第四十一話 宴の後に
それはマレ海方面派遣艦隊が、無敵艦隊との海戦に圧倒的勝利を収めた日から三日が経過した頃。
当日の夕刻に海戦勝利の第一報を受けたアリガ王国の重鎮たちは、勝利した事にとりあえず安堵し。
それから三日が経過したこの日、王都リパにある王城内の会議室にて。
アリガ王国海軍から観戦武官として派遣され、海戦時、戦艦葛城に乗艦していた海軍軍人の口から、文面のみでは伝わりきらない、海戦時の模様が語られていた。
「私からの報告は以上となります」
事前に配布された資料に目を通しながら報告を聞いていた重鎮たちは、報告を聞き終えると、興奮した様子でおぉと声を漏らした。
そして、報告を聞いた各々の感想を零し始める。
「ヤマト皇国の有する戦闘艦艇の性能は知っていたつもりでしたが、まさか、ここまで一方的な戦闘になるとは……」
先ず感想を零したのは、エクレール将軍であった。
「例の、ミスリルを船体に張り付けたカイオ・マリナーラ級と呼ばれる戦列艦すらも一撃で撃沈し。剰え、帝国本土から駆け付けた三百騎は下らないワイバーンの群れを、四十機程の飛行機械の援護で退けるどころか、まさか全滅させてしまうとは……」
「いえ、将軍。驚くべきは、帝国側にそれ程の損害を与えたにもかかわらず、ヤマト皇国側に、被害らしい被害、一人として戦死者が出ていない事では?」
「ん? しかし、この資料によれば、海戦後の救助作業中に数人が怪我をしたと書かれているが?」
「そんなものは被害には入りませんよ!! そもそも、無敵艦隊程の規模の艦隊を相手に、一人の戦死者も出さずに勝利するなど、あまりに現実離れ過ぎる!」
重鎮の一人が、冷静なツッコミをエクレール将軍に入れる。
すると別の重鎮が、ツッコミを入れた重鎮を窘め始める。
だが、重鎮が言い放ったツッコミの内容は、その場にいた全員の本心を代弁するものでもあった。
大和皇国の戦の常識の一端を知っているとはいえ、まだまだ彼らの中には従来の、異世界での常識が根付いていた。
そして、今回の海戦の結果は、その常識に照らし合わせれば、あまりに常識とかけ離れており、現実味がないようにさえ感じられた。
「諸君。確かに、今回の海戦の結果は、おとぎ話とさえ感じる。しかし、今回の海戦において、帝国海軍の王国南部や南東部の海岸線一帯への侵攻の可能性が低下したのは事実だ。先ずは、その事を喜ぼうではないか」
刹那、場の空気を変えるかのように、アポロ国王が声をあげる。
すると、重鎮の何人かは腑に落ちない様子を見せたものの、アポロ国王の意見に賛同する様に頷くのであった。
「勿論、いつまでもヤマト皇国に守ってもらってばかりでは、王国としても面子が立たずに、諸君としても不服であろう。故に、軍備の更なる強化の為、追加の予算の立案を、早急に行おうと考えている」
今回、空襲による被害が軽微だった王国海軍のマレ海艦隊も、万が一に備えてロートゥンの沖合に待機していた。
しかし、上記の通り、マレ海方面派遣艦隊の活躍によって、彼らに出番が回ってくる事はなかった。
だが、いつまでも大和皇国頼りでは、大国としての面子も立たないし、何より、万が一大和皇国が動けぬ時に役に立てませんでは、同盟国としての信頼に背く事にもなる。
やはり、自国の有事には、自力で対応できるに越したことはない。
とはいえ、その為の軍備強化には、相応のお金と時間がかかる事もまた事実。
今回のアリタイ帝国との戦争中に、それが成就しない事は、その場にいる全員が理解していた。
「さて、無敵艦隊だけが帝国海軍の全てではないが、これ程の被害を受けては、再度の侵攻も躊躇う筈だ。その間に、既に越境した帝国陸軍を何とかしたい所だが。エクレール将軍、そちらの動きはどうなんだ?」
こうして先の海戦の話題が一区切りついた所で、話題は海から陸へと移る。
「はい。帝国陸軍の侵攻軍は、現在制圧したマントーンの町に野営地を設け、周囲に陣地の構築を行っております。侵攻軍の司令官は、あの猛将ミハセギ将軍らしいのですが、彼らしくなく、慎重を期している様です」
「ミハセギ将軍。彼の性格ならば、間を置かずにこの王都まで進軍してきてもおかしくはないですが。それが慎重に動いているとは、信じられません」
「帝国軍部から慎重に行動する様に釘を刺されているのか、それとも、マントーンの町の制圧戦時に遭遇した飛行機械に恐れをなしたのか」
「もし後者ならば、あの猛将すらも慎重になる程、ヤマト皇国の持つ力の影響力は凄まじいという事になりますな」
「加えて、かの国が味方で、本当によかった」
重鎮の一人が発した言葉に、その場にいた誰もが同意する様に頷いた。
もし、仮に帝国と立場が逆転し、大和皇国を敵に回したとしたのなら、アリガ王国という国家の歴史も、今年限りで潰えていただろう。
「兎に角。早期の進軍再開の可能性が低くなったことで、こちらとしても準備を整えられる時間を稼げました」
「そういえばエクレール将軍。ヤマト皇国の動向についてはどうなっている?」
「は! ヤマト皇国に関しましましては、以前許可を出しました、ヨ―リン空軍基地の拡張工事と共に。貸し出しましたヨ―リンの街の北にある平地、そこに建設中の基地を拠点とするべく準備中との事です」
開戦と共に、大和皇国はアリガ王国に対して、ヨ―リン空軍基地の更なる拡張工事の許可と共に、ヨ―リンの街の北にある平地の貸し出し許可を求めていた。
これは、対アリタイ帝国の為のものであった。
当然ながら反対する余地などなく、直ぐに許可が下り、大和列島から輸送船団に載ってやって来た工兵たちにより、現在急ピッチで作業が進められていた。
「そうか」
その後も会議は続いた。
緒戦こそ、アリタイ帝国にいいようにやられてしまったが、帝国に対する反撃の狼煙は既に上がっており、その時が訪れるのを静かに待っていた。
一方その頃、アリタイ帝国のカステル・サント・アンジェロ城では、ロトエ国防参謀長が自身の執務室の執務机に肘をつき、頭を悩ませていた。
その原因は、海戦の翌日、生き残った残存艦から魔石通信機を使ってもたらされた、海戦の大敗の一報であった。
海戦の結果、無敵艦隊は、旗艦カイオ・ペパローニを含めたカイオ・マリナーラ級戦列艦三隻。
サラミダビーレ級戦列艦を二十隻、マルタ・ボーロ級戦列艦を四十隻、アンコナ級戦列艦を四三隻、フリゲート八一隻、そして大型ガレオン船三隻。
合計一九〇隻もの艦艇、司令官のカンピー二提督を始め、多くの水兵達を失った他。
上空援護の要請を受けて出撃した空軍の竜騎士団、ワイバーン三百騎の全滅も、無敵艦隊残存艦からの報告で確認された。
まさに、アリタイ帝国始まって以来の未曽有の大損害であった。
しかし、第一報を受け取った当初は、その被害もさることながら、生き残った水兵達からの戦闘の詳細。
例の奇妙なワイバーンと同様に、頭部に謎の羽根車を持った別種と思しきワイバーンが、真っ黒な樽爆弾と思しきものを投下して、一撃で戦列艦を撃沈した他。
海面ギリギリを飛行し、海面に何かを投下し、航跡を描きながら、その何かも一撃で戦列艦を撃沈した。
更には、敵の水上艦艇。
その船体は木造ではなく、ミスリル等を加工し張り付けている様でもなく、鋼鉄で出来ていたという。
鋼鉄で出来た艦艇は、帝国を始め各国で研究されているが。今の所、そんな艦艇の建造に成功した国は、トエビソ帝国位しか聞いた事が無かった。
だが、今回相対した敵艦隊は、小島の様な超巨大艦二隻を含め、一七隻全てが鋼鉄で出来ていたという。
しかも、帆を張っていないにも関わらず、竜の息吹を使用する以上の船速で航行し。
更に、砲数は少ないながらも、半カノン砲の数十倍はあろうかと思しき巨大な大砲をそれらの艦艇は有しており、半カノン砲の何倍もの射程に、海底火山の噴火の如く水柱を出現させ、戦列艦を文字通り木っ端微塵にさせる程の威力を持っている。
この詳細な報告を聞いた軍上層部は、その現実離れした内容に、懐疑的な反応を示した。
城や要塞が浮かんだような艦艇、見た事のない大きさの大砲に、ドラゴンの火焔すらをも凌ぐ威力。
まさか、生き残った水兵達は、敵に幻術の魔法でもかけられたのかと疑ったが。一人二人ならまだしも、数百数千もの人間に幻術の魔法をかける等、高名な魔導師でも不可能な為、その可能性は捨てた。
そして、戦闘を経て錯乱状態に陥っているかもしれないとの可能性に至り、客観的な情報を得るべく、軍上層部は残存艦の状態を確かめるべく空軍の部隊を派遣。
それから数十分後、残存艦を発見した空軍部隊からもたらされたのは、第一報の通り、無残な姿に変わり果てた無敵艦隊の姿であった。
ここに至り、報告が全て事実である、と認めざるを得ず。
同時に、軍上層部内に混乱とえも言われぬ恐怖が蔓延する事となる。
そしてそれは、ロトエ国防参謀長から報告を受けたムリーニ大元帥へも感染した。
「負けた……、あの無敵艦隊が、敵に一撃も加えられる事なく……、負けた」
私室にて報告を受けたムリーニ大元帥は、想定外の内容に呆然とした様子であった。
「どういう事だ、ロトエ? 何故、無敵艦隊は敗れたのだ?」
「現在、再調査を行うと共に、生き残った水兵達の報告の信憑性の精査を行っております」
「それはつまり、分からんという事か?」
「……」
ムリーニ大元帥の質問に、ロトエ国防参謀長は言葉を詰まらせてしまう。
報告は、あまりにも不明瞭で荒唐無稽な部分も多く、戦場で生まれる与太話や質の悪い冗談ならば、どれ程心が救われた事だろう。
だが、未曽有の大損害を被った事は、紛れもない事実であり。報告が真実を語っている事は、まず間違いなかった。
「ロトエ……」
「っ! は、は! 何でありましょうドゥーチェ!?」
「この様な被害を受けてもなお、此度の戦、勝てるのであろうな?」
「は! 残念ながら、国土防衛も鑑みますと、海軍の現存艦隊による再度の侵攻、及び決戦は回避すべきと考えています……」
若干震えた声で私見を述べるロトエ国防参謀長。
「し、しかし! 質の優位を数で補い難い海や空と異なり、陸はそれが容易です! 幸い、マントーンの町は当初の計画通りに我が軍の勢力下にありますので、ここを橋頭保として、空軍との連携の元、陸軍での制圧を進めてまいりたいと考えております……」
「だが、そのマントーンの町の制圧戦で確認された、新型マスケット銃や謎の銃器が出てくるのではないか?」
「そ、それにつきましては! 西方軍集団に増援として十万程の兵力を派遣し、増援と合流後に進軍する旨を厳令したいと」
「つまりは多少の被害を覚悟の上で、数で押し切るか」
「左様でございます」
暫し間を置いた後、ムリーニ大元帥はゆっくりと口を開いた。
「よし、分かった。ロトエ、吉報を待っているぞ」
「は、はは! 必ずや!!」
こうして、陸軍主体での侵攻作戦に変更される事になったのだが、それでも懸念材料がなくなった訳ではない為、ロトエ国防参謀長達は頭を悩ませ続ける事となった。
そして、ロトエ国防参謀長から衝撃的な報告を聞いたムリーニ大元帥はその夜。
「お父様、少し、飲み過ぎではありませんか?」
「あぁ!? 何だと!」
まるで飲んで忘れたいかの如く、私室には、大量のワインボトルが散乱していた。
「そんなに飲んではお体を壊します……」
「これは私の酒だ!! どれだけ飲もうが、私の勝手だ!!」
グラスを使うのも煩わしくなったのか、手にしたワインボトルを直接口につけて、中のワインを流し込んでいくムリーニ大元帥。
その顔は、まさに赤ワインの如く赤く染まっていた。
「ルクレツィア、お前には解らんのだ! 私の、この、恐怖は」
やがて、父親の姿を見るにたえられなくなったルクレツィアは、最後にもう一度、ほどほどになさいますようにと言い残すと、父親の私室を後にする。
一方、ルクレツィアの忠告も聞かず、その後も飲み続けたムリーニ大元帥は、やがて、ワインボトルを手にしたまま、眠りにつくのであった。
マレ海での海戦の結果、帝国が被った未曽有の大損害については。
情報公開による兵の士気低下や、軍部のみならず国内に無用の混乱を誘発する、との判断から、ムリーニ大元帥を始め軍上層部等、帝国内でも一部の者のみが知るだけとなった他。
同時に、情報統制の一環として、帝国本土の軍港へと帰還を果たした無敵艦隊残存艦の乗組員や揚陸用の兵員に対しては、外部との接触を最低限とするべく、船内に隔離される事となった。
こうして、マレ海での海戦の真実は隠蔽されたが。やはり、完全に隠し通す事は難しく。
軍内部のみならず、民間の間でも、出港した無敵艦隊のその後の続報が一切出てこなくなった事に対して、違和感を抱く者は少なくはなく。
いつしか巷には、妙な噂が流れ始めていた。
「聞いたか? あの噂」
「あぁ、聞いた聞いた! だが、本当なんだろうな? あまりの内容に、冗談じゃないかと思えてくるが」
「まぁ、所詮は噂だからな、話半分かもしれないが」
首都ロマーンの一角にある酒場、そこでも、客が口々に話していたのは、その噂についてであった。
「無敵艦隊が六割もの損害、戦闘艦艇だけなら八割近くもの壊滅的な損害を受けて敗走。しかも、空軍のワイバーンも三百騎も全滅。本当に、冗談だとしたら質が悪すぎるがな」
「だけど、案外本当かも知れねぇぞ。ここだけの話だが、俺の知り合いの漁師が、"ラ・アチぺス"の軍港に入港した、無敵艦隊の戦列艦やフリゲート、それに大型ガレオン船を見たそうだ」
「いやいや、ラ・アチぺスの軍港はマレ・アレグリ海防衛艦隊の根拠地でもあるんだぞ。その入港した艦艇が、無敵艦隊の所属だったかどうかは、それだけじゃ分からないだろう?」
「う、それは……」
ラ・アチぺスとは、アリタイ半島北西部にある軍港で、造船所等が存在している他。
各種工場が存在する等、アリタイ半島北西部における工業都市の一つとして知られている。
それは兎も角、上記の様な話題で持ちきりの店内の一角、以前も二人で酒を飲み交わしていた、住民と商人と思しき二人の客の姿があった。
「け! どいつもこいつも、妙な噂に惑わされちまってよ! おらぁ、あんな噂、信じねぇぞ!」
既に、恰幅の良い住民の方は相当酔いが回っているのか、顔を赤らめている。
一方、商人の方は、手にした金属製のゴブレットに残った酒を暫し見つめていたが。刹那、意を決した様に、恰幅の良い住民に諭すかのように語り始めた。
「やはり、あの冒険者の若者が言っていた事は本当だったんだ」
「あぁ? おめぇさん、何言いだしやがるんだ?」
「この戦争、帝国の敗北で幕を下ろすかもしれないという事さ」
「んだとぉ! おめぇさん、相当酔っぱらってんのか!?」
「俺はまだシラフだ、そもそも……。いや、兎に角。以前、彼は言っていた、ヤマト皇国は城や要塞をそのまま船にしたような軍艦を持っていると。もし、無敵艦隊を破ったのがその軍艦だとしたら、残っている艦隊をぶつけても勝てるかどうかは分からない」
「は! らーりょうぶさ、ていこくぐんは、りくも、そらも、せーきょうだ!」
「だが、彼の話の通りなら、陸も空も、皇国は帝国よりも優れている事になる。そうなれば、逆に帝国領内に侵攻してくるのも、時間の問題じゃないか?」
そこで一拍置くと、商人は酒を一口飲むと、再び話を再開する。
「そうなったら、このロマーンも絶対に安全とは限らない。いや寧ろ、相手側にしてみれば敵国の首都だぞ、攻撃目標にならない訳はない」
「らーりょうぶさ、らーりょうぶ」
「君とは付き合いが長い、だから、ハッキリと言うが。今ならまだ間に合う、安全な土地に避難しよう」
「あーあ? おれは、ごせんぞーさまのだいからこのとちでそだってきたんだ。ほかのとちなんかには、いかねぇよ」
「だが家族はどうする? 君だって、家族を戦火に巻き込みたくはないだろう!?」
「あー……」
家族と言う単語が零れた、刹那、恰幅の良い住民の目から一筋の涙が零れ落ちる。
「ご先祖様も、許してくれるかな?」
「あぁ、許してくれるとも!」
「でも、俺、安全な土地って言っても、そんな場所に伝手なんてねぇし」
「大丈夫だ、俺が君達家族の分も何とか用意してみる」
「本当か! あぁ、やっぱ、持つべきものは友だなぁ……」
目から大粒の涙を流し、商人の両手を握る恰幅の良い住民。
各々が新たなる行動を起こし始める。
戦争は、次なる段階に移行しようとしていた。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。
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