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第三十五話 評決のとき

 マントーンの町から近く、茂みにその身を隠しながら、開戦に向けてマントーンの町の様子を偵察していたアリタイ帝国の偵察隊は、望遠鏡に映し出された光景に言葉を失っていた。

 上空を飛び回っていた、見た事もないワイバーンの様な物体に、次いで現れた、馬もないのに自由に動き回る、大砲を積んだ謎の馬車。

 更には、見た事もないマスケット銃に、驚くべき連射性能を有する謎の銃器。


「お、おい、アレは何だ?」

「俺に聞くなよ、知る訳ないだろう」


 飛行機や戦車、それに機関銃等を見た事もない彼らは、口々に疑問を口にする。


「と、所で……」

「何だ?」

「今見た事、報告するのか?」

「当たり前だろ。それが俺達の任務だ」


 とはいえ、疑問を口にした所で答えを知る者はその場にいない為、疑問は晴れる事はない。

 そんな中で、彼らは自らに与えられた任務を果たさなければならないのだが。先程目にした光景を、情報を待つ本部にどう報告するべきか、彼らは頭を悩ませる。


「だけど、どうやって報告すればいいんだよ」

「兎に角、見たままを伝えるしかないだろ」

「信じてもらえるかなぁ……」


 一抹の不安を抱きつつも、彼らは、本部へと報告を行うべく。

 従来のように早馬などを飛ばさずとも、後方の本部と即座に情報の通達を可能とした、動力源となる魔石や回路などが入った箱状の物体。

 魔石を用いた遠距離通信用の機器、魔石通信機のスイッチを入れると、受話器型マイクを手に取り、本部への報告を始めた。



 それから数十分後。

 幾つもの中継を挟み、この報告がアリタイ帝国の首都ロマーンにあるカステル・サント・アンジェロ城へともたらされる。

 そして、報告内容を書き記した紙を手にしたロトエ国防参謀長は、その内容を目にするや。


「何だこれは! 一体、どういう事だ!?」


 紙を持ってきた部下に対して、語気を荒らげながら、この報告書の真意を問いただした。


「さ、再三確認を取りましたが、そこに書かれている通りとの一点張りでして……」

「羽ばたきもせず飛行し、相手を染色させる謎の攻撃を放ち、頭部に謎の羽根車を持った奇妙なワイバーン。馬もいないのにひとりでに進む、大砲を積んだ奇妙な馬車。次々と弾丸を吐き出す謎の銃器。……これでは、何のことだが分からないではないか!! もっと具体的な説明はないのか!!」


 精一杯、文面から偵察隊の隊員達が目撃したという謎の兵器について読み取ろうとするも、飛行機や戦車、それに機関銃の原理はもとより、存在自体を知らぬのでは、見当すらつけられない。

 そのもどかしさを、言葉に乗せて部下に放つロトエ国防参謀長。

 一方の部下は、そんなロトエ国防参謀長の言葉を前に、身を縮こませて平謝りを続ける事しかできなかった。


「はぁ……。兎に角、この王国の新兵器と思しき兵器についての緊急の対策会議の準備だ! 急げ!!」

「り、了解!」


 漸く苦痛から解放され、安どの様子を浮かべた部下が自身の執務室を後にするのを他所に。

 ロトエ国防参謀長は椅子に腰を下ろすと、眉間にしわを寄せながら、再びため息を吐く。


「くそ、……一体、王国軍はいつの間に得体のしれない新兵器を開発したのだ」


 自身の知らぬ間に、想像もつかない新兵器を手に入れていたアリガ王国軍に対して、ロトエ国防参謀長は気弱な言葉を独り言ちるのであった。





 それから十数分後。

 数日前に熱気あふれる会議を行ったのと同じ一室で、緊急の対策会議が開かれた。


「先ずは、緊急の招集にも関わらず、集まって下さったことに感謝いたします」


 あの日と同じ、ムリーニ大元帥をはじめとする、アリタイ帝国の重鎮達を前に、ロトエ国防参謀長はまず軽く感謝の言葉を挟むと、早速本題を切り出し始める。

 そして、今回の会議を開いた理由、偵察隊が報告した謎の兵器に関する情報が伝えられると、出席者達の間からざわめきが沸き起こる。


「何だそれは、ふざけているのか!?」

「きっと偵察隊の連中は幻影の魔法でもかけられていたのでは?」

「幾ら幻影の魔法でも、今回の様な幻影を見た、との話は聞いた事がないぞ」

「いや、これは幻影の魔法ではなく、王国側の欺瞞作戦の一環ではないのか!?」

「にしては、妙なデコイですが……」


 各々が私見を述べる中、不意にロジェロ外務大臣が挙手をすると、ロトエ国防参謀長の見解を求める。

 すると、それに賛同するかのように、室内に静寂が訪れ、出席者達の視線がロトエ国防参謀長へと集中する。


「現在判明している情報で判断するのならば、この内容はあまりにも荒唐無稽で、欺瞞工作の可能性が高いと思っております」


 ロトエ国防参謀長が自身の見解を述べた刹那、出席者達の多くが賛同する様に頷く。


「では、ロトエ国防参謀長は、今回偵察隊が目撃した新兵器は、侵攻作戦に何ら問題ないと?」

「無論です」


 そして、ロトエ国防参謀長が力強く言い切った、刹那。

 部屋の扉が勢いよく開けられると、一人の軍人が息を切らせて現れる。


「何事だ! まだ会議中だぞ!」

「も、申し訳ありません! ですが、急ぎご覧いただきたいものがございまして!」


 ふと、ロトエ国防参謀長はムリーニ大元帥に視線を向ける。すると、それに気づいたムリーニ大元帥は、黙って小さく頷く。

 お許しが出た、と理解したロトエ国防参謀長は、今回の彼の行動を不問とする旨を伝えると、彼に用件を尋ねる。


「こちら、先ほど届きました、例の偵察隊の隊員が描いた写生画になります!」


 すると、彼は手にしていた数枚の紙を長テーブルの上に広げた。


「な、何だこれは!?」

「こ、これが先ほどの報告にあった新兵器なのか!?」

「信じられん……。本当に頭部に羽根車が付いてるのか……」


 そこに描かれていたのは、軍事演習に参加した航空機や戦車、それに機関銃を持ったアリガ王国陸軍の兵士達であった。


「この奇妙なワイバーン、翼を広げてはいるが、写生画を見る限り、全く羽ばたいている様子がない」

「この尻尾の妙に大きな突起はなんでしょうか? それに、竜騎士の周囲に張られたこれは、ガラス?」

「こちらの大砲を乗せた兵器は、確かに車輪が付いてはいるが、この車輪の回りにある板のようなものはなんだ?」

「この兵士が手にしているものが次々と弾丸を吐き出すと? 確かに、妙な形状ではあるが……」


 紙に描かれたそれら写生画を目にし、出席者達は再びざわめき出す。

 そんな中、ロトエ国防参謀長は写生画という、具体的な新兵器に関する情報を得て、とある国家の事を思い出した。


「こ、この形状は、まさか……」

「ロトエ国防参謀長。何か?」

「実物を見た訳でも写生画を見た訳でもありませんが、"トエビソ帝国"が、この様な形状をした兵器を開発した。との不確かな情報を、以前に聞いた事を思い出したのです」


 トエビソ帝国、それはエウラシア大陸北部の大部分を領土に持つ大国である。

 そして同時に、現在も成長を続けている、勢いのある国家でもあった。


「まさか! トエビソ帝国が王国に最新鋭兵器を与えたと!? あり得ません、人間至上主義を掲げ、亜人や、亜人と共存する人間を"二等臣民"などと呼び蔑んでいる国です。そんなトエビソ帝国が、亜人共存を掲げている王国に手を貸すなど、あり得ません!」


 だが、出席者の一人が説明した通り、トエビソ帝国の成長は、決して褒められたものではなかった。

 トエビソ帝国は元々、エウラシア大陸北西部にある、人間のみで構成された単一種族の小国であった。

 当時存在していた周辺諸国の侵攻の影に怯えながらも、時の皇帝は国内を発展させ基盤を整えると、国家拡張へと舵を切る。こうして、周辺諸国を支配・併合し、領土と影響力を拡大させると、それに飽き足らず、時の皇帝は更に東を目指した。

 所が、早急な国家拡張は、同時に社会秩序に相応の混乱を与えるものであった。そこで、混乱を抑え秩序の回復を図る中で生まれたのが、臣民等級制度と呼ばれる身分制度であった。


 具体的には、支配・併合した国家の元国民達を、二等臣民。純粋なトエビソ帝国国民を一等臣民に等級分けする、というものである。

 

 施行当初こそ、この制度は目論見通りに機能し、社会秩序の混乱は徐々に収まっていった。

 しかし、トエビソ帝国が東のみならず、四方へと領土を拡張していく中で、一等臣民である者達の自尊心が肥大化し。いつしかそれは、人間至上主義という思想へと変貌していく事となる。

 同時に、二等臣民に分類される者達の不満も当然ながら燻っているが、トエビソ帝国では強権支配により、それを抑えていた。


 しかしながら、近年では強権支配により不満を抑え続ける事は困難と悟ってか、二等臣民であっても国家に対して一定の功績を収める事で、一等臣民に昇進できるという制度が導入された。

 ただし、人間至上主義という思想が根付いてしまった為か、その制度が適応されるのは"人間"のみ、という暗黙の了解が存在しており。

 また同制度は、最盛期に比べ低調になったとはいえ、現在も続いている国家拡張に伴う人材不足の解消、という側面も持っている。


「幾ら貪欲なトエビソ帝国と言えど、王国と手を結ぶなどあり得ません」

「では、この写生画に描かれたものは、一体なんだと言うのだ!?」

「きっと、王国もトエビソ帝国がこの様な形状をした兵器を開発したとの情報を得て、それをもとに作り上げたデコイに違いない!」

「だがデコイにしては随分と精巧な気がするが?」

「だが、デコイにするなら、存在の不確かな新兵器よりも、既存の兵器にした方が効果としては高い気がするが?」


 そんなトエビソ帝国の存在も相まって、開戦すればトエビソ帝国も参戦するのではと危惧する声や、実際にはトエビソ帝国は関与せず、同国の影を見せる事で抑止効果を生み出す王国による欺瞞作戦の一種だとする声。

 更には、単なる偶然だとする声や、ここは一旦詳細が判明するまで侵攻開始の時期を延期すべきとする声等。

 お互いの見解がぶつかり合い、やがて会議は、怒号飛び交う混沌とした様相を呈し始めた。


 しかし、次の瞬間。


「静まれーっい!!!」


 室内に、それまで会議の様子を静観していたムリーニ大元帥の怒号が響き渡る。


「ここで我々が言い争って何になる!? それこそ、王国側の思うつぼではないのか!! 百年だ! 百年もの月日をかけて、かの土地を取り戻すべく準備してきた苦渋の日々を忘れたか!!? トエビソ帝国が関与していると言う決定的な証拠は何もない!! 憶測だけで判断し躊躇するなど、貴様らはいつから敗北主義者に成り下がった!!」


 ムリーニ大元帥の怒号を前に、出席者達は皆一様に口を堅く閉ざす。


「ロトエ!!」

「っ! は、はい!」

「貴様は先ほど、この新兵器が欺瞞工作のデコイである可能性が高いと言ったな!」

「さ、左様です!」

「今でもその考えは変わらぬのか!?」


 本心を言えばロトエ国防参謀長は、この新兵器の詳細が判明するまで侵攻の開始を数週間、或いは数か月か、延期すべきではと考えていた。

 しかし、眉間にしわを寄せ自身を睨んでいるムリーニ大元帥に、百年も我慢したのだがら今更数週間や数か月の我慢など苦ではない、と口に出来なかった。


 そして、ムリーニ大元帥の勢いに押され、ロトエ国防参謀長は肯定する旨を口にする。


「王国がどの様な欺瞞作戦を行おうとも、どの様な奇策を用いようとも、百年の歳月をかけて準備した我が帝国軍の前に、王国軍など鎧袖一触となる、そうだな!!」

「は、はい……」

「ならば開戦だ!! 立ちはだかる王国軍を殲滅し、再びあの土地を帝国の、我が一族の手に取り戻すのだ!!」

「で、では、予定通り、六日後に……」

「いや、明日だ! 明日侵攻作戦を決行する!!」


 刹那、ロトエ国防参謀長は目を見開いた。


「お、お待ちくださいドゥーチェ! それでは一部部隊の移動が……」

「何だ!!?」

「い、いえ。なんでもございませんドゥーチェ……」


 最早、失った土地を取り戻す事に固執し過ぎて冷静な判断ができていないと理解しつつも、ロトエ国防参謀長はムリーニ大元帥に異を唱える事は出来なかった。

 否、この部屋にいる者全員、最早ムリーニ大元帥の決定に異を唱える事など出来る雰囲気ではなかった。


 こうして、侵攻作戦の決行日が繰り上げられる事が決定し。

 ロトエ国防参謀長は一抹の不安を感じつつも、それをかき消すかのように、この繰り上げは王国側の虚をつくもの、と心の中で言い聞かせるのであった。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。


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