第四十話 鋼鉄(くろがね)の宴
マレ・アレグリ海の海上の一角、そこに、幾多もの航跡が描かれ、それと同時に海面を覆い尽くさんばかりの帆が張られている。
そして、そんな帆を張るメインマストの最上部には、緑・白・赤の三色、中心部にワイングラスが描かれた、アリタイ帝国の国旗がはためいており、その艦隊がアリタイ帝国海軍の所属である事を示していた。
艦隊を構成するのは、アリタイ帝国が建造した五十門を備える"アンコナ級戦列艦"が五十隻の他、七四門を備えた"マルタ・ボーロ級戦列艦"が四十隻。
更には、百門を備えた"サラミダビーレ級戦列艦"が二十隻の他。
アリガ王国海軍にはない、全長七十メートル程の木造の巨大な船体、脅威の四層にもなる砲列甲板を有し、そこに一二〇門もの半カノン砲を備えた他、対空用のバリスタ等を備えた巨艦。
アリタイ帝国自慢の一二〇門戦列艦、"カイオ・マリナーラ級戦列艦"が三隻。
その他、三十門ほどを備えたフリゲートが百隻に、更には上陸制圧戦に備え、各種装備と兵員を載せた大型ガレオン船が四十隻。
合計、二五三隻もの大艦隊。
しかも、目を引くのは艦隊の総数だけではなかった。
サラミダビーレ級戦列艦とカイオ・マリナーラ級戦列艦の船体側面には白亜色に輝く、アニデルサ島で採掘されたミスリルを加工し張り付ける事で、艦の防御力を向上させている。
勿論、鉄よりも軽いとは言え船体側面を覆うだけでも相応の重量が増加し、艦の機動力に影響を与えているも。そこは、竜の息吹という、地球にはない魔石の力で、影響を最小限度に抑えていた。
まさに、質・量ともに無敵と言っても過言ではないその大艦隊こそ、アリタイ帝国が長年の歳月をかけて作り上げた、海軍自慢の"無敵艦隊"であった。
同艦隊は、風を受け、新たな攻撃目標となったロートゥンの軍港を目指し、一路マレ・アレグリ海を西へと進んでいた。
「二百隻を超える軍艦が威風堂々と、陣形を組んで大海原を進む様は、まさに壮観だ。そうは思わんか、艦長?」
「はい、その通りです、カンピー二提督」
その無敵艦隊の中央部、そこに位置するカイオ・マリナーラ級戦列艦の一隻、個艦名カイオ・ペパローニの船首楼甲板にて、二人の帝国海軍軍人が肩を並べて会話に興じていた。
共に四十歳前後と思しき見た目だが、カンピー二提督と呼ばれた、短い金色の髪を持った無敵艦隊の司令官と思しき軍人は、尖った耳を有している事からハーフエルフであり、実年齢は見た目以上と思われる。
「これだけの大艦隊の進撃を止められる艦隊など、マレ海には存在しない、そうは思わんか?」
「はい、まさしく本艦隊はその名の通り無敵! マレ海どころか、全世界の海ですら、本艦隊の進撃を阻む事など出来ないでしょう!」
カイオ・ペパローニの艦長は、その目を輝かせ、全世界の海を制覇する事も夢ではないと、熱を込めて語った。
だが、それを聞いたカンピー二提督は、自身と比べればまだまだ若く、青臭いとさえ感じる艦長の発言に、ふっと鼻を鳴らした。
「艦長、夢を語るのは結構だが、出来れば部下の前ではせん事だな」
「え? あ、はい」
「まぁ、この艦隊の雄姿を目にすれば、そのような考えを抱くのも無理はない。……だが、聞いた話によれば、トエビソ帝国は魔導装甲艦と呼ばれる、文字通り船体が鋼鉄で出来た軍艦が存在するという」
「──!! そ、それは、本艦の様に、後から船体に加工したものを張り付けたのではなく、ですが?」
「そうだ。文字通り、設計段階から船体を鋼鉄で構成する事を前提に設計され、その防御力は後付けの本艦とは比べ物にならないそうだ。更には、竜の息吹を用いなくとも快足を発揮できる強力な魔導機関なるものを搭載しているという」
「ま、まさか、トエビソ帝国にはその様な軍艦が……」
カンピー二提督の話を聞き、艦長は自身の語った夢が夢で終わると分り、がくりと肩を落とす。
「だが艦長、そう落ち込むことはない。確かに、今は後塵を拝してはいるが、何れは追い付き、そして追い越せばいい! そう、このカイオ・ペパローニのようにな。さすれば、何れ世界の海はアリタイ帝国のものとなるだろう」
「提督……」
「という訳で艦長、今はまず、目の前に迫ったアリガ王国海軍との決戦に集中しようではないか」
「は! 了解です、カンピー二提督!!」
再びやる気を取り戻し、船首楼甲板を後にする艦長を見送ったカンピー二提督は、いつの間にか艦長の熱に感化され、全世界の海を制覇するという発言をしていた事に、気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。
そして、暫くして平静を取り戻すと、遥か水平線の彼方に待ち受けているであろう、アリガ王国海軍のマレ海艦隊との決戦に向けて、気を引き締めるのであった。
だがこの時、カンピー二提督を始め、無敵艦隊の誰もが、遥か上空から自分達の事を監視している目がある事に、気付く者はいなかった。
同時刻。
ロートゥンの沖合に停泊している幾多もの艦影、鋼鉄の船体を有するそれらは、大和皇国海軍のマレ海方面派遣艦隊である。
そんな艦隊の中、一際目立つ艦影を有していたのが、旗艦である戦艦葛城であった。
その戦艦葛城の艦橋下部、艦内でも最も堅牢な司令塔と呼ばれる区画内に、戦闘指揮所、地球ではCombat Information Centerの頭文字をとって、CICの名で知られる一室が存在している。
まだ大和皇国海軍内でも、主に大型艦などの一部でしか導入されていない、電探やソーナー、更には艦内各部署からの情報と、文字通り様々な情報が集約される室内には、電探画面や海図台等、多数の機材と、その担当要員で埋め尽くされていた。
そんな戦闘指揮所の一角で、マレ海方面派遣艦隊の司令官として任命された高橋中将は、とある報告に目を通していた。
「戦闘艦艇が二百隻以上、その内一部は白亜の船体、アリガ王国から提供された情報にあった改良型の大型戦列艦、か」
高橋中将が目を通していたのは、マレ海方面派遣艦隊に編入されている、翔鶴型航空母艦の二番艦"瑞鶴"と三番艦の"龍鶴"。
無敵艦隊出港の一報を受け、二隻の航空母艦から索敵の為に飛び立った艦上偵察機である彩雲、その内の一機、瑞鶴搭載の機が無敵艦隊を発見し、報告したものであった
地球において、大日本帝国海軍が建造した同名の艦型をモデルとした、大和皇国海軍の翔鶴型航空母艦。
オリジナルとの主な違いとしては、40mm連装機関砲を八基装備し、対空能力を高めた他。オリジナルでは建造されなかった三番艦が建造されている点にある。
龍鶴、実はこの三番艦、地球においては大戦中にアメリカ軍が誤解した事で誕生した、文字通り幻の存在として知られている。勿論、後に誤解が判明し、間違いが訂正される事になるのだが。
この異世界では、幻に終わる事無く、正式に三番艦として建造され就役していた。
「二百隻以上もの大艦隊ですか、それは凄いですな」
高橋中将の近く、丸顔の恰幅がよい海軍軍人、マレ海方面派遣艦隊の参謀長を務める草香 竜之助少将が、感想を零す。
マレ海方面派遣艦隊は、旗艦の戦艦葛城を始め、戦艦比叡、航空母艦の瑞鶴と龍鶴、高雄型重巡洋艦の摩耶と鳥海、川内型軽巡洋艦の三番艦である那珂の他、駆逐艦十六隻の、総数二三隻となっている。
勿論、この他に、消耗品である弾薬や燃料などの補給を行う兵站部隊の艦艇群も随伴しているが、艦隊の主戦力である戦闘部隊は、上記の二三隻だけである。
対して、無敵艦隊は戦闘艦艇だけでも十倍となる数を擁し、数だけで比較すれば、マレ海方面派遣艦隊の方が圧倒的に不利であった。
しかし、個々の能力で言えば、無敵艦隊の主武装である半カノン砲は、主砲はもとより対空機銃にすら有効射程は劣っていた。
「二百隻以上もの艦艇が陣形を組んで航行する様は、まさに壮観でしょうな。一度でいいので、そんな艦隊を率いてみたいものです」
その為、草香少将の感想は、単に二百隻以上もの大艦隊を率いてみたいという、興味本位から漏れたものであった。
「そうだな、参謀長。だが、今回の我々の使命は、そんな大艦隊を排除する事にある」
「分かっております」
そして二人は、無敵艦隊を排除する為の作戦を立て始める。
如何に相手が質において劣っていようとも、気の緩みを見せるつもりはなかった。
それから数時間後、マレ海方面派遣艦隊の戦闘部隊二三隻は、無敵艦隊との海戦に向けて、ロートゥンの沖合を出発するのであった。
翌日。
水平線の彼方より、新たな一日の始まりを告げる太陽が姿を現し始めた頃。
陸地より六十キロメートル程沖合、薄暗いマレ海の海上を、航跡を描き東へと進む艦隊の姿があった。マレ海方面派遣艦隊の戦闘部隊二三隻である。
その艦隊の中央部、航空母艦の瑞鶴と龍鶴の飛行甲板上では、飛行甲板の半分を覆わんとする艦載機達がエンジン音を響かせ、発艦の時を今か今かと待ちわびていた。
やがて、発艦許可を示す白旗が振られると、機付き整備員達が機体の車輪止めを外していく。
そして、最前列の機がエンジンの唸りを上げると共に、飛行甲板を滑走し始め。程なく、尾輪が飛行甲板を離れると、大空へと飛び立っていく。
続くように、飛行甲板から次々と機体が発艦し、上空で編隊を整えていく。
そんな機体達を、機付き整備員達や対空機銃の射手などが、一斉に帽子を振って見送っていた。
やがて、三式艦上戦闘機一六機の他。
艦上攻撃機である"二式艦上攻撃機三三型"、"天山"の愛称を持つ、地球では愛称と同名の名で大日本帝国海軍が開発・運用した艦上攻撃機をモデルとする、大和皇国海軍の艦上攻撃機。
オリジナルと異なる点は、"火星"と呼ばれる金星エンジンをベースに排気量を拡大した空冷エンジン、その型の一つで、二千馬力を叩きだす火星三三型を搭載し、最高速度五一〇キロメートル毎時を出す他。防弾燃料タンク、防弾版や防弾ガラス等、充実した防弾装備を備えている。
同機が三十機。
そしてもう一機種。"二式艦上爆撃機三三型"、"彗星"の愛称を持つ、地球では愛称と同名の名で大日本帝国海軍が開発・運用した艦上爆撃機をモデルとする、大和皇国海軍の艦上爆撃機。
一二型と呼ばれる、液冷エンジンのアツタ四五型を搭載した型は、オリジナルと異なり最高速度は五九〇キロメートル毎時を誇るが、設備の限られる航空母艦内では、空冷エンジンに比べ部品点数等が多く整備能力を必要とする液冷エンジンでは、苦慮する事となった。
そこで、二〇キロメートル毎時程の高速性能の低下と引き換えに、信頼性があり航空母艦内での整備能力でも十分に整備が容易な金星エンジン搭載型の三三型が開発され。今では、三三型が主力の艦上爆撃機として運用されている。
なお、その他には、オリジナルでは簡略型の四三型のみだった八〇〇キロ爆弾を搭載可能にしている他、オリジナル以上に充実した防弾装備を備えている事も挙げられる。
同機も三十機。
二隻の航空母艦から発艦した、合計七六機もの航空攻撃隊は、見事な編隊を組んで、東の空の彼方へと消えていく。
それを追いかける様に、マレ海方面派遣艦隊もまた、瑞鶴と龍鶴、それに護衛の駆逐艦四隻を海域に待機させると、戦艦葛城を先頭に単縦陣へと陣形を移行させ、東へと進み続けた。
それから数十分後。
太陽もその全体像を現し、空も海も、美しい青さを再び取り戻した頃。
ロートゥンの軍港を目指し、一路西を目指していた無敵艦隊、その中央部を航行するカイオ・ペパローニの甲板上で、朝の新鮮な海風を肺一杯に吸い込んだカンピー二提督は、新たな一日の始まりを迎えていた。
「いよいよ、明日、か……」
そして、予定では明日に迫ったロートゥンの軍港到着を前に、カンピー二提督は静かに気を引き締め直した。
「だが、その前に先ずは腹ごしらえだな」
と、朝食を食べるべく、艦内へと戻ろうとしたその時。
幕僚の一人が、艦内から慌てて自身の方へと駆け寄って来る様が目に入った。
「て、提督!」
「何だ? 何かあったのか?」
その様子から、ただ事ではないと感じ取ったカンピー二提督は、先ずは幕僚を落ち着かせると、次いで彼からの報告に耳を傾ける。
「は! 前衛部隊の戦列艦オレガビーレの見張員が、西の空に、複数の黒点を発見したとの報告が入りました!」
戦列艦オレガビーレとは、サラミダビーレ級戦列艦の一隻で、無敵艦隊の前衛を務めている戦列艦の一隻でもあった。
そんな同艦から魔石通信機を通じてもたらされた一報を聞き、カンピー二提督は顎に手を当て思考を巡らせ始める。
(空に複数の黒点、という事は、王国のワイバーン部隊か? いや、だが北の方角ならまだしも、西だと……。わざわざ南下してから東に進路を変更したというのか?)
黒点の正体が敵であると判断を下したものの、飛来した方角に疑問を抱き、腑に落ちないでいると。
また別の幕僚が、肩で息をしてカンピー二提督のもとへとやってくる。
「て、提督! た、大変です!」
「どうした?」
「戦列艦オレガビーレより先ほどの続報! れ、例の黒点は、あの例の奇妙なワイバーンです! 数は十六騎程。それに、その他新種と思しき種も確認されました! か、数は全部で五十騎程はいるとの事です!」
「何だと!?」
幕僚の報告を聞き、引っ掛かりが取れたのと同時に、カイオ・ペパローニを始め、全艦に警報を知らせる鐘の音が響き渡り始めた。
「く! 直ちに空軍の竜騎士団に上空援護を緊急要請だ! 本文は、新種を含めて、例の奇妙なワイバーンが多数接近中、援護求む! 急げ!」
「は!!」
「それから、全艦へ通達! 対空バリスタ他、マスケット銃でも魔法でも、兎に角対空戦闘用意! 空軍の竜騎士団が到着するまで、何とか持ちこたえさせろ!」
カンピー二提督の命令に、幕僚二人を始め、艦隊全体が慌ただしさを増し、対空戦闘の準備に入る。
だが、カンピー二提督の心中には不安が渦巻いていた。何故なら、ワイバーンに対して最も有効な戦力はワイバーン、それが、この異世界での常識だったからだ。
水上艦艇では、まだまだワイバーンに対して有力な戦力とは言えなかった。
「報告!! 例のワイバーン部隊が、間もなく前衛部隊上空に到達します!! 例の奇妙なワイバーンだけでなく、新種も恐ろしく速い!」
「何だと!? 馬鹿な! 発見の第一報からまだ然程経っていないぞ!」
だがそれでも、カンピー二提督の考えでは、空軍の竜騎士団が到着するまで、最低でも十数分程度持ちこたえられればよいと考えていた。
その判断基準となったのが、先に報告にはなかった新種の奇妙なワイバーンは、例の奇妙なワイバーン程の速さにはなく、足並みをそろえる為に上空到着までに時間がかかる筈。というものであった。
所が、カイオ・ペパローニのメインマスト上から聞こえてきた報告に、カンピー二提督は自身の常識を超える敵の移動速度に、顔色が青ざめ始める。
しかし、そんな動揺をかき消すかのように、カンピー二提督は望遠鏡を手に取ると、急いで船首楼甲板へと足を運び、前衛部隊の上空に向けて望遠鏡を構えた。
そこには、例の奇妙なワイバーンと共に、新種と思しき騎が、空軍が誇るワイバーン・エリートすら上回る速度で飛行していた。
見張員の見間違いかもしれない、という僅かな希望すら打ち砕かれ、カンピー二提督が愕然としているのを他所に、奇妙なワイバーンの部隊、マレ海方面派遣艦隊の航空攻撃隊は、無敵艦隊の前衛部隊に対して攻撃を開始した。
先ず最初に仕掛けたのは、一六機の三式艦上戦闘機であった。
三式艦上戦闘機は戦列艦を護衛するフリゲートに狙いを定めると、機首を向ける。
直後、機首と主翼から閃光が放たれると共に、弾丸の雨が標的となったフリゲートに降り注ぐ。
帆に次々と穴が開き、木片が舞い、甲板上の乗組員達が悲鳴と共に倒れ伏す。
直後、砲弾が誘爆したのか、轟音と共に爆炎が船体を瞬く間に包み込み、フリゲートだった木片を、周囲の海面に撒き散らした。
しかも、同様の現象はその一隻だけではなかった。
三式艦上戦闘機に狙われたフリゲートの多くが、同様の末路を辿り。運よく爆沈しなかった艦も、帆は穴だらけ、甲板上は阿鼻叫喚で、最早戦闘能力は喪失していた。
そして、そんな三式艦上戦闘機に続き、遅れて三十機の二式艦上爆撃機三三型が攻撃を開始する。
二式艦上爆撃機三三型が狙いを定めたのは、オレガビーレを含め前衛部隊に十隻ほどいたサラミダビーレ級戦列艦の他、マルタ・ボーロ級戦列艦等の大型戦列艦であった。
標的となる艦の上方から急降下し襲い掛かった二式艦上爆撃機三三型は、胴体下部に搭載した八〇〇キロ爆弾を投下すると、機首を上げ上昇していく。
直後、強烈な閃光が光を放つと、続けて轟音と共に巨大な爆炎がサラミダビーレ級戦列艦を襲った。
次の瞬間、数分前まで勇猛たる艦影を誇っていたサラミダビーレ級戦列艦の一隻は、勢いよく燃え盛る炎と黒煙に包まれ、まるで断末魔の様な船体の破損音を響かせながら、文字通り轟沈していった。
幾ら加工したミスリルを船体に張り付けていても、甲板上は未改修の為。否、例え甲板上に張り付けていたとしても、八〇〇キロ爆弾の直撃には耐えられないだろう。
姉妹艦が次々と悲惨な姿と成り果てて海中に没していく中、オレガビーレは対空バリスタやマスケット銃などで対空攻撃を行いつつも、竜の息吹を使い回避行動を取り始める。
だが、大和皇国海軍の戦闘艦艇に比べあまりに鈍足な船速では、二式艦上爆撃機三三型を前に回避行動とも言えず。
直後、降下された八〇〇キロ爆弾の直撃を受け、轟音と共に巨大な船体を真っ二つにすると、間もなくその姿を海中に没するのであった。
「な、何だこれは。……私は、悪夢でも見ているのか」
ワイバーンが戦列艦を撃沈した事例がない訳ではない。だが、それらの事例では、何十回と攻撃を繰り返してやっと撃沈したのだ。
空軍が誇るワイバーン・ボンバーでも、四頭立てのものを複数機で攻撃して、漸く撃沈する事が出来る程。
所が、今カンピー二提督が今し方目にしたのは、何れもたったの一撃で。しかも、到底一撃で沈むとは思えない巨艦であるサラミダビーレ級戦列艦が、一撃で撃沈された事実。
この、悪夢とも思える光景を目にし、これが夢ならばどれ程よかったかと心中悲嘆した、刹那。
「左舷方向より新たな敵影!! ま、また新種のワイバーンです!!」
「何だ、あれは!?」
メインマスト上から、見張員が悲壮な声と共にもたらした報告を聞き、カンピー二提督はそちらに望遠鏡を向けた。
すると、そこで目にしたのは、ワイバーンの飛行高度としては常識破りな程、海面ギリギリを飛行する新種のワイバーン。
もとい、二式艦上攻撃機三三型の姿であった。
二式艦上攻撃機三三型は程なく、胴体下部に搭載した九一式航空魚雷を海面へと投下すると、機首を上げて上昇していく。
同様に、他の二式艦上攻撃機三三型も次々と九一式航空魚雷を投下していく。
そして、投下された九一式航空魚雷は、海面に白い航跡を描き、それは無敵艦隊へと向かって伸びていた。
「全艦! あの白い航跡を躱せ!!」
それが九一式航空魚雷だとは分からなかったが、直感的にそれが敵の攻撃であると感じ取ったカンピー二提督は、大声で叫ぶ。
だが、その叫びは既に遅すぎた。
九一式航空魚雷が作り出す白い航跡がアンコナ級戦列艦の一隻と接触した、次の瞬間。
くぐもった爆発音と共に、マストの最上部に届かんばかりの巨大な水柱が立ち上った。
直後、九一式航空魚雷の直撃を受けたアンコナ級戦列艦の一隻は、あっと言う間に船体を大きく傾斜させると、逃げ遅れた乗組員達を巻き込んで海中へと没した。
この他、放たれた九一式航空魚雷は、接触した艦船の船体を次々と吹き飛ばし、水底へと引きずり込ませていった。
その後も、三式艦上戦闘機の機銃攻撃の他、爆弾を投下し終えた二式艦上爆撃機三三型は機首の7.7mm機銃を使用して攻撃を続け。
三十分ほどの攻撃の後、航空攻撃隊は翼を翻し、西の空へと消えていった。
一方、無敵艦隊側も、一方的に攻撃され続けた訳ではなく、撃ち落とそうと対空攻撃を続けたものの。
ワイバーン・エリートすら上回る速度で飛び回る航空攻撃隊を前に、有効な対空攻撃が出来ずに。結局、一機も墜とす事は叶わず。
航空攻撃隊の攻撃が終わり、残存艦が目にしたのは、無残な姿で燃え盛る艦艇だった残骸や、残骸に混じって海面を漂う、乗組員達の亡骸。
そして、三十分前まで二五三隻もの数を誇っていた艦隊が、九六隻失われ、一五七隻になった艦隊の姿であった。
「一体あれは、何だったんだ……」
改めて、艦隊が被った被害の全容を目にしたカンピー二提督が、弱弱しく呟いた刹那。
艦隊の乗組員達を更なる絶望の淵に立たせる報告が舞い込む。
「前方! 水平線上に複数の艦影!!」
見張員が張り上げた声で告げた報告を聞き、カンピー二提督は再び望遠鏡を前方へと向け、覗き込んだ。
するとそこには、まるで小島が動いているかのような巨大な艦が二隻、更にその後に続いて、小さな艦が続いている。
「何だ。あの大きさは……」
大きさもさることながら、帆もなく、城の様な構造物に、半カノン砲の何倍あるかも分からぬ巨砲。そして何より、その船体が鋼鉄で出来ている。
その姿に、開いた口が塞がらないカンピー二提督。
だがその直後、そんなカンピー二提督の耳に、喜ぶべき報告が舞い込んだ。
「提督! 後方より、空軍の竜騎士団です!!」
その報告に、カイオ・ペパローニの乗組員の間から歓喜の声が上がる。
後甲板へと移動し、カンピー二提督が目にしたのは、三百は下らないであろう数のワイバーンの大群であった。
その数から、おそらく全力出撃であろう数ではあったが、その全てが、ワイバーン・エリートではなく従来種のワイバーンであった。
とはいえ、これで艦隊の上空は安全になった。そう、誰もが思った、刹那。
先程艦隊を襲った悪夢のような音を響かせ、艦隊の上空を二十機程の機影が飛び越えていった。
それは、三式艦上戦闘機の編隊であった。
二十機の三式艦上戦闘機は、迷うことなくワイバーンの大群へと向かっていく。
単純な数の差ならば、空軍の竜騎士団の方が圧倒的に有利だ。
しかし、カンピー二提督の心中には、拭いきれない不安が存在していた。
そして、そんな不安は、直ぐにその姿を現した。
「嘘だろ!?」
「何だよ! どうなってるんだ!?」
甲板上で戦闘の行く末を見守っていたカイオ・ペパローニの乗組員から、次々と驚愕の声が漏れる。
二十機の三式艦上戦闘機へ向けて攻撃を行おうとしたワイバーンの大群に、上方から銃弾の雨が降り注ぎ、瞬く間に二十騎程のワイバーンが血しぶきと共に海面へと墜ちていった。
それは、無敵艦隊の面々も気づかぬ高高度を飛行していた、二十機の三式艦上戦闘機の強襲であった。
そう、三式艦上戦闘機は全部で四十機いたのだ。
こうして強襲を受け、ワイバーンの大群が驚き編隊を乱した所に、元々視認されていた二十機の三式艦上戦闘機が襲い掛かる。
機銃が火を噴き、すれ違いざまに弾丸の雨をお見舞いした二十機の三式艦上戦闘機は、強襲した二十機と共に編隊を解きエレメントを新たに組むと、残りのワイバーンの大群との第二ラウンドが開始された。
多少墜とされはしたが、まだまだ数の上では空軍の竜騎士団の方が有利。
そんな僅かな希望を打ち砕くかのように、三式艦上戦闘機の機銃が火を噴くや、一騎、また一騎と、魂の抜けたワイバーンの体が眼下に広がるマレ海の冷たい海へと墜ちていく。
何とか背後を取ろうと、竜騎士が必死にワイバーンを操縦するも、背後を取られた三式艦上戦闘機はその速度を生かして軽々と振り切る他、簡単に背後を取り返したり、背後を取った機を囮にしている隙に、僚機が更に背後をとる。
背後を取られた竜騎士は、振り切ろうと様々な機動を行うものの、三式艦上戦闘機はぴたりと背後を離れず。やがて、死の射撃音を響かせる。
それでも、数の多さを生かし、味方が三式艦上戦闘機の意識を引き付けている隙に、三十騎程のワイバーン達は戦闘空域を抜けると、編隊を組みなおし、一路無敵艦隊に接近する巨艦二隻が率いる艦隊へと向かう。
空対空で駄目なら、空対艦で一矢報いようというのだ。
だが、そんな空軍の竜騎士団の思惑を嘲笑うかのように、艦隊の先頭を航行していた一隻、戦艦葛城が三基ある主砲の内、一番と四番の砲身が接近するワイバーン達に向ける。
刹那、水面を揺らす轟音と共に、巨大な炎が砲門から噴き出す。
次の瞬間、まるで第二の太陽が現れたかの如く眩いばかりの閃光が現れると、周囲に大量の火花を撒き散らす。
回避する間もなく、その火花をまともに受けたワイバーン達は、灼熱の炎に身を焦がされながら、眼下のマレ海へと煙を引いて墜ちていった。
無敵艦隊の面々は知る由もなかったが、ワイバーン達を襲った火花の正体は、"三式通常弾"と呼ばれる対空砲弾の一種。
榴散弾の一種である同弾の特徴は、内包した焼夷弾子により、範囲内の対象物を炎上させる事だ。
しかし、そんな三式通常弾の存在すら知る由もない無敵艦隊の面々は。
水上艦艇がたったの一撃で、それも三十騎程のワイバーンを撃墜するという光景を目にし、その圧倒的すぎる性能を前に、もはや言葉が出ないでいた。
「これは本当に、現実、なのか……」
これが只の夢で、次の瞬間には私室のベッドの上で目が覚める。
なんて事なら、どれ程心が救われた事だろうか。
だが、カンピー二提督の零した言葉をかき消すかのように、再び戦艦葛城の主砲が火を噴き、轟音が周囲に鳴り響いた。
そして次の瞬間、まるで海底火山が爆発したかの如く巨大な水柱が出現すると、その周囲にいたフリゲートが数隻、まるで玩具の如く軽々と宙を舞うと、やがてその船体を水面に叩きつけ、原型を留めぬ無残な姿に成り果てる。
そんな戦艦葛城の攻撃を皮切りに、無敵艦隊に対して左舷側へと回り込むように回頭すると、後続の艦が次々と左舷側の無敵艦隊目掛けて主砲を指向し始める。
そして、次の瞬間、悪魔の様な咆哮をあげ始めた。
戦艦葛城に次いで主砲が火を噴いたのは、戦艦比叡であった。
主砲の45口径35.6cm連装砲から放たれた二発の砲弾、更には左舷側に配置している八基の副砲、50口径15cm単装砲の内、前四基からも砲弾が放たれる。
放物線を描き無敵艦隊に降り注いだそれぞれの砲弾は、残存していた無敵艦隊の艦艇を、次々と海の藻屑へと変えていく。
更に少し遅れて、摩耶と鳥海の前方に設けた二基の50口径20.3cm連装砲が火を噴く。
大日本帝国海軍が建造した高雄型重巡洋艦をモデルとして、大和皇国海軍がオリジナル同様四隻を建造・就役させた同艦種。
オリジナルでは摩耶のみ、三番主砲塔を撤去し高角砲を二基増設するという改装を行ったが、大和皇国海軍では高雄型全艦に、同様の対空能力強化の為の改装が施されていた。
その為、大和皇国海軍の高雄型は四隻とも、主砲が四基となっている。
更に続いた那珂も、オリジナルとはその艦影が異なっていた。
オリジナルでは川内型軽巡洋艦の特徴と言うべき四本の煙突が、新型主缶の換装により、前部の二本が統合され、その合計が三本となっている他。
主砲も、オリジナルでは50口径14cm単装砲を七基備えていたものが、大和皇国海軍では、戦艦比叡の副砲を連装砲塔式にしたものを前後に二基備え。
単装式の12.7cm高角砲を四基、電子兵装の追加や魚雷発射管の撤去など。
所謂、同じ五五〇〇トン型軽巡洋艦に属し、前級である長良型とは異なるものの、対空能力を向上する為の改装が施されていた。
そんな那珂の後続を進む駆逐艦十二隻も、程なく砲撃を開始する。
「……」
一方、そんなマレ海方面派遣艦隊からの砲撃に晒されている無敵艦隊はと言えば。
悲鳴のような報告が次々と舞い込む中、カンピー二提督は思考を巡らせていた。
(どうする? 幾ら|反航戦《互いが反対方向に航行する事》の為に相対速度が早く見えるとはいえ、敵艦隊の速力は明らかに竜の息吹を使用した我が艦隊よりも早い。それに、あんな距離からでも、敵艦の攻撃は届くのか)
目測ながら、彼我の距離は八千メートル程で、当然ながらこの距離では、無敵艦隊の装備する半カノン砲は届かない。
だが、半カノン砲の射程まで近づく間に、一体何隻が残れるのか。最悪、射程に近づく前に全滅する可能性すらある。
もはや、勝敗は決したも同然であった。
「く……!」
無謀な突撃で部下を死なせる愚行を犯すくらいならば、降伏するか撤退するかの二択しかない。
だが、宣戦布告なくロートゥン空襲を仕掛けたアリタイ帝国の軍人が、捕虜として公平正大に扱われるかは怪しく。
また、無敵艦隊と呼ばれた艦隊の半数以上、戦闘艦艇だけで三分の二を失っての撤退は、本国に帰れば無能の将という烙印や、敵前逃亡で死刑となる可能性が高い。
そして悩んだ末、カンピー二提督は幕僚たちに新たな命令を下した。
「全軍撤退だ!! ただし、旗艦カイオ・ペパローニに含め、残存するカイオ・マリナーラ級戦列艦、サラミダビーレ級戦列艦、それにマルタ・ボーロ級戦列艦で撤退する味方の殿を務める!」
カンピー二提督の命令は、魔石通信機を通じて即座に残存艦に伝えられ、後方を航行していた為ほぼ無傷の大型ガレオン船から順次回頭していく。
一方、殿を務める、カイオ・ペパローニ含め僅か十隻ばかりの殿部隊は、竜の息吹を使用し、少しでも時間を稼ぐべくマレ海方面派遣艦隊へと向かって波を蹴立てる。
だが、次々と降り注ぐ砲弾の雨を前に、一隻、また一隻と僚艦が炎と黒煙の中に消えてゆき。
そして遂に、カイオ・ペパローニにも、最期の時が訪れる。
「ぬおっ!?」
戦艦比叡が放った主砲の砲弾が、カイオ・ペパローニの脇に弾着すると、船体に張られたミスリルを吹き飛ばし、船体に大穴を開ける。
瞬く間に船内に海水が流入し、巨大な船体が瞬く間に傾き、その勢いで、甲板上にいたカンピー二提督は船外へと投げ出される。
「っは!!」
勢いよく海面に突き落とされたカンピー二提督は、何とか近くに漂流していた木材に掴まると、慌ててカイオ・ペパローニの方へと視線を向ける。
そして目にしたのは、今まさにその姿を海中に没しようとしていた、カイオ・ペパローニの様子であった。
やがて、周囲に静寂が戻る。
マレ海方面派遣艦隊は、殿部隊を全艦沈め終えると、撤退する無敵艦隊の残存艦を追撃する事無く、周囲に漂っている無敵艦隊の水兵たちの救助を始めた。
その様子を、制空権を空軍の竜騎士団より奪った三式艦上戦闘機群が、救助者の捜索と共に見守っていた。
内火艇やカッター等の装載艇が漂流している水兵たちを救助する中。やがて、一隻の内火艇が漂流していたカンピー二提督のもとへと近づくと、彼を救助し、母艦へと帰還した。
程なく、母艦の戦艦葛城へと帰還した内火艇から戦艦葛城へと降り立ったカンピー二提督を含めた救助者達は、後部甲板上に集められ、所持していた武器を没収される。
監視用の乗組員達の鋭い視線を受けて、この後、どの様な拷問が待ち受けているのかと不安な表情を浮かべる救助者達に、別の乗組員達が、海水で濡れた体を拭き暖をとる為の布を配布していく。
この行動に、カンピー二提督を含め救助者達の目が点になるのを他所に、不意に、救助者達にとっては見た事のない黒い軍服を身にまとった二人の軍人が彼らのもとへと近づいてきた。
乗組員達が直立不動で敬礼している様子を見て、カンピー二提督は直感的に、二人が高位の軍人であると理解する。
「失礼ながら、この中で最高位の者と話がしたいのだが?」
軍人の片割れ、中肉中背の軍人が、救助者達を刺激しないように落ち着きのある丁寧な声で質問した、刹那。
カンピー二提督を除く救助者達が、一斉にカンピー二提督へと視線を向けた。
こうなっては、最早下手に隠し通す事など出来ないと諦めたカンピー二提督は、立ち上がると、自らの官姓名を名乗った。
「私は、アリタイ帝国海軍、無敵艦隊の艦隊艦隊司令官を務める、カンピー二だ」
すると、二人の軍人は少々驚いたような素振りを見せると、自らの官姓名を名乗り始めた。
「まさか帝国艦隊の司令官とは存じ上げず、失礼した。私は、大和皇国海軍、マレ海方面派遣艦隊の司令官を務める高橋 源悟中将と申します」
「同じく、参謀長を務める草香 竜之助少将です」
そして、二人が名乗った官姓名を聞き、カンピー二提督は、不意に笑みを零した。
「ははは、ははは……。そうか、そういう事だったのか」
そう、二人が名乗った大和皇国の名を聞き、カンピー二提督は、先ほどまで自分が戦っていた超兵器の数々が、アリガ王国のものではなく大和皇国のものであると。軍上層部でも脅威足り得ないと判断した国のものであったと理解したのだ。
と、同時に。
脅威足り得ないどころか、帝国軍の全戦力をもってしても勝てるかどうか分からぬ、圧倒的な力を持った大和皇国を敵に回してしまった祖国、アリタイ帝国。その行く末を憂うのであった。
因みにその後、カンピー二提督は戦艦葛城内の司令官公室にて、高橋中将から軽い質問がてら珈琲をご馳走してもらい。
同時に、今回救助した者達は、捕虜として本土に移送されるものの、命の保証はするとの確約を高橋中将から得る等。
自身の常識では考えられない待遇の数々に、他国の支援などを受けずに独自に、祖国とは比べ物にならない程優れた大和皇国の技術力の高さをその目にして。
カンピー二提督は驚くばかりとなるのだが、それはまた、別のお話。
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