……」
「うんうん、分かってる。初めての後は何かと動揺したり不安な気持ちになったりするもんだよな。それをフォローするのも、男の役割ってもんだ」
「お前、それ絶対別の意味だろ」
「そんな事よりも、なぁ、どうなんだよ? 何処まで進んだんだ? 男と女のタッチアンドゴーまで進んだのか?」
意地悪い笑みを浮かべながら、二人の関係の進展具合について尋ねる同僚。
一方晴翔曹長は、そんな同僚の質問を避けるかのように、残っていたごはんや豚の生姜焼きを描き込むと、急ぎ気味に食器返却口へと向かうのであった。
「あ、おい待てって!」
そんな晴翔曹長を追いかける様に、同僚も残っていた味噌汁を急いで飲み干すと、食器を返却口に置き、食堂を後にする晴翔曹長を追いかけた。
程なく、外を歩く晴翔曹長に追いついた同僚は、彼に言葉をかける。
「わ、悪かったって、な、機嫌直せよ」
「別に怒ってないさ」
「いやいや、明らかに──、ん?」
雰囲気からして機嫌を損ねていると指摘しようとした同僚は、不意に視界の端に映った人影に気がつき、そちらに視線を合わせる。
するとそこには、一人歩いている、セリーヌ軍曹の姿があった。
それを見た刹那、同僚は、妙案を思いついたかのように笑みを零すと。
「おーい! クステル軍曹!」
次の瞬間、セリーヌ軍曹に向かって声を張り上げると、無理やり晴翔曹長を引き連れながら、セリーヌ軍曹の方へと足を運んだ。
「あら? ハルト曹長。それに……」
「晴翔と同じ飛行隊所属の、岩代 恭久曹長です!」
「そう、そうでしたわね。それで、お二人は私に何か御用ですの?」
同僚である岩代曹長が勝手に声をかけただけ、と事情を説明しようとした晴翔曹長の言葉を遮ると、岩代曹長は話を始める。
「俺達、さっき昼食を食べ終えた所で、食後の休憩がてらにぶらぶらしてたんですよ。そしたら、クステル軍曹の姿が見えたんで、お話でもしようと思って声をかけたんです」
「まぁ、そうだったんですね。それでは、何処かで腰を下ろしてお話を……」
「いや~、実は。そうしたかったのは山々なんですが。俺、昼食を食い終わったら隊長の所に行くようにって呼び出されてたの、今、思い出してしまって」
「まぁ……」
そんな話聞いた事ないぞ、と言おうとした晴翔曹長の言葉を再び遮りながら、岩代曹長は更に話を続けた。
「でも、それじゃ折角声をかけて応えてくれたクステル軍曹にも申し訳ない。って事で、晴翔の奴は暇してるんで、晴翔の奴の話し相手をしてやってください」
「そうですか、分かりましたわ」
「おい、何でそう──」
「いやー! よかったな晴翔! それじゃ、俺は隊長の所に行ってくるから、後は"二人"でたーっぷり楽しめよ、じゃあな」
意地悪い笑みを残して、足早にその場を後にする岩代曹長。
彼の後姿を見つめながら、後で覚えておけよ、と内心呟く晴翔曹長。
一方、そんな事など露知らず、セリーヌ軍曹は晴翔曹長に声をかけると、腰を下ろして会話を楽しめる場所へと移動を開始する。
「今日も、いいお天気ですわね」
「そ、そうだな」
「本日の献立、夕食はクリームシチューですわね。私、あの料理を初めて見た時、まさかこの世に白いシチューが存在しているなんて、と驚いてしまったんですが。でも、一口食べた瞬間に、あの味の虜になってしまったんですの」
「そ、そうなのか」
「もう、どうしたんですの、ハルト曹長? 何だか他人行儀ですわよ?」
「あ、あぁ、悪い。ちょっと、考え事をしてた」
眉をひそめ、少し頬を膨らませるセリーヌ軍曹に対し、晴翔曹長は考え事をしていて会話に集中していなかった事を告げる。
「それって、噂されている、反攻作戦について、ですか?」
「まぁ、そうだな」
ふと、足を止めた場所から周囲を見渡すと、そこは、拡張工事によって増設された駐機場を見渡せる場所であった。
増設された、広々とした駐機場には、大和皇国空軍の陸上大型爆撃機である二式飛行艇四ニ型の他。
同機よりも空力学的に洗礼された、滑らかな曲線と直線で構成された機影ながらも、機体の各部に機銃を多数装備し、主翼には巨大な四発のエンジンを載せている、そんな外見を有した機体。
大和皇国空軍の戦略爆撃機、"四式重爆撃機"、"連山"の愛称を持つ、四発爆撃機の姿も見られた。
四式重爆撃機は、大日本帝国海軍が試作した陸上攻撃機であり、愛称と同名の名を持つ機体をベースにしている。
しかしながら、外見こそオリジナルの面影を残しているものの、中身は、大和皇国の技術力も相まって、オリジナルよりも優れていた。
先ず、オリジナルよりも向上した防弾装備が施されている他。
搭載した武装もオリジナルよりも増設され、機首に20mm連装機銃を備えた旋回銃座を備え、その他、胴体前方上方や胴体下部、更には尾部にも、同様の銃座を備えている。
また、それらの武装は射手が遠隔操作を行えるようにもなっている。
そして、物理的な防衛手段の充実の他、航空機搭載用の対空電探や逆探、更には電波妨害装置。加えて、爆撃照準及び航法用の電探を搭載する等、充実した電子兵装も擁している。
その他、排気タービン付きの誉二八型エンジンを四つ搭載した事で、最高速度六〇〇キロメートル毎時を誇る他、高度一万メートルでの高高度飛行においても、速度が保証され。
また、そのような高高度では、機内の気圧や気温が低下する為、乗員は酸素マスクや防寒着の装備が必須となるが。同機は、与圧装備を搭載し、更には冷暖房も完備している為、高高度飛行中も機内は快適に保たれている。
なお、それら装備の搭載の為に、オリジナルよりも機体全長が五メートル程延長されている他、垂直尾翼の根本に、安定性向上の為のドーサルフィンが追加されている。
その他諸元として、最大六トンにもなる爆弾搭載量、航続距離も最大七千二百キロメートルを誇る等。
まさに、オリジナルが目指した飛行要塞を凌ぎ、その後継である超空の要塞にも迫る程の、戦略爆撃機の名に恥じぬ機体であった。
「とても大きな飛行機械ですわ……」
「四式重爆撃機・連山。空軍が誇る戦略爆撃機だ」
「爆撃機、確か座学で習いましたわ。大量の爆弾を、翼下ではなく胴体内部に搭載する事が出来る飛行機械、ですよね?」
「そうだ。あの連山は、あれ一機で爆装した零戦三二型約五十機分の爆弾を搭載する事が出来る」
「……、そ、想像以上に、凄いですわ」
身近な零式艦上戦闘機三二型を例えに、四式重爆撃機・連山の性能を聞かされたセリーヌ軍曹は、目を点にする。
「おそらく反攻作戦は皇国空軍との共同になると思う、そうなれば、連山のような爆撃機が安全に爆撃できるように露払いするのが、俺達の役割になるだろうな」
「それは、一番槍を務める、と言う事ですね」
「ま、海兵隊はその為に存在してるといっても過言じゃないからな。危険に飛び込むのは、もう慣れてる」
「あの、ハルト曹長」
「ん?」
不意に、セリーヌ軍曹は飛行服の胸ポケットから、青く輝く綺麗な石のペンダントを取り出すと、晴翔曹長に手渡した。
「これは?」
「私のお守りです」
「っ! お、おい、それって大事なものなんじゃ──」
「だから、ハルト曹長に持っていて欲しいんです」
「え?」
「多分、反攻作戦では、私達王国空軍の出番はないでしょう。ですから、共に飛べない私の代わりに、そのお守りを持っていて欲しいんです」
ロートゥン空襲の時の様な緊急事態ではなく、反攻作戦は準備を整えてから行われる。
そうなると、やはり足並みを揃えやすい部隊で揃えた方が、作戦の成功率も向上する。
加えて、操縦士を多数擁する大和皇国に比べ、現在のアリガ王国空軍には、まだキャラクテェ飛行隊を含め三個飛行隊分しか、航空機の操縦士達がいない為。
所謂特技兵に分類される操縦士達を、王国軍としても、戦争とは言えいたずらに損耗させたくはない。
となると、少なくとも空の主攻は大和皇国が担うのであろう。
そんな考えをもとに、セリーヌ軍曹は、自身が前線で翼を並べられる事はないだろうとの結論に至り。晴翔曹長に、お守りのペンダントを手渡したのであった。
「分かった。それじゃ、これは暫く預かっておく」
「えぇ、お願いします」
「ただし、この戦争が終わったら、ちゃんと返すからな!」
「では、その時が来るのを、私も心待ちにしていますわ」
優しく微笑むセリーヌ軍曹につられて、晴翔曹長も少し笑みを零す。
その後、二人は暫く他愛もない会話を楽しむのであった。
その日の夕刻、晴翔曹長を含めた第二二三戦闘飛行隊の面々は、とある通達を受けた。
その翌日、通達と同時に受けていた指示に従い、基地司令部にあるブリーフィングルームへと足を運んだ。
すると既に、室内は海兵隊航空団や皇国空軍の搭乗員達でほぼ埋め尽くされていた。
「おう、晴翔、こっちだこっち!」
隊の中では最後に足を運び、少々困惑する晴翔曹長に、手招きで隙の手を差し伸べたのは、一足先にやって来ていた岩代曹長であった。
岩代曹長の隣、彼が確保していた簡素なパイプ椅子に晴翔曹長が腰を下ろし暫くした頃。
不意に、濃紺色の軍服、大和皇国空軍の軍服を着た初老の男性が壇上に姿を現す。
「これよりブリーフィングを始める。全員、席についてくれ」
中将の階級章をつけた男性の号令一下、次々とパイプ椅子に腰を下ろすと、各々自由に喋っていた搭乗員達が口を閉ざし、室内に静寂が訪れる。
「先ず自己紹介をしておこう。私は、この度新たに編成された第一一航空軍の司令官を務める、木野下 栄良、階級は空軍中将だ。よろしく」
木野下中将の簡素な自己紹介が終わると、刹那、腰を下ろしてた搭乗員達が一斉に立ち上がり敬礼を行う。
それに対して、木野下中将も答礼で応えると、搭乗員達は再びパイプ椅子に腰を下ろした。
「まず、本ブリーフィングの目的であるが。既に通達によって知っていると思うが、三日後に、アリタイ帝国に対する反攻作戦が開始される。本作戦の最終目標は、帝国首都ロマーンの制圧。ないし、帝国政府の降伏勧告の受諾となる」
木野下中将の口から零れた言葉に、搭乗員達の間に緊張感が走る。
「反攻作戦は、我々大和皇国軍と、アリガ王国軍による共同で行われるが。王国軍は、練度を鑑み、主に後方での警備等を担う。よって、反攻作戦の主力は、我々皇国軍が担う事となる」
刹那、晴翔曹長は安どの表情を浮かべる。
「では、ここからが本題だ。本ブリーフィングは反攻作戦開始と同時に行われる作戦の第一弾、緒戦において帝国軍に制圧されたマントーンの町、そこに現在駐留している推定四十万の帝国軍の軍勢を排除、町を奪還する。その作戦の概略を説明する為のものである」
木野下中将の説明と共に、ブリーフィングルームの黒板にアリガ王国南東部の大きな地図が貼られる。
「この奪還作戦は、我々皇国空軍のみならず、皇国陸軍及び海兵隊による三軍の合同で行われる。まず初めに、町の上空の制空権を確保するべく、海兵隊航空団及び第一一航空軍所属の戦闘機部隊が出撃、脅威となる敵ワイバーンを排除する」
その地図に、木野下中将は手にしたペンで線を描き込んでいく。
「制空権を確保後、次は第一一航空軍第二爆撃航空団所属の、連山装備の第一一爆撃飛行隊、並びに二式飛行艇四ニ型装備の第二〇爆撃飛行隊による爆撃を敢行。敵の軍勢に打撃と混乱を与え、敵の意識を航空部隊に向けさせた所で、スジュレフより皇国陸軍及び海兵隊の陸上部隊がマントーンの町に進軍、残敵を排除し町を奪還するという流れだ」
一通り描き込み終えた木野下中将は、ペンを置くと、一拍置き、再び話を始める。
「なお、海兵隊航空団第三〇一戦闘飛行隊に関しては、陸上部隊への近接航空支援、及び不測の事態が発生した場合の対処として、周辺空域で空中待機となっている」
「ハッ! オレらは後詰か!? 上等だ! オレらを贅沢にも後詰に使うんだ。オレらよりもうまくできるかどうか、そのお手並み、とくと拝見させてもらうからな!」
室内に響き渡る甲高い女性の声。
声の主は、短い黒髪に端正な顔立ちを擁する、飛行服を着込んだ女性。
同時に、明らかに煽っているとしか思えないその発言内容に、主に皇国空軍の搭乗員達から鋭い視線が飛ばされる。
が、当の本人はそんな視線など気にする素振りもなく、隣に座りオロオロしている副隊長らしき女性搭乗員を他所に、白い歯を見せて笑みを浮かべていた。
「おーおー、相変わらずだな、菅隊長」
「あぁ、そうだな」
そんな様子を目にし、小声で感想を述べる岩代曹長と晴翔曹長。
菅隊長こと、第三〇一戦闘飛行隊、別名新選組と呼ばれる飛行隊を率いる菅 凪青美大尉。
海兵隊航空団のみならず、海兵隊で、いい意味でも悪い意味でも、その名が知られている海兵の一人だ。
通称"デストロイヤー"。これは訓練生時代、訓練に用いていた練習機をよく壊していた事に由来する。
また、別名"ブルドッグ"とも呼ばれ。
これは、荒くれ者の集う海兵隊内で、女性ながらも部隊長を任される程の男勝りな性格を、闘犬であるブルドッグの名でもじった他。
実は菅大尉、入隊前は海軍への入隊を希望していたのだが、間違えて海兵隊へと入隊した経緯があるのだ。
その経緯の詳細だが、海兵隊では独自の士官学校を持たない為、"江田島"にある海軍の海軍兵学校卒業の士官候補生が、海兵隊士官として任官する道も存在している。
当時士官候補生だった菅大尉は、その際誤って海兵隊での任官を希望してしまい、こうして海兵隊に入隊したという訳だ。
しかも、間違いの原因が、どちらも同じ"海"が付いてた為、というちょっとおっちょこちょいなものだったため。
そんな一面を、同様にちょっとお馬鹿な犬種であるブルドッグにかけて名付けられていた。
そんな菅大尉だが、その腕前は本物で。
彼女が率いる第三〇一戦闘飛行隊は、12.7mm機銃を六門搭載している一型と異なり。搭載機銃を20mm四門に変更した、四四式戦闘爆撃機二型を装備した部隊として、また、第二二三戦闘飛行隊と並んで海兵隊航空団でもエース部隊として知られている。
「おほん! 兎に角、奪還作戦の概略は以上となる」
木野下中将がわざとらしく咳払いを挟み、場の空気を引き締め直す。
そして程なく、締めの言葉で終了を告げると共に、再び搭乗員達が一斉に立ち上がり敬礼を行い、解散の運びとなった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。
感想やレビュー、評価にブックマーク等。お待ち申し上げております。




