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第三十六話 ノッテ・エクレール 前編

 その日の夜更け。

 アニデルサ島の西北部、昼間は広大な平原が広がっているものの、今や辺り一帯漆黒の闇が覆い尽くす中。

 かがり火がたかれ、闇の中にうっすらと、幾つもの小屋や建物、それに整地された滑走路らしきものが浮かび上がっている。


 ここは、アリタイ帝国空軍のロゲールア飛行場と呼ばれる場所である。

 軍の施設故に、夜更けでもかがり火がたかれていることは不自然ではないのだが、この日は、いつもと様子が異なっていた。

 いつもとは異なり、かがり火に映し出された歩哨の数が多い他、飛行場全体が、緊迫感に包まれていた。


 滑走路の傍に併設された待機場と呼ばれる、竜騎士の乗降りやワイバーンの飛行前体調確認等を行う開けた場所に、大小さまざまな影が浮かび上がっている。


「いいか! これより我々"第一爆撃竜騎士団"は、アリガ王国海軍のマレ海艦隊の根拠地である軍港ロートゥンへと奇襲攻撃を仕掛けるべく、マレ海の夜間横断飛行を敢行する!」


 その影の正体は、従来のワイバーンよりも一回り大きな巨体を有したワイバーン・キャリーを用いたワイバーン・ボンバーと、その前に整然と並んだ、革製の鎧を身にまとった第一爆撃竜騎士団所属の竜騎士達。

 そんな彼らを前に、木箱の上に立ち弁を振るっているのは、同騎士団長を務める男性であった。


「夜間のマレ海横断飛行という、大変危険を伴う本作戦ではあるが、これまでの辛く厳しい訓練を耐え抜いてきた諸君ならば、必ずや横断成功し、油断しているロートゥンを火の海にすると信じている!」


 昼間と異なり視界が極端に悪い夜間、それも目印など何処にもない洋上飛行。

 大和皇国の航空機のようにその為の装備が整っているのならばまだしも、当然ながらアリタイ帝国空軍には電探などない為、途中で航法を誤れば、最悪文字通り海のど真ん中に不時着する事になる。


 そうならない為に、第一爆撃竜騎士団はこれまで、ロゲールア飛行場からロートゥンへのマレ海夜間横断飛行を想定した訓練を行ってきた。

 陸地での短い距離から始まり、徐々にその飛行距離を伸ばし。

 やがて、アリタイ半島の西南に位置する"シシリーア島"、同島の西にあるサラマルと呼ばれる町から、アニデルサ島南部にある同島最大の都市であるリカリアまで。本番とほぼ同じ飛行距離を毎晩飛行し、本番に向けて感覚などを培ってきた。

 しかしながら、訓練と言えども夜間の洋上飛行に変わりはない為、訓練中に接触事故を起こしたり、航法を誤り行方不明となった竜騎士も出る等。訓練は過酷を極めた。


 そんな過酷な訓練を成し遂げてきた精鋭達というべき第一爆撃竜騎士団所属の竜騎士達の顔には、これから臨む本番に向けて、必ず成功できるという絶対の自信を持っていた。


「そして、この奇襲攻撃こそ、此度の戦争、その開戦の狼煙となるだろう! その一番槍を、第一爆撃竜騎士団が務めるのだ!! 諸君! これは大変な名誉である! そして、此度の攻撃を成功させた暁には、諸君の名は、未来永劫語り継がれる事になるだろう!!」


 燃え盛るかがり火の如く、激しく熱を帯びる騎士団長。


「さぁ、未来の英雄達よ! アリタイ帝国の、アリタイ帝国空軍の輝かしい戦史、その一ページ目を刻むべく、出撃だぁっ!!」

「「おぉーっ!!!」」


 そして、熱が最高潮に達した刹那、騎士団長の号令と共に、竜騎士達が各々のワイバーン・ボンバーに駆け寄ると、爆弾樽を搭載した搬器に設けられた操縦席へと腰を下ろしていく。

 程なく、全員の搭乗が完了すると、先導を務めるワイバーン・キャリーを先頭に、次々と滑走路で助走をつけると、漆黒の大空へと羽ばたいていく。

 これは、ワイバーン・キャリーが従来の種よりも高い物資運搬能力を手に入れた半面、離陸の際に数百メートル程の助走距離が必要になるという欠点も抱を抱えてしまった為である。

 なお、搬器の下部には小さな車輪が取り付けられており、助走を妨げないように工夫がされている。


 それでも、大和皇国の航空機よりも短い助走距離で離陸していった第一爆撃竜騎士団のワイバーン達は、空中で護衛を務める竜騎士隊と合流すると。

 各員が背負った魔石通信機での通信と、夜空に浮かんだ月明りを頼りに。一路、遥か北北西の先にあるロートゥンの軍港を目指し、夜間飛行を開始するのであった。





 それから数時間後。

 水平線の彼方にうっすらと、暁の光が現れ始めた夜明け前。

 ロートゥンの沖合に、一隻の鋼鉄の艦が停泊していた。


 大和皇国海軍の護衛駆逐艦の代表格、松型護衛駆逐艦の五四番艦である、"葡萄"の固有艦名を持つ艦である。


 松型護衛駆逐艦は、大日本帝国海軍が開発・運用した松型駆逐艦と呼ばれる駆逐艦をモデルに。

 オリジナルでは水雷戦を想定して搭載してた魚雷を廃し、対潜と対空戦に特化させた、大和皇国独自の設計変更を行った護衛駆逐艦である。

 主な変更点は、魚雷を廃した他、機関出力が二万馬力となり最大速力がニ九ノットとなり。また、魚雷を廃して出来てスペースに、ボ式四十粍高射機関砲の連装式を、艦後方とも合わせて合計三基装備し。

 更には、地球においてはイギリスが開発した対潜迫撃砲、ヘッジホッグの名称を持つ同砲をモデルに開発した、"四二式対潜弾投射機"を単装高角砲に代わり装備する等。

 その他、オリジナル同様に八九式12.7cm連装高角砲を後部に一基、25mm三連装機銃を三基、同口径の単装機銃が六基。そして爆雷用装備等。

 これらの兵装の変更により、基準排水量はオリジナルよりも増加し、一三〇〇トンとなっている。


 なお、地球とは異なる異世界の生態系を考慮され、また生産性の高さも相まって、同艦はオリジナル以上に多数が建造されている。

 その総数は、同一艦種としては大和皇国海軍最多の建造数である九六隻を誇る。



 そんな松型護衛駆逐艦の一隻である葡萄は、大勢いる姉妹の中でも、装備の変更に伴い特に艦影変化が著しい、所謂"梨型"とも呼ばれているグループに属する一隻であった。

 合計一二隻存在するこの梨型の特徴は、最新鋭の電子兵装を実験艦的に搭載し、所謂レーダーピケット艦としての能力を手に入れた事である。

 外観的には、艦橋が大型化した他。艦橋上部に設置された、巨大なパラボラとトラス構造を持つ、まるで怪獣映画に登場するかのような、相手の高度を測定する高角測定電探。

 この高角測定電探と、方向を測る対空電探を組み合わせることによって、三次元座標の測定が可能となる。即ち、三次元レーダーと同様の能力を手に入れられるのである。


 とはいえ、この高角測定電探、その巨大さからも分かる通り、その全備重量が六十トンにも及ぶため。

 艦橋の大型化等と相まって、基準排水量は一二〇トン増の、梨型の最大速力は二七ノットに低下していた。


「ん?」


 その大型化された艦橋内に設けられた、所狭しと機材が並べられている電探室。

 そこに詰めている当直の電探員の一人が、ふと、眼前の電探画面の画面上に、複数の光点が現れたのに気がつく。


「何だ?」


 慣れた手つきで、捉えた複数の光点の高度や速度を割り出す。

 すると、それはロートゥンの南南東から、高度二千メートル程を九十キロキロメートル毎時で、ロートゥンの方角を目指し飛行していた。


 飛来した方角や捉えた数などから、電探員は直ぐに上官へと報告。

 そこから情報はすぐさま、当直責任者である、葡萄の副長兼砲術長へと伝えられた。


「所属不明の機影、それもかなりの数だと?」

「はい、こちらです」


 電探室へと姿を現した、大尉の階級章をつけた副長は、複数の光点が表示されている電探画面を覗き込んだ。

 そして、確認し終えると、考える様に暫し唸る。


「この速度からするに、恐らく正体はワイバーンだろう」

「では、アリガ王国軍の?」

「いや、夜間編隊飛行を行うんなんて聞いていないし。そもそも、飛来した方角から考えて王国軍のワイバーン隊とは考えにくい」

「それでは、野生の?」

「いや、それも違うな。これ程の大群は聞いた事がないぞ」

「で、では一体……」


 電探員が不安げな表情を見せるのを他所に、副長は艦内電話へと駆け寄ると、受話器を手に取り、声を張り指示を飛ばし始める。


「総員、第二戦闘配置! 機関部、缶の圧力を上げていつでも出せるように準備しておけ! それから、艦長を直ちに起こすように!」


 さらに続けて、副長は当直の見張り員に所属不明の光点を目視する様に指示を飛ばすと、受話器を戻し、艦橋へと向かうべく電探室を後にする。

 程なく、艦橋へと足を踏み入れると、既に艦橋はいつでも臨戦態勢への移行を行えるように、慌ただしさを増していた。いや、艦橋だけではない、葡萄の艦内の至る所で、乗組員達が慌ただしく動き出していた。


「副長、第二戦闘配置を発令したそうだな」

「は! 本艦の電探が所属不明の機影群を捉えましたので」


 やがて、艦橋に姿を現した少佐の階級章をつけた艦長は、副長から状況説明を受けると、寝起き間もないが思考を巡らせる。


「誤認の可能性は?」

「飛来した方角からして、アリガ王国軍所属のワイバーンの可能性は低いと判断しました。ただ、見張り員による目視での確認を待って、最終判断を行おうと」

「そうか」


 刹那、葡萄の左舷方向目掛けて、夜明け前の空を切り裂くかのように、複数の光芒が伸びる。

 それは、目標を目視するべく使用された探照灯(サーチライト)の光であった。


 程なく、夜空に伸びた光芒に、幾つもの黒点が現れた。


「見張り員より艦橋! 所属不明の機影を目視で確認! 操縦士である竜騎士の存在を確認しました、野生の種ではありません! ……アリガ王国軍のワイバーンとは異なる、新種と思しきワイバーンです、既存の種よりも一回り程大きい! なお、新種のワイバーンは複数で樽らしきものを積載した搬器を吊り下げています!」


 そして、艦橋にもたらされた見張り員からの報告を聞き、艦長が大声を上げた。


「総員、戦闘配置! 対空戦闘よーい!」


 刹那、対空戦闘を告げるラッパの音が艦内に響き渡ると、艦内の慌ただしさは最高潮を迎えた。


「機関、準備できてるか!?」

「こちら機関部、いつでも出せます!」


 一方副長は、伝声管を使い機関部と連絡を取ると、機関長からの返答を聞くと、その旨を艦長に伝える。


「通信長、直ちに旗艦五十鈴に連絡! ロートゥンに向けて飛行する所属不明の、方角からしてアリタイ帝国所属のワイバーンと思しきものを多数発見、ロートゥン襲撃の可能性大、警戒を要す、とな。それから、座標と予測到達時刻等も合わせて連絡しろ!」

「は! 了解しました!」


 そして艦長は、艦内電話で通信長に葡萄が所属する、海上護衛艦隊第二護衛隊群の旗艦を務める長良型軽巡洋艦の二番艦、五十鈴への連絡本文を伝える。

 程なく、連絡本文を伝え終えた艦長の耳に、戦闘配置完了の報告が舞い込む。


 刹那、艦長は満足そうな笑みを浮かべると、制帽を被り直しながら艦長席へと腰掛け。次いで、新たな号令を飛ばす。


「機関始動! 第一戦速(18ノット)! 針路、方位1-0-5(ひと・まる・ご)! 可能な限り本艦で連中の足を止める!」

「幾らワイバーンとは言え相手は二百騎以上、本艦一隻で何処まで足止めできるでしょうか?」

「なに、ロートゥンの連中が迎撃態勢を整えるのに、そう時間はかからんだろう。それに、いざとなれば海域を西南へ離脱する。幾ら連中でも、その方角までは追ってはこんだろう」


 幾ら航空機に比べれば鈍足のワイバーンであろうと、流石に水上艦艇である葡萄よりは早い。

 それに、圧倒的な数の不利もあり、副長は少々不安を口にするも、そんな副長の不安を吹き飛ばす様に、艦長は再び笑みを、凄みのある笑みを浮かべた。

 すると、不思議と副長の不安は、何処かに消えてしまうのであった。





 先導を務めていた第一爆撃竜騎士団の部隊長は、突如、闇の中に現れた複数の光芒に驚きの表情を浮かべる。

 そして、その謎の光芒が自分達を捕らえると、その拍子に驚いた相棒のワイバーン・キャリーを落ち着かせる。

 何とか落ち着かせる事に成功し事なきを得ると、部隊長は背負っていた魔石通信機を使い、後続の部下達の状況を尋ねる。すると程なく、落ち着きを取り戻した旨の返答が返ってきた。


「それにしても、あれは一体何だ……」


 未だに自分達を照らす謎の光芒、驚くべきはその光量で、一瞬だけならば似た程度の光量を魔石や光系の魔法で生み出す事は可能であるが、これ程断続的に生み出すものは、部隊長の記憶になかった。

 故に、想像もつかないと言わんばかりの独り言が漏れた刹那。不意に、彼の耳に聞き慣れない声が聞こえてきた。


「こちらは、大和皇国海軍、海上護衛艦隊第二護衛隊群所属の護衛駆逐艦、葡萄。夜間飛行中の騎隊へ告げる。騎隊はアリガ王国の領空を許可なく飛行している、直ちに回頭し、領空より退去せよ。繰り返す──」

「な!? ヤマト皇国だと!?」


 謎の光芒の発生地点、そこから大音声で発せられた警告文、その中に登場した大和皇国の名を聞いて、部隊長は驚嘆の声をあげた。

 帝国の中枢や軍上層部での大和皇国に対する評価は彼も聞き及んでいたし、彼を始め多くの軍人達も概ね、その評価に同意であった。


 所が今回、夜明け前とは言え、まだ周囲は漆黒の闇が覆っている中で、それも洋上であるにも関わらず自分達の飛行を看破し、更には謎の光芒を発生させるなど。

 もはやその評価が果たして適切だったのかと、彼は疑問符を抱かずにはいられなかった。


 だが、今は悠長に考えていられる状況ではなかった。


 自分達の存在が露見したという事は、ロートゥンへの奇襲攻撃が半ば失敗した事を意味する。

 しかし、まだ挽回の可能性はあった。そう、自らを葡萄と名乗った、大和皇国海軍の軍艦を、発見の報を伝えられる前に始末すればよい。

 部隊長は魔石通信機を使い、護衛の竜騎士隊に葡萄の始末を指示すると、自らは任を全うするべく、後続のワイバーン・ボンバーを率いて北北西を目指し続ける。



 程なく、繰り返し流れていた警告文が鳴りを潜め、代わりに、爆発音が辺りに響く。


「何だ……、あれは。まさか、鉄の船、だというのか……」


 ふと、音が気になり、部隊長が振り返り目にしたのは、目を疑う光景であった。

 おそらく、攻撃に向かった護衛の竜騎士隊が放った火炎弾の魔法が命中したのであろう、船体後部に被弾し燃え盛る炎。それに照らされ、葡萄の艦影が漆黒の闇の中に浮かび上がっている。

 その船体は、明らかに木造ではないし、帆を張る為のマスト等も見当たらない。


 一体どの様な原理で航行するのだろうかと、疑問と共に興味が湧いた、刹那。

 聞いた事のない射撃音が周囲に響き渡り、そして、闇夜を幾つもの火箭が切り裂き始めた。


「っ!? そんな!」


 次の瞬間、部隊長は目撃した。葡萄の上空を旋回していた一騎のワイバーン・エリートが火箭に貫かれ、血しぶきを上げると、糸の切れた人形の如く力なく、騎乗していた竜騎士共々、闇夜の中に消えていく様を。

 しかも、部隊長が驚いたのはその光景だけではなかった。

 葡萄の船体上各所から、目にも留まらぬ速さの連続射撃が行われ。更には、船体後部に備わった大砲が火を噴き、夜空に爆音を轟かせると共に、また一騎のワイバーン・エリートを夜の海へと墜とす。

 更に、護衛の竜騎士隊の攻撃を、驚くほどの船速と操艦技術が織り成す回避行動で躱していく葡萄の姿を目にし。

 部隊長は、直感的にあの船に戦いを挑むべきではないとの判断を下し、後続の部下達に早くこの空域から離れる様に檄を飛ばす。


 だが直後、最後尾付近から耳をつんざく爆発音と共に大きな火球が姿を現す。

 恐らく、葡萄の火箭が、最後尾を飛んでいたワイバーン・ボンバーの運搬していた爆弾樽を撃ち抜き、派手に爆発したのだろう。


 苦々しい表情を浮かべながら、部隊長は爆発に巻き込まれ犠牲となった部下の無念を晴らすべく、強襲となろうとも、ロートゥンへの攻撃を成功させると心の中で誓うのであった。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。


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