第三十九話 狼煙の残り香
前衛軍がマントーンの町を制圧して数十分後。
前衛軍を上回る、圧倒的な兵員を擁した西方軍集団の本隊がマントーンの町へと到着し、町の周囲に野営地を設け始める。
流石に、四十万近くもの兵員を収納する能力はマントーンの町にはないからだ。
そんな町の周囲に設けた野営地の一角、西方軍集団の司令部が置かれた天幕内から、男性の怒気を含んだ声が漏れていた。
「モォーッ!!! これは一体、どういうことだぁぁっ!!」
「も、申し訳、ありません、ミハセギ将軍……」
前衛軍の指揮官が恐怖で身を縮こませながら、震える声で謝罪の言葉を口にしている。
その眼前には、二メートルを誇る筋骨隆々の肉体に鎧を着込み、頭頂部に太く立派な一対の角を有した、ミノタウロス族の血を引く、ミハセギ将軍と呼ばれた男性が、額に青筋を浮かべていた。
「何だこの被害は!? モォーッ! どういうことだぁぁっ!!」
「そ、それが。……王国軍側の連中、新型と思しきマスケット銃や、例の報告にあった、頭部に謎の羽根車を持った奇妙なワイバーンを四騎投入した為、此度の被害が……」
「だから此度の被害も致し方がないと、そう言うのかぁっ!?」
刹那、ミハセギ将軍の右手が前衛軍の指揮官の顔を鷲掴みにすると、そのまま前衛軍の指揮官の体を右腕だけで持ち上げる。
「如何なる相手であろうと、臨機応変に、被害を最小限に、最大限の戦果を上げる事こそが、指揮官と言うものであろうがぁぁっ!!」
「も、ぼうじわげ、ござ──せん」
「モーッッ!!」
「し、将軍! もう彼も十二分に骨身に沁みたと思いますので! その辺で、どうか」
「……、チッ!」
同じ天幕内にいた参謀たちからの声を聞き、ミハセギ将軍は不本意ながらも右手を放す。
刹那、前衛軍の指揮官の体が床に落ちると、彼は目一杯深呼吸すると共に、参謀たちに感謝の言葉を何度も繰り返すのであった。
その後、ミハセギ将軍が気分直しに用意させたワインを飲んで、多少怒りが収まった所で、再び会議が再開される。
「えー……、それでは、此度の制圧戦において、想定していた以上の被害が出た事は、先ほどご報告した通り」
そこで、司会進行役を務める参謀はちらりと、椅子に腰を下ろしているミハセギ将軍の顔色を窺う。
両腕を組み、ふんと鼻を鳴らしたミハセギ将軍だったが、先ほどのように憤慨する様子はなく、内心ほっと安堵する。
「そしてこちらが、その被害をもたらしたと思しき王国側の新型マスケット銃、その一部と思しきものになります。前衛軍が町を制圧後、射点と思しき場所を調べた所、こちらと同様のものが大量に発見されたと報告があります」
司会進行役の参謀がテーブルの上に置いたのは、金色に光り輝く五十ミリ程の花瓶の様な謎の物体。
西方軍集団の司令部の面々は知る由もなかったが、それは6.5mm弾の空薬莢であった。
アリタイ帝国を始め、異世界の多くの国々では、銃器の弾薬は弾丸と発射薬が別々に用意され、それらを銃器に装填する事で射撃可能となっていた。
所が、大和皇国と皇国からの供与を受けたアリガ王国では、弾丸、発射薬を収容する為の薬莢、薬室内で位置を固定する為の薬莢底部の突起である抽筒板、弾丸を発射する際に最初に発火する雷管。
以上から構成された実包と呼ばれる弾薬が用いられており、既に弾丸や発射薬が組み合わさっている為、異世界の既存の銃器よりも圧倒的に素早い装填や連射性能を実現可能としていた。
だが、そんな実包の存在を知らぬ西方軍集団の司令部の面々は、一様に頭上に疑問符を浮かべて、6.5mm弾の空薬莢を見つめていた。
「見た所、金属製のようですが、これは一体、どの部分に当たるのだ?」
「魔石を加工、したという訳ではなさそうだ。魔力反応は全くない」
「この頭頂部の穴はなんだ?」
「内部に何かを詰める為のものか?」
各々が私見を口にする中、司会進行役の参謀は咳払いを挟むと、再び話を再開する。
「また、音のみですが、おそらく、例の報告にあった驚くべき連射性能を有する謎の銃器も、此度の制圧戦で使用されたと思われます」
機関銃という銃器の概念を知らぬ西方軍集団の司令部の面々にとって、未知の銃器となる九六式軽機関銃の存在は、彼らに多大な気苦労を与えた。
勿論、九六式軽機関銃だけではない、先の戦闘において、西方軍集団は文字通り、その身をもって新たなるアリガ王国軍の力を、そして本人たちはまだ気づいていないが大和皇国の力の一端を体験したのだ。
果たして、そんな力を前に、自軍は当初の侵攻作戦通りに事を運べるのか。
気がつけば、天幕内を重たい空気が支配しつつあった。
「此度の制圧戦で使用された、アリガ王国側の新兵器に関する報告と共に、更なる調査を本国の国防省に依頼しましたが……。ミハセギ将軍、今後の行動については如何なさいますか?」
一応、制圧戦の戦闘経過や被害報告等と共に、西方軍集団はせめて対策を立てやすくするために情報だけでもと、本国に新兵器に関する調査を依頼したものの。
現場でも全く得体が知れない新兵器を、本国の者が解明できるとはとても思えそうになかった。
とはいえ、情報を待つか、予定通りに動くか否かの最終的な判断は、司令官であるミハセギ将軍次第であった。
「……。空軍の支援なしに敵地深くには侵攻できぬ。それに、開戦が繰り上がったお陰で補給部隊の一部に遅れが生じている。加えて、部隊の再編もある」
「で、では?」
「空軍の部隊と補給部隊が到着するまで、警戒は厳とせよ! 特に、対空監視は怠るな!」
「は! 了解いたしました!」
幕僚達の間では、ミハセギ将軍が当初の作戦通りに行動するのではと、内心危惧していたが、どうやらそれは杞憂に終わった様だ。
司令部の面々は一様に敬礼し、各々の職務を全うするべく司令部の天幕を後にする。
そして、一人司令部の天幕に残ったミハセギ将軍は、奥歯を食いしばり、苛立ちを募らせるのであった。
一方、ロートゥン空襲とマントーンの町の制圧戦が行われたその日の夕方には、大和皇国とアリガ王国の両国は、アリタイ帝国の侵攻に対する部隊の移動に取り掛かり。
王国内駐留の一部部隊が先行して移動を始めた他、大和列島からは、翌日の日の出と共に、大量の装備や兵員等を搭載した輸送船団、更にはマレ海方面へ向けて艦隊が出港し。
輸送船団は三日後の早朝にはロマンサ統合基地へと到着し、装備と兵員を陸揚げした後、陸揚げされた部隊は陸路にて王国南東部の各所を目指した。
そして、マレ海方面へ向けて出港した艦隊も、八日の航海の後、無事にロートゥンの沖合へと到着するのであった。
その一方で、アリタイ帝国側はと言えば。
マントーンの町の制圧戦の報告を受け、軍上層部に動揺が広がったその日の夕刻に、更に動揺をもたらす、第一爆撃竜騎士団のロゲールア飛行場への未帰還の報告がもたらされ。
翌日、第一爆撃竜騎士団によるロートゥンの軍港への攻撃、その顛末が判明してくると、軍上層部は今後の侵攻作戦の再考を協議し始めた。
緒戦の二つの戦闘を経て、早速浮き彫りとなった本侵攻作戦の最大の懸念材料、頭部に謎の羽根車を持った奇妙なワイバーン。
情報を精査すると、それはまるで、新種のドラゴンを使役しているのではないかと思わずにはいられない程、強力な相手であった。
自慢のワイバーン・エリートすら凌駕するこれを一騎墜とす為に、果たして何騎のワイバーン・エリートを引き換えにしなければならないのか、想像するだけで軍上層部の頭は重くなる。
だが、温存させ航空戦力としてワイバーンを出さなければ、今後の戦闘で優位を取れぬどころか、他の戦力が一方的に被害を被る。
こうして悩んだ末、軍上層部が導き出したのが、従来種のワイバーンを主力に戻す、と言うものであった。
ワイバーン・エリートが従来種よりも製造コストがかかり、当初の計画数を調達できなかったのは以前もお話しした通り。
その為、アリタイ帝国空軍においては、まだ数的に言えば従来種のワイバーンが主力であると言えた。
しかし、今回の侵攻作戦においては、王国側が従来種故に、投入可能な数が王国側より少なくとも、制空権はワイバーン・エリートだけで問題ないとされ。従来種は主に後方で使用される予定であった。
所が緒戦を経て、質のみでは優位を取れぬと判断し、数を投入する事にしたのだ。
こうして、一抹の不安は残りつつも、懸念材料に対する対策を講じた所で。予定されている次の作戦行動、海軍の無敵艦隊によるユイセルマ攻撃を実行するか否かの協議に移る。
そして、協議の末、当初の攻撃目標であるユイセルマではなく、空襲が事実上失敗となったロートゥンの軍港、及び迎撃に出てくるであろうマレ海艦隊へと攻撃目標を変更して、作戦は実行される事となった。
この決断の決め手となったのが、マレ海方面への増援には時間がかかり、尚且つ、海軍が有する無敵艦隊ならばマレ海艦隊相手ならば負ける事はない。との自負であった。
この決定が下された三日後、アリタイ帝国の各軍港から多数の艦艇が出港し。
更に六日後、アリタイ半島とカシルコ島に囲まれたマレ海の一部海域、マレ・アレグリ海の海上で合流したそれら艦艇は、無敵艦隊を形成し、一路西へと向かうのであった。
ここで時系列は少しばかり遡る。
それは、アリタイ帝国の各軍港から多数の艦艇が出港して三日後、アリタイ帝国がアリガ王国南東部へと侵攻を開始してから一週間程の日時が経過した頃の事。
夜の帳が下り、静寂と夜の闇が覆い始めたアリタイ帝国の首都ロマーン。その一角にあるとある酒場では、外と異なり昼間の様な、否、昼間であってもさほど変わらない喧騒に包まれていた。
既にアリガ王国との戦争については、帝国政府から正式に発表も成された為、既に多くの帝国国民も知っている所であり。
酒の肴に話す話題の殆どは、戦争の行く末について、であった。
「かーっ、うめぇ! ……しっかし、いよいよ戦争をおっぱじめちまったな、我らがドゥーチェ様は」
「ま、王国の南東部は未回収のアリタイの中でも、ドゥーチェの故郷みたいなものだからな、何れ力づくで奪い返すんじゃないかって思ってたが、まさかこうも突然とは」
ワインのみならず、カクテルやビール等にも対応できる金属製のゴブレットを片手に、住民と商人と思しき二人の客が、周囲と同様に此度の戦争について話をしていた。
「あぁ、そういえば。そのドゥーチェご自慢の無敵艦隊が、いよいよ出撃したらしい。三日ほど前、主要な各軍港から、多数の軍艦が出港したって情報を聞いた」
「ほぉー! あの無敵艦隊が! って事は、この戦争は勝ったも同然だな!!」
恰幅の良い住民と思しき男性客は、手にした金属製のゴブレットの中身を飲み干すと、店員におかわりのリキュールを注文する。
「いや、そうとも言えないんじゃないか?」
「あん?」
そして、程なく店員が注文したリキュールをテーブルに運んでくるのと同時に、不意に二人に声をかける者が現れた。
二人が声に反応して視線を向けた先には、鎧にマントを羽織った、冒険者と思しき若い男性の姿があった。
「おいおい、何だい冒険者の兄ちゃん、その言い草は?」
「今回の戦争、負けるのはアリタイ帝国の方じゃないかってことだよ」
「あぁ! おいおい、冒険者の兄ちゃん。仲間内なら兎も角、俺に向かってそんなふざけた事言うってのは、どういう了見だぁ、おい!」
テーブルに近づいてきた若い冒険者に、恰幅の良い男性客は今にも殴りかかりそうな勢いで詰め寄り始める。
だが、それが酒の影響で気が大きくなっての事だと察した商人は、直ぐに恰幅の良い男性客を制止して落ち着かせると、彼に代わって若い冒険者と話を始めた。
「すまなかった。あぁ、どうだ、酒を飲みながらさっきの話の続きといこうじゃないか。勿論、酒は俺のおごりだ」
そして、謝罪料序に情報料として、商人は若い冒険者に酒を奢る。
すると、そんな商人の誠意に応える様に、酒の入った金属製のゴブレットを受け取った若い冒険者は話を始める。
「それで、どうして今回の戦争はアリタイ帝国が負けると思ってるんだ?」
「俺は少し前まで、アリガ王国内で活動してたんだ。それで、その時、彼らの事を見たんだ」
「彼ら?」
「あぁ、最近王国が国交を結んだ、ヤマト皇国の連中さ」
「ヤマト皇国、確か、あの霧の海域の中に存在してたって言われるあの国か。だが、たしかあの国は、魔法はおろか魔石すら使えない後進国って噂だが?」
「後進国だって? そりゃとんだ大間違いさ」
若い冒険者は酒を半分程口にすると、乾いた舌を潤し、再び話を再開する。
「あれはアリタイ帝国どころか、トエビソ帝国すら凌駕する力を持ってるかもしれない国だぜ」
「け、トエビソ帝国すら凌駕するだと……、馬鹿も休み休み言え」
刹那、顔を真っ赤にした恰幅の良い住民から野次が飛ぶも、商人は気にせず続けてくれと言い、若い冒険者に話を続けさせる。
「本当さ。俺が見たヤマト皇国の連中は、見た事もない巨大な大砲を積んだ鉄の馬車に、馬よりも早く早く走る妙な四足歩行の生物を使役して、奇妙な筒状の道具を使ってアーブル・ゴーレムを一撃で吹き飛ばしたんだ」
そして一拍置くと、若い冒険者は更に話を続けた。
「それだけじゃない! ヤマト皇国は、それこそ城や要塞をそのまま海の上に浮かべた様な、とんでもねぇ大きさの軍艦を持ってるんだぜ! あんな兵器、エウラシア大陸中探しても、持ってるのはヤマト皇国だけだ!」
「は! なんらそりゃ、うしゃんすぎるったらねぇぞ。うしょつくにゃら、もっとマシなうしょつけぇ」
既に酒が相当回ったのか、呂律が回っていない恰幅の良い住民は、若い冒険者の話をほら話であると判断した。
一方、商人の方は、若い冒険者の話を少々突飛なものと感じつつも、恰幅の良い住民のように、それをほら話であるとは切り捨てる事はなかった。
「いいさ、ほら話だって言うんならそれでもよ」
「ん? 君はもう行くのか?」
「あぁ、今回の戦争、ヤマト皇国も参戦するだろうしな。となると、うかうかしていると、ロマーンだろうと戦場になりかねないからな。そうなる前に、安全な場所に避難するんだ」
「りゃに言ってやがる、んにゃわけ、あるわけ……、ぐぉ~」
「あんた達も、避難するなら早い方がいいぜ、それじゃあな、酒、ご馳走さん」
酔いつぶれテーブルに突っ伏した恰幅の良い住民を他所に、残っていた酒を飲み干した若い冒険者は、最後に二人に忠告を言い残すと、そのまま店から出ていく。
一方、残された商人は、安全と思しき場所の目星をつけると、避難の為の算段を立て始めるのであった。
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